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堕ちていく水の中で
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駅に着いた。
改札を出ると、渡瀬がいた。
私服姿。制服より大人っぽく見えた。
でも、やっぱりミニスカート。
太ももが露わになっている。
「先生!」
渡瀬は笑顔で手を振った。
周りの人が、二人を見る。
年の離れた兄妹に見えるだろうか。
それとも、別の何かに見えるだろうか。
「久しぶり。って、金曜日以来か」
渡瀬は楽しそうだった。
「カフェ、行こう」
「うん」
二人で歩く。
誰かに見られているような気がした。
でも、誰も見ていない。
誰も、知らない。
カフェに入った。
奥の席に座る。
「何飲む?」
「カフェラテ」
「わかった」
注文しに行って、戻ってきた。
渡瀬は、スマホをいじっていた。
「先生、遅い」
「ごめん」
飲み物が来た。
二人で飲む。
沈黙が流れた。
何を話せばいいのか、わからなかった。
「先生、緊張してる?」
「まあ」
「可愛い」
渡瀬は笑った。
「ねえ、先生の部屋、見てみたい」
心臓が跳ねた。
「部屋?」
「うん。どんなとこに住んでるのか、気になる」
「でも」
「ダメ?」
渡瀬は、上目遣いで見てきた。
断れなかった。
いや、断らなかった。
「わかった」
どうして、そう言ったのか。
自分でもわからなかった。
ただ、渡瀬の目を見ていると、断れなかった。
二人でカフェを出た。
アパートまで歩く。
10分くらいの距離。
「ここ?」
「うん」
「古いね」
「安いから」
部屋に入った。
渡瀬は、キョロキョロと見回した。
「先生の部屋、思ったより綺麗」
「そう?」
ワンルーム。
狭い部屋。
ベッドと机と本棚だけ。
「座って」
渡瀬に椅子を勧めた。
自分はベッドの端に座った。
「お茶、入れる」
「ありがと」
立ち上がろうとしたが、足がすくんだ。
現実感がない。
なんで、渡瀬がここにいるんだ。
どうして、こんなことになったんだ。
カフェでの会話が、ぼんやりとしている。
渡瀬が、何か言った。
俺が、何か返した。
笑った。
そして。
「部屋、見てみたい」
そう言われた気がする。
断れなかった。
いや、断らなかった。
「先生、緊張してる?」
渡瀬が椅子から立ち上がった。
ベッドに近づいてくる。
「してない」
「嘘。顔、真っ赤だよ」
渡瀬は笑った。
俺の隣に座った。
距離が近い。
渡瀬の匂いがする。
甘い香水の匂い。
「ねえ、先生」
「何」
「私のこと、どう思ってる?」
「どうって」
「好き?」
好き。
その言葉の意味が、わからなくなっていた。
「わかんない」
「わかんないって、ひどい」
渡瀬は拗ねたように言った。
「じゃあ、試してみる?」
「何を」
「好きかどうか」
渡瀬の手が、俺の手に触れた。
電気が走ったような感覚。
「渡瀬さん」
「先生って、こういうことしたことないんでしょ」
図星だった。
まいのことが頭をよぎった。
あれは、違った。
金を払って、機械的に処理されただけ。
これは。
「教えてあげる」
渡瀬が、近づいてきた。
顔が近い。
唇が、触れそうな距離。
「ダメだ」
俺は立ち上がった。
「なんで?」
「ダメなんだ、こういうの」
「なんで?私、いいのに」
「俺は、ダメなんだ」
渡瀬は不思議そうな顔をした。
「先生、変なの」
「変でもいい。これは、ダメなんだ」
渡瀬は溜息をついた。
「わかった。じゃあ、何もしない」
「ありがとう」
「でも、ここにいていい?」
「え」
「もう夕方だし。今から帰るの面倒」
「でも」
「何もしないって言ったじゃん。約束する」
渡瀬は真面目な顔をした。
「ちょっとだけ。お母さんに、夜帰るって言ってあるし」
