続 水槽と鳥籠の違い

あさき のぞみ

文字の大きさ
5 / 14

卒業アルバムの×印

しおりを挟む
冬が来て、受験シーズンになった。
俺は推薦で地元の私立大学に決まった。教育学部。教師になりたいわけじゃなかったけど、他に行きたいところもなかった。
藤原は県外の大学に進学することになった。早く、この街を出たかったんだと言っていた。
「中井、お前も教師になんのか」
ある日、藤原が聞いてきた。
「わかんない。でも、他に何もないから」
「そっか」
藤原は少し考えて、言った。
「教師になるなら、俺みたいにはなんなよ」
「どういうこと?」
「生徒を守れない教師には、なるなよ」
それだけ言って、藤原は去っていった。
三月。卒業式の日が来た。
体育館で式が行われ、みんな泣いたり笑ったりしていた。
俺は、ただそこにいた。感傷もなく、ただ。
教室に戻って、卒業アルバムが配られた。
みんな、サインを書き合っている。
俺のアルバムにも、何人かがサインをしてくれた。
「元気でな」
「大学でも頑張れよ」
形式的な言葉ばかり。
藤原は、アルバムを持って来なかった。
「悪い、忘れた」
そう言って笑っていた。でも、本当は持って来たくなかったんだと思う。
家に帰って、一人でアルバムを開いた。
クラスの集合写真のページ。
みんなが笑っている。
藤原も笑っている。
俺も、笑っている。
作り笑いだった。
早川さんは、もちろんいない。
彼女がいたのは、一学期だけだったから。
ページをめくった。
個人写真のページ。
藤原の顔があった。
爽やかな笑顔。
人気者の顔。
でも、俺は知っている。
この笑顔の裏にあるものを。
机の引き出しから、黒いマジックを取り出した。
藤原の顔に、大きく×を描いた。
一画、二画。
線が交差する。
これで、藤原は消えた。
いや、消えてない。
ただ、俺の中で否定しただけ。
どうして×をつけたのか、自分でもよくわからなかった。
藤原を恨んでいるわけじゃない。
藤原も被害者だった。
でも、この×は必要だった。
何かに怒りをぶつけないと、やっていけなかった。
早川さんに×はつけられない。
大学生にも、顔を知らないから×はつけられない。
だから、藤原。
一番近くにいた、一番手が届きそうだった藤原に。
×をつけた。
アルバムを閉じた。
これで、高校生活は終わった。
早川さんとの思い出も。
藤原との日々も。
全部、アルバムの中に閉じ込めた。
×印と一緒に。
窓の外を見た。
春の風が吹いていた。
新しい季節。
でも、俺の中では何も変わらない気がした。
×をつけた藤原の顔が、頭から離れなかった。
これでよかったのか。
わからない。
でも、もう取り返しがつかない。
インクは消せない。
×は、そこにある。
ずっと。
翌日、引越しの準備を始めた。
大学の近くに、安いアパートを借りた。
父さんが珍しく帰ってきて、手伝ってくれた。
「大学生か。お前も大きくなったな」
父さんは、他人事のように言った。
「うん」
「友達、できるといいな」
「まあ」
「彼女とか、できるんじゃないか?」
父さんは笑った。
「どうかな」
俺には、できる気がしなかった。
早川さんを好きだったけど、何もできなかった。
そんな俺に、誰かを好きになる資格があるんだろうか。
荷物を段ボールに詰めていると、卒業アルバムが出てきた。
×をつけた藤原の顔。
見るたびに、胸が痛んだ。
でも、捨てられなかった。
これも、俺の一部だから。
新しいアパートに引っ越した。
ワンルーム。6畳。
狭いけど、一人には十分だった。
荷物を片付けて、ベッドに座った。
窓の外を見た。
知らない街。
知らない景色。
でも、俺は変わらない。
ただの中井。
何も持っていない、ただの中井。
それが、大学生になっても、続いていくんだろう。
そう思いながら、目を閉じた。
明日から、新しい生活が始まる。
でも、きっと何も変わらない。
そんな気がしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...