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1巻
1-3
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◇
「ねぇ、これをスイッチに置けば先に進めるんじゃないの? うぐっ、お、重い。ちょっと、ニノも見てないで手伝いなさいよ!」
フィアー様がキングトロールのちぎれた腕を引っ張るも、体格の差でビクともしない。
僕もその隣に立って太い指を持ち、二人で引き摺るようにして少しずつ運んでいく。
「よいしょ、よいしょ」
可愛らしい掛け声を出して、額に汗を流す少女。
その姿は、先程の殺意に満ちた魔力の持ち主には到底結びつかない。
まるで酷い悪夢でも見ていたかのようだった。
「……どうして?」
疑問がふつふつと湧き上がってくる。考えれば考えるほど、袋小路にはまりそうだった。
フィアー様に質問を投げかける。
「僕は……人族だよ? フィアー様はどうして僕のことを受け入れてくれたんですか?」
「え、ごめんなさい。聞こえないわ」
「いや、だから僕は人族――って何してるんですか?」
僕の問いを聞いた途端、フィアー様は耳を塞いで拒絶しだした。
その場に座り込み背中を向けている、そりゃ聞こえないよ。……いや、聞きたくないのかな?
僕が前に回り込むと、今度は立ち上がって逃げるように走り出した。
「あーあー聞こえない。ええ、確かに私は人族が嫌いよ。今すぐ滅ぼしてやりたいくらい。狭い場所に封印されて、酷いこともたくさん言われたわ! でもニノは人族じゃないから平気なのよ!」
「聞こえているじゃないですか! 僕は人族ですよ~! 最初に出会ったとき、フィアー様だって僕のことを人扱いしてましたよね~!」
「気のせい! 気のせいだったから!! 私の気のせい!!」
そう自分に言い聞かせるように、フィアー様は首を左右に振っていた。
どうやら彼女の中で、僕は都合よく人外として扱われているらしい。
「認めない認めない。こんな純粋無垢で、私たちを道具として見ていない、悪口も言わない、拒絶しない人族なんて存在しない。存在しないから! これは何かの陰謀よ、うん、きっとニノは自分を人族だと思い込んでいる可哀想な亜人なのよ!」
呪詛のようにブツブツと呟いている。よほど人が嫌いなのか、しまいには勝手に亜人として納得してしまった。
キングトロールに向けていた覇気はどこへやら、目がグルグルと回っていて焦点も合っていない。
って熱い――熱い熱い熱い。
また僕の身体に、どす黒い魔力が流れ込んできた。もしかして混乱して魔力を制御できていない!?
「ちょ、ちょっと落ち着いて!! 落ち着いてよ、もういいから! もう亜人でもいいから! ねぇ、聞いてよフィアー!! 間違ってもまた地獄の門を開けないでよ!?」
取り乱すフィアー様の肩を揺さぶる。
小さな身体が振り子のように揺れ、そして一瞬目が合った。
フィアー様はハッとした表情で、僕の顔を見つめている。
「あっ、今、私のことを呼び捨てにしたわね!」
「えっ、あっ……! しまった!!」
直前の言葉を思い出す。確かに今の発言は、精霊様に対して不敬もいいところだ。
しかも結構強い語気で叫んでしまった気がする。今度は僕が焦る番だった。
……ところが、フィアー様はそこで何故か得意げな表情になる。
「――いいわ、それ。うん、私も何か物足りないと思っていたの。他の連中だったら消し炭にしてやるところだけど、特別にニノには許すわ。ふふふ、これはノートにも辿り着けなかった境地ね」
「えぇ……フィアー様……?」
「許すって言ってるでしょ!! 馬鹿にしてるの!?」
「イタイイタイイタイ、わ、わかったよフィアー!!」
頬をつねられた。
危うく暴走した魔力を解き放つところだった。多分、次はダンジョンそのものが崩壊するだろう。
キングトロールの末路を考えると、これは大袈裟な表現ではないと思う。
「ほら、扉も開いたし、さっさと奥に進むわよ! ついて来なさい!」
上機嫌に先導するフィアー様――いや、フィアーを追いかける。
あの一連の流れが何だったのかと思うほど、コロコロと気分が変わっていた。
闇精霊とこうして直接触れ合った人族は多分、僕が最初の一人だろうけど……ここまで親しみやすい性格をしているとは、思いもしなかった。
これまで僕と関わりのある精霊様は、心優しいノート様ただ一人だった。
精霊様の多くは気難しくてプライドが高いらしく、精霊術師は常にご機嫌伺いの日々を過ごしている。
話によれば、呼び方一つで嫌われるのも日常茶飯事らしい。涙ながらにそう語る同志もいた。
かと思えば、呼び捨てにされて喜ぶ変わり者もここに存在する。
先の一戦がなければ、彼女が闇精霊だと言われても信じられなかっただろう。
出会った当初から、底知れなさは感じ取っていたけど。
「闇精霊か……街を案内して大丈夫なのかな? 急に滅ぼすとか言い出さないかなぁ……?」
フィアーとの出会いで、僕の人生に大きな転機が訪れた気がする。
精霊使いになったのもそうだけど、それ以上に価値のある何かを掴めた。そんな実感がある。
ただその分、不安も大きかった。
◇
「あれ、もう行き止まり? 部屋が一つしかない……?」
