闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

文字の大きさ
42 / 56
三章

47話 喧嘩

しおりを挟む
「君たちを試すような真似をして悪かった。申し訳なく思っておる」
「本当です。もしもの事があれば僕は貴方を許せませんでした」

 同日、ギルド長室にて。
 執務机を挟んで椅子に深々と座る人物に僕は厳しい視線を向ける。
 ダブラスさんには多大な恩があるとはいえ、フィアーに対する仕打ちには黙ってはいられなかった。
 
 こちらの来訪を予期していたのか、多忙の身であるはずなのに。
 ダブラスさんは逃げる事なく、落ち着き払った様子で灰色の瞳で僕を視界に収めていた。

「……覚悟を知りたかったのだ。闇精霊様はワシの予想を遥かに超える速度で人の世界に馴染んできていらっしゃる。これもニノ少年の影響によるところが大きいのだろう、喜ばしくはあるが。しかし冒険者ともなればこれまで以上に様々な人種と関わる。この街での諍いはワシの権限で包み隠せるが、他はそうではない。無論、大抵の者は上位存在に対して畏怖の念を抱いているものだが……」
「全ての人族が精霊様に敬意を払っているとは限らない。中には盗賊団然り邪悪な思想を持って近付いてくる輩もいる」
「そうだ。そういった連中に付け入る隙を与えないようにせねばならない」

 ポートセルトはギルドが自治する世界に点在する自由都市の一つだ。
 またここより北西にある精霊至上主義のアーリス教国の影響を多大に受けている。
 滞在する冒険者の多くが精霊信仰にも厚く、それもあって僕たちはギルドの庇護下で守られてきた。

 本来、人知を超えた存在を個人が所有しているのを国や組織が見逃すはずがない。
 今の状況が特殊なだけで、見えない障害が数多く存在する事を努々忘れてはいけないんだ。

「感情と魔力は切っても切り離せぬ関係だ。強い力の持ち主ほど得てして情動的な面もある。そして不安定な精神のままでは魔力の制御を容易に乱し未曽有の厄災を起こしかねない。リスクがあるのはわかっていた。しかし乗り越えてもらわねば安心してこの街から送り出す事ができなかったのだ」
「フィアーは少しずつ変わってきています。僕以外にも親しい人ができました。そうまでして焦る必要があったのでしょうか? もう少し僕たちの事を信じてくれても……!」
「内面的な変化の機微を確認する術をワシらは持ち合わせておらんのでな。言われるまでもなく少年の事は信頼しておるよ。でなければワシも表立って庇ったりはせん。だがそれだけを根拠に楽観視できるほどワシも若くはないのだよ。これを老害と呼んでくれても構わん」

 ダブラスさんはそう言って苦笑する。
 どことなくその様子がウィズリィ様に似ていて、悪意なんてものはなく。
 ただ単純に僕たちを思いやってくれる優しさがにじみ出ていた。

 僕は精霊様たちと一緒に暮らしているからこそ、彼女たちの些細な変化も成長も実感できている。
 だけどそれが第三者から見て認識できるものか、と聞かれたら自信を持って答えるのは難しい。
 口頭だけで信じて欲しいと願うのは……子供じみた考えだったのかもしれない。
 
「ダブラスさんの仰る通りなのかもしれません。それでも! せめて一言……事前に相談して欲しかったです」
「話を通していれば納得できたのか? 成否に関わらず心に傷が生じると理解して最後まで平然としていられただろうか?」
「それは……途中で引き止めていたかもしれません。もしくは別の手段を探していたかも……」
「正直者だな。……時としてその優しさが命取りとなる日が来るやもしれんが。しかし、だからこそ精霊様を始め周囲の者たちを強く惹きつけるのであろうな。少年はそのままでいればよい。老い先短いワシのような年寄りは他人から恨まれるのには慣れておるからな」
「…………」

 目的の為なら非情とも取れる手段も厭わない。
 僕には到底真似ができないやり方で、でもその判断が間違っているとも言い難い。
 最初こそ怒りが勝っていたけど。今はただ自分の不甲斐なさを思い知らされるだけだ。

「……長い目で見守ろうと思っていました。それが最善だと考えていた。それでは周囲を納得させるには弱かったんですね。……僕は相手を傷付ける事にとても臆病だったのかもしれません」

