闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

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ニ章

34話 大切なもの

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「なぁ、頼むから俺と友人になってくれないかな。この際、精霊様でもいいんだ! 一人は寂しいんだよぉ~」
「ガハハハ、お前みたいなどうしようもない屑は浮浪者にすら見向きもされねぇぜ?」
「弱すぎて誰からもパーティに誘われないもんな。これから大丈夫かよ? 将来、野垂れ死に確定だな!」
「今日まで生きてこられただけ幸運に思えよ? 面倒だから犯罪だけには手を出すんじゃねーぞ!」
「うるせー! 何で弱いってだけで誰もまともに扱ってくれねぇんだよ!! 火の国だってのに冷たい連中ばっかじゃねぇか!!」
「ならさっさと冒険者やめちまえ! 単純に向いてねぇんだよ!」
「馬鹿野郎、やめちまったら食い扶持がなくなるだろうが!」

 その男は、安酒を片手に観衆に囲まれ笑いを取っていた。
 他の冒険者たちに弄られ、誰も彼も容赦のない毒舌を投げつけている。
 この辺りではよく見かける光景だった。ただただ騒がしく品がない。
 
 関わらないよう避けて通ろうとしたところで、私の足が止まった。

「……弱くて、一人で、寂しいですか。まるで……今の私のようですね」

 冗談交じりに発せられた言葉、それなのにどうしてか心の片隅に引っ掛かる。 
 私自身もあの男と同じ苦しみを背負い込んでいるからだろうか。
 わかる、理解できる。あれはきっと嘘偽りのない本心から零れ出た叫び。心に抱えた闇だ。

 そう―――強く意識してしまった。
 全身に熱が生じる。不可視の力が糸となって伸び始めた。

「……う、嘘!? だ、駄目! お願いだから止まって! ど、どうして!?」
「あれ……この感じ……もしかして、マジで……? え……? 本当に繋がったのか!?」

 一生の不覚だった。
 気が付いた時には同調が始まっていて、自分の意思ではどうしようもなかった。
 これまで頑なに守り続けていた壁を、見ず知らずの男のたった一言で貫かれてしまう。
 どうやら私は精神的に相当参っていたらしい。普段なら決してしないような単純なミスだった。

「ちくしょーー! いつか絶対に成功してお前たちを見返してやるからなーーーー!」

 精霊の力を手に入れた男は、戸惑いを見せつつもこの場では誤魔化すように叫んでいた。
 周りの冒険者たちもガヤを飛ばしては酒をあおっている。誰も男の異変には気付いていない。
 下手な混乱を招かないよう男が冷静な判断で動いてくれたのが唯一の救いだった。

「ガハハハ、悔しかったら誰よりも強くなる事だな。アーティス!」
「この国では弱い冒険者なんてお呼びじゃねぇからな!」

 

 ◇



「本当に友人になってくれるとは思いもしなかったよ。えっと、ありがとうって言えばいいのかな?」
《……偶然です。他意はありません。私の事は忘れてください》
「……こんな一生分の幸運、忘れるもんか。それに偶然だったとしても俺は嬉しいよ。こうして精霊様と話せるってだけで特別なんだろう? それだけで十分さ。ここ最近は何もかも上手くいかなくてね。……自暴自棄になりかけていたんだ」

 男は――レイ・アーティスはうだつが上がらない中級冒険者だった。
 威厳もなければ男らしさの欠片もない平凡な顔つき、冒険者としてあるまじき貧相な肉体。
 剣を握るよりは畑を耕している方が似合っていると思った。……畑仕事も過酷な重労働ですが。

 私が辿り着いた火の国アダルバンは、実力が物を言う厳しい世界。
 数多の強者たちが血を流し蹴落とし合う、道端で行き倒れになった人たちも数多く見てきた。
 才能がない彼もまた居場所を失っていたらしい。さもありなんと言ったところ。
 
 ……冒険者。
 それは私が一番苦手としていた人たちだ。
 
 己の限界を悟った彼らの多くは、最後の手段として私たち精霊に泣きながら縋りつく。
 これはレムと契約した勇者という前例から生まれた、手軽に強くなろうとする安易な考えによるもの。
 それが呆れた事に一時期世界各地で流行となっていた。
 