仕掛け扉の奥は、一つの通路と一つの小部屋だけで完結していた。
ダンジョンの終着点。そのはずなのに、部屋には何も痕跡がなかった。
お宝も、魔物も、そしてレイドさんとミスティさんの姿も。
「……おかしいよ。それじゃどうして二人はすぐに戻ってこなかったんだ? どうして……!」
「ふーん、どうやら貴方、面白くないことに巻き込まれたみたいね」
フィアーは納得したように呟いた後、部屋の隅を指差す。
そこにはごく僅かな魔力の残滓を含んだ、黒い渦が浮いていた。
「転移の跡があるわ。そっちの壁にあるレバーは大広間の入口を閉じるものみたい。このダンジョン自体が、貴方を閉じ込めるのに使われた、仕組まれた罠って訳ね」
「な、何で……? 僕、二人に何もしていないよ? 閉じ込めてどうするつもりだったんだよ!」
「さぁ? 知らないけど、どうせくだらない理由なんでしょう。人族の考えることだもの」
フィアーはさもそれが当然かのように言い捨てた。
そんな気軽に犯罪に手を染める人が、同業者の先輩にいるだなんて信じたくない。
僕が二人と出会ったのだって、街で向こうからパーティに誘ってきたのが始まりだ。恨みを買うほどの付き合いすらないし、命まで狙ってくるのは理解できなかった。
しかもこんな回りくどいやり方。少なくとも二人の実力なら、僕一人を殺すことなんて容易かったはずなのに。
……駄目だ、考えると頭が熱くなってきた。
「ちょっとニノ、大丈夫? 足元が覚束ないわよ?」
「ご、ごめん。少し眩暈が……」
僕は床に倒れ込むと、そのまま天井を仰ぎ見る。
全身の汗と震えが止まらない。寒気がしてきた。
「もう、だらしないわね――って貴方、凄い熱があるわ!」
「色々あったから……疲れが溜まっていたのかな……? ごめんなさい……」
「違う、ニノは私の魔力に当てられたのよ。久々に暴れられるからって、調子に乗り過ぎたわ。人の身体では、そう簡単に闇属性に適応できないことを失念していたの……」
フィアーは僕の額を優しく撫でたのち立ち上がると、転移跡の前に移動する。
すると唐突に、黒い渦の中に腕を差し込んだ。グイグイと強引にこじ開けていく。
「閉じた門を再出現させるって……精霊様は無茶苦茶だよ……!」
「もう喋らなくていいわ、少しの辛抱よ。早く宿のベッドで休みましょう? 部屋が埋まっていたら、私がまた邪魔な連中を消し飛ばしてあげる」
「それはやめて……ね」
第三話 郷友
海鳥の鳴き声と潮の香りが、風に乗って窓のカーテンを静かに揺らしている。
ふかふかのベッドの上、時を忘れてぼんやりと白い天井を眺める。
ここは港街ポートセルト――にある一軒の宿。
街に帰り着いてから、三日が経っていた。
僕たちが潜っていたダンジョンからここまでは、本来なら馬車で半日ほどかかる距離だ。
でもフィアーが無理やりに転移門をこじ開けたので、実際は数分足らずで着いた。
『――そこの人族! 死にたくなかったら早く部屋を開けなさい!! 早く!!』
街に帰還した日、他の冒険者たちも滞在している宿で、フィアーが物怖じせず叫び出すので内心生きた心地がしなかった。
だけど、弱っている僕の姿を見て、宿の主人のおばちゃんがすぐ空き部屋に通してくれたのだった。
おかげでフィアーも暴れずに済んだので、心底ホッとしている。
それからというもの、彼女には甲斐甲斐しくお世話をしてもらっていた。
「やっと目が覚めた?」
僕が身体を起こすと、フィアーがそう言った。
「うん、これ以上寝てたら身体がなまっちゃうよ。それにフィアーも、じっとしてるのがつらくなってきたよね?」
「そうね、もう退屈過ぎて死にそうよ」
同じベッドに腰掛けているフィアーは、足をぶらつかせながら外の景色を眺めていた。
初日こそ、数百年振りの海だと大はしゃぎしていたのだけど、三日もすると飽きてしまったようだ。
どうやら僕が寝ている間でも外に出ず、ずっと一緒にいてくれたらしい。
ちなみに彼女のボロボロだった服も宿の人が補修してくれて、おまけに食事まで分けてもらえた。美人って得だなあと思う。
「フィアーは優しいんだね。人が嫌いなのに、僕を気遣ってくれるなんて」
「ニノだから優しくしてあげているだけよ。他の人族だったら死んでも何とも思わないけど」
彼女の中で僕に対する感情の整理もついたみたいだ。
僕を素直に人族と認めて、その上でこれまでと同じように接してくれている。
凝り固まった価値観を壊すのは、そう簡単にできることじゃなかったはずだ。
「……フィアーって、男前だよね」
「どういう意味よ? もしかして馬鹿にしてるの?」
「褒めてるんだよ――って、うわぁ!? やめてよ!」
「あ、コラッ! 逃げるだなんて生意気ね!!」
飛びついて頬をつまもうとしてくるフィアーを躱す。
僕も体力が戻ったので無抵抗のままではない。反撃とばかりに脇をくすぐる。
「ちょ、ちょっと何をす――やめっ、やめなさいって!! もうっ!! ニノのばかっ! 鬼畜!」
「あははは、やられてばかりだと思わないでよ! 僕だってやる時はやるんだから!!」
こういうスキンシップも今日が初めてじゃない。お互いの弱点は知り尽くしているのだ。
フィアーは毛布を盾にして、僕の攻撃を必死に防ごうとする。
でも体格差がある分、攻めに転ずれば有利だ。逃げ回って涙目になる精霊様は可愛かった。