 見えている世界が狭すぎた。責任ある者として、もっと視野を広くあるべきで。
 僕がやらなければならなかった使命を、代わりに手を汚させてしまった事を申し訳なく感じた。
 
「ニノ、いいのよ。私が悪かったから。自分の過去を清算せずに曖昧なままで人と関わろうとした。……信用されなくて当然だわ。実際、些細なきっかけで気が動転してしまったし……。自分に自信がないからって、それで他人に当たって……馬鹿だった。本当、穴があったら入りたいくらい」

 後ろで会話を聞いていたフィアーは、真っ直ぐ歩み寄って来ると僕の手を強く握る。
 昨日今日で何かが大きく変わる訳じゃないけど。確かに成長した部分を相手に見せつける。

「でも、もう大丈夫だから。私はこれから先どんな障害が立ちはだかってきても、逃げずに向き合って一歩ずつ進んでいく。その為の勇気をニノがくれたから。受け取った大切な言葉を、想いを絶対に踏み躙ったり穢したりなんかしない。それを今ここに誓うわ」

 フィアーは胸に手を置いて、ハッキリと言い切った。

「ダブラス。貴方の懸念は間違ってはいなかった。それでも私は乗り切った。信じてもらえないかしら?」
「僕もできる限りのサポートはします。……偉そうに言ってすみませんでした。それから、ありがとうございました」

 二人で頭を下げる。
 多少強引でもダブラスさんは僕たちに道を示してくれた。
 その感謝の意味も含めて。僕たちは本当に周囲に恵まれている。
 
「ワシには家族はおらんが、成長する孫を見届けたような気分だ。嬉しくもあり、無性に寂しくもある」
「……感謝はしているけど、そこまではお断りしておくわ」
「僕も意地悪なお祖父さんは嫌だなぁ。あっ、もちろんそう思ってくださるのは光栄ですけれど!」
「くっくっくっ。これはこれは手厳しい。……さて、精霊様にせっかくご足労をおかけしたのだ。何か手土産の一つでもお渡ししておくべきかな」

 ダブラスさんは微笑を交えながら立ち上がると、部屋の中央に大きな箱を生み出した。
 どういう原理なのかはわからないけど、中には数多くの魔法道具が転がっている。
 用途不明の物から明らかに高価だとわかる品々まで。

「ここにあるのはワシからのせめてもの償い――ではなく。ささやかな合格祝いとして贈らせて頂きたい。君たちの今後の活躍を常に陰ながら応援しておるよ」
「……こんなに融通してくれるなら、嫌がらずもっと甘えた方が良かったかしら?」
「そういう打算的な孫も嫌だなぁ」



 ◇



「えっ、えええええ!? フィアーちゃんたち冒険者になっちゃったの!?」 
「そうよ。私が最初に提案したんだからっ!」
 
 フィリスの驚く声が部屋の中を木霊した。
 望んだ反応を引き出せて嬉しいのかフィアーは満足そうに頷く。

「ニノニノと朝帰りしてきたかと思ったら、急に機嫌が良くなりおって。一体何をしていたのやら……気になるのう。なぁ? ノートよ」
「どうしてそこで私に振るのですか? 悩みが解決したのですから素直に喜ぶべきでしょう?」
「おや、二人だけの秘め事じゃぞ? 気になってお主もそわそわしておったのではないのか?」
「していませんっ! ニノだって……その、男の子なのですから。隠し事の一つや二つ……って何を言わせるんですか!?」

 ウィズリィ様がノート様にちょっかいをかけていた。
 最近よく弄られているのを見かけるけど。根が真面目だから反応が初々しくて面白いんだろう。
 ちなみに僕も結構好きだったりする。本人には内緒だけど。

「そんな邪推されるような事は何もしていないけどね。少し腹を割って話しただけだよ」
「フィアーに何もされていませんか? 無理矢理襲われそうになったりとか……! この子には前科がありますので、それだけが心配で……!」
「だ、大丈夫。問題はなかったよ」

 ……未遂だけど。

「何でよ!! こういうのって普通は逆じゃないの!? 男の方が心配されるって変でしょ!?」
「普段の行いじゃろう」「ですね」「フィアーちゃん……」
「はいはい! 闇精霊様、私だけは味方ですよ!!」
「ぐぬぬ……!」

