闇精霊に好かれた精霊術師(旧題:ダンジョン最下層でパーティに見捨てられた精霊術師の少年、闇精霊に気に入られ最強の精霊使いになる。)

お茶っ葉

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1巻

1-1

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 第一話 出会い


 暗闇が覆う狭い通路内で、戦闘が繰り広げられている。
 これで何度目になるだろうか、と僕――ニノ・アーティスは思った。
 数えるのはもう途中でやめてしまった。考えるだけで気が滅入りそうだ。
 疲労で頭は回らないし、腕はしびれて痙攣けいれんを起こしている。

鬱陶うっとうしい連中ね! 切り裂きなさい、風刃ウィンドカッター!!」

 同じパーティの魔法使い、ミスティさんが叫ぶ。彼女の持つ杖が輝き、放たれた風の刃がボーンナイトを切り刻んだ。
 けれどその骸骨の魔物――鉄製の武器を装備した兵士の成れの果ては、恐れを知らないようだ。
 刃を逃れた複数のボーンナイトが、こちらを目がけて襲いかかってきた。

「わっ!? が、大地の守りガイアディフェンス!!」

 鉄剣が振り下ろされるが、土属性の魔力で固めた右腕で防ぎ、力を下方へと受け流す。
 地面に突き刺さった得物の腹を蹴り飛ばし、敵の体勢を崩した。

「今だっ! ミスティさんトドメをお願いします!」

 後ろを振り返り、僕は絶好の機会を後衛に譲る。
 ………………。
 しかし、後ろで詠唱しているミスティさんは、集中しているのか僕の方を見向きもしなかった。
 ……あれ、聞こえていないのかな?
 もしかして敵を集め切ってから一掃するつもりなんだろうか。
 とりあえずボーンナイトをやり過ごしつつ、僕は他の魔物の注意も同時に引き付ける。
 動ける前衛が僕しかいないので、労せずともおとり役として機能できた。
 守りが僕の唯一の取り柄だけど、敵の数が二体、三体と増え続けるばかりで、そろそろ限界が近付いてくる。

「こ、これ以上は厳しいですよ!! 早く魔法で倒してください!!」

 四体目のボーンナイトの突撃。身体を強引に反らして避けるが、体勢を崩して地面を転がってしまう。
 慌てて立ち上がると、眼前に斬撃の痕が刻まれる。
 ――あ、危ない。間一髪だった……!

「何をやっているのよ、この愚図グズ! 私が魔法を放つ前に敵がバラけたじゃない! 囮役を務めるのなら死ぬ気で戦線を維持しなさいよ!! お前はそれでも精霊術師なの!?」
「ご、ごめんなさい……!」

 ミスティさんに怒声を浴びせられ、気合を入れ直す。
 そしてもう一度、ボーンナイトの群れの中へと飛び込んでいく。

「ほら休んでないで戦え戦え。結果は全てギルドに報告するんだからな? 手は抜くなよ。新人君」

 遥か後方には、壁にもたれかかって楽しそうに観戦している戦士、レイドさんの姿があった。
 彼はこのパーティのリーダーだ。だけどこの探索中、一度も剣を振るっているところを見ていない。
 新人である僕がもっぱら先陣を切って、後衛のミスティさんが敵を討つ。これが今日の一連の流れだった。
 ……三年前、まだ十二歳だった僕は、冒険者になるために故郷の村を飛び出してきた。
 そしてつい先日、ポートセルトという街に着き、そこの冒険者ギルドに仮登録をしたばかりだった。
 登録した新人には、漏れなく認定試験というものが課せられる。内容は、ベテランのパーティに加わって一定の戦果を挙げるというもの。
 そこでパーティのリーダーから推薦を貰って、ようやく正式な冒険者として認められることになっていたのだけど……。
 初めて経験するダンジョン攻略は、命懸けのスパルタだった。


