闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

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1巻

1-2

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「ひ、酷い傷だ!! 待っていてください、今ここから出してあげますから!」

 目の前の結晶を力一杯に叩く。
 硬い。さすがに簡単に割れるような封印ではなさそうだ。
 次は手で触れた箇所に魔力を通して情報を集める。昔読んだ魔法書を思い出しながら。

「……駄目だ、旧世代の魔法が使われていて僕には解析できない。困ったな……」

 頭を抱えて歩き回っていると、少女は目を丸くして驚いていた。

『貴方、私を助けるつもりなの? 本気? でも私は――』
「そんなの当然です!」

 今度は僕が少女の言葉をさえぎる番だった。
 たとえそれがどんなに酷い性格の持ち主であろうと、僕は常に精霊様の味方でありたい。
 これは冒険者を志す前から心に刻んでいた誓いだ。決して破ることはしない。

「絶対に助け出してあげますから、大人しく待っていてください!!」

 大きな声で力強く言い切る。
 物凄く無礼を働いているとは自覚しているけど、そうでもしないと本気だとは信じてくれないだろう。
 あっ、でも彼女は心が読めるんだった。それなら僕の気持ちは伝わっているのか。
 気になってこっそりと少女の様子を窺う。すると当の本人は――

『ぷぷっ、あははは、あははははは。面白いわ! こんな馬鹿な子に出会ったの何百年ぶりかしら。あはははは』

 ――楽しそうに笑っていた。

「……馬鹿で結構です!! とにかく、どうにかしてコイツを……!」

 無視して結晶に再び触れる。
 すると少女は更に大きく笑ってみせた。

『もうっ! 貴方は私を笑い殺すつもりなのかしら? ……それじゃお優しい貴方に、良いことを教えてあげる。さっき私言ったわよね? 封印が消えたって』
「……確かにそれは聞きましたけど。でもコイツが……!」
『だからほら、そこを見なさいよ』

 精霊の少女は動かない手足の代わりに、目を使ってソレを指し示す。
 視線の先には壁に取り付けられた大きなレバー。教えられるまでまったく気が付かなかった。
 少女は視線を再び僕に戻すと、可愛らしく、それでいて憎らしい笑みを浮かべる。

『周りが見えないほど必死だったの? 貴方って、心を覗く必要がないくらいお人好しなのね』


 ◇


「久しぶりの外は清々すがすがしいものね、心が洗われるようだわ。……貴方もそう思うでしょう? ニノ」
「……そうですか? 空は灰色で、景色は寂しいし空気は重たいしで、全然わかりませんけど」
「余計な物がないという素晴らしさがわからないだなんて、人って本当につまらない感性をしているわ」

 神殿の外で、素晴らしい(?)感性の持ち主である精霊――フィアー様は、踊るように辺りを歩き回っていた。
 白いレースであしらわれた黒のスカートをなびかせ、魅惑的な紫の長髪を揺らしている。
 とても絵になる光景だった。何もない荒野に一輪の花が咲いているような。
 僕の感性でも、それくらいは理解できる。
 彼女が結晶にとらわれていた時はハッキリとは見えなかったけど、フィアーと名乗ったその精霊様は、とんでもない美少女だった。
 纏っているオーラが常人とかけ離れていて、目を閉じてもその容姿をありありと思い浮かべられる。
 ……そもそも彼女は、人族とは別物なんだから当然ではあるけど。

「ねぇ、見てニノ。あそこにキラーゴイルが飛んでいるわ! 今は二、三匹しか見えないけど、昔は魔大陸に数え切れないくらい飛んでいたのよ?」
「ちょ、ちょっと! 隠れないと危ないですよ!!」

 僕はフィアー様の手をつかみ、岩場の陰に隠れる。
 キラーゴイルも、キングトロールと同じく最上位の魔物だ。
 灰色の巨大な翼を広げ、大きな槍を携えた、悪魔の顔を持つ天空の狩人かりうど
 空を自在に飛び回る分、トロールよりもタチが悪い。見つかったら逃げ切れる保証はないだろう。
 ――フィアー様いわく、どうやら僕はあの転移門で、かつて魔王が住んでいたとされる魔大陸に飛ばされたらしい。
 今もなお凶悪な魔物が蔓延はびこり、現代の地図には記されてすらいない滅びた大地である。
 この場に漂っている重々しい空気を吸っているだけで、寿命が縮まりそうだ。
 こうして今も生き延びられているのは本当に奇跡と言っていい。

