闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

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ニ章

32話 渇望

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 蒼光に照らされた、広大な樹海を背に大柄の男が佇んでいた。
 前方に広がるは巨大な水門、鉄の錆ついた匂いと激しい水の流れが静粛な夜空を響かせている。
 そして眩い輝きを放ち続けるのは蒼の魔法陣だ、神秘的な光景ではあるがどこか歪で物々しい。
 
 カーマイル泉は元は小さな水源だった。
 それがいつからか、水の精霊が住まうようになり年々その領域を拡大していった。
 今では湖と呼んでもおかしくない規模を誇っている。
 
 一滴の雫にすら精霊の力が凝縮されている貯水槽、いや火薬庫だ。
 今にも爆発しかねないそれを武骨な鉄の壁が、未然に食い止めてくれている。
 この壁はかつてポートセルトの技師と獣人によって築き上げられた伝統ある物だ。

 ここより二手に分かれた水の流れの一方は、ポートセルト近辺を通りやがて海へと辿り着く。
 現在でも生活用水として活用され、失えば亜人の村だけでなく街の機能にも大打撃を与えてしまう。
 故に古くから獣人という守護者が、この土地を代々守り続けていたのだ。

 その事実を知る人物はそう多くない。
 時代の流れと共に認識は薄れていくものだ、人々は何も知らずただ目の前の資源を享受している。
 亜人というだけ対象を恐れ、自分たちの生活を保護してくれている存在に気付いてすらいない。

「精霊とは偏屈な生物だな。村を守る為に施した封印を自らの手で解き放つか。……愚かな連中を消し去りたい気持ちは、わからなくもないがな」

 男の問いに返答はない。
 大きな魔光石に囚われた幼女は、ただ眠るようにしてたゆたっている。
 泉のほとりから数人がかりで連れ出した結晶体クリスタルは、水の属性力を含んだ蒼光を放ち、傍にいる男に恩寵を与え続けていた。

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 
 直後、激しい地響きが起こる。
 水門をも覆い尽くす蒼の魔法陣に亀裂が走り、そこから大量の水が漏れ出る。
 堰を越えた勢いのままに辺りの木々を薙ぎ倒し、生命を押し流していく。
 これでもまだほんの一部に過ぎないのだから、自然の力というものは恐ろしい。
 
 魔法陣は、転生前にウィズリィが自身の暴走に備え用意した最終防壁である魔力結界だ。 
 まさか彼女も、村に仇なす者たちに力を貸す事となるとは思いもしなかっただろう。
 ただ望まれるがままに、魔力を放出し防壁を傷付けていく。

「こ、これ以上はどうかお許しを……! このままではワシらの村だけでなく、そなたと同じ人族の住み家にまで被害が及びますぞ! ど、どうかお慈悲を……!」

 男の足元に縋りつく初老の獣人。
 村の長らしき人物は、碌に食料も与えられていないのか、ただ力なく懇願するのみ。
 人より数倍能力に優れた獣人が地に頭をつけている、その奥では怯えた表情を見せる同族たちの姿。
 
「これが力を持つという事か……実にくだらないな」

 男は静かに笑う。
 亜人の村を滅ぼすのに深い理由などない。いや、もしかしたら以前はあったのかもしれない。が、些細な問題だ。
 天より与えられし力をどう使おうと勝手だ、虫を捻り潰すのに一々感傷を覚えるだろうか?
 壊したいから壊す。滅ぼしたいから滅ぼす。男にとってはただそれだけなのだ。
 
「なぁオヤジ、そろそろ獣人の女にも飽きちまったよ。俺っち、生身の人族が恋しいぜ。お前もそう思うよな? バルク」
「ゲル、お前寧ろよく今まで毛むくじゃらのきたねぇ亜人で我慢できたな。馬鹿じゃねぇの、病気になるぞ?」
「はあっ? それが良いんだろうが、泣き縋る連中を思いのままなんだぜ。うひぃ、たまんねぇよ。……反応がどいつもこいつも似たり寄ったりですぐ飽きちまったけどな。多少は抵抗してくれねぇとつまらねぇ」 
「ひでぇ趣味してんな。まぁ、あの闇妖精ダークエルフなら俺も喜んで相手してやるんだがな。……オヤジに庇護されてどうにも手は出せねぇが」
「いいねぇ……あの孤高の褐色肌を俺たちみたいなのが汚したら、どんな表情を見せてくれるのか気になるよなぁ?」

