闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

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ニ章

30話 獣人包囲網

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「獣人……! 噂に聞き及んでいましたが、これほどの威圧感があるとは……!」

 亜人の中でも特に身体能力に優れた種である獣人族。
 その鋼の肉体から放たれる剛力は山をも砕き、俊足は嵐を引き起こすと言われている。
 やや誇張された表現だと思うけど、噂話として語られる程度の力は有しているに違いない。

「……人族の子供だと? まさか俺たちに彼らの相手をさせるつもりか……!?」
 
 盗賊の男の隣で苦々しく呟く獣人。
 この場にいる殆どが、嫌々と呼び出された雰囲気を醸し出している。

「うるせぇ! 俺に指図すんじゃねぇ!! 子供だろうが何だろうが相手は冒険者だ。道端で背中を刺されても文句が言えねぇ連中なんだよぉ! 変な情を出すんじゃねぇぞ!?」
「……冒険者、か。取り逃がせば不味い事になるのは確かだが」
「おい、わかってるよな? お前らには――」
「……拒否権はないのだろう?」
「お利口だねぇ!? 賢い獣は好きだぞぉ!?」
「くっ……!」

 見下した態度で煽る男。それを獣人たちは拳を震わせて堪えている。
 どうやら良好な関係ではないらしい、行き場のない怒りがこの場を渦巻いている。
 
 そもそも本来、亜人が表立って人に危害を加える事はまずないと言っていい。
 彼らは一度戦争で負けているから。当時の記録は彼らの記憶に深く刻まれているはず。
 報復を恐れてニブルクル樹海のような辺境の地に隠れ潜む一族も多いくらいだ。
 事件が表沙汰になれば、人族に対する反逆行為と取られかねない。

「ビビってるのか? そりゃそうだろうな。これだけの亜人に囲まれりゃ誰だってちびるよなぁ!?」

 獣人は本気を出せない。
 それがわかっていても彼我の実力差は歴然だ。
 怯えた表情で立ち止まる《風炎》の面々。その様子をほくそ笑みながら眺める男。
 不味い、このままじゃ駄目だ、戦う前から僕たちは負けてしまっている。

 ――バンッ!!
 
「…………黙れよ」
「ん……? なんだぁ?」

 僕は拳で木を殴りつけた。全員の注目を浴びる。
 力で劣っていようと気持ちまで劣る必要はないんだ。 
 
「……ニノさん?」

 一歩、二歩と敵陣に歩みを進める。
 その行動にケイシアさんは驚き、慌てて声を掛けてくる。
 無視して盗賊の男を睨みつける。

「この状況でも前に出てくるとは、頭がおかしくなったんじゃねぇかぁ!?」 
 
 中央の安全な場所に陣取り、我が物顔でナイフを見せつけてくる男。 
 亜人に囲まれて自分が強くなったと己惚れている、この中で一番実力に劣っている癖にだ。
 
「ニノさん!! 無謀です!! まともに敵う相手では――!」
「でも戦うしかない。獣人相手に背中は見せられない、前に進むしかないんだ!!」
「だからって正面切って戦えってか!? 自殺行為だ!! 俺たちまで巻き込むつもりか!?」
「カイル、落ち着いてよ! 喧嘩している場合じゃないよ!!」
「戦うだなんて、む、無理だよ……!!」

 ケイシアさんの制止も仲間の批判すら振り切る。
 その様子を見て男は更に笑う。仲間割れを始めたと思い込んだのだろう。
 
「馬鹿が、その足りない脳みそをぶちまけて無様に死に晒せ!!」
「そうだよ――その馬鹿に騙されたお前はもっと馬鹿だけどねっ!! 無様に転がってろ!!」
「は?」

 マヌケ面した男に向けて雷属性を発動させる。
 トルがアーダンとの模擬試合で使った強烈な光源フラッシュ
 それをそのまま再現トレースする。至近距離での一撃だ躱し切れまい。