「……まったく、ニノは心配症ね。ほら、もうどこかに行ってしまったわ。だから……手を放して」
「あっ、ごめんなさい!」

 慌ててフィアー様の小さな手のひらを放す。
 無意識にずっと握り続けていたらしい。……失敗した。精霊様は魔物を恐れたりなんてしない。
 それに僕の身体は泥と血で汚れている。こんな綺麗な方をけがすのは――

「――気が変わったわ。まだ身体が本調子じゃないの、転ばないように支えてくれる?」
「えっ? いいんですか? 汚れますよ?」
「早く!」
「は、はい!」

 汚れを服でぬぐってからもう一度手を繋ぐ。
 フィアー様はその手をじっと見つめてから、満足そうに鼻を鳴らした。
 精霊様は気まぐれだった。



 第二話 精霊の力


 休憩がてら、安全な神殿内でフィアー様の歩く練習に付き合う。
 支えが必要と言っていた割には、彼女はしっかりとした足取りだった。
 長々とやっている時間もないので、ある程度で区切りをつけて、ダンジョンに戻る準備を始めた。
 無造作に解けたリボンを撫でながら、フィアー様は僕に視線を向ける。

「それでニノはどこから来たの? これから行く当てでもあるのかしら?」
「えっと、この先にある転移門で、元いたダンジョンに戻るつもりです。もしかしたら、僕の帰りを待っている人がいるかもしれないので……多分。……あまり自信はないですけど」
「ふーん、それじゃ私もソイツに挨拶しようかしら? ニノがお世話になったみたいだし」
「……もしかして僕についてくるんですか?」
「…………まさか私を置いて行くつもりだったの?」

 僕の反応に対して不服と言わんばかりに、大きな足取りでフィアー様が傍に寄ってきた。
 座っている僕とそこまで目線が変わらないくらい、小さな身体だ。それでも一つ一つの動作に迫力がある。

「貴方が封印を解いたのだから、私の面倒を見るのは貴方の役目でしょ?」
「そ、そうなのかな……?」

 てっきり、このまま自然に別れるものだと思っていたので驚いた。
 精霊様は僕たち人族に力を貸してくれるけど、普通は決してそれ以上関わり合うことはない。
 そもそもこうして実際にその姿をの当たりにすること自体、本来あり得ない状況なんだ。
 多くの精霊術師たちが、一度も精霊様と相見あいまみえることなく一生を終える中で、僕はこれで〝二度目〟の出会いになる。
 これを他の精霊術師に知られでもしたら、嫉妬しっとで呪い殺されかねない。邂逅かいこうするだけでも大変なことなのに、更に彼女は僕と行動を共にするというのだ。
 混乱する頭を押さえて、僕はフィアー様に尋ねる。

「僕、精霊術師としてはまだ未熟で……精霊様のお力を借りるだけで精一杯なんですよ? フィアー様は僕を買いかぶり過ぎじゃないですか?」

 ……というか今の時代に、精霊様に見合うだけの実力を持った人物など、果たして存在するのだろうか。
 かつて魔王と激戦を繰り広げた伝説の勇者は、光の精霊と共にあったらしい。
 だけどそれ以降、精霊と接触した人物の記述はどの文献にも存在しない。つまり僕は、伝説の勇者の次に、精霊様と直接触れ合った人物になるのではないだろうか?
 まだ冒険者としては駆け出しで、精霊術師としても未熟な僕がだ。

「あの封印を解ける人物がタダ者な訳ないでしょ? それに私はニノのことが気に入ったの。ほらっ、もっと自分に自信を持ちなさい!」
「は、はい!」

 フィアー様に励まされて、僕は頷くことしかできなかった。
 まず、封印を解いたと言われても寝ている間の出来事なので、自覚もないのだけど……こうして精霊様に認められたからには、今後はその期待にこたえないといけない。
 それが精霊様の力を扱う、精霊術師としての責任だ。僕は姿勢を正した。

「ところで、話は変わるけどニノは契約魔法を知っているかしら?」
「契約ですか? 聞いたことだけは……実際に見たことはありませんけど」

 契約魔法とは文字通り、精霊様と契約を結び直接的な繋がりを生み出す魔法だ。くだんの勇者も直接、光の精霊と契約を交わしたとされている。
 これによって、精霊術師のように力の一部を借りるのではなく、より主体的にその力を扱うことが可能になる。
 膨大な魔力を得られる秘術であり、契約者は精霊術師ではなく、《精霊使い》と呼ばれるらしい。
 ただ実際は精霊様と出会うことすら難しいので使う機会はなく、誰からも見向きもされなかった。
 その上、契約を結ぶためにはまず、相手に気に入られなければならないのだ。あまりにも難度が高い。
 歴史上、契約魔法を行使したとされる人物は伝説の勇者ただ一人。
 色々と魔法についてはこれまで勉強してきたけど、さすがに一度も使わない魔法を覚えていても仕方がない。自主的に習得しようとは思わなかった。