 男の部下であるゲルとバルクは、小汚い笑みを浮かべながら猥談を始める。
 獣人の女を好きなだけ与えられていたにも関わらず、まだ足りないのか、欲深い男たちであった。
 ついには闇妖精の少女にまで手を付けようとしている。

「やめろ、奴は使える駒だ。お前たちに預けたら一晩で使い物にならなくなるだろうが」
「ぎゃははははは、ちげぇねぇ。まぁ今後、満足に歩けなくなるだろうなぁ!」

 精霊の力を持ってしても、二人の幼稚な精神までは関与しなかったらしい。
 欲望のままに生き、本能の赴くまま行動する。その辺の獣と変わらない実に賊らしい思考だ。
 ヘラヘラと突っ立ている二人を無視して男は本題に入る。

「……俺たちを討伐する為に冒険者が遣わされたらしい。巡回していたバグが一足先に交戦している。が、どうも相手は下級冒険者のようだ、時期的に見ても中級試験か何かだろう」
「マジかよ、下級とか舐められてんな。んでそのパーティに女はいるのか?」
「お前はそればかりだな。……男が二人、女が三人と聞いている」
「おいおい大漁じゃねぇか。俺っちの分は残してくれよ? できれば勝気な女がいい」
「……オヤジ、そもそもバグの奴に任せて大丈夫なのか? あの馬鹿、大した実力もなかったはずだぞ」
「バグには獣人を三十与えてある。ただ期待しない方がいい、奴は一人だけ精霊に選ばれず不貞腐れていたからな、気が立つあまり皆殺しにしかねない」
「はー、つっかえねぇ野郎だ。手ぶらで戻って来やがったらぶっ殺してやる」

 バグは盗賊団の中で唯一、水の精霊と同調する事ができなかった。
 獣人を引き連れ自尊心を保とうと必死であり、その背中を彼らは指を差して笑ったものだ。
 
 男を含めて盗賊団の仲間意識は薄い。
 中央でとある組織の一員であった時から構成員が入れ替わる事が多く、互いの付き合いも浅い。
 そもそも彼らの性格上、仲間意識などという殊勝な考えを持つ事自体があり得ないのだが。

「……その心配の必要はない、奴は死んだ」
「戻ったのか」

 影が揺れる。
 ゆらりと陽炎の如く現れる銀髪の少女。
 闇の世界の住人である事を示すかのような、気配を感じさせない身のこなしであった。
 男たちの粘つく視線を避け、感情を表に出さず業務的にセレーネは言葉を発する。

「ハンッ、獣人共々返り討ちにあったのかよ、マジで無能だな。そりゃあ神にも見放されるってんだ」
「まったくだ。……だが、面倒になったな。ポートセルトの冒険者を逃がしたとなれば、次は中央の騎士団が動きかねん。いや、その冒険者というのも怪しいな。下級如きが獣人に敵うとは思えない、まさか……組織の連中か?」

 報告を聞き盗賊たちがにわかにざわつく。 
 元々中央から追われる立場であった彼らは、騎士団の恐ろしさを身に染みて理解している。
 更に言えば所属していた組織からも命を狙われていた。見渡せば周囲に敵は多い。
 
「報告は以上だ。私は持ち場に戻るぞ」
「――いや待て、セレーネ。お前の身体から血の匂いがするな……これは亜人のものではないな?」
「……」

 少女の肌に残った水滴一粒から情報を読み取った男が、セレーネを呼び止める。
 この辺りの水源は全て水の精霊の管理下であり、彼女と同調している男にもその管理権がある。
 膨大な情報を人の脳で処理するのは難しくとも、目の前の情報だけを読み解くのは簡単だ。
 
「……バグくだんの冒険者に捕らえられ情報を売ろうとした、だから殺した。それだけだ」
「本当かよぉ? お前、オヤジに聞かれるまで黙ってるつもりだったんじゃねぇのか?」

