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第35話 王族主催パーティー

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 王宮、そこは国の中で最も尊く綺羅びやかな場所。本来であれば、一介の貴族は軽々しく立ち寄ることなど許されない。
 そんな場所にアルバ国中の貴族がひしめき合っていた。勿論、パーティー専用の建物ではあるが。

 会場の広さはこれまで聖花が見てきた比にならず、人数も桁違いだ。
 見渡す限り人、人、人。
 この国アルバ国だけでこれ程多くの貴族がいることを目の当たりにして、聖花は心底衝撃を受けた。
 参加者名簿に目を通すのとは全く違う感覚。
 
 加えて、いつもより豪華な料理の数々に、華美ながらも派手すぎない上品な飾り付け。
 そのどれもが王族の威厳そのものを示している。

 既に会場に到着している者たちは料理を手に持ち、談笑を楽しんでいる。一見和やかな様子だ。
 が、その多くは互いに腹の中を探り合っているのだ。笑顔という仮面を被り、醜い所をひた隠しにしている。
 それを聖花は知っていた。


「では、私はこれで失礼する」

「了解です。また後ほど落ち合いましょう」

 聖花が頷く。

 返答を聞くなり、聖花と共に王宮へと来たヴィンセントは大人《同僚》たちの方へと去って行った。
 ダンドール家から王宮まで、ヴィンセント相乗りして来たのだが、家族養女なのだから当然だった。

 聖花が辺りを見回す。
 少なくとも、王族はまだ誰も来ていないようだ。参加者の殆ど全員が揃ってから顔を出すのだろう。
 当然のことだが、やはり王族は色々と縛りが大きいらしい。

 主催者もいないので、聖花は今のところアナスタシアらマリアンナの友達を探すことにした。
 再び『聖花』として友達になりたいと思ったから。

 ヴェルディーレ家の面々は今のところ見当たらない。準備に手間取っているのだろうか。


(‥‥‥あ、いた)

 視線を彼方此方に向けて探し続けていると、アナスタシアたちが聖花の目に入った。
 予想通り、極力目立たない場所壁際で話している。何処か不安げな様子で、マリアンナのことについてでも話しているのだろうか。
 幸いなことに、アナスタシアとリリアしかその場にいない。ヴェルディーレ家がまだ到着していないので当然だ。

 視線の遠く先にいる二人に話しかけに行こうと、聖花は歩を進めた。

 しかし、


「あら、初めて見る顔ですわね。どなた?」

 偶然にも通り過ぎようとした相手が悪かったのか、はっきりと呼び止められた。
 その人にとっては初対面にも関わらず、上から物を言うような態度だ。少なくとも身分が上の人間である。

 話し掛けられたら基本は応じるのが常識だ。それが高位貴族ならなおさら。
 勿論、無視する訳にもいかないので、仕方なく受け答えすることにした。

 振り返って、その令嬢の方を見る。見覚えのある令嬢だ。
 確か、公爵令嬢だったと聖花は記憶している。


「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。
 私はセイカ・ダンドールと申します。以後、お見知りおきを」

 淑女らしい丁寧な礼をする。
 相手の名、それも自分より高位な貴族の名前を聞かずして呼ぶのは無礼に値する。従って、敢えて伏せておいた。


「あぁ、道理で‥‥ふふっ。貴女、此処がどこか分かっているの?」

 公爵令嬢が意味ありげに嘲笑った。まるで聖花を侮っているかのような物言いだ。

 に見せた態度と殆ど大差ない。が、あの時よりも更に悪意を感じた。
 単に聖花がその手のものに敏感になっただけかもしれない。真意は分からないが。

 周りの令嬢取り巻きたちも彼女に続いてクスクスと嫌らしく嗤いだした。
 聖花は彼女らの陰湿さに呆れ、溜息が出そうになった。あの頃と、何も変わっちゃいない。

 兎に角、聖花は敢えて素直に答えることにした。


「王宮ですね」

 馬鹿にされていることなど気付いていないかのようにとぼけてみせる。
 令嬢取り巻きたちは嗤いを喉奥に引っ込めて、黙り込んだ。一瞬の間、公爵令嬢とやらも無言になった。
 が、直ぐに声を出した。


「‥‥‥分かっているのなら、身の程を弁えなさい」

 声が低くなる。馬鹿正直に答えられて面白くなかったのだろうか。
 敢えて聖花に聞こえるように、小さく「元平民」と付け足された。

 その場が少しピリつく。重々しい気配に気圧された令嬢取り巻きたちは、すっかり息を潜めている。
 が、聖花は真っ直に目の前の令嬢の目を見た。


「ですが、今は貴族です」

 はっきりと言い切る。その様子を見ていた者は息を呑んだ。
 どう見ても喧嘩を売っているようにしか見えない。

 令嬢は手に持っていた扇を握り締めた。頬を僅かに引きつらせている。


「‥‥‥私が誰か知っての狼藉かしら」

「はい、存じております。‥‥が、私は受け答えをしただけです。何か問題がございますか?」

「この私に、口答えしたことが問題なのよっ!
 知っているのなら、私の名前を言ってみなさい」

 聖花の挑発げな口調に、令嬢は遂に声を荒らげた。が、直ぐにハッとしたように口の前で扇を広げた。
 平然とした様子を取り繕い、思いついたかのように促す。試すような命令口調だ。
 恐らく、憂さ晴らしに聖花の失態を晒そうとしているのだろう。名前を言えば無礼になるし、あるいは知らなければ高位の者に嘘をついたことになるからだ。
 どの道、非難の的になるのは避けられないと令嬢は踏んだのだ。