「ふーん、知らないんだ。それなら特別に、手っ取り早く契約する方法を教えてあげる」
「そんな方法があるんですか?」

 初耳だった。
 契約魔法は、光の精霊から直接人族に伝わったもので、それゆえに発展性のない魔法とされてきた。古めかしい様式で準備にも時間がかかる。
 簡易的な方法があるのなら、それは凄く気になる。単純に精霊術師として興味があった。

「……それじゃ、こっちに来て」
「はい」

 言われた通り、フィアー様の前に立つ。
 僕の身長は同年代の中でも低い方だけど、それ以上に彼女は小さい。

「うーん、駄目ね。届かないわ、少しかがんで」
「こうですか?」

 屈むとフィアー様の顔がよく見えた。つり目で不機嫌そうに見えるけど、そうでもないらしい。
 大きな街の神殿にまつられている女神の像は、彼女をモチーフにしたのではないかと思えるほど整った顔つきだった。可愛らしさもあるけど、どちらかといえば美しさの方が際立っている。
 じっと目を合わせるのを躊躇ためらうほどに。
 だけどそこは我慢して、深淵のように深く、黒い彼女の瞳を見つめる。

「そして目をつむる」
「……?」

 言われた通りに目を瞑った。
 ――その刹那せつな、口元に何か温かいものが触れた。
 ほんの僅かな間だったけど、確かに何かが触れていた。

「ッ!?」

 思わず目を見開く。
 フィアー様は距離を取って笑っていた。してやったりといった表情。
 僕はゆっくりと指で口元をなぞり、残滓ざんしを感じ取る。

「ねぇ、どうだった? どうだった? 契約してみた感想は?」

 いちいち反応を求めてくる意地悪な精霊様の前で、自然と僕は心からの声を出していた。

「ご、ごめんなさい……ノート様……!」


 ◇


「ニノ! 早く行くわよ!!」

 フィアー様は声をあららげながら、前へ前へと進んでいく。
 僕はその背中をあたふたと追いかけていた。あれから何度話しかけてもこの調子だ。
 彼女は――怒っていた。

「本当にごめんなさい。あれはその……驚いてしまって、つい……!」

 いくら不意を突かれたとはいえ、口づけの反応に別の女性の名前を出してしまうのは人として最低だ。
 そしてノート様に対しても……僕にとっては、あくまで心から敬愛している相手だというのに、大変失礼なことを口走ってしまった。

「そうでしょうね、驚いて〝つい〟本心が漏れたのでしょうね! あぁイライラする。何がムカつくって、よりにもよって相手がノートってことよ! あの土臭い女のどこがいいっていうのよ!?」
「それはさすがに失礼だよ!」
「何よ!?」

 睨まれた。

「……あっ、うーん、悪口はいけないと思いますよ?」

 というより、あんな契約手段なら、先んじて教えてくれてもよかったと思う。
 前もって知っていたら覚悟だって……いや、もうこの件に関しては全面的に僕が悪い。

「ニノ、貴方私と契約した自覚ある? 貴方はもう私のものなのよ? ノートに浮気したら駄目。力を借りるのも当然駄目よ!」
「え? 精霊契約ってそういうものなんですか? それじゃあまるで奴隷じゃないですか……!」

 前例が過去に一件しかないので、当の精霊様に言われると否定できないのが怖い。
 困った……僕には一人でも多くの人に、大地の精霊様の素晴らしさを知ってもらうという目標があるのに。肝心の力を借りられなければ難しくなってしまう。

「貴方たち精霊術師だって、勝手に精霊の力を使っているじゃない。私たちだって奴隷みたいなものでしょ!?」
「人聞きの悪い。ちゃんとお願いして使ってますよ!」
「ほぼ強制じゃない! こっちの気分とかお構いなしに!」
「それは……まぁ……うーん」

 まったくもってその通りなので言い返せない。
 冒険者稼業をしていると、精霊様の都合がどうであれ、力を借りなければいけない場面がごまんとある。
 そしてその際に、可能な限りご機嫌を取るのが精霊術師の重要な仕事なのだ。
 ……確かにそう考えると、僕たちは悪者だった。