断れなかった。
「わかった。でも、本当に何もしないで」
「うん」
渡瀬はベッドに横になった。
「ちょっと疲れた。少しだけ寝ていい?」
「ああ」
俺は椅子に座って、机に向かった。
背中に、渡瀬の気配を感じる。
部屋が静かだった。
渡瀬の寝息が聞こえてくる。
振り返った。
渡瀬は本当に寝ていた。
無防備な顔。
子供みたいに見えた。
学校で見る、虚無的な目をした渡瀬じゃない。
ただの、十六歳の女の子。
俺は、何をしようとしていたんだろう。
早川さんの顔が浮かんだ。
十六歳で、妊娠して、学校を辞めて。
藤原が、彼女に何をしたのか。
俺も、同じことをしようとしていた。
いや、もうしている。
部屋に呼んだ時点で。
線を越えている。
時計を見た。
午後六時。
外が暗くなってきた。
渡瀬は、いつまで寝ているんだろう。
起こすべきか。
それとも、このまま。
机に向かって、レポートを開いた。
でも、文字が頭に入ってこない。
渡瀬のことばかり考えてしまう。
一時間が過ぎた。
渡瀬が、寝返りを打った。
スカートが、めくれ上がった。
淡いピンク色の下着が見えた。
目をそらした。
でも、また見てしまう。
体が、反応している。
最低だ。
寝ている相手を、こんな目で見るなんて。
でも、止められない。
渡瀬が、また寝返りを打った。
今度は、こちら向きに。
目が、少し開いた。
「先生……」
「起きた?」
「ん……」
渡瀬は、目をこすった。
そして、俺を見た。
「先生、私のこと見てた?」
「見てない」
「嘘。わかるもん」
渡瀬は起き上がった。
スカートを直す。
でも、完全には直らない。
太ももが見えている。
「先生、我慢してるでしょ」
「してない」
「嘘つき」
渡瀬は、ベッドから降りた。
俺の方に歩いてくる。
「私、わざと見せたんだよ」
「え?」
「寝たふりして。先生がどうするか、見てた」
渡瀬は笑った。
悪戯っぽい笑み。
「先生、ちゃんと見てた。エッチ」
「渡瀬さん」
「でも、我慢してるんだね。偉い」
渡瀬は、俺の前に立った。
見上げてくる。
「でも、我慢しなくていいよ」
「ダメだ」
「なんで?」
「ダメなんだ」
「先生、本当は欲しいんでしょ?」
渡瀬の手が、俺の膝に触れた。
「やめて」
「やめないよ」
渡瀬の手が、ゆっくりと動いた。
「渡瀬さん、本当にダメだ」
「なんで?誰も見てないのに」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題?」
渡瀬の声が、少し震えた。
「先生、私のこと嫌い?」
「嫌いじゃない」
「じゃあなんで?」
「俺は教師で、君は生徒で」
「実習生でしょ。あと一週間で終わりじゃん」
「それでも」
「それでも、何?」
渡瀬の目に、涙が浮かんでいた。
「先生、本当のこと言ってよ」
「本当って」
「私のこと、体目当てなんでしょ」
「違う」
「じゃあなんで部屋に呼んだの?」
「それは」
「やっぱり体目当てじゃん。でも、いざって時に逃げるんだ」
渡瀬は後ずさった。
「大人って、みんなそう」
「渡瀬さん」
「私のお母さんの彼氏もそうだった。優しいふりして、結局体目当て。でも、飽きたらポイ」
渡瀬の声が震えていた。
「先生も同じなんだ」
「違う」
「じゃあ、何?」
答えられなかった。
何だろう。
俺は、渡瀬に何を求めているんだろう。
「先生、何も言えないんだ」
渡瀬は立ち上がった。
「帰る」
「待って」
俺は思わず渡瀬の手を掴んでいた。
渡瀬が振り返る。
驚いた顔。
「中井くん……」
「待って。話を」
「話すことなんてない」
渡瀬は手を振りほどこうとした。
でも、俺は離さなかった。
「先生、痛い」
「ごめん」
手を離した。
渡瀬は部屋の隅まで後ずさった。
「先生、最低」
涙が溢れていた。
「私、馬鹿みたい。先生なら、違うと思ったのに」