 ゲルの小汚い顔が近付いてくる。
 セレーネは表情を崩さずに真っ直ぐ見据えていた。
 全ての感情を呑み込んだ、ただの操り人形として振る舞っている。 

「私はお前たちの命令に従っているだけだ。組織に情報を売りかねない裏切者は粛清するのだろう?」
「フッ、今回はそういう事にしておいてやる。だが、俺たちに逆らえば……理解しているな?」
「……ああ」
「ちゃんと女は生かしたまま連れて帰れよ? 次、とちったらオヤジを無視してでも喰ってやるからな?」
「……勝手にしろ」

 セレーネが逃げるようにこの場から去っていく。
 その背中は微かに震えていた、勇ましさでは誤魔化しきれない彼女の本来の姿。
 それを目の当たりにしても男は一々指摘しなかった。ただ静かに瞳を閉じる。

 ゲルとバルクが気付いていれば、碌な事にならなかったであろう。
 
 セレーネは闇妖精といえどまだ子供であり、精神的にも成熟していない。
 腕が立っても理不尽な暴力に抗う術を持ち合わせていなかった。だからこそ駒として使える。
 そして何より、男にとっては重要な取引道具にもなるのだ。

「さて……冒険者どもが俺たちを相手にどこまでやれるのか見物だな」
 


 ◇


 
「いやー申し訳ありません。まさか火が使えないとは、これはまた侘しい夕食になりましたね」
「当然でしょ。煙で敵に居場所がバレるに決まってるじゃない。……獣人って馬鹿なの?」
「フィアー言い過ぎだよ。レックさんが特別……抜けているだけだと思うよ?」
「ニノ、それは擁護になっていませんよ。ですが、確かに迂闊でしたね」

 いきなり外で火を焚こうとするレックさんを、ノート様が石化で止める珍騒動の後。
 僕たちは大きな荷物に入っていた食料を全員で分け合った。それぞれ思い思いに夜を過ごしている。

 狭い小屋の中に八人も集まると、熱がこもってとにかく蒸暑い。
 この辺りは熱帯気候であり湿度も高く、目の前の獣人の姿も相まって視覚的にも辛い。
 僕の膝の上に競い合って座るフィアーとトル、隣で肩を寄せているノート様も原因ではあるんだけど。

「これが中級冒険者の証でもあるギルドカードだよ!」
「うわー、フィリスさん本当に中級冒険者なんだ。凄いなぁ」
「色々とお話を聞かせて頂けないでしょうか? できれば今後の参考にさせてもらいたいので」
「いいよいいよ。誰かに頼られるのも久々で嬉しいなぁ、ニノ君は一人で何でもやっちゃうし……」
 
 フィリスは女性同士で仲良く談笑している。
 やっぱり歳の近い冒険者という共通点があるだけで違う。
 そして一人行き場を失ったレックさんがこちらに移り、精霊様たちに弄ばれていた。
 
「……そう言えば、そろそろ娘からの定期連絡が来る頃ですね」
「レックさん、娘さんがいらっしゃるんですか?」
「いやー私には勿体ないくらいよくできた娘です。本当何で私に懐いたのかわかりませんが」
「それは心配ですね……奥さんと娘さんが盗賊団に人質にされているだなんて」

 レックさんも気が気では――いや、そんな様子微塵にも見せていなかった。
 薄情な性格なのかそれとも単純に鈍いだけなのか、よくわからない。
 
「いえ、私は一人身ですよ。娘は森で拾って来たんです」
「……捨て子ですか?」
「フィアと……一緒」
「ちょっとトル、その設定はもう必要ないって教えたでしょ!」
森妖精エルフでありながら獣人の血を引いていましてね。それは驚いたのと同時に、捨てられるに至った境遇を考えると可哀想に思いまして。一人身で余裕があった私が引き取ったんですよ」
「な、なるほど……」

