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第5章 風呂の中のキツネ
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夜。
ぽちゃん。
冷えた雫が湯船に落ちた。
紅葉の気分はどんより落ち込んでいる。
――一人反省会中である。
湯船につかってしみじみと溜息をついた。
(――結局、足を引っ張っただけで役に立てなかった)
着せ替え人形を手に入れた優菜さんだけは満足したようだけれど。
「役に立てると思ったのに……」
頭の上の三角耳がしょんぼり下を向いた。
しっとり濡れた髪の毛の間にのぞくふわりと柔らかなそれ。自分一人だと安心してちゃっかり狐のそれが覗いている。
(これはバレちゃまずい。明るい未来計画のためには正体を知られる訳にはいかない!)
落ち込んだついでに湯船に口まで湯に沈む。そのままカニのようにブクブクと空気を吐き出してみる。
(あ、楽しいかも)
――そんなことに夢中になって気づかなかった。
すりガラスの向こうに揺れた人の気配。
「――紅葉さん?」
声を掛けられて、心臓が口から飛び出すほど驚いた。危うく湯船で溺れそうになった。
「――――!?」
「大丈夫?」
ガラス越しに心配そうに声をかけてきたのは――優菜だ。
「代、丈夫ですっ」
(大丈夫じゃない! 鼻に水が入って痛いし!)
「タオル、新しいものをここに置いておくから使ってね」
隔てるものは薄いガラス一枚。シルエットぐらい見えたかもしれない。
「あっ、ありがとうございます!」
慌ててお礼を言って、両手で耳を押さえてざぶりと頭まで湯船に潜った。
必死に頭をフル回転させる。
(大丈夫……いや、見えたかもしれない……見られたってどうしよう!?)
湯船の中で必死に息を止める。――心臓の音がうるさい。
文字通り足先から頭までしっかり温まった。
それはそれはしっかり温まった――が。
――当然。のぼせてしまった。
(体が熱くて世界が回る。気持ち悪い……)
霞のかかった頭で慌てる優菜の声を聞いた。
誰かにかかえあげられる気配を感じて、意識は闇に飲み込まれた。
(今度こそ、黄泉の国への招待状もらっちゃったかも)
――電気がついている。ということはまだ夜なのか。
(寝る前に電気を消し忘れたのかしら?)
ここ数日ですっかり見慣れた天井。四隅に闇が凝る。
紅葉は和室に伸べられた布団の中にいる事に気が付いた。
(いつ、お布団に? ……お風呂で考え事してたら動けなくなって……なんだ、夢だったのかも)
寝起きのぼんやりとした頭で都合よく思案を巡らす。
すぐそばで気配が揺れて視界に影が掛かった。
照明を遮るように視界に入って来たのは心配そうに眉根を寄せた顔。
――夏樹だ。
「は?」
(意味が分からん。なぜ、夏樹がここにいるのだ?)
混乱する紅葉を見下ろしてほっとしたように笑う。紅葉はその姿に目をしばたたかせるばかり。
「大丈夫? お風呂でのぼせて――」
「――――!!」
皆まで言わせず飛び起きた。当然だが様子を伺う夏樹と紅葉の間で星が飛んだ。
(――痛いつっ!)
情けなくお互いの額を押さえて唸る。
紅葉は脈打つようにじんじんと痛む額を押さえて思案を巡らす。
(どういう事よ!?)
脳内をお星さまと疑問符がものすごいスピードで駆け巡った。必死に記憶の欠片を拾い集める。
(風呂って言った? 風呂ってどういうことよ!?)
慌てて確認するが紅葉が着ているのは寝巻代わりの浴衣。帯だってちゃんと結んである。変に乱れているということもない。
「――大丈夫、そうだね」
痛む額をさすりながら夏樹が苦笑する。
(風呂って、遊んでたところに優菜さんがタオルを届けてくれて……バレそうだったからお湯に潜って……誤魔化して……え?)
部屋にたどり着くまでの記憶が途切れている。どうやって部屋まで戻ったのか――記憶が、ない。
「いったい、何が……?」
「覚えてない?」
(はい。すっぱり抜けてます)
両手で頬を包んで、冷や汗を感じながらひきつった笑いを向ける。
(何やらかしたの自分!?)
「……長風呂のせいかな、のぼせて動けなくなったでしょ? ……ああ、僕はここに運んできただけで、着替えは母さんが――」
じっとり半眼になる。説明する声が尻すぼみに小さくなる。
あたふたと自分を抱くように腕を回し、さらに夏樹の視線から逃げ出すように体を捩ってさらにじっとり睨む。
「――――」
「紅葉さん?」
夏樹がこてりと首を傾げた。紅葉がひときわ静かに、問うた。
「……見ました?」
「え?」
「お風呂ですよ、ぜぇったい見たでしょう!?」
(こっちは嫁入り前の娘よ!?)
「いや、それどころじゃなくて……」
「見たんですねぇぇぇ――」
頭まで布団をひっかぶった。
「大丈夫だよ、何もしてないし」
「何もしてなくても見たんですよね!?」
自分が悪いのをすべて棚に放り上げて、ひっかぶった布団の中から夏樹に文句をまくし立てた。
(裸のお付き合いには早すぎます! ――――穴があったら入りたい!!)