「渡瀬さん」
「もういい。忘れて。全部」
渡瀬はドアに向かった。
「待って」
追いかけた。
渡瀬の腕を掴んだ。
振り向いた渡瀬の顔が、すぐ近くにあった。
泣いていた。
子供みたいに。
「先生のバカ」
その言葉を聞いて、何かが切れた。
理性が。
倫理が。
全部。
俺は、渡瀬を抱き寄せた。
「先生……」
「ごめん。俺、もう無理」
唇を重ねた。
今度は、俺から。
渡瀬は抵抗しなかった。
むしろ、腕を俺の首に回した。
「先生……」
「ごめん」
「謝らないで」
渡瀬の声が、耳元で聞こえた。
「私、嬉しい」
ベッドに倒れ込んだ。
渡瀬が下に。
俺が上に。
「先生、初めてだよね」
「うん」
「私も」
「嘘」
「本当。信じて」
信じるべきか、わからなかった。
でも、もうどうでもよくなっていた。
渡瀬のスカートが、めくれ上がった。
淡いピンク色の下着が見えた。
「先生、見てるだけ?」
「……」
「触っていいよ」
手が、震えた。
渡瀬の太ももに触れた。
柔らかかった。
温かかった。
「先生……」
渡瀬の声が、遠くに聞こえた。
水槽の外に出た。
いや、違う。
もっと深い水の中に、沈んでいった。
息ができない。
でも、止められない。
もう、引き返せない。
「先生……好き」
渡瀬の言葉が、聞こえた。
好き。
その言葉の意味を、考える余裕はなかった。
ただ、溺れていくだけだった。
時間が過ぎた。
どれくらい経ったのか、わからなかった。
気がつくと、二人はベッドに横たわっていた。
渡瀬は、俺の腕の中で眠っていた。
穏やかな寝顔。
時計を見た。
午後九時。
窓の外は、真っ暗だった。
俺は、天井を見つめた。
何をしたんだ、俺は。
後悔が、押し寄せてきた。
でも、もう遅い。
取り返しがつかない。
渡瀬が、目を覚ました。
「先生……」
「起きた?」
「うん」
渡瀬は、俺を見上げた。
「ねえ、先生。私のこと、好き?」
「好きだよ」
嘘じゃなかった。
本当に、好きだった。
でも、どんな好きなのか。
自分でもわからなかった。
「私も、先生のこと好き」
渡瀬は微笑んだ。
「ずっと、こうしていたいな」
「うん」
「でも、無理だよね」
「何が?」
「だって、先生はもうすぐ実習終わるし。私は高校生だし」
「それでも」
「それでも、何?付き合うの?」
付き合う。
その言葉の重さを、初めて感じた。
「うん」
「先生、優しいけど、馬鹿だね」
渡瀬は笑った。
泣きそうな笑顔だった。
「私みたいなやつと付き合って、先生の人生めちゃくちゃになるよ」
「そんなこと」
「なるよ。だって、私、まともじゃないもん」
渡瀬は俯いた。
そして、何かを決意したように顔を上げた。
「ねえ、先生。約束して」
「何を?」
「これ、誰にも言わないって」
「当たり前だよ」
「本当に?」
「本当」
渡瀬は、少し安心したように笑った。
「ありがとう」
それから、渡瀬は服を着始めた。
「帰らなきゃ。お母さん、心配するかもしれないし」
「送るよ」
「ううん、大丈夫。一人で帰れる」
「でも」
「大丈夫だって」
渡瀬は、俺にキスをした。
「また、学校でね」
「うん」
渡瀬は部屋を出て行った。
ドアが閉まった。
俺は、一人残された。
何をしたんだ、俺は。
生徒と。
未成年と。
取り返しのつかないことを。
早川さんの顔が浮かんだ。
藤原の顔が浮かんだ。
俺は、あいつらと同じになった。
いや、もっと悪いかもしれない。
藤原は、少なくとも好きだった相手と。
俺は、何だ。
寂しさを埋めるために。
自分の欲望のために。
最低だ。
ベッドに横になった。
渡瀬の匂いが残っていた。
甘い香水の匂い。
涙が出た。
止まらなかった。
でも、誰も見ていない。
誰も知らない。
俺の罪も、俺の涙も。
全部、透明。
それでいい。
そう思うことにした。
