食うために軍人になりました【一人称版】

第一章

帰還準備

　女性達が落ち着きを取り戻して、帰路についてから俺は軍曹の元へ戻った。
　軍曹は目を見開いた状態で固まっていた。
　俺が近づいても動く気配がないので、とりあえず縄と猿轡さるぐつわを外す。
　
「本当にやり遂げるとは思わなかった……」

　軍曹は譫言のように呟きながら、俺を見ていた。
　そんな信じられない物を見るかのような顔をされてもねぇ。
　確かに不利な状況には違いなかったけど、やってやれない事もないだろう。
　あの男爵は完全に油断してたからな。
　丸腰の相手を斬るのは少し気が咎めたけど、あいつは最低のクソ野郎だったし、相応しいと言えば相応しい最後だ。
　おっと、敵の本隊に気づかれない内に帰還しないとな。

「軍曹。男爵を討ち取ったのは良いのですが、これはどのように報告すれば良いのでしょうか？　やはり死体を持ち帰るべきなんでしょうか？」

「えっ？　あ、あぁ、そうだな。えっと……今回は首だけでいい。遺体をそのまま持ち帰れれば一番いいんだが、魔法鞄マジックバックでもない限り不可能だからな」

　なるほど。その手があったか。
　魔法鞄マジックバックは空間魔法が付与された魔道具マジックアイテムで荷物を入れる事が出来る。
　生きた生物は入れる事が出来ないけど、生命活動が止まっていれば人も入れる事が出来るわけだ。

「私物の魔法鞄マジックバックを持ってますから、そこに入れて持ち帰ることにします」

「そ、そうか？　魔法鞄マジックバックなんて高価な物をよく持ってたな。もしや、貴族か豪商の出か？　いや、それなら二等兵という事はないか」

　高価？
　魔法鞄マジックバックって高価なのか？
　
「魔法鞄マジックバックって高いんですか？」

「魔法付与エンチャントされた魔道具マジックアイテムは貴重だからな。多分、一番小さい魔法鞄マジックバックでも金貨500枚はするぞ。平民であれば年収の2倍、貴官のような二等兵なら年収の3倍に相当する物だ」

　げっ！　そんな高価な物だったのか。
　狩りの時によく使ってたし、家を出る時に親父が持たせてくれたから大した物じゃないのかと……。
　ヤバいな。
　遺体とか入れて価値が下がったりしないだろうな？
　いや、今更遅いか。
　家にいた時、山で獲った獣とか山菜とか色々突っ込んでたしなぁ。

「リクト二等兵、ボーッとしてないで早く済ませた方がいい。男爵を討ち取ったとはいえ、まだ御子息の少尉がいる。男爵が討たれた事が知られたら弔い合戦になるやもしれん。ここは早急に撤退した方がいい。功績としては十分すぎる」

「あっ！　失礼しました。すぐに済ませます。あの……警備の2人は生きているのですが、魔法鞄マジックバックに入れるのに殺した方がいいでしょうか？」

「物騒な事をサラッと言うな！　投降した者を殺すのも軍規違反だ！　縛って歩かせて連れて行けばいい。生き残ったのは……アルバンとエルマーか。あの2人もこれ以上の抵抗はしないだろう。戻っても男爵を守れなかった責を問われて処罰されるだけだからな。俺と同じように」

　そうか。
　立場的には軍曹もあの2人も同じ扱いになるのか。
　さすがにそれは嫌だな。
　軍曹には随分世話になったし、かなりのお人好しで戦場には似つかわしくはないが、人としては好感が持てる。
　道案内や情報をくれた事もあるし、今回の功績の半分は軍曹にあると言ってもいい。
　ここは報告の際に准尉……いや、曹長殿に助命嘆願してみるとしよう。
　多分曹長殿なら話を聞いてくれるだろう。

「軍曹は我が軍にお連れした後に功労者として報告させていただきます。色々と助言をいただきましたし、人柄も信頼できます。大丈夫です。曹長殿なら悪いようにはされない筈です」

「……感謝する」

　軍曹は少し照れたような表情で静かにそう言った。
　照れ屋なお人好し。
　本当に戦場が似つかわしくない人だ。
　さて、帰るとしますか。