 勝ち目がないとわかってかフィアーは不貞腐れる。
 
「しかし、ギルド長からの贈り物は嬉しいのじゃが。これだけはどうにかならんかったのか? 首元が窮屈で今からウィズの奴が嫌がらないか心配じゃ」

 宝石が埋め込まれた銀の首輪。
 ここにいる精霊様四人が同じ物を身に付けている。

「抗魔の首輪だって。こんな貴重な物を無償で貰えるなんてね」

 元々は捕虜にした敵の魔力を封じ、戦闘能力を奪うのに用いられる魔法道具。
 一般的に出回っているのは小さな指輪の造形であり、これは精霊様の為に特別に加工されている。
 こんなのを前もって用意しているという事は、最初からダブラスさんの思惑シナリオ通りなんだろう。
 
 信頼されているなぁ……。

「確かに変な気分になりますね。ニノに直接取り付けてもらって、まるで所有物として扱われているようで……」
「その感想は変態じみてるわよ……流石、ノートね」
「ノート様それはちょっと、どうかと思う。かな?」
「大地の精霊は良い趣味をしてるな」
「もうっ、どうして私の時だけいつもいつもそういう反応になるんですか!?」

 今度はノート様が不貞腐れていた。

「これを身に付けている間は、人と同じ魔力に抑えられるみたいだよ。正体を隠すには便利だね」

 庇護下にある間はともかく、外に出れば降りかかる火の粉は自己責任で対処しないといけない。
 フィアーたちは日常的に魔力を抑えているけど。それも完璧ではないし穴はある。
 首輪はもしもの保険として機能してくれそうだ。

「うーん。少しでも本気を出せば壊れてしまいそうなのが怖いわね」
「危険が差し迫ったり、万が一の時は簡単に外せるようになっていますから。ただ、その必要がないよう日頃から魔力の制御訓練はしておくべきですね。目安にはなると思います」
「ウィズの訓練にも使えそうじゃのう」

 魔力を遮断すると言っても彼女たちは属性力そのものなので、あくまで部分的に抑制されるだけ。
 人と亜人が生み出した叡智を持ってしても、上位存在に届くのはまだ先の話になりそうだ。
 
「ちなみにだけど首輪は例の如く高価だから壊さないようにね? 予備も一応あるけど」

 僕が使っている義肢ほどじゃないにしろ。
 素材以上に加工に手間が掛かっているので、消耗品として扱われると貯金が一瞬にして消し飛ぶ。
 せっかくみんなが冒険者として頑張って稼いでくれても、それでは意味がなくなってしまう。

「安心しなさい。子供じゃあるまいし、今更力の制御なんて――」

 ――バキッ

「あれ、今日は……調子が悪いのかしら……? ……ごめんなさい。ニノ、代えはある?」
「しばらくは慣れるまで全員で訓練かな……。どうせ僕たちも暇だしいくらでも付き合うよ」


 
 ◇



 ――――ザザザザザザザザザザ

 茂みの揺れる音、土を蹴る振動。森の中を複数の影が走っている。
 良質な魔力の匂いに誘われて、周辺の魔物たちが集まってきているのがわかる。

「数が多いですね。数カ所に分断させましょう」

 先行していたノート様が、魔物の群れを巧みに誘導。
 群れの間に強引に壁を差し込み、空間を三つに切り分ける。
 土属性の堅牢な守りは使いようによっては、敵を閉じ込める囲いへと変貌する。

「そちらには二十ほど残っています。張り切り過ぎて取り逃さないようにしてくださいね」
「ええ、任せなさい。さぁかかって来なさい雑魚共!!」

 土壁によって疑似的に創り出された戦場。
 終点で待ち構えていたフィアーが死神の鎌デスサイズを振り回し、瞬く間に魂を刈り取っていく。
 首輪で抑圧された状態でも恐ろしく研ぎ澄まされた一閃は、敵に断末魔の声を上げさせる隙も与えない。
 
「はぁ……手加減しながら戦うのって本当――疲れるわねっ!!」

 荒い息と愚痴を垂れ流しながら、フィアーは円を描いて血の雨を降らしていく。
 乾いた土地に鉄臭い匂いが染み込んでいた。ゴブリンたちの死体が転がっている。
 どこを見渡しても何かの破片が散らばっていて、その風貌は冒険者というよりは処刑人に近い。