 詳しくは知らないけど森妖精は混血を好まないと聞く。
 異分子の血を引いていれば、彼女がどれだけ周囲から疎まれていたのか簡単に想像がつく。
 
 ん? 獣人の血を引く森妖精って、つい最近似たような人物に出会った気が……。

「ちょっと! 獣人の森妖精って私を弓で撃った子じゃない! レックさんの娘さんだったんですか!?」
「それは娘が粗相を働いてしまい申し訳ありません。あの子も村を守る為に必死だったのでしょう」
「………卑怯だぁ、何かそう言われると怒る気にもなれないよ」

 リディアさんが苦笑する。
 足の矢傷は応急手当は済んでいるけど、しばらく安静にしておかないといけない。
 街に戻るタイミングも逸し、戦いにも参加できず。本心では無念に感じているはずなのに。
 本当、《風炎》は人柄のいい人たちばかりだ。
 
「……おい。……私を呼んだか?」
「ひゃっ、で、出た!! 弓じゃ飽き足らず、今度はトドメを刺しにきたの!?」

 話の最中に、天井裏から垂れ下がる銀の糸。
 器用に尻尾を使いながら降り立ったのは褐色肌の少女だった。
 交戦の意思はないのか武器は所持していないものの、リディアさんは怯えていた。

「パパ、どうしてこの人たちを? まさか、これが奴らへの対抗手段なの?」
「……ぱ、パパですか」
「何か文句でもあるのか? パパはパパだ!」
「め、滅相もありません。……お、お気になさらず」

 相手を射殺すような眼光を受けて、ケイシアさんが固まった。
 見た目は華奢な少女でも、その実力を身をもって知っているのでかなりの威圧感を覚える。
 視線が一通り動き、最後に僕の前で止まった。

「……私には譲れないものがあった、謝罪はしない。恨むなら村の者でなく私を恨め」

 闇妖精の少女は、僕に対して悪びれる様子もなくハッキリと言い切る。
 獣人たちに包囲された時の事を言っているのだろうか……違うな、今回の騒動を含めた全てにか。
 確かにノート様の助けがなければ、僕の首は彼女の手によって胴体から切り離されていたのかもしれない。

「ううん、別に気にしていないよ。それより僕の方こそ色々とごめんね。怪我をしたみんなは大丈夫だった? あとで謝ろうと思っていたんだ。君のことだって恨んではいないから安心して。セレーネ」
「なっ……!?」

 セレーネは面白いようにぽかんと口を開けていた。
 少し皮肉めいて聞こえていたかもしれない。だけどこれは嘘偽りない僕の気持ちだ。

 この仕事をしていれば、半死半生なんて日常的に起こりうる。
 それで相手を一々恨んでいてはきっと身が持たない。精神への負担は結果的に身を滅ぼす一端になり得る。
 ……忘れるべきものはすぐに忘れてしまうべきなんだ。これは単に優しさではなく自衛の為である。
 
 それよりも、冒険者でもない一般の獣人たちを傷付けてしまった事の方が気掛かりだった。
 あの時は気が高ぶって無茶をしてしまったけど、思い返すとやり過ぎてしまった感が否めない。
 問題が解決した後になっても、両者に遺恨が残るのは僕の本意ではないのだから。
 
「闇妖精ねぇ……呼び名が少し似通っているのが気に入らないわ。褐色肌にでも改名しなさいよ」
「えっ……闇精霊様!? な、なんでっ!? パパ、どうして!?」
「さぁ? 実は私もよくわからないのですが、ニノさんのご友人様だそうで。セレーネもきちんと挨拶をするんですよ?」
「友人? 違うわ。ニノは私の下僕しもべ――痛っ!!」
「……もう、馬鹿を言わないの。誤解させてしまったらどうするのですか? 見るからに冗談は通用しないタイプの子ですよ?」
「よくも私の頭にコブを……! ノート! 表に出なさい、その首叩き落してあげる!!」
「……と、とにかく口が悪い子なの、失望しないであげてね? 根は…………優しい子ですから」

 セレーネは絶句していた。
 闇魔術を扱う闇妖精にとって、フィアーは信仰の対象であり神にも等しい存在だ。
 それが頭を抱えて泣きべそをかいているのだから。天地がひっくり返るほどの衝撃だったはず。