 が、その期待は直ぐに裏切られることになった。
 それも屈辱的な方向で。
 

「それは、申し訳ございませんが、出来ません」

 その返答を待っていたと言わんばかりに令嬢が口を挟もうとした。が、聖花が間髪入れずに続ける。
 相手がまだ発言していなかったら無礼にはならない。畳み掛ける勢いだ。


「身分が下の者が、上の者に名乗られずに軽々しく名前を呼ぶことは無礼なことですもの。
 それとも、まさか貴女様ほどの方が、‥‥知らなかったのですか?」

 聖花がじとっと鋭く見据える。
 その令嬢は聖花を睨みつけて、肩を震わせた。思いもよら不意打ちを食らったようだ。
 自分がしてやられるなど考えてもいなかったのだろう。

 さて次はどう出るか、と聖花が考えていると、


「‥‥‥ロザリア・モネストよっ」

 ロザリアが吐き捨てるように言った。羞恥心と憤りで、折角の美しい顔が歪んでいる。

 不愉快極まりない様子のまま、ロザリアはその場を跡にした。「貴女、覚えてなさい」という台詞と共に。
 彼女の側にいる令嬢取り巻きたちも慌ててロザリアの後を追う。


(はぁ‥‥疲れた)

 聖花が内心ため息をつく。早速絡まれるとは思ってもみなかったのである。しかも、公爵令嬢に。
 間違いなく敵認定されたことだろう。今後何かけしかけられては困るのだ。
 口撃にはある程度対処できるようになっても、攻撃暴力だけはどうしようもない。

 気を取り直して、再度歩を進めようとする。
 マリアンナカナデが到着する前にアナスタシアたちと少しでも話したかったのだ。

 が、前方の人だかりに目が行く。
 よくよく見てみると、が令嬢たちと仲良さげに話していた。中には少しの令息もいる。


(リリス・ティーザー‥‥‥!!)

 目をパチクリとさせる。
 こんな所で再開できるなど露ほども思っていなかったのだ。が、よくよく考えてみれば、リリスがいるのも当然だった。
 彼も貴族侯爵なのだから。

 聖花はリリスに積もる話は山ほどあったが、今は話し掛けたくなかった。 
 そもそも聖花自身急いでいるし、リリスに群がる令嬢達の中にはとても割り込める状況じゃない。
 というか、そんなことをしたら後が恐ろしい。

 今の聖花の姿はリリスと初めて出会った時と装いも化粧も違う。
 しかし、よく見るとだとバレる筈だ。

 心配し過ぎかもしれないが、聖花は敢えてリリスの様子を伺った。視界に入らないよう通り過ぎようとしたのだ。
 けれども、運悪く視線が重なってしまう。
 リリスが一瞬目をパチクリとさせた。聖花が貴族だと知らなかった為に驚いたのか。


(やばい‥‥‥)

 聖花の肝が冷えた。これは間違いなく気付かれた、と。

 が、リリスは直ぐに視線を外した。令嬢たちにその目を向け直す。
 気が付いていないのか、令嬢たちの会話に忙しいのか、それとも聖花から話しかけるのを待っているのか。
 ‥‥‥それは分からない。

 が、何事もなかったことに聖花はホッとした。
 そうして足を止めていると、


「ねえ、貴女っっ。ようやく追いついたわ‥‥」

 後ろからいきなり誰かに話し掛けられた。
 この人混みの中ずっと追い掛けて来ていたようで、息を弾ませている。

 聖花は振り返って小首を傾げた。


「私ですか?」

「はい、貴女です。
 私の名前はシャンファ・テルドール。貴女と同じ伯爵令嬢です」

「私はセイカ・ダンドールです」

 聖花の階級を知っているようなので詳細は伏せておく。が、流れるままに答えてから疑問に思う。
 何の用だろうか、と。


「知っております。先程の会話のご様子見させて頂きましたもの。あの方にあんなに堂々と立ち向かうなど、中々出来ることではございません」

「そうなのですね。‥‥ところで、なにか御用でしょうか?」

 訝しげな様子でシャンファを見る。
 また嫌味を言われるのだろうか、と聖花は飽き飽きした。が、シャンファからそんな気配はこれといって感じない。


「単刀直入に申し上げます。私とお友達になりませんこと?」

 良い意味で聖花の期待を裏切った。目が一瞬点になる。思いもよらぬ言葉だった。

 聖花は暫く黙り込んで考えた。何か裏があるのかもしれないから。
 が、どちらにせよシャンファと友達になっても何の損もない筈だ。そう思うことにした。

 そうして、聖花は静かに微笑んだ。


「私でよろしければ喜んで」
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