そうやってしばらく二人でじゃれ合っていると、
『うるせええええ! 壁が薄いのに暴れるんじゃねぇよ!!』
『さっきからイチャイチャイチャイチャ、独り身の俺に対する嫌がらせか!?』
隣の部屋から怒声が響いた。誰かが壁を拳で殴りつけている。
そして上の階からは床を踏みつける音と、男の悲しい台詞まで届いてきてしまった。
……うん、反省しないと。ちょっと騒ぎ過ぎた。
「何よ!? 文句があるなら全員まとめてかかってきなさいよ! もれなく灰にしてあげるわ!!」
「お、落ち着こうよ! 今のは僕たちが悪かったからね? ねっ!?」
今にも殴り込みに行こうとするフィアーを取り押さえつつ、彼女の意識を逸らすために今日の予定を考える。
そういえば朝から何も食べていないことに気が付いた。
「とりあえず、もうお昼だしご飯食べに行かない?」
「……そうね、暴れたら私もお腹が空いたわ」
◇
宿には食堂がないらしく、必然的に街の市場に繰り出すことになった。
ポートセルトは、この辺りの土地では一番大きく栄えていて、各国の冒険者たちが集う街だ。
そして港街であるが故に、人だけでなく物も集まってくる。市場には見たことがない珍しい食材も多く並んでいた。
ただ僕も、当然だけどフィアーも満足に料理は作れないので、食材は諦めてとりあえず露店を巡る。
「うわぁ……人族がいっぱいいる……。燃やしたい……燃やしたい……」
「ほら、物騒なことを言ってないで、離れないように手を繋ごう」
「……うぅ」
手ではなく僕の腕にしがみ付いたフィアーと共に、人混みの中に入る。
目を離してもし彼女が暴走したら、今日で市場が閉鎖されるのではないかと、若干の恐怖もあった。
でも、力強く握られた腕を見る限りそれはなさそうだ。かなり我慢しているようだから、よほど人が嫌いなんだろう。
途中、暑くなってきたところで美味しそうなアイスを見つけた。
二つ購入し、別々の味を選択して分け合う。
ひと気の少ない場所を求め、市場のそばにある橋のたもとへ移動した。腰を下ろして、しばし休憩を取ることにする。
「ひゃっ! ……冷たいわ!! ねぇ、これ凄い冷たくて甘いわ!」
「うん、美味しいね」
少し元気になったフィアーが、アイスを丁寧に舐めている。
人が作る食べ物を今まで口にしたことがなかったらしい。反応が初々しくて微笑ましい。
大人しくしていると見た目相応の女の子だと思う。頬を緩ませて幸せそうな表情をしている。
こうして案内している僕も、この街に滞在してまだ数日程度の初心者だ。フィアーを楽しませられるか不安だったんだけど、満足してもらえたみたいでよかった。
あっ、そうそう。帰還できたので、あとでギルドに報告しに行かないと……。
――でも、それは明日でもいいかもしれない。
三日間も僕の休養に付き合わせてしまったんだ。今はフィアーを楽しませる方に専念しよう。
「――あれ、ここどこ? 人が多くてわからないよ~! 出口はどこ~!」
フィアーと並んでアイスを食べていると、橋の近くで右往左往している少女の姿が目に映った。
どうやら道がわかっていないようで、徐々に出口とは真逆の方向に流れていく。
市場は人通りも多く、露店が道を塞いでいたりもする。慣れていないと迷いやすい。
僕も初日はあんな感じで洗礼を受けたものだ。何だか親近感を覚える。
「うわ~ん。やっぱり一人で来るんじゃなかったぁ! 誰か~優しい人助けてください~!」
赤縁の眼鏡をかけ、この暖かい日だというのに何故か、少し厚手の服を着た少女。
頭の後ろで括ってある、ウェーブがかった蒼髪が特徴的だった。泣き言を喚いて注目を浴びている。
その場で跳ねたり、キョロキョロしたりと仕草は子供っぽいが、歳は僕とそこまで離れていなそうだ。
「ん……? あれ、見覚えがあるような……?」
何かが引っかかって、僕は立ち上がった。
「どうしたの? ニノも座って食べなさいよ。ほら、私の味ももっと食べない?」
フィアーの声も耳に入らないまま、迷子の少女の方に向かう。
橋のたもとから市場に戻り、一歩ずつ近付くにつれて懐かしい記憶が思い浮かんできた。やっぱりそうだ。
「……もしかしてフィリス?」
「えっ? あっ、ニノ君だぁ!!」
◇
「……誰、コイツ」
少女を連れてフィアーの元に戻ると、いかにも不機嫌な声で迎えられた。
「僕の同郷の幼馴染、フィリスだよ。彼女も精霊術師なんだ」
「よろしくね、よろしくね! ……あれ、あれれ? 何で私を避けるのかなー?」
ニコニコと上機嫌に挨拶をし、フィリスは手を差し出して握手を求める。
フィアーはアイス片手にそれを躱して、僕の背中に隠れてしまう。相当警戒しているようだ。
「馴れ馴れしいわよ! ニノ、コイツを何とかしなさい!」
「ニノ君。このめちゃくちゃ可愛い子は誰? もしかして彼女? 私に紹介してよ!」
「えっと……うーん。そうだなぁ……」
フィリスは目を輝かせながら尋ねてくる。
僕とフィアーの関係を説明するのはかなり難しい。
精霊と契約しました、属性は闇です。なんて、正直に話しても頭の病気と疑われかねない。
僕自身未だに実感が湧かないのだから、言われた方は尚更だろう。かといって、人前であんな闇魔法を披露する訳にもいかない。
というよりまず、あれ……?
