食うために軍人になりました【一人称版】

第五章

威厳

　ヴォルドン長官の背後に不敵な笑いを浮かべるローゼンハイム閣下が立っている。
　声だけで誰かわかったのか、ヴォルドン長官の顔色は悪い。
　階級だけで言えば元帥であるヴォルドンの方が偉いはずなんだけど、これだけで力関係がよくわかるな。

「ロ、ローゼンハイム……き、貴様っ！　わ、私は元帥で帝国軍軍隊司令長官だぞ！　そ、その口の利き方はなんだっ！」

「ほぅ。これは失礼しました。ヴォルドン司令長官殿？　しかし、その帝国の重鎮たる司令長官がこのような場で怒鳴り声を上げておるのはいかがなものかな？」

「ぐっ……こ、この下賎な輩が……」

「シュナイデン卿は儂が呼び出したのです。必要だから此処に呼んだのですが、何かご不満でも？」

「ぐぬぬ……か、勝手にしろ！」

　捨て台詞を残してヴォルドン長官は奥へと消えていった。
　情けない姿だなぁ。
　ああはなりたくないものだ。

「ローゼンハイム閣下。御礼申し上げます」

「気にするな。ダウスター卿。むしろ詫びねばならんのは儂の方だ。軍の恥部が迷惑をかけたな」

　軍の恥部！？
　すごい言われようだけど、言い得て妙だな。
　
「シュナイデン卿。わざわざ足を運んでもらってすまんな。だが、事は急を要するのだ」

「私は構いませんが、一体何事ですか？」

「それはこれから話す。ついて来るがいい」

　先を行くローゼンハイム閣下の後について歩く。
　さっき話していた時と同じく神妙な顔をしているが、今はそれに焦りが感じられる。
　どうやら穏やかな話ではないようだ。

「此処だ」

　通路の突き当たりを曲がった奥に扉があった。
　
「随分と奥まで来ましたね。あの部屋で話をするのですか？」

「いや、こっちだ」

　閣下はそう言うと壁に向かって何かを唱え始めた。
　うーん、なんか聞いた事があるような言葉だったんだけど思い出せないなぁ。
　とか考えていると、壁の一部分がゆっくりと動き始めて奥から通路が現れた。
　隠し通路とは、いよいよ穏やかじゃないな。
　帰りたくなってきた。

「さぁ、行くぞ。ダウスター卿、シュナイデン卿」

　逃げる間も無く促されて中に入る。
　全員が入った後、隠し通路の扉は閉まっていった。
　
「ここから先は障壁系の魔法が付与された区画となっている。盗聴はもちろん、認識阻害の魔法も作用せん」

「こんな場所があるとは知りませんでした」

「ダウスター卿が知らぬのも無理はない。ここは本来であれば軍上層部の者しか入れない場所だからな。上級大将以下で入ったのは卿ら二人が初めてだ」

　おいおい……もう穏やかじゃないどころかすごい大荒れだよ。
　絶対いい話じゃないのが確定したよ。

「待たせたな。全員揃っているようで何よりだ」

　通路の奥の開けた場所には円卓があり、そこには既に何人かが座っていた。
　何人かは会った事がある人もいる。

「遅いぞ！　上官を待たせるとは貴様等は何を……」

「遅れたのはヴォルドン長官がシュナイデン卿を呼び止めていたからだ。今はそのようなくだらぬ話で時間を潰している暇はない！」

　閣下に一喝されてヴォルドン長官は視線を落とした。
　威厳無さすぎだろ。