 未熟者に力を預けた結果どうなるかは火を見るよりも明らか。
 行き着く先は常に破滅であり、そう簡単に扱えるほど私たちの力は甘くない。
 それに気持ちの問題もある。どうせなら信頼できる人物に託したいと思うのが普通の感情だ。
 
 きっと彼もそういった有象無象の一人だ。この時点では私はそう考えていた。
 
「ところでさ、念話じゃなくて直接顔を向き合わせて君と話せない? 是非とも精霊様のご尊顔を拝みたいんだけど。声からしてきっと可愛い子なんだろうなぁ……」
《……お断りします。どうせすぐに切れる関係です。会話をするのもこれっきりにしましょう》
「ははは、つれない子だね。じゃあせめて名前だけでも教えてくれないか? それくらいはいいだろう?」
《……ノート》
「ノート様――そうか君は大地の精霊様だったのか」

 男は納得したようにうんうんと首を縦に振る。私はそれを物陰から遠巻きに眺めていた。
 転生前の記憶は曖昧で定かではない、ただ今の自分が人と関わった事は殆どなかったはず。
 過去にレムが残した影響なのか、下界では他の精霊の存在まで認知されているらしい。

 一度繋がりを持ってしまえば死別するまで永遠と関係は続く。
 強制的に切り離す事も叶わない、自分でも不便な身体ではあると思う。
 しかし精霊とはそういうものなのだからと受け入れるしかない。

 力を手にした彼が悪行を働かない事を切に願うしかなかった。



「さてと、今日も一日精霊様、いやノート様に感謝を捧げながら頑張るとしますか!」

 そんな私の懸念とは裏腹に、男の生活は至極真っ当なものだった。
 大地の精霊術師として目覚めた以上、こちらの意思に関わらず一定の力は自由に扱える。

 それでも彼は己惚れずギルドで簡単な依頼クエストを選んでは日銭を稼いでいた。
 使い方がわからない? でもそれは少し労力を割いて調べれば解決する些細な問題。
 新しい力を手に入れたらすぐにでも試したいと考えるのが冒険者の共通認識ではなかったのか。

(精霊の力には興味がない? 本当に友人が欲しかっただけ……? 変わった人ですね……) 
 
 ひとまず彼が悪人ではないという事実がわかり安心した。ただ念のため監視を続けるつもりだった。
 本人の気質に問題がなくても、強大な属性力に翻弄され暴走してしまう恐れがあるからだ。
 結局のところ油断していた自分が悪いのだ。管理責任はきちんと果たさなければならない。
 
 こうして、当てもなく街を彷徨い歩く日々から一転。
 冴えない男の生活を追いかけるという奇妙な生活が始まった。

「なぁノート様。この装備どう? 似合ってる?」
「俺さ、あの冒険者連中が苦手なんだよね。強いけど一々嫌味たらしくてね。関わりたくないよ」
「いやーあの時は参ったね、もう死ぬかと思ったよ。あぁ今の生活も死んだようなもんか、ははは」
「もう一回話せない? 久しぶりに声が聴きたいんだけど! 駄目? おーい! 聞こえてる?」

(……この人は一々騒がないと気が済まないのでしょうか?)

 男の呼びかけは日に日に数を増していく。
 どうやら彼は確かに、心に孤独という闇を抱え込んでいたらしい。
 大通りで独り言をひたすら呟く姿は傍から見て異常だった。どれだけ寂しい思いをしてきたのだろう。
 
 自然と溜め息が漏れ出る。……いや、私も彼と同類だった。そうでなければ同調なんてしない。

「ノート様! 今日は――」
《もうっ聞こえています! 毎日毎日しつこいですよ。虚空に話かけて恥ずかしくないのですか!?》
「あっ、やっと繋がった! お久しぶりですノート様!!」