「もしかしてフィリス……気付いてないの?」
「え? 何が? フィアーちゃんが可愛いのは知ってるよ?」
「気安く私の名を呼ぶな!! 何なのよ! 鬱陶しい!!」
そう、フィリスも精霊術師なんだから、フィアーの正体にはすぐ気付くはずなのに、全くその様子がないのだ。
僕たちは普段から精霊様の力をお借りしている。今は街中だから魔力を抑えているとはいえ、目の前にいる精霊様に気が付かないというのは、いくら何でもおかしい。
……でもそういえば、フィリスって昔からそういう抜けたところがあったっけ。
「残念だけど、私とニノの関係は人族風情に語るものではないの。諦めてさっさと消えなさい!」
「ずるいよ~! お姉ちゃんを仲間外れにしないでよ~!!」
「……私の話、聞こえているの? だから消えなさいって――」
「そんなこと言わず。仲良くしよ? ねっ?」
「いや、だから……! コイツ……話が通じないの!?」
あのフィアーが気圧されていた。アイスを零し、服に染みを作りながら後ずさり。
フィリスは昔から押しが強く、誰とでも分け隔てなく接することができる性格だった。いつも友人たちに囲まれていて、周囲には笑いが絶えない女の子。
僕も同じ精霊術師として、フィリスとは昔からよく遊んでいた記憶がある。
あれから数年経っても、変わらないでいてくれたことを嬉しく思った。
久しぶりに話しても気まずさを一切感じないのは、彼女の底抜けに明るい人柄のおかげだから。
「私、フィアーちゃんと仲良くなりたいな~。きっとウィズリィ様もそう仰ってると思うよ!」
フィリスはちらちらと様子を窺いながら、そんなことを言いだす。
ウィズリィ様とは、フィリスが昔から信仰している水の精霊様のことだ。
僕とは一切の接点がないけど、フィリス曰く一生懸命で可愛い、らしい。彼女自身も実際には出会っていないはずなので、あくまで勝手な想像だと思う。
「……ウィズリィねぇ。道理でさっきからジメジメとカビ臭いにおいがすると思ったわ」
「む、ウィズリィ様の悪口を言われたら、さすがのお姉ちゃんも怒るよ? むぅ、だよ?」
「私はもうとっくの昔に怒っているわよ! むきぃぃ!!」
「うんうん。フィアーちゃんは怒っても可愛いね?」
「……フィリス。それは強過ぎるよ。無敵だよ」
フィアーは両腕を上げて威嚇していた。最上位の魔物すらひれ伏す精霊の威光である。
それがフィリスにはまったく通用していなかった。きっと可愛いちびっこにしか映っていないんだろう。
「ほらほら! 私と友達になろう? フィアーちゃん!!」
「いやああああああああああ!!」
僕の周りで追いかけっこを始める二人。
実は僕も、フィアーの違った一面が見られて楽しいだなんて、口が裂けても言えない。
フィリスも楽しそうだし。邪魔をするのは悪いだろう。
「ニノ!! 貴方、覚えてなさいよおおおおおおおおおお!!」
笑っていたら睨まれた。……あとでもう一個アイスを買ってあげよう、それで許して欲しい。
「はぁはぁ……どういう身体能力しているのよ……化け物ね……」
「化け物じゃなくて、フィリスお姉ちゃんって呼んで欲しいな。いいでしょ? 減るもんじゃないし」
「い、嫌よ……! 何故、私が人族風情に媚びないといけないの!!」
「ふふん、まだ追いかけっこ続けるの? お姉ちゃんにはあと三段階の進化が残っているのだよ!」
「の、望むところよ……!」
フィリスは精霊術師の中でも特に、〝体力馬鹿〟と呼ばれるほどの身体能力を持っていた。
生まれ持った才能を間違えたのではないかと言われるくらいだ。
同年代の男でも本気で競ったら勝てない。僕なら勝負も避ける。
「何やってんだアイツら……馬鹿みたいにぐるぐるぐるぐる回ってらぁ」
「街の催し物か? 俺も参加してこようかな」
「ああ、今日は雲一つない麗らかな日差しだからな。この陽気に誘われて日陰から変なのも出てくるんだろうな」
気付くと橋の上に、多くの野次馬が集まっていた。
二人の美少女が男の周りで本気で走り回っているんだ。そりゃ誰だって気になって足を止めるだろう。
「ほーらほーら、捕まえて抱きついちゃうぞ~!」
「いやああああああああああ、誰かどうにかしてよおおおおおおおお!!」
フィアーの可愛いらしい叫び声が街中に響いていた。
◇
「ニノ君も大きくなったよね~。村を離れてもう三年だったっけ? 何歳になったの?」
「十五だよ――いやいや、フィリスも同い年だったよね!?」
「ふふん~残念でした。私、今十六だもんね~。一つ上のお姉ちゃんなのだよ!」
腰に手を当て、胸を張って威張るフィリス。
姉らしい威厳をあまり感じないのは、その性格だからだろうか。
あの後、僕たちはそのまま合流して三人で市場を散策することにしていた。
「……生まれてくるのが少し早かっただけでしょ? どうせすぐに追いつくよ」
「ちっちっち、甘いよニノ君。歳の差は絶対に埋まることはないのだよ。ニノ君が大きくなるにしたがって、私も日々成長していくからね!」
「うぅん……うるさいわね……静かにしてよ……ふぁ」
フィアーは追いかけっこで疲れたのか、僕の背中におぶわれて、眠そうに顔をうずめている。その身体は羽毛のように軽く、負担は感じなかった。
フィリスはその様子を涙ながらに眺める。本当に表情がころころ変わる子だ。
「こんなに可愛い子が迷子だなんて……! 記憶を失うほどつらい目に遭ってきたんだね……」
「そ、そうなんだよ~。大変だよね……!」
フィアーの正体がバレると色々と厄介なので、「森で迷子になっていた、記憶喪失で人族嫌いの可哀想な少女」として、僕が保護したことにしておいた。
冒険者仲間と説明するのが一番楽なのだけど、もしギルドで照会されたら困るので、苦肉の策だ。
相当設定が込み入っていたのに、フィリスは本気で信じているようだった。
「ねぇ、これをスイッチに置けば先に進めるんじゃないの? うぐっ、お、重い。ちょっと、ニノも見てないで手伝いなさいよ!」
フィアー様がキングトロールのちぎれた腕を引っ張るも、体格の差でビクともしない。
僕もその隣に立って太い指を持ち、二人で引き摺るようにして少しずつ運んでいく。
「よいしょ、よいしょ」
可愛らしい掛け声を出して、額に汗を流す少女。
その姿は、先程の殺意に満ちた魔力の持ち主には到底結びつかない。
まるで酷い悪夢でも見ていたかのようだった。
「……どうして?」
疑問がふつふつと湧き上がってくる。考えれば考えるほど、袋小路にはまりそうだった。
フィアー様に質問を投げかける。
「僕は……人族だよ? フィアー様はどうして僕のことを受け入れてくれたんですか?」
「え、ごめんなさい。聞こえないわ」
「いや、だから僕は人族――って何してるんですか?」
僕の問いを聞いた途端、フィアー様は耳を塞いで拒絶しだした。
その場に座り込み背中を向けている、そりゃ聞こえないよ。……いや、聞きたくないのかな?