 契約した精霊様の属性と技をそのまま自分の物として扱う事ができる。
 それが精霊使いの特権であり強みだ、彼女たちの成長が僕の成長にも繋がる。  

「なぁにぃ!? 目暗ましだと!? うざってぇ! クソッ!!」
「うおおおおおおおおおおお!?」
「やられた……前が見えない!」
「目、目が……!!」

 亜人たちの高い身体能力の中には当然、五感も含まれている。
 その敏感な視力への強い輝きは劇薬になる、集まっていた獣人全員が見事に視界を奪われていた。
 そして僕たちはというと、お互いの目を布で覆い光を防いでいる。

「今だ、相手の足は止まった! 撤退するよ!」
「ええ、疾風の加護を掛けますので固まってください! 効果は少ししか持ちません、急いで!」
「ざまーみやがれ!! まんまと演技に騙されてやんの、馬鹿正直に戦う訳ねぇだろ! ば~か!!」
「カイルは調子に乗り過ぎだって! まぁ少しだけ気が晴れたけど、ムカつく野郎だったし」
「……ちょっと眩しかった」

 ケイシアさんの発動した加護を受けて跳躍。全員が戦線から離れる。
 僕の一芝居に気付いて《風炎》のみんなは乗ってくれた。それだけの信頼を築けている。

「追えっ!! 殺せっ!! 舐めた真似をしやがってあの餓鬼ぃ!! 滅多刺しにしてやる!!」

 遥か後方では怒気を滲ませ叫び狂う男の声が反響している。
 僕たちは再び荒れた樹海の中に足を踏み込んでいく。背中を追いかける大勢の獣人たちを伴って。

 

 ◇



「はぁはぁ……これは一体……どういう事なのでしょうか!? 何故、獣人の方々が私たちを!?」
「理由は……わかりませんが、彼らは……盗賊団に従わされているって事でしょうね……!」
「そ、そんな……!!」

 疾風の加護も切れて、自力で視界の悪い沼地を駆け巡る。
 五人分ものの強化魔法を常に維持し続けるのは現実的ではない。
 アーシェさんが規格外なだけで、普通は要所で掛け直すものだ。

 余力を残そうと考えるなら加護には頼り切れない。
 少しでも自分の足で距離を稼がないと。最後に頼れるのは己が体力だ。

「はぁ……し、しんどい、ひぇ……後ろからいっぱい追ってくるよ!!」
「……こんな事なら、常日頃から体力作りをしておくんだった!! 死にそう~!!」
「リディア、エイル、もっと早く、このままじゃ追い付かれてしまいます!」
「無理だよ!」
「……吐きそう」
 
 《風炎》は前衛二人、後衛二人のスタンダードなパーティだ。
 体力が心許ない二人は必死に先頭に喰らい付くも、徐々に一列に伸びていく。

「後ろは気にしないでいいから前を進んで!」
「ニノさん、ありがとうございます!!」
「ご、ごめんなさい……!」

 僕が率先して殿になって勇気付ける。
 それだけで少し速度が上がった、とにかく今はできる限り距離を取らないと。
 転移石を使うにしても、どこか落ち着ける場所が必要になる。

「どこまで逃げればいいんだ? あちこちから音がするんだが!?」
「カイル、危ない!!」
「うおおおおお!?」

 前方から斬り込んで来た獣人の一撃を、ケイシアさんが細剣で威力を逃がす。
 僕と腕試しをした時以上のキレで敵の牙を流していく、そして風属性を解き放った。

「吹き飛びなさい、暴風サイクロン!!」
「ぬあああああああああああああ!」
「ケイシア、助かった!」
「油断はしないで! 相手は亜人なのです、隙を見せれば一瞬で組み伏せられますよ!!」

 風属性でも中位に属される局所的な竜巻が獣人の男に命中、遥か上空へと運んでいく。
 敵を倒すのではなくやり過ごす、汗を拭いながらケイシアさんは道を切り拓いていた。
 ギルドでも見られなかった勇姿、彼女は土壇場で本領を発揮するタイプなのかもしれない。