 無視すると決め込んでいたはずなのに、否応に彼を意識せざる負えなかった。
 次々と聞いてもいない情報が流れ込んで来る。適当に相槌を打つだけで相手を喜ばせてしまう。
 面倒臭い人と巡り合ってしまったものだと思った。以前の騒がしかった日常を少しだけ思い出す。
 あの時と比べれば会話に花もなければ、汗と泥に塗れた辛気臭い話ばかり。

《はいはい……わかりました、今日一晩は付き合います。これ以上騒がれても困りますし……》
「そんな一日と言わず一生付き合ってくれてもいいじゃないか。どうせ精霊様って暇なんだろ?」
《失礼な人ですね! ……悔しいですが否定できないのですが》
 
 それでも、どうしてか退屈だけはしなかった。
 私は数百年振りに自分の感情をぶつける相手を見つけたのだった。

 

 ◇



 寂しがり屋で面倒臭い私と似た性格の持ち主である彼は、時より別人の如く表情を変える事がある。
 いつものように依頼を受け森を捜索している最中、魔物に襲われている人物の姿が目に飛び込んできた。
 その瞬間、彼の声色が真剣なものへと切り替わる。

「いきなりで悪いんだけど、ノート様の力を借りるから」
 
 普段なら弱音を吐く状況なのに、恐怖を乗り越えて果敢に身体を動かす。
 初めての精霊魔法も使いこなし、土属性との相性も良かった。
 そして数でも質でも上回る魔物たちを次々と屠っていく。
 
 世界には、特定の条件下でのみ本来の実力を発揮できる難儀な性格の持ち主が存在するらしい。
 最初から素質はあったのかもしれない。これまでは環境に恵まれず自分で自分を封じこめていたのだろう。
 
 彼は自分が何をしたのかあまり憶えていなかった。
 その場に座り込み、返り血で汚れた震える手のひらを見つめて笑う。

「ははは……死ぬかと思った。もう二度とこんな無茶はしないぞ……!」

 そうは言いながらもこの戦いで何かを掴み取ったのか。
 この日を境に、彼は率先して誰かの為に剣を振るうようになっていた。
 
 それは私の認識が変わった瞬間でもあった。
 男は――レイは紛れもなく善人であり、そして精霊術師としての才能がある。

 自分の強みを理解したレイは、徐々に頭角を現し活躍の噂が国中に広がっていく。

「やった! やったぞ!! ついに俺はギルドに認められたんだ!!」

 そして年に一度、国を挙げて盛大に行われる勇者生誕祭。
 その晴れの舞台でレイは要人の警護を任される事となったのだ。

 どうやら中級冒険者が、このような重役に抜擢されるというのは異例らしい。
 世界的に見ても、希少な大地の精霊術師という部分を買われたのかもしれない。
 いや、それだけじゃない。彼のギルドでの地道な活動が実を結んだのだろう。
 
(あんなに喜んで、余程嬉しかったのでしょうね。……レイ、良かったですね)

 喜びの感情が私にも伝わってくる。
 当日はできる限りの協力はしてあげるつもりでいた。
 この頃になってくると、私も素直に彼を一人の友人として見ていた。

 今回の依頼を成功させれば、上級冒険者になれる日もそう遠くないかもしれない。
 一時は底辺を彷徨っていた男が陽の当たる道を歩む。輝かしい未来への期待を胸にその日を待ち続けた。
 
 そして――その式典はある意味で、彼の今後の人生を大きく変える特別な記念日になった。

「貴方に一目惚れしました、俺と結婚を前提に付き合ってください!」
(…………え?)

 私は思わず頭を抱え込んでいた。激しい眩暈と頭痛に襲われる。
 自らの手によって未来が閉ざされた瞬間だった。呆気にとられて止める暇もなかった。

 レイはあろう事か警護対象である、とある高貴な家柄の持ち主である令嬢を口説いていたのだ。
 それは式典が終わり、彼女が馬車で屋敷に戻るまでの僅かな間の出来事。

(……一体どういうつもりなんですか! あと少しで無事に依頼が終わる予定だったのに!)
 