僕が前に回り込むと、今度は立ち上がって逃げるように走り出した。
「あーあー聞こえない。ええ、確かに私は人族が嫌いよ。今すぐ滅ぼしてやりたいくらい。狭い場所に封印されて、酷いこともたくさん言われたわ! でもニノは人族じゃないから平気なのよ!」
「聞こえているじゃないですか! 僕は人族ですよ~! 最初に出会ったとき、フィアー様だって僕のことを人扱いしてましたよね~!」
「気のせい! 気のせいだったから!! 私の気のせい!!」
そう自分に言い聞かせるように、フィアー様は首を左右に振っていた。
どうやら彼女の中で、僕は都合よく人外として扱われているらしい。
「認めない認めない。こんな純粋無垢で、私たちを道具として見ていない、悪口も言わない、拒絶しない人族なんて存在しない。存在しないから! これは何かの陰謀よ、うん、きっとニノは自分を人族だと思い込んでいる可哀想な亜人なのよ!」
呪詛のようにブツブツと呟いている。よほど人が嫌いなのか、しまいには勝手に亜人として納得してしまった。
キングトロールに向けていた覇気はどこへやら、目がグルグルと回っていて焦点も合っていない。
って熱い――熱い熱い熱い。
また僕の身体に、どす黒い魔力が流れ込んできた。もしかして混乱して魔力を制御できていない!?
「ちょ、ちょっと落ち着いて!! 落ち着いてよ、もういいから! もう亜人でもいいから! ねぇ、聞いてよフィアー!! 間違ってもまた地獄の門を開けないでよ!?」
取り乱すフィアー様の肩を揺さぶる。
小さな身体が振り子のように揺れ、そして一瞬目が合った。
フィアー様はハッとした表情で、僕の顔を見つめている。
「あっ、今、私のことを呼び捨てにしたわね!」
「えっ、あっ……! しまった!!」
直前の言葉を思い出す。確かに今の発言は、精霊様に対して不敬もいいところだ。
しかも結構強い語気で叫んでしまった気がする。今度は僕が焦る番だった。
……ところが、フィアー様はそこで何故か得意げな表情になる。
「――いいわ、それ。うん、私も何か物足りないと思っていたの。他の連中だったら消し炭にしてやるところだけど、特別にニノには許すわ。ふふふ、これはノートにも辿り着けなかった境地ね」
「えぇ……フィアー様……?」
「許すって言ってるでしょ!! 馬鹿にしてるの!?」
「イタイイタイイタイ、わ、わかったよフィアー!!」
頬をつねられた。
危うく暴走した魔力を解き放つところだった。多分、次はダンジョンそのものが崩壊するだろう。
キングトロールの末路を考えると、これは大袈裟な表現ではないと思う。
「ほら、扉も開いたし、さっさと奥に進むわよ! ついて来なさい!」
上機嫌に先導するフィアー様――いや、フィアーを追いかける。
あの一連の流れが何だったのかと思うほど、コロコロと気分が変わっていた。
闇精霊とこうして直接触れ合った人族は多分、僕が最初の一人だろうけど……ここまで親しみやすい性格をしているとは、思いもしなかった。
これまで僕と関わりのある精霊様は、心優しいノート様ただ一人だった。
精霊様の多くは気難しくてプライドが高いらしく、精霊術師は常にご機嫌伺いの日々を過ごしている。
話によれば、呼び方一つで嫌われるのも日常茶飯事らしい。涙ながらにそう語る同志もいた。
かと思えば、呼び捨てにされて喜ぶ変わり者もここに存在する。
先の一戦がなければ、彼女が闇精霊だと言われても信じられなかっただろう。
出会った当初から、底知れなさは感じ取っていたけど。
「闇精霊か……街を案内して大丈夫なのかな? 急に滅ぼすとか言い出さないかなぁ……?」
フィアーとの出会いで、僕の人生に大きな転機が訪れた気がする。
精霊使いになったのもそうだけど、それ以上に価値のある何かを掴めた。そんな実感がある。
ただその分、不安も大きかった。
◇
「あれ、もう行き止まり? 部屋が一つしかない……?」
仕掛け扉の奥は、一つの通路と一つの小部屋だけで完結していた。
ダンジョンの終着点。そのはずなのに、部屋には何も痕跡がなかった。
お宝も、魔物も、そしてレイドさんとミスティさんの姿も。
「……おかしいよ。それじゃどうして二人はすぐに戻ってこなかったんだ? どうして……!」
「ふーん、どうやら貴方、面白くないことに巻き込まれたみたいね」
フィアーは納得したように呟いた後、部屋の隅を指差す。
そこにはごく僅かな魔力の残滓を含んだ、黒い渦が浮いていた。
「転移の跡があるわ。そっちの壁にあるレバーは大広間の入口を閉じるものみたい。このダンジョン自体が、貴方を閉じ込めるのに使われた、仕組まれた罠って訳ね」
「な、何で……? 僕、二人に何もしていないよ? 閉じ込めてどうするつもりだったんだよ!」
「さぁ? 知らないけど、どうせくだらない理由なんでしょう。人族の考えることだもの」
