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図書館試験Ⅱ

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「ようこそ、いらしてくださいました」


 遠目から見たときは、たしかに円筒状の塔のはずだった。


 近くで見てみると、まるで巨大な壁だった。世界の行きどまりかのような大きな壁だ。形が変わったわけではない。あまりに大きいために、近くで見たときには円筒の丸みを感じさせないのだった。


 図書館の前には、魔術師がふたり立っていた。


 黒衣を着ていたから、魔術師だとすぐにわかった。魔術師が塔の壁面をノックすると、壁にはに穴が開いた。おそらく魔法だろう。


 受験生をその壁穴へと誘った。ヘイルータンは列の中ほどにいて、先頭が図書館へ入ってゆく様を見ていた。


 図書館の中かどうなっているのか、開かれた壁穴からは何も見えなかった。


 ホントウに信用して、壁穴に入っても大丈夫なのだろうか……と、不安になってきた。


 ヘイルータンのすぐ前にいた壮年の男は平然としていたので、
(きっと毎度のことなんだろうな)
と、納得した。


 いよいよヘイルータンの番が回ってきた。魔術師がふたり、番兵みたいに図書館の入口に立っている。その魔術師の笑みが不気味で仕方がなかった。


(いったい何を考えてるんだろ)


 右側にいる魔術師のヘラヘラとした笑みが気持ち悪くて、その考えを読み取ってやろうと思った。


 その魔術師は、受験生たちの不安そうな表情をしげしげと見つめて、まるで優越感に浸るような笑顔を発現させている。激しく泳ぎ回る視線は、特に不安そうな者や、年老いた者を長く見続けていた。


(ここにいる連中よりも優位な立場に居ることを得意気に思ってるんだ)


 まだ若い魔術師だから、きっと3年前の試験で図書館に入ったのだろう。


 表情や仕草、そしてその雰囲気から読み取る読心術は、カタツムリから教わったものだ。


 ケィアルの村の者たちで試したことがあるが、ほとんど外れたことがなかった。その魔術師に見つめられるのが厭だったので、さっさと図書館のなかに入ってしまうことにした。


「う、うわぁ」
 と、ヘイルータンはシリモチをついた。


 床は石畳になっており、ビッシリとルーン文字が彫りいれられていた。


 外から見ていた通り、建物は円筒状になっているのだが、壁面はすべて本棚になっていた。その蔵書の量にヘイルータンはビックリしたのだ。


 ヘイルータンの、新参丸出しの反応が面白かったのか、周りの大人たちが小さく笑っていた。恥ずかしくなって、あわてて居ずまいを正した。


「ノドが渇いている人はおりませんかー」
 と、山羊の乳を配っている者があった。


 魔術師ではなく、受験生のひとりのようだ。これから試験を受ける同胞のために、わざわざ山羊のミルクを配るなんて、こんな良い人もいるんだと感心した。ケィアルの村から、よくミルクを分けてもらっていたことを思い出した。


(オレもすこしもらおうかな)
 と、思ったのだが、どうやらその男は金をとっているようだった。


 良心からではなく、ただの小銭稼ぎらしい。しかしその男の相には、なにやら不穏なものがあったので、それが引っかかった。


「ワッチにもミルクをちょーだいにゃ」
 と、山羊のミルクをねだっている少女がいた。その少女の頭にはネコ耳が生えていた。


 もしかしてダアゴみたいに、魔法でネコ耳を生やされた者かと思った。が、すぐにそれが天性のものだとわかった。
 海をはさんだ遠方の国には、獣人、と呼ばれる種族がいるのだ。きっとその国の人なのだろう。


「待って待って」
 と、ヘイルータンはあわてて止めに入った。


「なんだよ」
 と、山羊のミルクを売っていた男が、急に不安そうな表情をしたから、ヤッパリそうか、とヘイルータンは確信した。


「その山羊のミルク。腐ってるんじゃないのか?」


「く、腐ってなんかないよ」


「だったら魔術師に確認してもらおう。そもそも、こんなものを図書館のなかに持ち込んで良いのか?」


「良いだろ。なんでそんなこと言われなくちゃならないんだよ」


 この少年が、山羊のミルクを売るときに見せる、不穏な笑みが、どうしても引っかかるのだった。


「とにかく魔術師に見てもらおう」


 少年はいよいよ追い詰められた表情をしたが、一転。ふっ、とゆとりのある笑みを浮かべていた。


「良いけど、もしこのミルクに異常がなかった場合、お前にはこの試験を辞退してもらおうからな」


「なっ……」
 これを飲んだ人が腹痛を起こしては大変だと、善意から口をはさんだのだ。
 

 黙って見て置けば良かったという後悔の念が湧きたってきた。


 これでもしヘイルータンの勘違いなら、試験を受ける前に辞退ということになる。ダアゴやテンをはじめとする獣たちの期待も、一瞬にして吹き飛ぶのだ。こんなつまらないことで試験を受けられなかったと言えば、ダアゴはいったいどんな顔をするだろうか。テンはどれほど悲しむことだろうか。


「え? それでもこのミルクを魔術師に見分してもらおうって言うのかよ」
 と、少年は強気にそう言ってきた。


「うん。見てもらおう」


 善意が勝ったというわけではない。賭けてみようと思ったのだ。もしこれでミルクに異常がなかったのならば、読心術が失敗していたということだ。少年の悪意すらも見抜けないようでは、きっとこの試験は受からない。もし当たっているならば、天運は我にあるということだ。


 近くにいた魔術師を読んで、ミルクを調べてもらった。どのみち不審物にたいするチェックはするつもりだったようで、魔法による審査が手間なくおこなわれた。


 結果。
 腐ってはいなかった。
 腐ってはいなかったが――。


「竜暴れの実をすり潰したものが入っているようですね」
 と、見分してくれた魔術師がそう言った。


 竜暴れの実というと、それを食べればドラゴンも腹痛に暴れ出すというものだった。致死性はないけれど、効果の強い下剤に使われるものだ。


「くそーッ。なんでオレの邪魔をしたんだよ。これを配ればライバルがひとりでも減ると思ったのにッ」
 と、少年はヘイルータンのことを憎々しげに睨みつけてきた。


 そのとき、ふとテンに言われたことを思い出した。『イザってときには、敵を殺すぐらいの意気込みでいりゃ良いんだよ』。自分はこの図書館から、獣たちにかけられた呪いを解く書を探し出すためにやって来た。そもそもその動機が不純なのだから、下剤でもなんでも利用すれば良いのかもしれない。


 そんなやり方はヘイルータンは厭だった。


 この試験に人生を賭けている者もいるのだ。そんな者たちのチャンスを、たかが下剤で奪ってしまうのは、怖ろしく罪深いことのように感じた。


 なにより、姑息なやり方で合格したとしてもダアゴは喜ばないだろう。


(オレはちゃんとわかってるんだ)


 ダアゴは、呪いの書を持ちださせるために、ヘイルータンを送り込んだわけではない。


 当初はそうだったかもしれない。
 けれど今では、自分の愛弟子が、大魔導師の鼻を明かすことを望む気持ちのほうが強いのだ。
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