 どう考えても上手くいくはずがない。それどころかこの事実が発覚すれば一大事になる。
 せっかく掴んだチャンスを台無しにするのか。帰ったらあとでたっぷりと説教をしないといけない。
 今後の方針を考えながら女性が断りの返事をするのを待ち続けた。

 ――どうやら偶然の女神というものは相当偏屈な人物らしい。
 
「ありがとう……君を一生大切にするよ」
(何故成功しているのですか……!? あの女性も正気ですか!?)

 レイは見事に令嬢の心を掴んでいた。
 どうやら彼が過去に救ってきた人物の中に、彼女に近しい関係者がいたらしい。
 そしてその人物経由でレイの活躍の噂をよく耳にしていたんだそうだ。世界は偶然に満ちている。

「ノート様、君と繋がってから俺の人生は凄く充実しているよ。本当に感謝している」
《貴方が勝手にしでかしたのですから感謝されても困ります……。ですが、これからが大変ですよ?》
「あぁ……わかっているさ」
 
 二人が通じ合えたのだとしても身分が違い過ぎる。
 当然の話だが後日、女性の親族からは猛反発を受けたらしい。
 レイは教会生まれの孤児だった、そして彼女は由緒正しい血筋の持ち主。
 
 釣り合わない二人の関係は果たしてどのような結末を辿るのか。

「悪いけどノート様、力を貸して欲しい!! これは一生の頼みだ!!」
《やはり……こうなってしまいましたか。考えなしに行動するからですよ!》

 二人は悩みに悩んだ結果、身分も故郷も捨てて逃げる事を選択した。
 レイは人攫いの汚名を被り国中の騎士団、そして冒険者たちから追われる身となった。
 それは決して彼らの力だけで逃げ果せる包囲網ではない。そう、彼らの力だけでは。

「逃げきれたらノート様を一生崇め奉るからさ!! 子々孫々に君の事を伝えていくから!!」
《もうっ、調子がいいのですから……仕方がありません。手を汚すのはこれっきりにしてくださいね?》
「流石はノート様、ありがとう愛してる!!」
《……さっそく大切な伴侶に不義理を働きましたね?》
「ごめんなさい……生涯の友人として感謝しています」

 ここまで続いてきた腐れ縁だ、見捨ててしまう訳にもいかない。
 彼と出会ってから一人で膝を抱える暇もなくなっていた。それだけ人の一生は目まぐるしい。
 レムがよく下界に入り浸れていた理由がわかった。私は今とても充実している。

「なっ、足が動かない!? どうなってるんだ!?」
「高位の石化魔法だ、解除もできねぇ! レイの奴がどこかに潜んでいるのか!?」

(ごめんなさい。これ以上先に進ませる訳にはいかないの。本当にごめんなさい)

 追跡者たちの足を止めながら、私は一人心の中で謝罪する。
 どちらかといえば正義は相手の方にある。仕事で追ってきた彼らには悪い事をしてしまった。
 
 でもこれは、私の友人が幸せになる為の試練。
 この隙に二人は協力者の船に乗り海を渡って別の大陸に移るだろう。

 そう、彼らに味方する者は私以外にも何人も存在した。
 レイは諦めずに前を進み続けた結果、誰かに認めてもらう事ができたのだ。

 孤独に苛まれていた男はもういない。そして私もまた――

「人の恋愛事情に精霊の力を貸したと知ったら、ウィズリィは怒るのでしょうか……? レムならきっと大はしゃぎして喜ぶのでしょうね。……ふふ、私も随分と俗に染まってしまったものです」
  
 遠くの水平線上に浮かぶ船と大陸を眺めながら潮風に当てられる。
 たった数年の付き合いで、私は大きく変わってしまった。その変化の善し悪しはわからない。

 でも、俯いていたあの頃では見えなかった景色は、とても綺麗で眩い茜色をしていた。



 ◇ 



 多くの人の助けを借り、駆け落ちた二人はやがて小さな村に辿り着いた。
 そこに到るまでも長い道のりだった。これまで培ってきた冒険者としての経験が助けになったらしい。
 伴侶の女性も、何一つ苦言を呈することなくレイの傍に寄り添い続けた。