「相変わらず下品な戦い方じゃのう。その血で汚れた服を洗濯する者の身にもなれ」
「命の取り合いに綺麗も汚いもないでしょう? ていうか一番働かないお前に言われたくないわよ! 文句があるなら少しは手伝いなさい!」
「面倒じゃのう……」

 ウィズリィ様は指を動かし、泡を使って残った魔物たちの穴という穴を塞いでいく。
 空気を埋める溜め込まれた水に溺れ、対象はもがき苦しみながら絶命していた。
 最小の労力で最大限の効力を発揮する。まさしく技巧派の戦い方だった。

「この通り。ワシが前に出ては訓練にならんじゃろう? ウィズの奴に必要なのは、こんな細々としたものではないからのう」
「あーもうっ、その余裕の表情ムカつく!」

 踵を返してフィアーは別の群れの中に飛び込んでいく。
 ウィズリィ様はフィリスの膝の上に座りのんびりと寛いでいた。

「一つ、二つ、三つ――闇精霊様! 奥に奴らの巣を発見しました!」

 直上の木から弓による援護射撃が降り注ぐ。
 正確に急所を狙った一撃は確実に敵の数を減らしていく。
 更にセレーネは敵の根城を見つけたらしい。闇属性の炎を宿した一矢で近場に印を立てる。

「やるじゃないセレーネ!」
「お褒めに与り、恐縮至極でございます!」

 獣の尻尾を使って器用に着地したセレーネは嬉しそうに返答する。
 すぐさま駆け出したフィアーの右手には黒々とした魔力が集中していた。

「これで終わらせるわよ!」

 身体を宙に投げ出し、低空から幾重にも連なる槍を射出する。
 最後に闇の槌を手に取り、黒炎を放ちながら地面へと振り下ろそうとして――

「――邪魔!」
「えっ、ちょっ!? まっ、ひゃあああああああああ!!」
「や、闇精霊様ああああああぁぁぁぁぁぁ!! ぐへっ」

 横から突然飛び込んできたトルにフィアーは体勢を崩される。
 行き場を失ったエネルギーが膨れ上がり、身体の軽い彼女は真逆の方向へと飛んでいた。
 必死に受け止めようとしたセレーネもろとも転がっていく。

「……これで、終わり!」

 一足先に辿り着いたトルが雷爪でゴブリンの親玉を切り刻む。
 遅れて巣に雷撃が流れ込んだ。激しい雷鳴音、黒ずんだ生物の灰が風に流されていく。 
 早朝から魔物の討伐を続け、これで四つ目。一応報告にあった全ての巣を破壊した事になる。

「いや~凄いね。まだ陽が昇り切ってもいないのにもう終わっちゃった。フィアーちゃんたち派手に転がってたけど大丈夫かな?」
「鬼に殴られた訳でもないのだから平気じゃろう。龍の息吹にすら耐えられる器じゃぞ?」
「そう聞くと私が馬鹿力みたいでやだよぉ」

 フィリスはウィズリィ様を抱えながら頬を膨らます。

「一応、上級冒険者に向けられた依頼だったんだけど。抗魔の首輪込みでも物足りなかったみたいだね」

 巻き込まれないように見学していた僕たちは彼女たちを労いに行く。
 返り血と泥に塗れた少女は、僕の姿を見つけてバツが悪そうに頬を掻いていた。

「はぁ、最後の最後で散々ね。カッコいいところ見せたかったんだけど」
「フィアーお疲れ様。惜しかったけど、その勇姿はしっかりと目に焼き付けたよ」
「縦横無尽に暴れてたもんね~!」
「くっくっくっ。似合っておるぞ」
「……うるさい」

 フィアーは立ち上がると大きく背伸びをしながら息をつく。
 全力を出せないというのは、想像以上に精神的に疲れるらしい。
 残党を処理していたノート様も遅れて合流しとりあえず休憩を取る事にした。
 