「あ、あぁ……コイツはフィアー様の下僕なのだな。まさか闇精霊様の所有物とは知らず傷付けてしまうとは……申し訳ありませんでした!」
「ほらもうっ……面倒な事になってしまったじゃないですか!」
「ふーん。ノートと違って話がよくわかる子じゃない。気に入ったわ、貴方も下僕にしてあげる。これで三人目ね」
「え、トルも……入ってる?」
「いい加減にしてください!」

 それは深く深く大地に額を擦り付けて謝るセレーネ。
 満足そうに腕を組んで見下ろすフィアーをノート様は叱りつけていた。

「…………それはそうと、あーこほんっ、話がズレたな。……本題に移ってもいいか?」
「どうぞ」
 
 セレーネは少し考える素振りを見せ、フィアーの存在を一旦隅に置いておく事にしたらしい。
 話が進まなくなるのでその方が利口だと思う。僕に対する誤解を解くのは後回しになりそうだけど。

「この数日間、私は連中を監視していたのだが……奴らは水の精霊の力を受けて日に日に正気を失いつつある。まだ最初の頃は人並みの理性は持ち合わせていたが、今ではいつ暴走してもおかしくない状況だ」
「……精霊術師になったばかりの人が陥る症状に似ているね。魔力に酔っているんだ」

 僕やフィリスは幼少の頃から少しずつ訓練を重ねて、精霊様の力を身体に馴染ませてきた。
 強大な力にはそれに見合った精神力が伴っていないと、簡単に呑み込まれる恐れがあるからだ。
 新しい剣を手にしたら誰だって試し斬りをしてみたくなるもので、連中にはその抑えが効かない。

 そういう意味では、つい最近精霊術師になったアーダンはかなり心根の強い持ち主だと言える。
 最終的には暴走していたけど、途中までは耐えていたし僕の説得に応じる気概があった。

「盗賊団については、既に僕たちの方で作戦は考えてあるんだけど、セレーネにも協力して欲しいんだ」

 レックさんの裏の協力者がセレーネだとは思いもしなかったけど、これはかなり有利を得た。
 獣人と再び戦闘になった場合、一番の障壁になるのが彼女だっただけに話を通しておけるのは大きい。
 僕は一通りの段取りを伝えた。その間セレーネは黙って話を聞いていた。 

「……本当にお前たちだけで上手くいくのか? こちらは人質を取られている。手助けはできないぞ?」
「ふふん、私とウィズリィ様の絆を信じるのだよ!」
「馬鹿を言うな。目に見えぬ曖昧な物を信じられるものか、現に今その精霊に苦しめられているんだぞ」
「ひ、酷い……」

 フィリスが一蹴されている。
 互いに実力の程も知らない関係だから心配になるのも当然か。
 ここで腕試しをする訳にもいかないし、誠意で信じてもらうしかない。

「仮に失敗したとして僕たちを助ける必要はないよ。君たちはそのまま奴らの命令に従ってくれたらいい。……多少は加減して欲しいけどね。最悪――フィリスが犠牲になるだけだから」
「ニノ君まで酷い! 私が死んでも悲しくないんだー!!」
「違う、信頼しているんだよ。僕の幼馴染が盗賊程度に負けるはずがないって。だからこうして任せられるんだ」
「……ほえ」

 フィリスは馬鹿みたいにぼーっと僕の顔を見つめてくる。
 それからズレた眼鏡の位置を直しながら嬉しそうに微笑んだ。

「わざわざそう口に出すってことは……心配、してくれるんだ?」 
「フィリスは誰かの監視がないと危なっかしいし……何だよ僕が心配して悪い?」
「えへへ……らしくないね、弱気になっちゃって。ニノ君にそういうのは似合わないよ!」
「はいはい、もしもの時は一緒に地獄に落ちてあげるから。これでいい?」
「よーし、やる気出た! ドーンと来い!!」

 普段はおちゃらけている癖に、こういう時だけ目聡いのはズルい。

「ニノ君だって大変なんだから、自分の心配をしないと。私が後を追う羽目になっちゃうよ?」
「フィリスからそう言われると……ちょっと重たいなぁ」
「えっ、先に言い出したのニノ君の方じゃない! 重いってどういう事!?」
「……よくわからんが、お前たちに自信があるという事だけは伝わった。――考えてみればフィアー様の下僕が盗賊如きに負ける訳がないか。……パパ、今日は早いけどもう戻るね、どうも私、疑われているみたいだから」
「そうですか。帰りも気を付けるんですよ」
「うん」