「はぁ……はぁ……つ、疲れた……! けど、何とか……の、乗り越えた……!」

 二時間ほどかけ、僕たちはやっとダンジョンの最下層へと辿り着いた。
 ここまでほぼぶっ通しで戦い続けている。全身は傷だらけ、服は汗と泥にまみれて気持ちが悪い。
 道中、ミスティさんに汚くて臭いから近付くなとまで言われてしまった。
 レイドさんがそれを聞いて笑っていたのが悲しい。あれだけ苦戦していたのだから、できれば手伝って欲しかった。

「ニノ、お前はこのスイッチを押してしばらく待機だ。俺たちが戻るまで大人しくしていろよ?」

 階段を下りて最初の大広間の中央に、人一人が乗って押す大きなスイッチがあった。
 どうやら奥の扉と連動していて、誰か一人はここに残らないと先に進めないらしい。
 基本的にこういった仕掛けは、生物の持つ生命力や魔力に反応するのでズルはできない。

「お前を雇ったのも、ここで重石おもしとして残ってもらうためだ。しっかりと役目を果たすんだぞ?」
「わかりました。……本当に迎えに来てくれるんですよね? 僕はまだ新人だし、一人で残されるのは心細いです……早く戻ってきてくださいよ、絶対ですよ?」

 僕は再三にわたってレイドさんに確認を取る。
 この場に残るのは事前の打ち合わせ通りだけど、内心不安でいっぱいだった。
 レイドさんは「当然だ」と、笑みを浮かべながら頷いてみせる。
 最深部にあるというお宝に会えないのは寂しいけど、これもリーダーの命令だから仕方がない。

「必ず戻ってくるから心配するな。それに、お前には得意技の〝亀の守り〟があるだろ?」
「亀じゃなくて大地の守りです! ノート様を馬鹿にしないでください!」

 わかったから落ち着けよと、レイドさんは僕をなだめる。
 彼は街で出会った時から、僕が信仰する精霊様に何かとケチをつけてきた。
 悔しいけど実際、僕みたいに大地の精霊――ノート様の力を扱う精霊術師は、他にほとんど見かけたことがない。
 そもそも土属性使い自体が、今の世の中では希少だ。だからといって、特別はやされている訳でもなかった。
 田舎でなら畑仕事に便利だと重宝されるけど、戦闘ではどうしても守り中心になるので、扱いづらいと思われてしまう。
 今回の戦闘でも、僕の役割は専ら囮役だったし……。
 だから、こうしてパーティに誘ってもらえたのは奇跡と言ってもいい。掃いて捨てるほどいる新人の中から、彼らは僕を選んでくれたのだ。
 そう思うと多少の悪口だって我慢できた。……ノート様を侮辱ぶじょくするのだけは許せないけど。

「どんなに役立たずの愚図であろうと、じっとしているだけなら難しくないでしょう? ほら、レイド。早く先に進みましょう。さっさと用件を済ませてこんなほこり臭いダンジョンから出るのよ」

 ミスティさんがそう言ってレイドさんの手を取る。二人は仲がよろしいようで。
 風属性を操る彼女とは、属性的な相性が悪いのもあるけど、本当に徹底して酷い扱いを受けていた。
 ここまでの道中で少しは認めてもらえただろうか、と思ったんだけど……今の発言を聞く限り、僕の価値は最初から、その辺の石ころと変わらないのかもしれない。

「――っということでだ。短い間だったが面白かったぜ。運が良ければまた会うこともあるかもな?」
「ちょっと!? 本当に化けて出られたらどうするのよ! また餓鬼がきの面倒を見るのは嫌よ!?」
「ハハハ、冗談だって。これで終わりだっての」

 レイドさんとミスティさんが奥に進んだ直後、背後にあった入口の扉が物凄い勢いで閉じられた。
 地上へと続く階段もそこにあるので、完全にダンジョン内に閉じ込められた形になる。