フィアーはさもそれが当然かのように言い捨てた。
そんな気軽に犯罪に手を染める人が、同業者の先輩にいるだなんて信じたくない。
僕が二人と出会ったのだって、街で向こうからパーティに誘ってきたのが始まりだ。恨みを買うほどの付き合いすらないし、命まで狙ってくるのは理解できなかった。
しかもこんな回りくどいやり方。少なくとも二人の実力なら、僕一人を殺すことなんて容易かったはずなのに。
……駄目だ、考えると頭が熱くなってきた。
「ちょっとニノ、大丈夫? 足元が覚束ないわよ?」
「ご、ごめん。少し眩暈が……」
僕は床に倒れ込むと、そのまま天井を仰ぎ見る。
全身の汗と震えが止まらない。寒気がしてきた。
「もう、だらしないわね――って貴方、凄い熱があるわ!」
「色々あったから……疲れが溜まっていたのかな……? ごめんなさい……」
「違う、ニノは私の魔力に当てられたのよ。久々に暴れられるからって、調子に乗り過ぎたわ。人の身体では、そう簡単に闇属性に適応できないことを失念していたの……」
フィアーは僕の額を優しく撫でたのち立ち上がると、転移跡の前に移動する。
すると唐突に、黒い渦の中に腕を差し込んだ。グイグイと強引にこじ開けていく。
「閉じた門を再出現させるって……精霊様は無茶苦茶だよ……!」
「もう喋らなくていいわ、少しの辛抱よ。早く宿のベッドで休みましょう? 部屋が埋まっていたら、私がまた邪魔な連中を消し飛ばしてあげる」
「それはやめて……ね」
第三話 郷友
海鳥の鳴き声と潮の香りが、風に乗って窓のカーテンを静かに揺らしている。
ふかふかのベッドの上、時を忘れてぼんやりと白い天井を眺める。
ここは港街ポートセルト――にある一軒の宿。
街に帰り着いてから、三日が経っていた。
僕たちが潜っていたダンジョンからここまでは、本来なら馬車で半日ほどかかる距離だ。
でもフィアーが無理やりに転移門をこじ開けたので、実際は数分足らずで着いた。
『――そこの人族! 死にたくなかったら早く部屋を開けなさい!! 早く!!』
街に帰還した日、他の冒険者たちも滞在している宿で、フィアーが物怖じせず叫び出すので内心生きた心地がしなかった。
だけど、弱っている僕の姿を見て、宿の主人のおばちゃんがすぐ空き部屋に通してくれたのだった。
おかげでフィアーも暴れずに済んだので、心底ホッとしている。
それからというもの、彼女には甲斐甲斐しくお世話をしてもらっていた。
「やっと目が覚めた?」
僕が身体を起こすと、フィアーがそう言った。
「うん、これ以上寝てたら身体がなまっちゃうよ。それにフィアーも、じっとしてるのがつらくなってきたよね?」
「そうね、もう退屈過ぎて死にそうよ」
同じベッドに腰掛けているフィアーは、足をぶらつかせながら外の景色を眺めていた。
初日こそ、数百年振りの海だと大はしゃぎしていたのだけど、三日もすると飽きてしまったようだ。
どうやら僕が寝ている間でも外に出ず、ずっと一緒にいてくれたらしい。
ちなみに彼女のボロボロだった服も宿の人が補修してくれて、おまけに食事まで分けてもらえた。美人って得だなあと思う。
「フィアーは優しいんだね。人が嫌いなのに、僕を気遣ってくれるなんて」
「ニノだから優しくしてあげているだけよ。他の人族だったら死んでも何とも思わないけど」
彼女の中で僕に対する感情の整理もついたみたいだ。
僕を素直に人族と認めて、その上でこれまでと同じように接してくれている。
凝り固まった価値観を壊すのは、そう簡単にできることじゃなかったはずだ。
「……フィアーって、男前だよね」
「どういう意味よ? もしかして馬鹿にしてるの?」
「褒めてるんだよ――って、うわぁ!? やめてよ!」
「あ、コラッ! 逃げるだなんて生意気ね!!」
飛びついて頬をつまもうとしてくるフィアーを躱す。
僕も体力が戻ったので無抵抗のままではない。反撃とばかりに脇をくすぐる。
「ちょ、ちょっと何をす――やめっ、やめなさいって!! もうっ!! ニノのばかっ! 鬼畜!」
「あははは、やられてばかりだと思わないでよ! 僕だってやる時はやるんだから!!」
こういうスキンシップも今日が初めてじゃない。お互いの弱点は知り尽くしているのだ。
フィアーは毛布を盾にして、僕の攻撃を必死に防ごうとする。
でも体格差がある分、攻めに転ずれば有利だ。逃げ回って涙目になる精霊様は可愛かった。
そうやってしばらく二人でじゃれ合っていると、
『うるせええええ! 壁が薄いのに暴れるんじゃねぇよ!!』
『さっきからイチャイチャイチャイチャ、独り身の俺に対する嫌がらせか!?』
隣の部屋から怒声が響いた。誰かが壁を拳で殴りつけている。
そして上の階からは床を踏みつける音と、男の悲しい台詞まで届いてきてしまった。
……うん、反省しないと。ちょっと騒ぎ過ぎた。