 自己完結したセレーネはさっさと闇の中に消えてしまった。
 そろそろ遅い時間だしお開きにして明日に備えて僕も寝てしまいたい。
 
「ちょっと訂正してよぉ! 重たいって女の子に言う台詞じゃないでしょ~!」
「あー、うるさいなぁ。ただでさえ暑いのにちょっと離れてよ! もう疲れたし僕は寝るんだよ!」
「ダメダメ、今日は寝かさないんだから! 一度しっかり話し合う必要があると思っていたの! ニノ君最近私に全然構ってくれないし、いつもいつもフィアーちゃんとトルちゃんの事ばっかり――」
「ニノさんとフィリスさん……お二人は仲がよろしいのですね」
「ケイシアも嫉妬しちゃう?」
「……リディア、それは一体どういう意味ですか?」
「いや、何となく……そんな睨まないでよ」

 フィリスは無駄に体力が有り余っているのかしつこかった。
 昔からよく人の家に上がり込んでは、よくわからない理由で居座っていた記憶がある。
 まともに相手をすればいつも最初に力尽きるのは僕の方で、まぁ結局最後まで付き合うんだけど。

「……一体私は何を見せつけられているのかしら。……無性にムカムカしてきたんだけど?」
「こういう時は黙って見守るものです。トルも邪魔をしてはいけませんよ? お邪魔虫は大人しく退散です」
「……うぅ……いやだぁ! フィリス、ニノを……盗らないで!!」

 僕が壁に押し遣られている間、フィアーとトルが首根っこを掴まれもがいていた。
 何をやっているのかわからないけど、ノート様が楽しそうだったので気にしないでおこう。



 ◇



「はぁ、疲れたわ。一体いつまで騒ぎ続けているのよ、本当、人って愚かしい生き物ね」

 屋根の上に二人の少女が並び座る。
 明日は決戦だというのに、今だに話し声が窓から漏れ出ていた。
 熱を冷ますために一旦外に抜け出してきたのだ。外の空気に触れフィアーは伸びをする。

「文句を言っている割には、随分と馴染んでいるように見えましたけど、私の気のせいでしょうか?」
「……うるさい」

 フィアーの愚痴も古い付き合いであるノートには本心まで隠し通せていない。
 相手の心を読むのは闇精霊の特権であり、つまりは表情から読み取られたのだ。
 いつもは自分がやっている事をやり返されて少女は面白くなさそうに口をすぼめる。

「私なんてどうでもよくて、さっさとその似合わない仮面を外しなさいよ。趣味が悪いわよ? ノートって馬鹿みたいに真面目な癖に偶におかしな行動を取るわよね」
「ま、待って……。さ、触らないで――」

 意趣返しとばかりに、抵抗するノートを無理矢理抑えつけフィアーは仮面を引っ張る。
 ここで二人が暴れれば小屋はいとも簡単に崩れてしまうだろう。それはもう大惨事になる。
 ノートの常識的な判断がフィアーの強引さに屈してしまった。

「ほらほら、さっさと外して――――なっ……何よ、その傷!?」
「…………見られてしまいましたか。やはり隠し通すのは厳しいですか」

 星光に照らされて浮かび上がるのは、少女の額から左目にかけてまで貫く黒い痣。
 僅かに感じる属性力から、それがただの傷ではない事をつぶさに表している。
 呪い、それもかなりの悪質な呪印だ。

「誰にやられたの……? もしかして……あの時の?」

 仮にも大地の精霊であるノートがそう簡単に傷を負うはずがない。 
 彼女と対等に戦える相手となると自然と数が絞られていく。

「……レムの奴、最後にとんでもないものを遺していったわね」

 フィアーの脳裏に浮かんだのは、ニノの肢体の一部を消し去った忌々しい光魔法だった。
 考えても見ればただの少年が減衰していたとはいえ、最大級の精霊魔法の直撃を受け無事に済むはずがない。
 誰かが間に入って負担を肩代わりした、と考えるのが自然であり。あの場でそれが可能なのはノートを措いて他にいなかった。
 