「えっ? あれ……? 入口が閉まるのは聞いてないぞ。で、でもレイドさんが街に戻れる転移石を持ってたはずだから、大丈夫だよね……?」

 そう自分に言い聞かせることで、気持ちを落ち着かせる。
 幸運にも大広間の天井には、ほのかに輝く光源があったので視界は良好だった。
 食料だって、不測の事態に備えて二日は持つようにしている、まだ慌てるような状況じゃない。
 ――二人の最後の台詞せりふ今生こんじょうの別れのように聞こえたのも、きっと僕をおどかす冗談か何かだろう。
 出会ってまだ数日ちょっとの付き合いだけど、冒険者が同じ冒険者をおとしいれるなんて考えたくなかった。
 いや、田舎者である僕をこころよくパーティに入れてくれた二人を信じなくてどうする。
 とにかく僕はスイッチの上に座りながら、二人の帰りを待つことにした。


 ◇


「遅い……遅いよ……! どうなっているんだ……?」

 あれから体感で一日は待っただろうか。
 体内時計頼りなので実際の時間はわからないけど、それぐらいは経っていてもおかしくない。身体が凝り固まってしまって、動くたびに関節が音を立てている。
 出発前に収集した情報では、ここは半日もあれば回り切れる程度の小規模なダンジョンだった。
 しかも既に最下層、残る部屋もごくわずか。慎重に移動したとしてもそう時間はかからないはず。
 もしかして、最奥に住まうダンジョンのぬしと遭遇して苦戦しているのだろうか。

「心配だ……僕も助けに行けたらいいんだけど――囮ぐらいならできるし……」

 どう考えてもそこに辿り着くのが悲しかった。囮も大事な役割だとは思うけど。
 街から持参した食料と水の残りは一日分。僕が餓死するのが先か、彼らの帰りが先か。
 冒険者は有事に備えて万全の準備をするべしと教えられているけど、この場合どう対処するのが正解だったんだろうか? 是非とも模範解答を聞きたい。

「はぁ……それにしても、待つだけってのは退屈だな。……お尻が痛い」

 じっとしているのにも飽きたので、大広間を少し探索することにした。
 スイッチから降りると奥の扉が閉まるけど、必要な時にまた乗ればいいだろう。
 軽い運動がてら、部屋の周囲を歩き回ってみるが特に何もない。無機質な壁と床が広がっているばかりだ。
 二つある大きな支柱に近寄ってみる。ここにも何も――いや、あった。
 直接手で触れてみると、表面に少しだけ不可解な出っ張りがある。どう考えても怪しい。

「もしかしたら非常用の隠しスイッチかな? それ以外に用途がないよね」

 罠だとしても回りくどいし、押してみる価値はありそうだ。
 もし入口を開けるものであれば、一旦街に戻ってギルドに応援を要請するつもりだった。
 先に進んだ二人に何か問題があったのなら、助けられるのは僕しかいない。
 ゆっくりと祈るような思いで押してみた。
 そしてすぐに――現実は非情であると思い知らされた。

「う、嘘だ! 何でこんなところに召喚罠があるんだよ!? 意地が悪過ぎるよ!」

 大広間の中央に転移門ゲートが出現し、そこから巨大な魔物が現れたのだ。
 青味がかった肌に、見上げるほど巨大な体躯たいく、拳に握り締めた極太の棍棒。
 トロールだ。しかもその中でも、最上位に君臨するキングトロール。それが……二体もいた。

「ちょっと待って聞いてないよ!! どうして無名のダンジョンにこんなのがいるんだ!?」
『ウオオオオオオオオオオ!』

 キングトロールは雄叫おたけびを上げ、こちらを挟み込むように大きな足取りで襲いかかってきた。
 この辺りの土地では確実に、姿どころか名前すら聞かない連中だ。
 数百年も前、魔王が根城ねじろにしていた魔大陸で確認された超希少種で、歴史書に記されるような代物しろものである。
 ギルドに報告すれば、情報料だけでそこそこの金額が貰えるだろう。
 そして新人冒険者では、勝ち目なんて万に一つもありはしない。
 最強クラスの実力者でも倒すのに一晩は要する相手に、僕の力が通用するはずがなかった。

