食うために軍人になりました【一人称版】

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第一章

男爵の想い

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 これから2人で命がけの脱出劇をするとというのに、何てタイミングで名前を聞いてくるんだよ。
 いや、むしろ当たり前か。
 ここからはお互いが命を預ける決死の脱出劇を演じるんだ。
 名前も教えられない相手なんて信用できないだろう。

「どうかしたのか?」

 不安げな表情で見つめるライエル男爵。
 名乗らないわけにはいかないだろうな。
 相手は名乗っているのだから、名乗らないのは無礼に当たるし、軽んじていると思われる。
 自身の都合に合わせて話す機会を変えるなど、自分勝手過ぎるだろう。
 それに、こういう時に黙っていて後になって言って『信じていたのにっ!』とか言われるのも嫌だ。
 俺は軍令部からも賞賛されて昇進もした。
 なら、批判も全て受け入るべきだな。
 例えこの場で争う事になっても、卑怯者にはなりたくない。
 せめて、自分の生き方くらいは堂々とありたい。

「小官はリクト・シュナイデン軍曹であります」

「っ! リクト……軍曹……」

 沈黙が流れる。
 ライエル男爵は大声こそ出さなかったが、相当驚いたのだろう。
 目を見開き、口は言葉を発さずに開閉を繰り返していた。
 当然だ、親の仇が目の前にいるんだ。
 俺だったら即座に斬りかかっている。

「貴官がリクト……シュナイデン軍曹か。出世したんだな? 父上を討ったのは二等兵と聞いていたが……それに家名も……」

 絞り出すような声だった。
 父親の命で出世した男に憤りを感じるのも無理はない。
 いずれ、この命が誰かの出世の道具になる時が来るかもしれないが、俺はそれを……。
 

「ありがとう。手間をかけてすまなかったね」

 ……あれ? なんでライエル男爵が謝るんだ?
 ここは『父の仇っ!』とか言って決闘になるところじゃないのか?

「どういう事ですか?」

「父上は三男で本来なら家を継ぐことなんかできない人だった。若い頃は放蕩の限りを尽くして、勘当寸前だったらしい。しかし、叔父上が2人揃って流行病で亡くなった。それを父上は継承権が回ってきたと喜んだそうだ。それを見たお爺様が『貴様なんぞに家督を継ぐ資格は無い!』と言って家督を譲らなかったんだ。当然さ、身内が死んだのを喜ぶ者に領主が務まるわけないからね」

 失礼だけど、貴族の屑見本みたいな奴だな。
 しかし、それと謝罪とどう関係があるんだ?

「でも、結局お爺様も2年前に亡くなって、ライエル家は父上が継ぐ事になった。お爺様の葬儀は簡素なものだったのに、父上の男爵位継承パーティーは豪華だったよ。そして父上は領地の統治よりも貴族としての体裁を整える事ばかりで……領地は荒れ、領民に塗炭の苦しみを味わわせる事になった」

「誰か諫める人は?」

 話している場合じゃないんだけど、つい聞いてしまった。
 どうすればここまで屑になるのか知りたくなってしまったからね。

「母上は父上の言いなりだったし、父上は私の言う事に耳を傾ける事はなかったよ。一度、寄親のレヴァンス侯爵に諫めてもらったけど、駄目だった」

「……それで、さっきのすまなかったとはどう言う意味ですか?」

「……父上は一族の恥だ。本来なら嫡男である私が止めねばならなかった事なのに、ダウスターにまで迷惑をかけ、君は私の代わりに父上を止めてくれた。それに対しての謝罪だ」

「それは……小官が憎くないのですか?」

「憎くないと言えば嘘になる……だが、それは君にじゃない。止められなかった自分自身と戦争そのものだ。君が気にする必要はないよ。それに寄親を無視するようでは、どの道ライエル家の未来はなかっただろうからね」

 ライエル男爵は寂しく笑った。

「さぁ、もう行こう。脱出通路はこの部屋の隣室にある。今なら誰にも気づかれずに出れるさ」

 ライエル男爵はそう言うと扉に向かって歩き出した。
 やれやれ、俺の方が気を遣わせてしまった。
 父親に似ず優しく聡明な人だ。
 戦には向いていないが、領主には向いていそうだ。
 この土地を奪い返した後はきっと良い領主に……。

「うわぁああああ!」

 ライエル男爵の悲鳴が屋敷中に響いた。
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