「咄嗟の判断でしたので、私の守りの力を持ってしても全てを受けきる事は……命があっただけ喜ぶべきなのでしょうけれど……」

 ノートは少し落ち込んだような表情を見せながらも、それでも気丈に振る舞おうとしていた。
 あの夜、彼女が一人部屋に忍び込んで頬を涙で濡らしていたのをフィアーは目撃している。
 その時点では呪いはまだ発現していなかったらしい。
 
「私が精霊だからでしょうか。耐性があるのか発現から浸食に至るまで流れは緩やかで、今はこうして仮面を被る事で誤魔化せてはいますが。いずれは――レムが正気に戻ってくれれば話が早いのですが」

 仮面を被り直し、ノートは淡々と事実を述べる。
 そこには後悔の欠片を微塵にも感じさせなかった。自分が取るべくして取った行動なのだと。
 フィアーは疑問を覚えた。
 
 ノートにとってニノが特別な存在なのは理解している。
 それでも自分の身体を投げ打ってまで助けようとする、その原動力がわからない。
 何より、そこまでされたら自分の立つ瀬がなくなってしまうではないか。
 
 その事実にどうしようもなく焦るのだ。
 自分が見つけた居場所を誰にも譲りたくないとフィアーは思った。特に目の前の人物には。

「どうして……そこまでできるのよ。ノートは人には興味がなかったんじゃないの? 何で自分の身体を犠牲にしてまでニノの事を……!」
「物事の捉え方なんて時間と共に変わるものです。……フィアーだって随分と変わりましたものね?」
「……私が変わったところで貴方がそんなんじゃ勝ち目が……違っ、そんなのはどうでもいいの!」
「……ふふ」
「笑うな!!」
 
 余裕を見せつけられ、フィアーはただ子供のように不貞腐れる。
 戦いでしか自分を見せられない闇の少女にとって、目の前の精霊は手も足も出ない強敵だった。
 フィアーは大切な宝物である蝶の髪飾りに触れる、無意識の行動だった。
 
「ニノを助けようと思ったのは、私がそうしたかったのもあるけれど。レムにだけは殺させる訳にはいかなかった。あの子にとっても、ニノは特別な意味を持った子だから……」
「……それってどういう意味よ。少なくともレムとニノは何の接点もなかったはずよ」
「フィアーはレムの夢……憶えていますか?」
「夢……? 夢ってアイツいつも無茶苦茶言ってた記憶しかないわよ。本当、迷惑な……奴だった」

 レムはよく誰かを引っ張り回し騒動を起こしては、ウィズリィやノートに叱られていた。
 フィアーも何度巻き添えを受けた事だろうか。悪戯好きで無駄に行動力がある困った精霊。
 それは彼女にとって――苦々しい思い出でではあるが、決してつまらないものでもなかった。
 
 生みの親である魔族に囲われていた自分を負の感情の檻から、孤独から救い出してくれた。
 次にレムが生まれ変わった時は、今度はこちらから手を差し伸べてやってもいい。
 素直に友とは認めたくはないが否定もしない。そんな間柄だった。

「レムの夢はね、家族を作る事だったの。大好きな人と結ばれて、その人と幸せな家庭を築く。そんな人なら誰しもが抱くであろう、普通の夢」
「……アイツ、馬鹿でしょ。そんなの無理に決まっているじゃない……」

 精霊と人では生きている次元が違う。
 この差はどう足掻いても埋まるものじゃない。
 仮に結ばれたとして近い将来必ず別れはやってくる。それこそ一時の夢でしかない。

 そこまで考えてどうしてだかフィアーは少しだけ胸が痛んだ。
 ノートも察したのか何も言わないでいた。
 
 しばらく二人の間を沈黙が包み込む。
 冷たい夜風が通り過ぎ、少女の紫髪を僅かに揺らした。 
 そしてフィアーはある結論に辿り着く。

「ちょっと待って。それじゃ特別な存在って……!」
「厳密に言えば違う。それでもニノは……レムの叶うはずのなかった夢の一欠片。私はそう思っています」
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