「か、考えろ、考えるんだ……!」

 迫り来る死の恐怖に耐えながら、それでも僕は思考を続ける。
 冒険者は考えるのをやめた時点で終焉しゅうえんすなわち死を意味する。それはギルドでも最初に教わる心得だった。
 最後まで諦めずに足掻あがき続けるのが、一流の冒険者というもの。
 現状、大広間から抜け出すにはスイッチの上に誰かを乗せるしかない。
 キングトロールを誘導するか? でも人一人が乗って反応するような仕掛けだ、人の数十倍も重い魔物が乗ったら壊れてしまうんじゃないか。

「だけど他に方法なんて――ん、あれは?」

 距離を取って外周を走っているうち、目に飛び込んできたのは、キングトロールが出現する時に開いた転移門だった。
 通常の召喚では、この手のものは使いきりで、役目を終えるとすぐに消滅するはずだった。

「もしかして……召喚罠じゃなく、別の場所に繋がる門が開いただけ?」

 つまりキングトロールは、この転移門の先に続いている謎の場所に偶然居合わせただけということになる。
 それはそれで不運にも程があるけど、そうとしか考えられない。
 そして転移門が今も残されているということは、まだ利用できる!
 どこに繋がっているかはわからない。無茶で無謀で危険な賭け。
 だけど封鎖された空間で、最上位の魔物二体と追いかけっこを続けるよりマシなのは確かだった。

「ノート様……! 僕に力を貸してください!!」

 そうと決まればやることは一つ。僕は転移門に向かって一直線に走る。
 キングトロールはそれに反応して棍棒を振り上げた。地面に大きな影が伸びていく。
 当たれば即死、かすっても致命傷、かわしても風圧で吹き飛ばされボロ雑巾にされる必殺の一撃。
 それでも――僕には心強い力がある。
 精霊様の力の一部を借りて、自分に強化エンチャントをかける。
 そして勇気を振り絞り、キングトロールの足元に飛び込んだ。
 直後、棍棒が背後に叩き付けられた。暴力的な風が僕の背中を押し上げ、身体をいとも簡単に吹き飛ばす。
 世界が回り、視界が回る。脳が揺れ気を失いそうになるのをぐっとこらえる。
 全身にゴツゴツとした鈍い感覚を受けながら、僕は地面をえぐるようにして踏み止まった。
 そして目の前には、青白く光る転移門。

「よし五体満足! どこも問題なし!」

 自身の防御力を限界まで高める土属性魔法、大地の守りガイアディフェンスのおかげで僕の身体は無傷だった。若干、足元がふらつくけど大した問題じゃない。
 さすがは僕の敬愛するノート様。今日もお力を貸していただきありがとうございます。

「はぁ……。でもこれじゃあ二人の帰りを待つ約束を守れないな。……どうしよう」

 悔しそうにこちらを見下ろすキングトロール二体を尻目に、僕は悠々と転移門をくぐった。


 ◇


 転移特有のまばゆい光を抜けた先、視界に広がったのは、辺り一面の荒野だった。
 枯れ果てた木々が点々と並んでいるが、それ以外に何もない。人影や小動物の鳴き声すらも。
 薄暗い地下から抜け出したというのに開放感がないのは、空が灰色の雲で覆われているせいだろうか。

「ここは一体……? って、早く移動しないとキングトロールが!!」

 強化エンチャントを解いて、僕は慌てて移動を開始する。
 目の届く範囲に魔物がいないとはいえ、いつ何が襲ってくるかわからない。
 大地の守りガイアディフェンスは、龍の息吹ドラゴンブレスにすら耐える最強の防御力を得る代わりに、反撃手段を失う。
 防御中は攻撃できないだけでなく、移動もかなり遅くなる。状況によっては解いておかないと不利になるのだ。
 レイドさんが亀の守りと馬鹿にしていたのは、そういう理由からだった。