でも、心のどこかで。
これは、いつかバレる。
そう思わずにはいられなかった。
改札を出ると、渡瀬がいた。
私服姿。制服より大人っぽく見えた。
でも、やっぱりミニスカート。
太ももが露わになっている。
「先生!」
渡瀬は笑顔で手を振った。
周りの人が、二人を見る。
年の離れた兄妹に見えるだろうか。
それとも、別の何かに見えるだろうか。
「久しぶり。って、金曜日以来か」
渡瀬は楽しそうだった。
「カフェ、行こう」
「うん」
二人で歩く。
誰かに見られているような気がした。
でも、誰も見ていない。
誰も、知らない。
カフェに入った。
奥の席に座る。
「何飲む?」
「カフェラテ」
「わかった」
注文しに行って、戻ってきた。
渡瀬は、スマホをいじっていた。
「先生、遅い」
「ごめん」
飲み物が来た。
二人で飲む。
沈黙が流れた。
何を話せばいいのか、わからなかった。
「先生、緊張してる?」
「まあ」
「可愛い」
渡瀬は笑った。
「ねえ、先生の部屋、見てみたい」
心臓が跳ねた。
「部屋?」
「うん。どんなとこに住んでるのか、気になる」
「でも」
「ダメ?」
渡瀬は、上目遣いで見てきた。
断れなかった。
いや、断らなかった。
「わかった」
どうして、そう言ったのか。
自分でもわからなかった。
ただ、渡瀬の目を見ていると、断れなかった。
二人でカフェを出た。
アパートまで歩く。
10分くらいの距離。
「ここ?」
「うん」
「古いね」
「安いから」
部屋に入った。
渡瀬は、キョロキョロと見回した。
「先生の部屋、思ったより綺麗」
「そう?」
ワンルーム。
狭い部屋。
ベッドと机と本棚だけ。
「座って」
渡瀬に椅子を勧めた。
自分はベッドの端に座った。
「お茶、入れる」
「ありがと」
立ち上がろうとしたが、足がすくんだ。
現実感がない。
なんで、渡瀬がここにいるんだ。
どうして、こんなことになったんだ。
カフェでの会話が、ぼんやりとしている。
渡瀬が、何か言った。
俺が、何か返した。
笑った。
そして。
「部屋、見てみたい」
そう言われた気がする。
断れなかった。
いや、断らなかった。
「先生、緊張してる?」
渡瀬が椅子から立ち上がった。
ベッドに近づいてくる。
「してない」
「嘘。顔、真っ赤だよ」
渡瀬は笑った。
俺の隣に座った。
距離が近い。
渡瀬の匂いがする。
甘い香水の匂い。
「ねえ、先生」
「何」
「私のこと、どう思ってる?」
「どうって」
「好き?」
好き。
その言葉の意味が、わからなくなっていた。
「わかんない」
「わかんないって、ひどい」
渡瀬は拗ねたように言った。
「じゃあ、試してみる?」
「何を」
「好きかどうか」
渡瀬の手が、俺の手に触れた。
電気が走ったような感覚。
「渡瀬さん」
「先生って、こういうことしたことないんでしょ」
図星だった。
まいのことが頭をよぎった。
あれは、違った。
金を払って、機械的に処理されただけ。
これは。
「教えてあげる」
渡瀬が、近づいてきた。
顔が近い。
唇が、触れそうな距離。
「ダメだ」
俺は立ち上がった。
「なんで?」
「ダメなんだ、こういうの」
「なんで?私、いいのに」
「俺は、ダメなんだ」
渡瀬は不思議そうな顔をした。
「先生、変なの」
「変でもいい。これは、ダメなんだ」
渡瀬は溜息をついた。
「わかった。じゃあ、何もしない」
「ありがとう」
「でも、ここにいていい?」
「え」
「もう夕方だし。今から帰るの面倒」
「でも」
「何もしないって言ったじゃん。約束する」
渡瀬は真面目な顔をした。
「ちょっとだけ。お母さんに、夜帰るって言ってあるし」
断れなかった。
「わかった。でも、本当に何もしないで」
「うん」
渡瀬はベッドに横になった。
「ちょっと疲れた。少しだけ寝ていい?」
「ああ」
俺は椅子に座って、机に向かった。