「ここも随分と懐かしい気がするよ。あそこに見えるのはトルが眠っていたダンジョンの痕跡かな?」

 トルと出会い僕が闇魔法で破壊して、逃げ帰る際に酷い目に遭ったのもまだ記憶に新しい。
 あの時もかなりの数の魔物を倒した覚えがあるけど。巣は健在でずっと繁殖していたみたいだ。

「これだけ働いても十日分の生活費も賄えないって酷い話ね」
「魔光石がなくなってから通常種に戻っちゃったし。ここは人里から離れているから緊急度も低いしね」

 魔物の討伐は危険度の割には実入りが少ないもので。
 定期的に数が増え続けるものだから、依頼者が富裕層でもない限り報酬は減ってしまう。
 かといって放置していれば往来にまで進出してしまうので、結局は誰かが引き受ける必要がある。
 
 実績がない以上フィアーたちは名目上では下級冒険者。
 しかし本来の実力を鑑みて、簡単な依頼を回すのはもったいないと判断されたらしい。
 ギルド長の手回しもあって今回の上級用の討伐依頼を受ける事になった。

 正式な手続きを踏んでいないので報酬が削られるのは難点だけど。
 あくまで訓練として見れば絶好の相手だった。ギルドとしても安上がりで済むし両者に利がある。
 
「それにしても今日のトルちゃん、少し様子がおかしくなかった? 連携が取れていなかったよね」
「そうだね」

 鈍感なフィリスでも気付ける違和感。
 トルは今も一人離れた場所で黙々と素振りをしていた。

 あの夜を境に、トルはフィアーと会話らしい会話を一度も交していないらしい。
 同じ部屋で過ごしているし、フィアーも本人の前で謝罪はしていたみたいだけど。
 これまでも口喧嘩ぐらいはたびたびあったけど、ここまで拗れるのは珍しい。

 それはもちろんフィアーに責任があるのは確かだ。けどトルもどこか意固地になっている気がする。
 長引けば長引くほど修復は難しくなるだろうし。部外者が口を出すのもおかしい。
 二人の本当の仲の良さを知っているだけに、見ていてとてもじれったい。

「トル、怒っているのはわかるけど、一応訓練なんだから協力して――」
「…………」
「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ!?」

 フィアーの顔を一瞥だけして、トルは無言のまま通り過ぎていく。
 誤魔化すように僕に飛び付いてきた。背中に受ける視線を気にせず頭を擦り付けてくる。

「……ニノ、早く帰ろ? お腹、空いた」
「トルもお疲れ様。報告は後にして一旦屋敷に戻ろうか?」
「……うん」

 その手を握って僕も立ち上がる。
 
「やれやれ、フィアーの次はトルか。二人ともまだまだ子供なんじゃから……」
「意地を張り合っているだけで、可愛いものじゃないですか。喧嘩するほど仲が良いって言いますし」
「お主の言葉には実感が伴っておるのう?」
「だって私たちがそうだったもんね~」
「そうですね。流石にあれだけの規模の喧嘩は一度きりにしたいですけど」

 フィリスとノート様は顔を見合わせて笑っていた。
 経験者たちがこう言っているんだし、あまり心配しない方がいいのだろうか。

「ぐぬぬぬ、闇精霊様を無下に扱うとは……! たとえ神が許しても私が許さんぞ……!」
「はいはい。フィアーちゃんが大好きなのはわかるけど、セレーネちゃんは少し落ち着こうね?」
「は、離せぇ!! クソッ、お前はどんだけ馬鹿力なんだ!?」
「酷いっ!?」
 
 無理矢理に引き摺られながら、セレーネが連れ去られていく。

「…………トル」

 フィアーを見ると唇を噛みしめ悔しそうにしている。
 一度失った信頼を取り戻すのは難しい。それも自分から拒絶したのだから尚更。
 それでもフィア―は、すぐに頬を叩いて気合を入れ直していた。
  
「んっ……大丈夫。これは私自身が招いた事だもの。いつか絶対に振り向かせてみせるわよ」

 聞こえてきた自省の言葉に僕は少し安心した。
 トルにも届いていたのか、腕を握る手が微かに反応している。

 長く付き合っていれば、一度や二度はすれ違う事もあるだろうから。
 お互い喧嘩してもいつの日か、振り返った際に思い出として昇華される時が来るはず。
 それが近い将来に訪れますようにと祈りながら、僕たちは帰路に就いた。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。