 っと、今はそんな分析をしている場合じゃなかった。
 このまま逃げ続けていてもいずれ追いつかれる。この状況を招いた責任を取らないと。
 僕は腰に下げていた小袋をケイシアさんに投げ渡す。

「こ、これは?」
「転移石です、それを持って離れてください。時間は稼ぎます!」

 ポートセルトまで通じる転移門ゲートを召喚する深藍色の魔石。
 便利な道具だけど、召喚までに数十秒の時間を取られその間は動けず無防備になる。
 強敵に追われている最中に呑気に使っていい代物じゃない。
 門が開くまで誰かが残って獣人を引き付けておく必要があった。

「僕の事は気にせず、先に戻っていてください。最悪、自分の足でも帰れますから!」 
「でしたら私もここに残ります! いくらニノさんでも一人では……! 見捨てるだなんて……!!」
「あの数を相手に二人以上残っても何も変わらない。足手纏いは必要ない、僕一人で十分だ!!」
「…………!」

 強い言葉で拒絶する。
 そうでもしないと彼女はきっと諦めてくれない。
 実際、かく乱するなら一人の方が何かと都合がいい。
 
「いいから早く! この責任は全て僕が背負うって言いましたから!!」
「ニノさん……ご、ご無事で……必ず戻って来てください……!」
「すまない……!」
「死んだら駄目だよ? 駄目なんだからね!!」
「……ありがとう」

 仲間の走り去る姿を見送る。
 今回は取り残されたのではなく、自分からこの場に残った。
 それだけでも凄い進歩だなぁとしみじみ感じながら、気を引き締める。
 
 影が僕の前で立ち止まった。

「まさか一人で残るとは……人族の少年よ、その勇気は称賛しよう」
「待て、あの目は……諦めているようには到底思えない……何か策略があるのかもしれない」

 二人の獣人が並び立っている。僕の行動に驚いたのか戸惑いを見せていた。
 最初の目暗ましが効いたのか警戒色を強め、相手は動けずにいる。
 いい感じだ、この間にもみんなの逃げる時間を稼げる。
 
「むっ……複数の人族の匂いが離れていくぞ……なるほど時間稼ぎか。尻尾を切ってきたか!」
「やはり子供であっても心根は冒険者そのものか。……ならば加減はしない。覚悟!」
「……ッ! そうなるよね!!」

 殴りかかってきた男の拳を交わす。
 言葉とは裏腹に若干の迷いが見てとれた。
 やっぱり彼らは根っからの悪人じゃない、まだ反応できる範囲だ――

 ――ズドドドドドド

「えぇ……!? 嘘でしょ!?」

 轟音。
 背後の木が一撃で薙ぎ倒されている。僕の一撃ではビクともしなかったのに……。
 獣人の持つ化け物染みた腕力は手を抜いてもこの有様、人の貧弱な肉体で受けたら致命傷だ。
 本気を出そうが出すまいがあまりにも基礎能力に差があり過ぎる。 

「大人しく諦めろ! 抵抗しなければ悪いようにはしない!」

 更にもう一人の蹴りが飛んでくる。身体を宙に投げ出して躱す。

「貴方たちがそうであっても、あの男は僕を殺すつもりですよ――雷の翼サンダーバード!!」
「なっ!? 精霊魔法だと!? 君は精霊術師か!」

 回転しながら翼を広げ後方に下がり、続けて土属性の魔力を練る。

「だから、全力で抵抗させてもらいます。土壁アースウォール!!」

 三重の土壁を前方に召喚。
 相手の視界を奪いつつ、持ち場を維持し続ける。

「この程度の壁で我々の足が止まるものか!!」

 獣人を前に土壁は無力に等しい。
 一つ、二つと簡単に破壊されていく。

「これで最後だ!!」
 
 最後の一つが崩壊、同時に男の顔が間近に飛び込んでくる。

「隙あり! 雷属性解放、《瞬雷》」
「なっ!? ぐううううおおおおおおおおおおおお!」
「い、一撃だと、そんな馬鹿な!?」

 壁の破壊に気を取られ、真横の接近に気付いていなかった男の脇腹に高速回転蹴りを叩き込んだ。
 鈍い衝撃が足に伝わり、煙を巻いて樹海奥へと吹き飛んでいく。反動で僕の身体も弾き飛ばされた。