 私もできる限りの支援はした。裏方で走り回るのも板についてきたかもしれない。

 その村は精霊信仰に厚く、レイが精霊術師というだけで快く受け入れてくれた。
 実際のところ同調は無意識に行われるものなので、精霊術師にも悪人は存在する。
 しかしその事実を村人が知る由もなく。勇者と同じというだけで絶対的な信頼を得られるのだった。

 自然豊かな土地で、心優しい隣人たちに囲まれた小さな世界。
 彼らはここに住まう事にしたらしい。空き家を借り剣を捨て鍬を振るう日々が始まった。
 犯罪者となったレイが冒険者に戻る事は叶わない。安定した稼ぎもなくなり貧しい生活が続く。

 それでも彼らは幸せな生活を送れていたと思う。
 数年後、二人の結婚式は森の教会でしめやかに行われた。私も一応招待はされたが断った。
 
「ありがとうノート様。君との出会いがなければこんな幸せな舞台に立てなかったよ」
《……レイはそればっかりですね。冒険者としての成功を捨ててまでこの道を選んだのです。これからは二人で協力していくのですよ?》

 参加はしなかったが、私はいつものように遠くから式を見守っていた。
 最初の出会いから一度として彼の前に姿を見せようとはしなかった。でも、それでいいのだと思う。
 こうして姿が見えないからこそ、お互い歳も種族も関係なく遠慮なしに話す事ができたのだから。

「ところでノート様はこれからどうするんだ? 今まで俺の事を監視していたんだろ? でも今後は精霊様の力を借りる事態にはならないと思うんだ、こうして畑仕事を覚えるのに精一杯だしな」
《そうですね、今後の予定ですか……》

 どうして祝いの席で自分の話になるのか不思議に思った。
 言われると確かに冒険者でもない彼をこれ以上見守る必要はない。
 属性の相性も良く、精霊術師としての彼の実力ならば、暴走する可能性も極めて低いだろうから。

 また一人で当てのない旅に出る? 
 以前と比べれば、幾分か心に余裕が生まれたとはいえ耐えられるだろうか。

「もし……もしも、これはノート様の都合がよければの話なんだけど――俺の家族にならないか?」
《まさか……私にまで手を出すつもりですか?》
「へぇっ!? 違う違う! 俺は今までノート様の事をずっと家族のように思っていたんだよ! 一人っ子で教会にも同年代の奴はいなかったし、妹みたいな……? だからもし行き場がないのであれば一緒に暮らすのもいいかなって、これまでのお礼もしたいし……まぁ直接顔を合わせた事は一度もないけどな」
《それを聞いて安心しました》
「絶対にわかってて言っただろ? 俺たち一体何年の付き合いだと思っているんだ」
《ふふっ、気付かれていましたか。……これは素敵な申し出ですね。少し考えさせてください》
「返事はいつでもどうぞ。まぁ俺が死ぬまでには返してくれよな?」
《私はそんなに優柔不断ではありません》
「本当かよ」
 
 彼の家族として迎え入れられる。考えもしなかった話だ。
 三人で静かな余生を過ごす、いずれ二人は子宝に恵まれて家庭を持つ事になるはずだ。
 その場合、私の立ち位置はどうなるのだろうか。昔からまったく成長しない器を見下ろす。
 
 外で遊び回っている子供たちに混ざっても違和感がないくらい小さな身体だった。
 
 これではどう頑張っても妹ではなく娘になってしまう。
 レイから娘として扱われ、生まれてきた子供の姉として振る舞う。
 以前のウィズリィに叱られて拗ねるレムとフィアーをなだめていた頃のように。
  
 そんな未来を想像して思わず私は笑ってしまった。
 
 
 ――それから月日は流れた。
 民家に大勢の村人たちが集まりベッドの上では女性が苦しそうにしている。
 村で唯一の医者が険しい表情でレイと話していた。

「先生、妻とお腹の子供を救う手立てはないのですか!?」
「申し訳ないが、この村の施設ではこれ以上どうする事もできない。早急にポートセルトに向かうべきだ」
「街にですか……? ……だがそれでは、クソッ!!」