「でも今のは良い判断だったんじゃないかな、うん。あの方法以外はなかったと思う」

 自由に動けないのであれば、逆に敵の攻撃を利用すればいい。
 咄嗟とっさに思いついた博打ばくちだったけど最善は尽くせた。自分を褒めてあげたい。
 あとはキングトロールが元の場所に戻っていくのを確認してから、こっそり大広間に戻ればいい。
 ――そう考えていたんだけど。

「あれ……? アイツら追ってこないな。どうしたんだろう?」

 転移門から距離を取って様子をうかがうも、一向にキングトロールの姿が現れない。
 少なくとも僕がこちら側に移動できたので、一方通行のゲートではないはず。
 もしかして、戻り方がわからないのだろうか……?

「どれだけ強くてもトロールはトロールかぁ……でも困った。これじゃ僕が戻れないじゃないか!」

 今頃ダンジョンの大広間では、キングトロールが獲物を求めて延々と彷徨さまよっているだろう。
 ここは我慢比べといきたいところだけど、水も食料も全てあそこに置いてきてしまった。
 一旦戻るのは諦めて、体力がある間に周囲を探索した方が利口かもしれない。
 ただ、見渡す限り枯れ果てた大地なので無駄足になる可能性も……。
 いや、一瞬何かが見えた。小さな――神殿に似た、白い石造りの建物だ。
 もしかしたら誰かが住んでいるのかもしれない。過度な期待はしないようにして近付いてみる。

「勝手に入ってごめんなさい! 誰かいませんか? 誰か――いないみたいだ」

 神殿は無人で、入口を塞ぐ扉もなく単純な造りだった。内部は、進むにつれて周囲の壁が狭まっている。
 そして最奥には、黄金の装飾でできた重厚な壁があった。
 闇をまとった禍々まがまがしい龍と戦う、光の人物が描かれている。そこからは重々しい空気が漂っていた。

「もしかして入ったら駄目な場所だったのかな……? でも他に身を寄せる所もないし、困った」

 神聖な雰囲気に気圧けおされ、自分が悪事を働いているような気分になる。
 それでも意を決して、その黄金の装飾に触れてみた。ひんやりとして少し柔らかい。
 レイドさんとミスティさんがこの場にいたら、さぞかし大喜びしていただろう。
 そもそも彼らには、僕の試験とは別に、ダンジョン内のお宝を手にするという目的があったのだから。
 果たして二人は無事なんだろうか。少なくともスイッチを押さない限りあの扉は開かないから、キングトロールと鉢合わせすることはないと思うけど。

「って……ははは。まずは自分の心配をしなきゃいけないのに、何を考えてるんだ僕は」

 思わず自嘲じちょうの笑いが出てしまった。先の見えない不安に、心が叫んでいるのかもしれない。
 昔からお前はお人好し過ぎる、冒険者には向いていないと周囲の人たちに強く言われたものだ。
 だけど、男として生まれたからには叶えたい夢の一つや二つはある。
 ――冒険者として大成したい。
 そして、僕の命の恩人である大地の精霊様を、より多くの人に知ってもらいたい。
 そんな願いを抱いて単身、故郷を飛び出してきたんだ。
 今頃、僕がどこかで野垂れ死んだのではないかと、みんな噂しているかもしれない。

「僕はまだ走り出したばかりなんだ……。絶対にここで終わるわけにはいかないんだ……!」

 何度もそう呟きながら冷たい石床に座り込む。
 まぶたが重い。ずっと気を張っていたからだろうか、急激に眠くなってきた。
 今後のためにもできるだけ、体力を温存しておこう。