「……これで一人目!!」

 翼を展開して強引に着地。
 もう一人は戦場から消えた仲間に呆気に取られている。
 次は雷属性を腕に。雷爪――両腕に装着した鍵爪で大地を駆ける。 
 
 そのまま超速度で接触、頭上から叩きつけた。
 
「何という力だ! 精霊術師は化け物か!?」
「その反応速度でよく人を化け物扱いできるよね!! こっちの台詞だよ!!」
 
 獣の勘だろうか。
 捉えられる速度ではなかったはずなのに、雷爪が空振り地面に突き刺さる。

「惜しかった。君は強い、だが一人ではどうしても限界があるものだ!」

 身動きの取れない僕に向けて拳を引き絞っている。
 だけど残念、これは隙ではなく、次の攻撃への布石だ。

「確かにそうだね。でもこの力は――僕一人の物じゃないんだ!!」
「んなっ!?」

 大木すら粉砕する破壊の一撃が届く前に、雷爪が装着者すら巻き込む小さな爆発を起こす。
 その衝撃で生身の右腕に亀裂が走り、鮮血を散らす。痛みを堪えながら闇属性を解放。

「自爆だと!? いや、これは!?」
 
 目を見開かせた獣人に飛び散る無数の赤い液体。
 その一粒一粒に雷属性が反応、雨となって降り注ぐ。
 
「弾けて吹き飛べええええええええええ!!」
「がああああああああああああああああ!!」

 広範囲に破壊の限りを尽くす雷の雨。
 自分の血を対価に発動する、トルが生み出した闇と雷の複合魔法血の雨ブラッドレインだ。
 
「な、何だいきなり!? ぐああああああああ!!」
「ひやあああああああああああああ!!」

 どうやら近くを通っていた何人かも巻き添えを喰らったらしい。
 煙の後には倒れ伏した獣人たちの姿、その更に奥には力尽きた仲間の姿に驚く増援。

「これで……四、五、六人? マズイな……このままじゃ腕が足りないよ」

 最初に遭遇した獣人の数は二十を超えていた。
 村の住人全てが敵に回っていると仮定するなら、その数字は一部にしか過ぎない。
 
 ここで片腕を負傷していては話にならない。
 ぶらりと垂れ下がる腕を庇いながら樹海を走る、周囲から追っ手の声が聞こえてくる。

「既に六人もやられている!! あの人族の中に凄腕がいるぞ!!」
「誰かセレーネを呼べ! 負傷者は手が空いた者が村まで!!」
「一人いたぞ!! 腕を負傷している!! あの少年がやったのか!?」
「もうっ!! 休んでる暇がないよ!!」
  
 質と数の暴力。
 樹海は完全に包囲されていた。
 ケイシアさんたちの元に辿り着くまでに多少は削っておかないと。
 転移時の僅かな隙ですら致命傷になりかねない。
 
 目の前の茂みが揺れた。闇属性を展開しておく。

「快進撃もそこまでだ!! 闇手ダークハンド!」

 回り込んできた獣人が腕を伸ばしてきた。
 闇の力を纏いこちらの属性力を破壊しようとしてくる。

「残念だけど、同じ属性なら僕の方が分がある!! 闇属性解放、《破魔》」
「なっ!? 俺の魔法が途切れた!? どうなっているんだ!?」
「こっちには闇を司る精霊様がついているんだよ!」
「ぐあっ!!」

 魔力を破壊する闇の力を、更に強大な闇で強引にねじり壊す。
 驚き立ち止まる獣人をゴーレムの足で蹴り飛ばした、これで七人目。
 
 背後から迫りくる二つの影が地面に映り込んだ。

「そこまでなんだから!!」
「喰らええええええ!!」
「危なっ!!」

 振り返ると二人の獣人の子供が武器を振り回して乱入していた。
 大地をかち割る衝撃で身体が跳ね上がる、間髪入れず得物を投げ捨て正中線目がけた殺人拳。
 恐ろしく研ぎ澄まされた軌道、それでも終点が分かれば多少は予測できる。