背中に、渡瀬の気配を感じる。
部屋が静かだった。
渡瀬の寝息が聞こえてくる。
振り返った。
渡瀬は本当に寝ていた。
無防備な顔。
子供みたいに見えた。
学校で見る、虚無的な目をした渡瀬じゃない。
ただの、十六歳の女の子。
俺は、何をしようとしていたんだろう。
早川さんの顔が浮かんだ。
十六歳で、妊娠して、学校を辞めて。
藤原が、彼女に何をしたのか。
俺も、同じことをしようとしていた。
いや、もうしている。
部屋に呼んだ時点で。
線を越えている。
時計を見た。
午後六時。
外が暗くなってきた。
渡瀬は、いつまで寝ているんだろう。
起こすべきか。
それとも、このまま。
机に向かって、レポートを開いた。
でも、文字が頭に入ってこない。
渡瀬のことばかり考えてしまう。
一時間が過ぎた。
渡瀬が、寝返りを打った。
スカートが、めくれ上がった。
淡いピンク色の下着が見えた。
目をそらした。
でも、また見てしまう。
体が、反応している。
最低だ。
寝ている相手を、こんな目で見るなんて。
でも、止められない。
渡瀬が、また寝返りを打った。
今度は、こちら向きに。
目が、少し開いた。
「先生……」
「起きた?」
「ん……」
渡瀬は、目をこすった。
そして、俺を見た。
「先生、私のこと見てた?」
「見てない」
「嘘。わかるもん」
渡瀬は起き上がった。
スカートを直す。
でも、完全には直らない。
太ももが見えている。
「先生、我慢してるでしょ」
「してない」
「嘘つき」
渡瀬は、ベッドから降りた。
俺の方に歩いてくる。
「私、わざと見せたんだよ」
「え?」
「寝たふりして。先生がどうするか、見てた」
渡瀬は笑った。
悪戯っぽい笑み。
「先生、ちゃんと見てた。エッチ」
「渡瀬さん」
「でも、我慢してるんだね。偉い」
渡瀬は、俺の前に立った。
見上げてくる。
「でも、我慢しなくていいよ」
「ダメだ」
「なんで?」
「ダメなんだ」
「先生、本当は欲しいんでしょ?」
渡瀬の手が、俺の膝に触れた。
「やめて」
「やめないよ」
渡瀬の手が、ゆっくりと動いた。
「渡瀬さん、本当にダメだ」
「なんで?誰も見てないのに」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題?」
渡瀬の声が、少し震えた。
「先生、私のこと嫌い?」
「嫌いじゃない」
「じゃあなんで?」
「俺は教師で、君は生徒で」
「実習生でしょ。あと一週間で終わりじゃん」
「それでも」
「それでも、何?」
渡瀬の目に、涙が浮かんでいた。
「先生、本当のこと言ってよ」
「本当って」
「私のこと、体目当てなんでしょ」
「違う」
「じゃあなんで部屋に呼んだの?」
「それは」
「やっぱり体目当てじゃん。でも、いざって時に逃げるんだ」
渡瀬は後ずさった。
「大人って、みんなそう」
「渡瀬さん」
「私のお母さんの彼氏もそうだった。優しいふりして、結局体目当て。でも、飽きたらポイ」
渡瀬の声が震えていた。
「先生も同じなんだ」
「違う」
「じゃあ、何?」
答えられなかった。
何だろう。
俺は、渡瀬に何を求めているんだろう。
「先生、何も言えないんだ」
渡瀬は立ち上がった。
「帰る」
「待って」
俺は思わず渡瀬の手を掴んでいた。
渡瀬が振り返る。
驚いた顔。
「中井くん……」
「待って。話を」
「話すことなんてない」
渡瀬は手を振りほどこうとした。
でも、俺は離さなかった。
「先生、痛い」
「ごめん」
手を離した。
渡瀬は部屋の隅まで後ずさった。
「先生、最低」
涙が溢れていた。
「私、馬鹿みたい。先生なら、違うと思ったのに」
「渡瀬さん」
「もういい。忘れて。全部」
渡瀬はドアに向かった。
「待って」
追いかけた。
渡瀬の腕を掴んだ。
振り向いた渡瀬の顔が、すぐ近くにあった。