「ということだから、今後は私のために尽くしなさい? その分、私もたくさん返してあげるから」

 僕から反論がなかったことで機嫌が直ったのか、鼻歌を口ずさみながらフィアー様は僕の隣に並ぶ。
 契約の効果か、以前よりもその存在が大きく感じられた。見えない糸のようなもので直接繋がれているみたいだ。
 ただ、僕の魔力が上がった訳ではないらしい。多分、これは力の主導権が彼女にあるからだろう。

「それで、この転移門を潜ればいいのね? ふーん、いつの間にこの大陸と通じる門ができたのかしら。私の知る限り、魔大陸には何重にも結界が張られていて、外部からの侵入者を拒んでいたはずなんだけど。こんなにもわかりやすい物を放置しておくかしら?」
「でも実際にあるんですし、誰かが用意したんですかね? うーん、向こう側の転移門は一応隠されてはいましたけど……」

 それにしては随分単純な仕掛けだった。
 とはいえ、あの転移門を見つけたのは僕が最初だったみたいだし。それなりに、隠蔽いんぺいの効果があったとは言えるか。
 フィアー様の封印が解けた理由も含めて、謎ばかりだ。

「まぁ考えても仕方ないですよね! さっぱりわからないですし!」
「そうね、過ぎたことはどうでもいいの。今を楽しみましょ」
「せっかくですし、街に着いたら案内しますね。実のところ僕もそこまで詳しくはないんですけど」
「ふーん。一応、期待しておくわね」

 とりあえずダンジョンに戻るのが先決だ。いい加減、魔大陸の重苦しい雰囲気から解放されたい。
 僕とフィアー様は躊躇ためらいなく同時に門を潜った。


 ――何か大切なことを忘れている気がしたけれど。


 ◇


『グオオオオオオオオオオ!!』
「ねぇ何? このうるさいの。ニノの知り合い?」
「あっ、キングトロール…………って、コイツらのことすっかり忘れてた!!」

 眩い光を抜けた先、待ち構えていたのは一対の巨人だった。
 空っぽの脳みそでも、逃がした獲物は覚えているのか満面の笑みで迎えてくれる。
 駄目だ。今の僕にコイツらを馬鹿にする資格はない。

「い、今すぐ戻り――って門がない!?」

 慌てて振り返ると、転移門は砂となって崩れ去っていた。
 近寄って確認するも、地面と同化してしまっている。

「回数制限でもあったんじゃない? よくある話よ」
「最悪のタイミングだ……!」

 つまりキングトロールを倒さなければ、生きて外には出られないということだ。
 勝ち目はあるんだろうか。
 僕たちを前にして、棍棒の素振りで大気を震わす巨体を見上げる。
 少なくとも以前の僕なら、自決した方が綺麗に死ねるという消極的な未来しか見えなかった。
 ……でも今は《精霊使い》だ。過去の自分とは大きく変わっている……はず、多分。
 フィアー様に目配せすると、悪戯いたずらっぽい笑みが返ってきた。

「せっかくだから私の力を試してみる? ノートとの格の差を思い知って、宗旨しゅうし替えしたくなるかもね」
「それは〝確実〟にないです」
「……怒りで魔力が上がったわ。一瞬で消し飛ばすわよ!!」
「頼もしいですけど――って、あつ、熱っ!!」

 突然、魔力の奔流ほんりゅうが全身を駆け巡った。意識外の力に翻弄され背筋が真っ直ぐに伸びる。
 フィアー様と繋がる透明の糸からせきを切ったかのように、熱く、激しく、燃え上がるどす黒い魔力がなだれ込んできた。
 肉体の内側に宿る魂にまで、侵食していく感覚。彼女の怒りの感情まではっきりと伝わってくる。
 ――それは初めての経験だった。
 過去に一ヶ月間だけ、精霊術師の講習を受けたことがある。
 そこで熟練者の技術は見せてもらったけど、これほどまでに具現化した魔力は感じたことがない。
 だけど、僕が何よりも驚いていたのは別のことだった。
 これは、この力は――