「う、嘘!? 完璧に捉えたはずなのに!!」
「と、止められた!? 本当に人族かよ!?」
「ちょっとだけ……驚いた。けど単調な攻めでは僕の守りは貫けないよ!!」
「んなっ!! 馬鹿にして!!」
「人族相手に舐められてたまるか!!」

 ゴーレムの両腕で受け止めた。が、止めただけだ。
 二人がかりの馬鹿力で徐々に押し遣られていく。負傷した片腕が悲鳴を上げている。
 子供たちは馬鹿にされたと思い込んだのか、目的も忘れて躍起になっていた。
 
 ――あえて力を抜く。

「えっ!?」
「わぁっ!?」

 足を引っ掛けると、二人は飛ぶ勢いで地面を転がり茂みの奥へと消えていった。
 
「ニーア!! ロット!! ……あの少年を見縊みくびっては駄目だ。増援を呼べ複数人で取り囲むぞ!」
「……油断してくれた方が嬉しかったんだけど!」

 非常に不味い展開になってきた。
 ただでさえ基礎能力でも数でも劣っているのに相手はかなり慎重になっている。
 今の状況でも一斉に襲われたらひとたまりもないのに、これ以上増えられたらどうしようもない。 

「……ニノさん! 転移門が開きました!!」
「早くこっちに来て! カイルとエイルは先に街に戻ったよ!!」

 ケイシアさんとリディアさんの声が届く。
 その瞬間、獣人たちが露骨に焦りだした。次々と四方から慌てて飛び出してくる。

 この件をギルドに報告されれば彼らに待ち受けているのは破滅だ。
 盗賊団に加担している時点で酌量の余地もない、彼らは報復を恐れている

「これ以上取り逃がす訳にはいかない! 誰かあの人族を捕らえろ!!」
「や、やばい、翼よ僕に力を!!」

 獣人たちがケイシアさんたちに狙いを切り替えた。
 彼らに残された道は、僕たちを人質に取りギルドと交渉する事だろう。
 下手に追い込んでしまった為に、後戻りのできない状況を生み出してしまった。

 雷の翼でケイシアさんたちの元にいち早く滑り込む。
 翼の乱用で激しい痛みが襲う、短い距離だと速度を落とすだけ傷が増える。

「ニノさん……酷い怪我を……早く治療しないと!」
「ぜ、全部自分の技によるものですけどね……大丈夫です、まだ歩けます」
「肩を貸すよ! 転移門はすぐそこだよ!!」

 雷属性は長期戦に向かない、闇属性はそもそも人との相性が悪い。
 こうして見ると僕の弱点が浮き彫りになってくる。せめて土属性の本来の力を使えれば。

「あ……ケイシア、危ない――痛ッ!!」
「リディア!!」

 前方、遠距離から飛んできた矢。
 いち早く気付いたリディアさんが盾となって、足を負傷した。
 見上げると木の上に弓を構えた人物の姿、鋭い眼差しで僕たちを眼下に捉えていた。