「ごめんなさい。少しだけ……宿として使わせてもらいます……」


 ◇


『ねぇ、そこの人族。起きなさいよ……ねぇってば!』

 ――声がする。
 僕の知り合いの中では聞いたことがない声色。
 女の子の声だ。少し怒っているようにも聞こえる。

『ちょっと、起きなさいって。私の声が聞こえていないの?』

 聞こえています、でもごめんなさい。僕はまだ眠いので寝かせてください。
 今日までずっと頑張ってきたんです。とても疲れているんです。許してください。

『図々しいわね。土足で上がり込んで、挙句あげくに私を無視するだなんて……。これは何百年ぶりの屈辱かしら?』

 一体誰なんだろう?
 こんな荒れ果てた土地に人が、それも女の子が住んでいるとは思えない。
 もしかして天使様だろうか。辺境の地に取り残された哀れな少年を、迎えに来てくれたのだろうか。

『あんな胡散うさん臭い連中と一緒にしないでくれる? それに貴方あなた、まだ死んでいないわよ?』
「あぁ……そうなんだ。……おはようございます」

 つい、誰とも知らない女の子に挨拶をする。
 徐々に意識がはっきりとして、あれ……おかしい。支えがない。
 黄金の壁に寄りかかっていたはずなのに、気が付くと仰向けに寝転がっていた。
 立ち上がって確認するも、やっぱり壁が無くなってしまっている。

「夢を見ていた……とかじゃないよね?」

 心身共に追い詰められた末期まつごの冒険者は、ありもしない黄金が見えてしまうことがあるらしい。
 そこまで弱っていた覚えはないけど、うーん。僕も案外、欲深かったりするんだろうか?

『壁が無くなったのには私も驚いたわ。人族の子供が迷い込んできたかと思ったら、まわしい封印が消えているんだもの。一体、貴方は何者なの……?』
「何者と聞かれても僕はただの――って、ええっ!? せ、精霊様!?」
『なっ、どうしてそれを……!』

 僕は思わず口をつぐんでしまう。
 黄金の壁があった向こう側、神殿の隠し部屋であろう小さな空間に、結晶が固定されていた。
 壁面に埋め込まれた、七色に輝く鉱石が室内を神々こうごうしく照らし、中に封じられた少女の姿を映し出す。
 その異質な状況もだけど、何よりも驚いたのが、彼女が精霊であるということだ。
 僕もまだまだ未熟とはいえ、精霊様の力を扱う精霊術師だ。普通の人との違いは肌で感じ取れる。

『ふーん。貴方、大地の精霊術師なのね。道理で――――辛気臭い、土っぽい匂いを感じると思ったわ』
「……ちょっと待ってください。今、物凄く馬鹿にされた気がするんですけど。訂正してください!」

 よくわからないけど、ノート様を侮辱されたのだけは理解できた。
 僕が怒りをあらわにすると、少女は意外そうな顔をしてこちらを見てきた。

『へぇ、本気で怒るんだ。貴方たち人族って、精霊の力を借りるだけ借りて、それでおしまいなのかと思っていたのだけど。アイツの悪口を言ったくらいで怒る人、初めて見たわ』
「そんなの当然ですよ! 僕たちは心から精霊様をおしたいして――!」
『それは嘘ね』

 僕の言葉を遮るようにして少女は言い切った。

『私は人の本心を覗き見ることができるの。これまで出会った連中のほとんどは、誰しも口では綺麗事を語っていたわ。でも実際は力を利用することしか考えていなかった。そこには……まぁ、多少の敬意はあったのでしょうけど? 貴方が語るほどの想いは感じ取れなかったわ』
「そ、そんなことは……!」
『でも貴方自身は――どうやら嘘はついていないようね。へぇ、珍しい人族もいたものね』

 結晶の中で何度もうんうんと首を縦に動かす少女。
 よく見ると両手、両足は白い鎖で繋がれていて、背中に見える半透明の羽は傷だらけだった。
 黒い高級感のある衣服は所々破けて、白い肌がさらされてしまっている。
 先程は思わず失礼なことを言ってしまったけど、僕は慌てて結晶のそばに駆け寄る。


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