「――や、闇属性……? な、何で……!?」

 唖然あぜんとする僕に、フィアー様は髪をかき上げて呆れ声で返してきた。

「今頃気が付いたの? そういえば言ってなかったかしら――私が闇をつかさどる精霊だって」


 フィアー様が片手を上げると、その動きに合わせて僕の右手も勝手に上がった。

「「永久の闇よりでよ、虚無へと誘う地獄の門ヘルズゲート」」

 僅かな詠唱と共に開かれたのは、光をも喰らい尽くす漆黒の沼だった。
 むせ返るような腐敗臭。沼の中から、皮と肉のげた亡者の腕が無数に飛び出す。

『グ、グウウウウウ、グガアアアアアアアアアア!!』

 片方のキングトロールが暴れるのを大量の腕が押さえ込み、力任せに沼へと引きり込んでいく。
 棍棒を必死に振るうもあっという間に下半身が沈み、次に身体が、そして頭が。
 最後の抵抗にキングトロールが腕を振り上げた瞬間、沼が閉じられ――切り取られた。
 赤黒い鮮血を散らし、飛んでいくキングトロールの腕を眺めながら、僕の全身に冷たい汗が流れる。まばたきすら忘れていた。視界がぼやける、胸が苦しい、頭が痛い。

「次、来るわ」
「えっ?」

 フィアー様の声で我に返ったが、既に眼前に巨大な棍棒が振り下ろされていた。
 あ、死んだ。
 ところが、土煙が視界を塞ぎ、衝撃波が目を覚ませと頬を叩く――あれ? まだ僕は生きている。……外れた?
 違う。僕の身体をすり抜けるようにして、棍棒が地面に突き刺さっている。

「ふんっ、つまらない攻撃ね。避けるまでもない」
「……いや、その……僕の心臓は止まるかと思った……!」
「……それは鍛えなさい」

 もはや理解が追いつかない。
 物理干渉を無効化する魔法なんて、古今東西聞いたことがないぞ。
 驚いて固まっているもう一体のキングトロールに向かって、フィアー様は緩やかに、可憐に、歩みを進めていった。
 息を呑むほどの美しい所作。その背後で、凝縮された闇の残滓が点々と石床に穴を穿うがっていく。

「ねぇ貴方。その無駄に大きな図体をどうにかできないのかしら? 声もうるさいし、変なにおいもするし、鬱陶しいわね」
『オ、オオ……』

 あのキングトロールが、小さな少女に気圧けおされている。
 ジリジリと怯え後退していく姿はまるで、小動物そのものだ。

「私、今とっても機嫌が悪いの。ニノがわからず屋だから、この怒りを誰かにぶつけたくて仕方がない。ねぇ、わかったなら早く消えなさい。早く、早く早く!!」

 フィアー様の有無を言わさぬまくし立てに耐え切れず、キングトロールが一目散に出口に向かう。
 僕もそれを見て、すぐさま床のスイッチに飛び乗った。

『グアゥゥ……』

 が、キングトロールはあまりにも図体が大きく、扉の前で詰まってしまった。

「はぁ……愚図は嫌いよ」

 フィアー様が溜め息をついた瞬間。
 キングトロールの全身が黒炎に呑み込まれた。

『グギャアアアアアアアアアア!!』

 ダンジョンをも震わす野太い断末魔。耳を塞がないと鼓膜が破れそうだ。
 暴れ狂うキングトロールが、懇願こんがんするかのようにこちらに手を伸ばすも腕が灰となって消えた。
 動くたびに、その部分が崩れ散っていく。そして四肢が欠損し動かなくなったところで……。

「残念だったわね。来世ではもっと小さな身体に生まれてくるといいわ」

 フィアー様が息を吹きかけると、跡形もなく消滅した。


 ◇


 闇属性。
 それはこの世界に存在する数多あまたの属性の中でも、古くから最強とうたわれた力だ。
 生きとし生けるものを滅ぼし、全てを無に還す滅びの力。
 名のある上級魔族、闇妖精ダークエルフ、そして魔王が心酔した力。
 かつて、世界の命運を託された伝説の勇者も、光を纏い闇と戦った。
 大きな戦いには必ず闇の存在が付き纏う。人族の歴史は、闇との戦いの歴史とも言えるくらいだ。
 だけど、その実態の多くは長きにわたり、神秘のベールに包まれていた。
 何故なら闇属性に適応できる者が、他の属性に比べて極端に少ないから。強大な力に耐えうる器がなければ、術者の肉体すらも崩壊してしまうのだ。
 よって闇に受け入れられる者は、すべからく魔族もしくは才ある亜人――つまり、人族と魔族のハーフだと言われている。そこに人は含まれないはずだった。
 闇は常に人を拒絶する。人もまた闇を嫌厭けんえんする。
 だからこそ――フィアー様が闇精霊であるという事実が、僕には信じられなかった。


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