泣いていた。
子供みたいに。
「先生のバカ」
その言葉を聞いて、何かが切れた。
理性が。
倫理が。
全部。
俺は、渡瀬を抱き寄せた。
「先生……」
「ごめん。俺、もう無理」
唇を重ねた。
今度は、俺から。
渡瀬は抵抗しなかった。
むしろ、腕を俺の首に回した。
「先生……」
「ごめん」
「謝らないで」
渡瀬の声が、耳元で聞こえた。
「私、嬉しい」
ベッドに倒れ込んだ。
渡瀬が下に。
俺が上に。
「先生、初めてだよね」
「うん」
「私も」
「嘘」
「本当。信じて」
信じるべきか、わからなかった。
でも、もうどうでもよくなっていた。
渡瀬のスカートが、めくれ上がった。
淡いピンク色の下着が見えた。
「先生、見てるだけ?」
「……」
「触っていいよ」
手が、震えた。
渡瀬の太ももに触れた。
柔らかかった。
温かかった。
「先生……」
渡瀬の声が、遠くに聞こえた。
水槽の外に出た。
いや、違う。
もっと深い水の中に、沈んでいった。
息ができない。
でも、止められない。
もう、引き返せない。
「先生……好き」
渡瀬の言葉が、聞こえた。
好き。
その言葉の意味を、考える余裕はなかった。
ただ、溺れていくだけだった。
時間が過ぎた。
どれくらい経ったのか、わからなかった。
気がつくと、二人はベッドに横たわっていた。
渡瀬は、俺の腕の中で眠っていた。
穏やかな寝顔。
時計を見た。
午後九時。
窓の外は、真っ暗だった。
俺は、天井を見つめた。
何をしたんだ、俺は。
後悔が、押し寄せてきた。
でも、もう遅い。
取り返しがつかない。
渡瀬が、目を覚ました。
「先生……」
「起きた?」
「うん」
渡瀬は、俺を見上げた。
「ねえ、先生。私のこと、好き?」
「好きだよ」
嘘じゃなかった。
本当に、好きだった。
でも、どんな好きなのか。
自分でもわからなかった。
「私も、先生のこと好き」
渡瀬は微笑んだ。
「ずっと、こうしていたいな」
「うん」
「でも、無理だよね」
「何が?」
「だって、先生はもうすぐ実習終わるし。私は高校生だし」
「それでも」
「それでも、何?付き合うの?」
付き合う。
その言葉の重さを、初めて感じた。
「うん」
「先生、優しいけど、馬鹿だね」
渡瀬は笑った。
泣きそうな笑顔だった。
「私みたいなやつと付き合って、先生の人生めちゃくちゃになるよ」
「そんなこと」
「なるよ。だって、私、まともじゃないもん」
渡瀬は俯いた。
そして、何かを決意したように顔を上げた。
「ねえ、先生。約束して」
「何を?」
「これ、誰にも言わないって」
「当たり前だよ」
「本当に?」
「本当」
渡瀬は、少し安心したように笑った。
「ありがとう」
それから、渡瀬は服を着始めた。
「帰らなきゃ。お母さん、心配するかもしれないし」
「送るよ」
「ううん、大丈夫。一人で帰れる」
「でも」
「大丈夫だって」
渡瀬は、俺にキスをした。
「また、学校でね」
「うん」
渡瀬は部屋を出て行った。
ドアが閉まった。
俺は、一人残された。
何をしたんだ、俺は。
生徒と。
未成年と。
取り返しのつかないことを。
早川さんの顔が浮かんだ。
藤原の顔が浮かんだ。
俺は、あいつらと同じになった。
いや、もっと悪いかもしれない。
藤原は、少なくとも好きだった相手と。
俺は、何だ。
寂しさを埋めるために。
自分の欲望のために。
最低だ。
ベッドに横になった。
渡瀬の匂いが残っていた。
甘い香水の匂い。
涙が出た。
止まらなかった。
でも、誰も見ていない。
誰も知らない。
俺の罪も、俺の涙も。
全部、透明。
それでいい。
そう思うことにした。
でも、心のどこかで。
これは、いつかバレる。
そう思わずにはいられなかった。
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