「何よ!? 文句があるなら全員まとめてかかってきなさいよ! もれなく灰にしてあげるわ!!」
「お、落ち着こうよ! 今のは僕たちが悪かったからね? ねっ!?」
今にも殴り込みに行こうとするフィアーを取り押さえつつ、彼女の意識を逸らすために今日の予定を考える。
そういえば朝から何も食べていないことに気が付いた。
「とりあえず、もうお昼だしご飯食べに行かない?」
「……そうね、暴れたら私もお腹が空いたわ」
◇
宿には食堂がないらしく、必然的に街の市場に繰り出すことになった。
ポートセルトは、この辺りの土地では一番大きく栄えていて、各国の冒険者たちが集う街だ。
そして港街であるが故に、人だけでなく物も集まってくる。市場には見たことがない珍しい食材も多く並んでいた。
ただ僕も、当然だけどフィアーも満足に料理は作れないので、食材は諦めてとりあえず露店を巡る。
「うわぁ……人族がいっぱいいる……。燃やしたい……燃やしたい……」
「ほら、物騒なことを言ってないで、離れないように手を繋ごう」
「……うぅ」
手ではなく僕の腕にしがみ付いたフィアーと共に、人混みの中に入る。
目を離してもし彼女が暴走したら、今日で市場が閉鎖されるのではないかと、若干の恐怖もあった。
でも、力強く握られた腕を見る限りそれはなさそうだ。かなり我慢しているようだから、よほど人が嫌いなんだろう。
途中、暑くなってきたところで美味しそうなアイスを見つけた。
二つ購入し、別々の味を選択して分け合う。
ひと気の少ない場所を求め、市場のそばにある橋のたもとへ移動した。腰を下ろして、しばし休憩を取ることにする。
「ひゃっ! ……冷たいわ!! ねぇ、これ凄い冷たくて甘いわ!」
「うん、美味しいね」
少し元気になったフィアーが、アイスを丁寧に舐めている。
人が作る食べ物を今まで口にしたことがなかったらしい。反応が初々しくて微笑ましい。
大人しくしていると見た目相応の女の子だと思う。頬を緩ませて幸せそうな表情をしている。
こうして案内している僕も、この街に滞在してまだ数日程度の初心者だ。フィアーを楽しませられるか不安だったんだけど、満足してもらえたみたいでよかった。
あっ、そうそう。帰還できたので、あとでギルドに報告しに行かないと……。
――でも、それは明日でもいいかもしれない。
三日間も僕の休養に付き合わせてしまったんだ。今はフィアーを楽しませる方に専念しよう。
「――あれ、ここどこ? 人が多くてわからないよ~! 出口はどこ~!」
フィアーと並んでアイスを食べていると、橋の近くで右往左往している少女の姿が目に映った。
どうやら道がわかっていないようで、徐々に出口とは真逆の方向に流れていく。
市場は人通りも多く、露店が道を塞いでいたりもする。慣れていないと迷いやすい。
僕も初日はあんな感じで洗礼を受けたものだ。何だか親近感を覚える。
「うわ~ん。やっぱり一人で来るんじゃなかったぁ! 誰か~優しい人助けてください~!」
赤縁の眼鏡をかけ、この暖かい日だというのに何故か、少し厚手の服を着た少女。
頭の後ろで括ってある、ウェーブがかった蒼髪が特徴的だった。泣き言を喚いて注目を浴びている。
その場で跳ねたり、キョロキョロしたりと仕草は子供っぽいが、歳は僕とそこまで離れていなそうだ。
「ん……? あれ、見覚えがあるような……?」
何かが引っかかって、僕は立ち上がった。
「どうしたの? ニノも座って食べなさいよ。ほら、私の味ももっと食べない?」
フィアーの声も耳に入らないまま、迷子の少女の方に向かう。
橋のたもとから市場に戻り、一歩ずつ近付くにつれて懐かしい記憶が思い浮かんできた。やっぱりそうだ。
「……もしかしてフィリス?」
「えっ? あっ、ニノ君だぁ!!」
◇
「……誰、コイツ」
少女を連れてフィアーの元に戻ると、いかにも不機嫌な声で迎えられた。
「僕の同郷の幼馴染、フィリスだよ。彼女も精霊術師なんだ」
「よろしくね、よろしくね! ……あれ、あれれ? 何で私を避けるのかなー?」
ニコニコと上機嫌に挨拶をし、フィリスは手を差し出して握手を求める。
フィアーはアイス片手にそれを躱して、僕の背中に隠れてしまう。相当警戒しているようだ。
「馴れ馴れしいわよ! ニノ、コイツを何とかしなさい!」
「ニノ君。このめちゃくちゃ可愛い子は誰? もしかして彼女? 私に紹介してよ!」
「えっと……うーん。そうだなぁ……」
フィリスは目を輝かせながら尋ねてくる。
僕とフィアーの関係を説明するのはかなり難しい。
精霊と契約しました、属性は闇です。なんて、正直に話しても頭の病気と疑われかねない。
僕自身未だに実感が湧かないのだから、言われた方は尚更だろう。かといって、人前であんな闇魔法を披露する訳にもいかない。
というよりまず、あれ……?
