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幕間の章

ユウナの決断 前編

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―ユウナ 11歳  アストラ共和国馬車停留所―

 私がその男の人と初めて出会ったのは、とても暑い夏の日の午後でした。

「きみ、ユウナちゃんだよね?」

 ちょうど夏休みで実家に帰省していた私だったけど、突然家に手紙が届いてアリアちゃんがシルメリアの皇都に遊びに来てと誘ってくれたので、浮かれ気分で馬車を待っていたら、急に隣に立っていたお兄さんに声をかけられたんです。

「……えっと、あなただれですか?」

 なんだか見たことあるような気がしたけど、多分会ったことはない人だと思う。

 知らない男の人に声をかけられたらすぐ逃げなさいって、お母さんから口をすっぱくして何度も言われていたけれど、突然そういう状況になってすぐに実行できるほど、私は賢くありませんでした。

「きみの本当のお父さんの友達だよ」

 とても素敵な笑顔で語りかけてくるので、一瞬信じてしまいそうになったけど、これって悪い人が「連れ去り」をする時の決まり文句だよね?

 やっぱり逃げなきゃまずそう……。

「あ、えっと」

「いきなり声かけてごめんね。怪しい人に見えるよね、俺」

「……」

 はい、とても怪しいです。とは言えなかった。


 でも、なんでだろう。


 怪しいのは怪しいんだけど、この人からにじみ出る、なんていうか、包容力のある優しい大人な雰囲気?は、とても悪い人が放つ邪気みたいなものとは違って、なんとなく暖かさを感じた。

 逃げ出すこともできたのかもしれないけど、なんとなくそれをしちゃいけないような、なんだかとてもヘンな感覚に襲われていました。

「シルメリアのお姫様に、これから会いに行くのかな?」

「えっ!?」

 いま考えていたことは訂正しなくちゃいけない。

 この人は絶対に悪い人だ!なんでそんなこと知ってるの?おかしいでしょ!

 急いでこの場から離れて、早く大人の人に助けを求めな……。

「友達の娘に手荒な真似はしたくないんでね。大人しくしていてもらえると助かるよ」

 ……とても、動けなかった。さっきまでのあの優しそうな笑顔はどこへ消えたのだろう。

 今、この人に表情はない。無機質で冷たい機械人形のように見える。

「あ……」

 声も、出ない。魔法なのか威圧感なのかわからないけど、いまの私に声を上げて助けを求めたり、この場を離れたりする選択肢はないみたい。

 足がガクガク震え、殺処分される直前の魔物みたいになっていると自分でも思う。

「馬車が、来たみたいだね」

「……」

「俺もシルメリアに用があるんだ。一緒に行こうか」

 また柔和な顔をする怪しい男。コロコロ変わる表情が逆にこわい。

 馬車の停留所にはわたしとこの人しかいない。ほどなくして高速馬車は私たちの前に停車する。

 御者の人に助けを求められる雰囲気じゃない。

 私は多分、この馬車に乗ってはいけない。でも、乗るしかない。

「大丈夫。きみにはちょっと聞きたいことと、言っておかなければならないことがあるだけだから」





「きみの本当のお父さんとは旧知の仲でね。とても頼りにしていたんだけど、しばらく会えてないんだ。多分、10年くらい」

 アストラの高速馬車でシルメリアへ向かう道すがら、早すぎて見えない外の景色を眺めながら、テオドールさんはかつて一緒に冒険をしていた仲間、ヴァルゴさんとのことを寂しそうに話していました。


 馬車に乗り込んですぐに、わたしを脅して同乗したその男は、自分はテオドール・スターボルトだと名乗りました。


 ……そりゃ見たことあるに決まってるよね。だって、この人は超有名人なんだから。


 でも前にお父さんから聞いた話だと、テオドールさんはたしか、それこそヴァルゴさんや魔女さんたちと一緒にラストダンジョンへ挑んで、そのまま行方がわからなくなってるって言ってた気がするけど……。

 そんな彼がどうして今、私の目の前で身の上話なんかしているんだろう。

「お父さんの事、何か聞いてないかな?きみはヴァルゴ・ロイヤルシードの娘だろう?」

「……ち、ちがいますよ」

 テオドールさんに対する恐怖心はまだ消えてないので、自信なさげに小声で否定する私。

 昔からよく聞かれる質問。でもそれは違います。

 確かにロイヤルシードで同じラストネームだけど、それはたまたま一緒なだけで、血縁関係はないって、お父さんもお母さんも言ってた。

 わたしは、亡国した王家の関係者ではありません。

「ああ、すまない。きみの里親はきみになんの真実も教えていないようだね」

 わたしの表情からなにか察したのか、テオドールさんはまた意味のわからないことを言いだした。

 里親??真実???

「ユウナ・ロイヤルシード。君には、キミが背負うべき抗えない宿命がある」



 それから――



 テオドールさんが私に話してくれたのは、私の出生にまつわる真実やロイヤルシードが滅んだ本当の理由なんかだったけど、正直到底信用できるものでも理解できるものでもなかったです。ただ……

「普段はまったく笑顔を見せないヴァルゴだったけど、きみのことを話す時は少しだけ、笑っていたような気がするよ」

 そう言って、テオドールさんが私に手渡した1つの壊れかけたペンダントに、私は見覚えがありすぎて鳥肌が立っていた。

「ラストダンジョンに挑む直前、彼が俺に預けたものだよ。このペンダントだけは絶対に失いたくないものだから頼んだって。俺のほうが生前率が高いだろうってことでお願いされたけど、そんな大事なものなら事前になんとかしとけって話だよね」

 自嘲気味にそう語るテオドールさんの言葉が頭に入らない。だって、あのペンダントは……。

「きみとヴァルゴを繋ぐ唯一の証明。きみも持ってるんだろ?これと全く同じペンダントを」

 今の両親からもらった大切なペンダント。肌身離さず毎日身に着けている、私にとってはもう身体の一部になっているその小物は、今手渡されたそれとまったく同じモノだった。

「なんで……」

「少しは、信用してもらえたかな?」

 アストラの馬車は速くてとても静か。

 馬車の中とは思えない静寂の中で、私はいまテオドールさんに突き付けられた現実をまったく受け入れることができずいた。でも、渡されたペンダントは間違いなく本物だった。

「お父さん……」

 テオドールさんの冒険者パーティで一緒に旅をしていた、亡国の責任を一身に背負った元王族の戦士。

 ヴァルゴ・ロイヤルシード。あなたは本当に、私のお父さん……なの?
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