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一章 ベロリン王国編

ハズレ

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 仕事を終えて、誰もいないアパートの扉を開けると、玄関に飾ってあった鏡から虚ろな目をした自分がこちらを見ていた。
 また今日も同じ日が終わった。
 四ノ字しのあざ成吾せいご、30歳。会社員。毎日毎日、つまらない日々を繰り返しているだけのつまらない人生を送る男だ。
 朝早く起きて、人のごった返す電車に揺られながら会社に行き、同じような人達に囲まれながらやりたくも無い面白くもない仕事をしては、疲れて家に帰る。そんな日々を送っている。
 頑張ったら頑張った分だけ報われる。そんな夢や希望はとっくの昔に諦めてしまった。社会の景気の悪さも世の理不尽さもどうでも良くなってしまった。自分にはどうにも出来ない事に使うエネルギーは俺にはもう無い。彼女だってもう何年もいない。
 恋愛に費やすエネルギーなんてとっくに無くなってしまった。本当につまらない人生だ。これが一生続くかと思うとうんざりするよ。世界はどうしてこんなにもつまらないんだろうなぁ。
 
「はぁ、呑まないとやっていられないな」

 外で呑んだら余計な金がかかるから、いつも家で一人酒。【質素倹約しっそけんやく】ってわけじゃない。ただ、金に余裕がないだけだ。
 
「さて、冷蔵庫にビールはまだあったはずだけど、ツマミになりそうな物はあったかな? 冷凍食品とかでも……ん? なんだ? なんだか目の前が白く……」

 冷蔵庫を開けた瞬間だった。眩い光が俺の体を包みこんで、何も見えなくなってしまった。これは、ついに死んだか? 己がつまらない人生に辟易して心臓でも止まったのか? と思っていたが、やがて光が消えて徐々に視力が戻ってきた。うーん、ちょっと残念。自殺する気はないが、自然死なら、まあいいかと思ったんだけどな。

「疲れが溜まって貧血でも起こしたか? まぁ、いいや。ビールとつまみ……って、何だ此処はっ!?」

 俺の眼は信じられない物を見ていた。映像でしか見た事のない中世ヨーロッパの建築を思わせる凝った装飾の部屋と絢爛豪華けんらんごうかな調度品の数々。一番高い段上には荘厳な玉座があって、そこには王様のような外見をした老人が鎮座していた。横には豪華な衣装と装飾品で着飾った妙齢の女性が座っている。おいおい、王様と王妃様ってか? コスプレ会場に紛れ込んだってわけじゃないよね?

「あの……」

「黙って、ジッとしておれ」

 段下にいた片眼鏡をつけた文官みたいなおっさんに怒られた。しかも、周りにズラッと並んでいる西洋の全身鎧を着込んだ人達が一歩前に出た。流石にこれは怖い。大人しくしておこうっと。
 でも、正に青天霹靂せいてんのへきれき。これってラノベによくある異世界転移ってやつだよな? 俺は異世界にやって来たんだよな?
 すごい! すごいぞ! これは!
 俺のつまらない人生がこれで変わる! きっと俺の人生を哀れに思った神様が夢と希望が溢れる異世界に連れてきてくれたんだ! ありがとう、神様!
 マジでテンション上がるわ! こんなに鼓動が高鳴ったのはいつぶりだ!? 高校の合格発表? 初めて彼女が出来た時?
 ああ、とにかく久しぶりだ! ありがとう、神様! 前の人生には何の未練もありません! どうか連れ戻さないでください! 俺の人生は異世界ここから始まるんだ!

「大臣、どうだ?」

「残念ながら、ハズレです」

「そうか。なら捨てよ」

「……えっ?」

 大臣と呼ばれた片眼鏡と玉座の王様らしき人の言葉に、高揚していた俺の心は一気に冷めた。
 ハズレ? 捨てよ?
 どういう意味だ?
 俺は何か使命を帯びてこの世界にやって来たんじゃないのか?
 ほら! 魔王討伐とか世界を救うとか色々とあるだろ!?

「やれやれ。最近は不作ですが、この男は特に酷いハズレです。男でレベル1、ステータスは凡庸。肝心の特殊能力タレントもわけがわかりません。これでは使い物になりませんな」

「うむ。せめて、レベルかステータスが優秀であれば最前線送りにも出来たが、これでは維持費の方がかかってしまう。王妃はどう思う?」

「何もかもが平凡で何の魅力も感じませんわ。私のコレクションには必要ありません」

 なんだ? 何を言っている?
 何故、俺がここまで言われないといけないんだ?
 営業をしていた時でさえ、ここまで面と向かって罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられた事はない!
 酷すぎるだろ!

「すぐに王都から追放せよ」
 
「つ、追放って……お、おいっ! ちょっと待ってくれよ!」

 鎧姿の兵士達に両脇を抱えられた俺の悲痛な声を気にした様子もなく、あしらう様な仕草を見せる王の姿は、扉が閉まると同時に見えなくなっていった。
 そのまま簡素な部屋に連れて行かれたかと思ったら、兵士達に強引に着ていた服を脱がされて、粗末な衣服を着せられた。
 それが終わると目隠しと猿轡をされてまた連れ出され、固い木の感触がある床に放り投げられた。
 その後は地震かと思うほどの揺れが寝ている俺の身体を襲って来た。
 ガタガタゴトゴトの鳴り響く騒音でこれが馬車の荷台だとわかったが、どれくらい乗っていたのかはわからない。
 そして、永遠とも思われる時間が過ぎ、俺の膀胱が限界を迎えそうになった時にようやくそれは止まった。
 乱雑に地面に投げ下ろされ、目隠しと猿轡を外された俺の目の前にはさっきまでと全く違う鬱蒼とした森が広がっていた。
 う、嘘だろ?
 俺は本当に捨てられるのか?

「じゃあな、ハズレ野郎。ほら、餞別だ」

 簡素な鎧を着た兵士は俺に背負袋せおいぶくろを投げて渡すと、馬車に乗って去っていった。
 夢にまで見た異世界。
 その始まりは悪夢でしかなかった。
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