「…………」

 獣の尻尾を枝に巻き付け、長く伸ばした銀髪を風に乗せている。
 褐色の肌に長く伸びた耳が特徴的な亜人の少女。
 
闇妖精ダークエルフの獣人……?」
「セレーネ! 助かったぞ!! そのまま俺たちの援護を頼む」
「…………」

 無言のまま肯定した少女が詠唱を開始する。
 周囲に漂う闇属性の力、闇妖精の潜在魔力から繰り出される魔法威力は人の比じゃない。
 
 ――ニブルクル樹海に黒い霧が立ち込める。

「そ、そんな……! 門が……!」

 霧に飲み込まれた転移門が目の前で崩れ落ちていく。
 それと同時に転移石に込められた深藍色の魔力も消失していた。

「転移妨害……? 彼らにこんな奥の手が……!」
「石が機能していません、これでは再召喚も……」
「……絶対絶命って感じかな」
 
 セレーネと呼ばれた闇妖精の少女を中心に獣人たちが集結する。

「さぁ、これ以上の争いは俺たちも望んでいない。大人しくこちらに来るんだ」

 獣人たちがそう言って手を差し伸べていた。
 こうしていると何故僕たちは争っているのかわからなくなる。

「おいおい、生温い事をやってんじゃねぇぞ!! 誰が生かしていいと言った!?」

 遅れてノコノコとやって来た盗賊の男。
 全身から血を流している僕の姿を見て多少は気が晴れたらしい。

「ま、待ってくれ、これ以上手を汚せば……我々の立場が」
「……そうだなぁ。特別に女は生かしてやってもいい。あとで俺たちで楽しんでやるからな。だがそこにいる男は今すぐ殺せ、目障りだ」
「彼は勇敢に戦った。それにあの怪我ではこの包囲からは逃れられない、殺す必要は……!」
「黙れ! 俺に二度も歯向かったな!? お前たちの大事な物を失ってもいいんだな?」
「そ、それは……!」
「ならさっさと殺れ。このナイフを使ってなぁ! 早くしないと俺の気が変わるかもなぁ……?」
「……そういう事ですか! 人質を取るだなんて卑劣な!!」

 ケイシアさんが男に対して怒りを露わにする。
 命じられた獣人は迷っていた、僕の顔を何度も伺っては額に汗を滲ましている。

「……仕方がない。罪は私が全て背負う」
「セレーネ! よせ!!」

 闇妖精の少女が弓を構えた。
 狙いは――ケイシアさん!? 僕は前に出て義手で矢を弾く。が、それは彼女の罠だった。 

「か、影縫い!? しまった!!」
「……お前はかなりの使い手のようだからな、簡単には死んでくれないだろう?」

 矢を弾いた義手が闇の鎖に縛り付けられる。身動きが取れない。
 そして少女は盗賊の男のナイフを奪い取ると、僕の首元に躊躇いなく振り下ろした。

「に、ニノさん!!」
「だ、駄目!!」

 ――ギギギギ

 骨の軋む音がする。
 二人の叫ぶ声も遠くに過ぎ去り、目の前に僕の命を繋ぎ止める小さな腕。

「……させません」
「……精霊……だと!? な、何故ここに!?」

 ナイフが薄皮一枚のところで止まっていた。
 突然現れたもう一人の少女、激しく感情を高ぶらせ闇妖精に警告する。

「今すぐ彼から――ニノから離れなさい!!」
「があっ!!」
「うああああああああ!!」
「ぐおおおおおおおお!!」
「な、何が起こっているんだ!?」

 衝撃波と共に闇妖精が弾き飛ばされる。
 それを受け止めた獣人たちも次々と押し倒されていく。
 闖入者である少女は全身から強い土の属性力を放ち、同時に殺気まで漂わせていた。
 呑気に眺めていた盗賊の男も異様な空気を察して腰を抜かしている。

「ノート様!? ノート様ですよね!!」

 僕の呼びかけに少女が振り返るも、そこに思い出の姿はなく武骨な岩の仮面で覆われていた。
 隙間から覗かせた瞳でじっとこちらを見上げている。

「わ、私は……貴方が想像するノートと呼ばれる大地の精霊ではありません。……沼の精霊です」
「……え? 沼の精霊様なんて存在したかな?」
「中央でも聞いた事がないですね……やはり大地の精霊様なのでは?」
「……今は沼の精霊なんです! そういう事にしておいてください!!」
 
 声を震わせながら仮面の少女は頑なに否定していた。
 僕が敬愛するノート様を間違えるはずがない。という事は……どういう事なんだろ?
 もしかして、これで別人を演じているつもりなんだろうか。

 僕の追及の視線を避け、無言のまま自称沼の精霊が獣人たちの前に立ち塞がる。
 小さな身体でも精霊様の持つ属性力は強大であり、力に圧されて包囲が崩れていく。

「これ以上――彼を傷付けさせません。私が……全力を以ってお相手します」
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