ぽちゃん。
冷えた雫が湯船に落ちた。
紅葉の気分はどんより落ち込んでいる。
――一人反省会中である。
湯船につかってしみじみと溜息をついた。
(――結局、足を引っ張っただけで役に立てなかった)
着せ替え人形を手に入れた優菜さんだけは満足したようだけれど。
「役に立てると思ったのに……」
頭の上の三角耳がしょんぼり下を向いた。
しっとり濡れた髪の毛の間にのぞくふわりと柔らかなそれ。自分一人だと安心してちゃっかり狐のそれが覗いている。
(これはバレちゃまずい。明るい未来計画のためには正体を知られる訳にはいかない!)
落ち込んだついでに湯船に口まで湯に沈む。そのままカニのようにブクブクと空気を吐き出してみる。
(あ、楽しいかも)
――そんなことに夢中になって気づかなかった。
すりガラスの向こうに揺れた人の気配。
「――紅葉さん?」
声を掛けられて、心臓が口から飛び出すほど驚いた。危うく湯船で溺れそうになった。
「――――!?」
「大丈夫?」
ガラス越しに心配そうに声をかけてきたのは――優菜だ。
「代、丈夫ですっ」
(大丈夫じゃない! 鼻に水が入って痛いし!)
「タオル、新しいものをここに置いておくから使ってね」
隔てるものは薄いガラス一枚。シルエットぐらい見えたかもしれない。
「あっ、ありがとうございます!」
慌ててお礼を言って、両手で耳を押さえてざぶりと頭まで湯船に潜った。
必死に頭をフル回転させる。
(大丈夫……いや、見えたかもしれない……見られたってどうしよう!?)
湯船の中で必死に息を止める。――心臓の音がうるさい。
文字通り足先から頭までしっかり温まった。
それはそれはしっかり温まった――が。
――当然。のぼせてしまった。
(体が熱くて世界が回る。気持ち悪い……)
霞のかかった頭で慌てる優菜の声を聞いた。
誰かにかかえあげられる気配を感じて、意識は闇に飲み込まれた。
(今度こそ、黄泉の国への招待状もらっちゃったかも)
――電気がついている。ということはまだ夜なのか。
(寝る前に電気を消し忘れたのかしら?)
ここ数日ですっかり見慣れた天井。四隅に闇が凝る。
紅葉は和室に伸べられた布団の中にいる事に気が付いた。
(いつ、お布団に? ……お風呂で考え事してたら動けなくなって……なんだ、夢だったのかも)
寝起きのぼんやりとした頭で都合よく思案を巡らす。
すぐそばで気配が揺れて視界に影が掛かった。
照明を遮るように視界に入って来たのは心配そうに眉根を寄せた顔。
――夏樹だ。
「は?」
(意味が分からん。なぜ、夏樹がここにいるのだ?)
混乱する紅葉を見下ろしてほっとしたように笑う。紅葉はその姿に目をしばたたかせるばかり。
「大丈夫? お風呂でのぼせて――」
「――――!!」
皆まで言わせず飛び起きた。当然だが様子を伺う夏樹と紅葉の間で星が飛んだ。
(――痛いつっ!)
情けなくお互いの額を押さえて唸る。
紅葉は脈打つようにじんじんと痛む額を押さえて思案を巡らす。
(どういう事よ!?)
脳内をお星さまと疑問符がものすごいスピードで駆け巡った。必死に記憶の欠片を拾い集める。
(風呂って言った? 風呂ってどういうことよ!?)
慌てて確認するが紅葉が着ているのは寝巻代わりの浴衣。帯だってちゃんと結んである。変に乱れているということもない。
「――大丈夫、そうだね」
痛む額をさすりながら夏樹が苦笑する。
(風呂って、遊んでたところに優菜さんがタオルを届けてくれて……バレそうだったからお湯に潜って……誤魔化して……え?)
部屋にたどり着くまでの記憶が途切れている。どうやって部屋まで戻ったのか――記憶が、ない。
「いったい、何が……?」
「覚えてない?」
(はい。すっぱり抜けてます)
両手で頬を包んで、冷や汗を感じながらひきつった笑いを向ける。
(何やらかしたの自分!?)
「……長風呂のせいかな、のぼせて動けなくなったでしょ? ……ああ、僕はここに運んできただけで、着替えは母さんが――」
じっとり半眼になる。説明する声が尻すぼみに小さくなる。
あたふたと自分を抱くように腕を回し、さらに夏樹の視線から逃げ出すように体を捩ってさらにじっとり睨む。
「――――」
「紅葉さん?」
夏樹がこてりと首を傾げた。紅葉がひときわ静かに、問うた。
「……見ました?」
「え?」
「お風呂ですよ、ぜぇったい見たでしょう!?」
(こっちは嫁入り前の娘よ!?)
「いや、それどころじゃなくて……」
「見たんですねぇぇぇ――」
頭まで布団をひっかぶった。
「大丈夫だよ、何もしてないし」
「何もしてなくても見たんですよね!?」
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