 何度も上下する大きな膨らみ。
 そこには二人の待望だった宝物が眠っていた。でもそれは今にも失われつつある。
 女性は元々身体が弱かったそうで、それでよく逃亡生活に耐えられたものだと思う。
 慎ましい彼女は症状に出るまでずっと黙っていた。それが悪手となった。
 
 目まぐるしい環境の変化で抱えたストレスが、出産を機に一気に圧しかかった。
 そしてそれはお腹の子供にまで影響を及ぼしていた。このままでは二人の命が危ういらしい。
 レイはその日から一睡もせずに悩み続けた。
 
 逃亡中である彼らが街に出るという事はそれだけでリスクが生じる。
 ポートセルトにもギルドは存在する、病院では身分を明かす必要もある。
 これは賭けに近い、最悪の場合二人は引き裂かれ子供の命も保証されない。

 私もまた一人悩んでいた。
 この場で街へと移動せずに二人を救う手立ては存在する。
 失敗すれば死に至るという危険性はある、ただそれはどのような手段を用いたとて同じ事。
 それにこちらは分が悪い賭けではない、成功するだろうという確かな根拠もある。
 
 でも……その為にはあの子の大切な形見を失う事になる。
 これまで私の支えにもなっていた想い出を捨てる覚悟ができるだろうか。

 たった一日、それでも数年にも感じるほどの長い時間を使って私は決心をつけた。
 
(あの子が私の幸せを願って贈ってくれた指輪ですが……!)

 目の前の命を救いたいと思った。
 彼から受け取った家族という言葉。それが今の私の背中を押してくれている。
 過ぎ去った日々にいつまでも縋っていては、みんなに怒られてしまう。

(レム、お願い。私はあの家族を救いたい。許して……そして助けてあげて……!)

 肌身離さずに身に付けていた指輪を取り外す。
 レムの身体の一部から作り出された強力な魔法道具。
 光属性は人との相性が良く怪我の治療にも活用されている。
 光の精霊の欠片ともなれば、どんな病も吹き飛ばす特効薬となってくれるに違いない。 
  
 隙を見てこっそりと指輪を枕元に置き、私は祈り続けた。
 指輪は最後の砦だった。今日まで心折れずに歩き続けてこられたのも託された想いがあったから。
 レムは私の幸せを願ってくれた。そして私はあの人たちと生きる未来を選んだ。

 翌日、レイと村人たちの歓声が村中に響き渡った。 
 
「やった……やったぞ! 奇跡が起こったんだ! 女神様――いや俺たちの精霊様の祝福のおかげだ!」
(私は何も……ただあの子が救ってくれただけで……。あぁ……本当にありがとう、レム)

 赤ん坊は無事に産声をあげた、女性も無事だった。
 村の医者も首を傾げるほど二人は健康そのもので、村人たちも神の御業と信じ切っている。
 そして誕生の一部始終に立ち会った私は、その神秘的な光景に視界が霞んでしまった。

 レイが掲げるのは可愛らしい男の子。
 光の精霊の加護を受けた為か、少しだけレムの面影をそこに感じる。
 懐かしさと同時に一末の寂しさ、それから喜びと複雑な感情が入り混じる。
 
 家族を持つことが夢だった少女が、他の家族を救ったのだ。
 それは間接的に彼女の繋がりを現世に残し、この男の子に引き継がれている。
 人と精霊、二つの血を受けた赤ん坊は、きっと将来立派に成長するだろう。
 なんせ悪戯好きで行動力に溢れ、誰よりも優しいあの子の子供でもあるのだから。
 
 赤ん坊は――ニノという名をつけられた。

 レイの言葉を借りれば、この子は私の家族でもあるらしい。つまりは弟だろうか?
 初めての経験だった、初めて芽生えた気持ちだった。温かくて満たされていく。
 届かないとわかっていても赤ん坊に向けて何度も手を振る。
 こちらを向いて少しだけ笑ってくれたような気がした。

(あの子が私の弟。大切な……家族)

 血の繋がりもなければ種族も違うのに、ニノを見ていると愛おしさに溢れて仕方がなかった。
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