食うために軍人になりました【一人称版】

第六章

終幕の後

　むぅ……何という男であるか。
　まさに人の皮を被った怪物。
　やはりガルヴァンとゴルオンを連れてこなかったのが失策であった。
　おかげでこの有様である。
　
「うわぁあああああ！　痛い！　痛いよぉおおおお！　助けて！　死んじゃうよぉおおおお！　ママぁあああああ！」

「黙りなさい！　フォール！　たかが両腕が折れたぐらいで喚くんじゃありませんよ！」

　フォールとメイビスは両腕を完全に折られているのである。
　あの複雑な折れ方は回復魔法だけでは完治できぬ。
　しばらく静養が必要であろうな。

「メイビスの言う通りだ！　うるせぇんだよ！　くそがっ……こっちは全身ボロボロで動くのもままならないんだぞ！」

「まったくだよ！　あの色男野郎！　あたいの身体をこんな傷物にしやがって！　慰謝料ふんだってやらなきゃ気が済まないよ！　代わりにたんまり報酬貰うからね！　グランツさん！」

　前衛のドルトンとアマーリエも重傷である。
　螺旋槍は砕かれ、アマーリエの両拳は骨が露見している程に抉れておる。
　それに全身の打撲や骨折の数は数えきれん。
　2人ともしばらく使いものにならんな。

「うるさい連中だ。付き合いきれないよ」

　マルスも強がっておるが魔力切れで疲労困憊、既に立っているのがやっとであろう。
　キリクとキリコもあの男の最後の技から儂とシラナを守って2人とも意識不明の重体である。
　そして問題なのが此奴である。

「リンクさん！　リンクさん！　しっかりしてください！」

　シラナが必死に回復魔法をかけているがピクリとも動かぬリンク。
　持ち味の速度スピードが仇となり、一番前で攻撃を喰らったリンクが一番重症で瀕死状態になっておる。
　よもや、あの状態からこれ程の技を放つとは思わなんだ。
　儂の失態である！

「ううぅ……」

「大丈夫ですよ！　リンクさん！　私が必ず助けてあげますから！　もし駄目でも薬液漬けにして私がずっと保管してあげますから！　大丈夫ですから！」

「うぇ……シラナの悪い癖が出ちまってるよ」

「あれさえなけりゃ王族の妃候補にもなれたんだけどな……おっかねぇ奴だ」

　シラナの狂人癖など今はどうでもよい。
　問題なのは海神十二将が10人がかりでたった1人の相手にボロボロにされたという事である。
　これが公になれば、我らの権威は失墜するであろう。
　それだけは避けねばならん。

「グランツさん。奴は海に沈んだようですがどうします？　遺体を引き揚げて晒すべきだと思いますけど」

「……そうする予定であったが、我らにも最早余力はない。それにこれ以上此処に留まるのも危険である」

「では、どうするのですか？」

「あの男は武器を握ったまま海に落ちたが、鞘は残っておるし、大量の血痕もある。これで奴は死亡したとの情報を流すとしよう」

「いいのかい？　遺体の確認もできていないんだよ？」

「この付近の海は陸に近いが底は深い。海流の影響もあって沈んだものは浮かんでこぬ。それにあれだけの傷を負っておるのだ。万に一つも生きてはおらんである」

　正直に言えば底知れぬ奴の事、遺体の確認はしておきたいが儂の結界もそろそろ限界である。
　無能とはいえ今帝国軍とぶつかったら勝ち目はないのである。
　ここは退くのが良策である。
　
「任務終了である。動けるようになったらすぐに撤退するぞ」

　そう、終了であって完了ではない。
　あの男が生きている可能性は万に一つもないが、もし生きているとすれば……考えたくもない話である。