「もしかしてフィリス……気付いてないの?」
「え? 何が? フィアーちゃんが可愛いのは知ってるよ?」
「気安く私の名を呼ぶな!! 何なのよ! 鬱陶しい!!」
そう、フィリスも精霊術師なんだから、フィアーの正体にはすぐ気付くはずなのに、全くその様子がないのだ。
僕たちは普段から精霊様の力をお借りしている。今は街中だから魔力を抑えているとはいえ、目の前にいる精霊様に気が付かないというのは、いくら何でもおかしい。
……でもそういえば、フィリスって昔からそういう抜けたところがあったっけ。
「残念だけど、私とニノの関係は人族風情に語るものではないの。諦めてさっさと消えなさい!」
「ずるいよ~! お姉ちゃんを仲間外れにしないでよ~!!」
「……私の話、聞こえているの? だから消えなさいって――」
「そんなこと言わず。仲良くしよ? ねっ?」
「いや、だから……! コイツ……話が通じないの!?」
あのフィアーが気圧されていた。アイスを零し、服に染みを作りながら後ずさり。
フィリスは昔から押しが強く、誰とでも分け隔てなく接することができる性格だった。いつも友人たちに囲まれていて、周囲には笑いが絶えない女の子。
僕も同じ精霊術師として、フィリスとは昔からよく遊んでいた記憶がある。
あれから数年経っても、変わらないでいてくれたことを嬉しく思った。
久しぶりに話しても気まずさを一切感じないのは、彼女の底抜けに明るい人柄のおかげだから。
「私、フィアーちゃんと仲良くなりたいな~。きっとウィズリィ様もそう仰ってると思うよ!」
フィリスはちらちらと様子を窺いながら、そんなことを言いだす。
ウィズリィ様とは、フィリスが昔から信仰している水の精霊様のことだ。
僕とは一切の接点がないけど、フィリス曰く一生懸命で可愛い、らしい。彼女自身も実際には出会っていないはずなので、あくまで勝手な想像だと思う。
「……ウィズリィねぇ。道理でさっきからジメジメとカビ臭いにおいがすると思ったわ」
「む、ウィズリィ様の悪口を言われたら、さすがのお姉ちゃんも怒るよ? むぅ、だよ?」
「私はもうとっくの昔に怒っているわよ! むきぃぃ!!」
「うんうん。フィアーちゃんは怒っても可愛いね?」
「……フィリス。それは強過ぎるよ。無敵だよ」
フィアーは両腕を上げて威嚇していた。最上位の魔物すらひれ伏す精霊の威光である。
それがフィリスにはまったく通用していなかった。きっと可愛いちびっこにしか映っていないんだろう。
「ほらほら! 私と友達になろう? フィアーちゃん!!」
「いやああああああああああ!!」
僕の周りで追いかけっこを始める二人。
実は僕も、フィアーの違った一面が見られて楽しいだなんて、口が裂けても言えない。
フィリスも楽しそうだし。邪魔をするのは悪いだろう。
「ニノ!! 貴方、覚えてなさいよおおおおおおおおおお!!」
笑っていたら睨まれた。……あとでもう一個アイスを買ってあげよう、それで許して欲しい。
「はぁはぁ……どういう身体能力しているのよ……化け物ね……」
「化け物じゃなくて、フィリスお姉ちゃんって呼んで欲しいな。いいでしょ? 減るもんじゃないし」
「い、嫌よ……! 何故、私が人族風情に媚びないといけないの!!」
「ふふん、まだ追いかけっこ続けるの? お姉ちゃんにはあと三段階の進化が残っているのだよ!」
「の、望むところよ……!」
フィリスは精霊術師の中でも特に、〝体力馬鹿〟と呼ばれるほどの身体能力を持っていた。
生まれ持った才能を間違えたのではないかと言われるくらいだ。
同年代の男でも本気で競ったら勝てない。僕なら勝負も避ける。
「何やってんだアイツら……馬鹿みたいにぐるぐるぐるぐる回ってらぁ」
「街の催し物か? 俺も参加してこようかな」
「ああ、今日は雲一つない麗らかな日差しだからな。この陽気に誘われて日陰から変なのも出てくるんだろうな」
気付くと橋の上に、多くの野次馬が集まっていた。
二人の美少女が男の周りで本気で走り回っているんだ。そりゃ誰だって気になって足を止めるだろう。
「ほーらほーら、捕まえて抱きついちゃうぞ~!」
「いやああああああああああ、誰かどうにかしてよおおおおおおおお!!」
フィアーの可愛いらしい叫び声が街中に響いていた。
◇
「ニノ君も大きくなったよね~。村を離れてもう三年だったっけ? 何歳になったの?」
「十五だよ――いやいや、フィリスも同い年だったよね!?」
「ふふん~残念でした。私、今十六だもんね~。一つ上のお姉ちゃんなのだよ!」
腰に手を当て、胸を張って威張るフィリス。
姉らしい威厳をあまり感じないのは、その性格だからだろうか。
あの後、僕たちはそのまま合流して三人で市場を散策することにしていた。
「……生まれてくるのが少し早かっただけでしょ? どうせすぐに追いつくよ」
「ちっちっち、甘いよニノ君。歳の差は絶対に埋まることはないのだよ。ニノ君が大きくなるにしたがって、私も日々成長していくからね!」
「うぅん……うるさいわね……静かにしてよ……ふぁ」
フィアーは追いかけっこで疲れたのか、僕の背中におぶわれて、眠そうに顔をうずめている。その身体は羽毛のように軽く、負担は感じなかった。
フィリスはその様子を涙ながらに眺める。本当に表情がころころ変わる子だ。
「こんなに可愛い子が迷子だなんて……! 記憶を失うほどつらい目に遭ってきたんだね……」
「そ、そうなんだよ~。大変だよね……!」
フィアーの正体がバレると色々と厄介なので、「森で迷子になっていた、記憶喪失で人族嫌いの可哀想な少女」として、僕が保護したことにしておいた。
冒険者仲間と説明するのが一番楽なのだけど、もしギルドで照会されたら困るので、苦肉の策だ。
相当設定が込み入っていたのに、フィリスは本気で信じているようだった。
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