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34.リリー
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「何を……」
ベッドから身を起こす。拘束はされていないが、きっとこの屋敷からは逃げられないのだろう。
震える私にリリーが視線をやった。
「アンが私を捕らえようと動いていたでしょう?」
「!」
「だから式典に乗じてあえて事件を起こしたのよ。私が襲われればアンは強行できないし、皆からも同情が集まるでしょう?」
「どうして入れ替わりなんて……」
クスクスと笑うリリーに眩暈がする。彼女は私の様子など気にせず言った。
「だって、痛いのは嫌じゃない」
「それだけのことで……?」
信じられない気持ちで彼女を見れば、逆に侮蔑の目で見られた。
「それだけのこと? ではなぜ私がそんな目に遭わなければならないの? 大聖女の身代わりができたのだから、貴女だって幸せでしょう?」
リリーが何を言っているのかわからない。呆然とする私を置いてきぼりにして、今度は神官長が口を開く。
「聖女の力が強い者を集めたが、三人の内誰が身代わりになるか術が発動するまでわからなかったのだから、幸運に思いなさい」
揃いの銀色のドレスを着せられた正聖女たちを思い出す。
「でもまさか、わたしたちより先に目覚めるとは……この者、思いのほか魔力が強かったようです」
「そう。それでずいぶん好き勝手してくれたようだわ。教会も副神官長の手に落ちたみたいだし」
「貴女様が戻れば、また手中に収められましょう」
リリーは私が横領の証拠をアンディ様に預けたこと、勝手にドレスや宝石を売ったことをまだ知らないのだろうか。知られたら私の命がないような気がして、冷や汗が止まらない。
(でも私は悪女じゃありませんでした)
ホッとしつつも、複雑な気持ちになる。アンディ様と、みんなと過ごした日々は私であって、私じゃなかった。
リリーと呼ばれて妙になじんだのは、リリアンの愛称だったからだ。
(え……でも、それじゃあ、アンディ様との約束は……?)
そっと自身の手の甲を見るも、紋様があるはずもない。
「まあ、貴女に腹は立つけど、許してあげるわ。こんなにも大きな成果を残してくれたんだから」
考え込む私にリリーが自身の手の甲をかざして見せた。――星の形の紋様が浮かんでいる。
「それは……アンディ様が私に……っ……」
言いかけてやめた。
「アンが、なあに?」
不気味な笑顔でリリーは私の顎に手をかけた。
「ふふ、ふふふふ。あの堅物にこんな物を刻ませるなんて、よくやったわ! これは結婚するまで消えない契約。破ると術者は命を落とすのよ」
「そんな……」
愉快そうに私を覗き込むリリーには悪意しか感じられない。
「あ、あなたは……アンディ様のこと、好きじゃないんですか!?」
「甘いわね」
私の問いにリリーは掴んでいた顎を振り払った。
「確かにあの綺麗な顔には皆が惚れるんでしょうよ。私の隣に立つにはふさわしいと思うわ。でも、あの男が持つ聖騎士団の権限、私が欲しいのはそれよ。私は愛するんじゃなくて、愛される側なの。あの堅物にはずいぶん手を焼いたけど……」
悪女そのものの笑みで、リリーは私を一瞥して言った。
「従順な女が好みってわけね。アンもしょせん、その辺の男と一緒ね」
「アンディ様はそんな方じゃないです!」
「ふうん? で? アンとはキスしたの?」
つい声を荒げた私の側に腰を落としたリリーの重みでスプリングが沈む。
カッと赤くなった私の顔をリリーが捕らえる。
「……その様子じゃ唇はまだ、といったところかしら?」
「!!」
ますます顔を赤くさせた私の顔を見て楽しそうに笑う。
「この恰好もあの男にしたら、庇護欲をそそられるといったところかしら?」
バカにしたように自身のお仕着せを見回す。
「……リリー様、そろそろのようですぞ」
「そう」
神官長の呼びかけにリリーが立ち上がった。
「待って……何を……」
リリーはベッドサイドの床に座り込むと、神官長によって縄で縛られている。
「私がアンディ様を幸せにしますから、安心してください」
(!? 私のような喋りかた……!?)
驚きとともに自身が声を出せないことに気付く。
『な、何をしたんですか!!』
声にならない言葉が宙をはくはくと舞う。私は両手で喉を押さえた。
リリーを縛り終えた神官長が目を落とすと、彼女はこちらを見た。
「……効いてきたようですな」
「ええそうね。リリアン、ご褒美に教えてあげる。ルートが再び私を刺し、血を流すことで強制的に魂が入れ替わるようになっていたの。それと同時にあなたの声を奪い、あなたが私として過ごした記憶を共有する術が発動したわ」
勝ち誇ったかのようにリリーが微笑んだ。
「アンってば、私のこと好きすぎるじゃない」
「……っ! ……っ!」
必死に叫ぶも声は出ない。
「アンを篭絡してくれて感謝するわ、リリアン。あんたのこと許せないけど、今は見逃してあげる」
「…………」
「私たちの結婚式を見届けさせて、失望の中で殺してあげるから」
「!」
記憶を共有されたということは、全てがリリーに知れ渡ってしまったということだ。
リリーは静かに笑いながらも怒っていた。
「まあ、いいわ。教会を元通りにして何もかも新調すればいいし、アンも私に独占欲から宝石を送るでしょう」
『アンデイ様はそんな浅はかな方じゃないわ!』
「大丈夫。アンの好みはわかったから」
妖しく微笑むリリーに不気味さを感じる。
アンディ様は今日、神官長を捕らえると言っていた。
(アンディ様、早く来て!!)
「そこまでだ、神官長!」
そのとき部屋のドアが開け放たれ、アンディ様が聖騎士団を引き連れて踏み込んで来た。
ベッドから身を起こす。拘束はされていないが、きっとこの屋敷からは逃げられないのだろう。
震える私にリリーが視線をやった。
「アンが私を捕らえようと動いていたでしょう?」
「!」
「だから式典に乗じてあえて事件を起こしたのよ。私が襲われればアンは強行できないし、皆からも同情が集まるでしょう?」
「どうして入れ替わりなんて……」
クスクスと笑うリリーに眩暈がする。彼女は私の様子など気にせず言った。
「だって、痛いのは嫌じゃない」
「それだけのことで……?」
信じられない気持ちで彼女を見れば、逆に侮蔑の目で見られた。
「それだけのこと? ではなぜ私がそんな目に遭わなければならないの? 大聖女の身代わりができたのだから、貴女だって幸せでしょう?」
リリーが何を言っているのかわからない。呆然とする私を置いてきぼりにして、今度は神官長が口を開く。
「聖女の力が強い者を集めたが、三人の内誰が身代わりになるか術が発動するまでわからなかったのだから、幸運に思いなさい」
揃いの銀色のドレスを着せられた正聖女たちを思い出す。
「でもまさか、わたしたちより先に目覚めるとは……この者、思いのほか魔力が強かったようです」
「そう。それでずいぶん好き勝手してくれたようだわ。教会も副神官長の手に落ちたみたいだし」
「貴女様が戻れば、また手中に収められましょう」
リリーは私が横領の証拠をアンディ様に預けたこと、勝手にドレスや宝石を売ったことをまだ知らないのだろうか。知られたら私の命がないような気がして、冷や汗が止まらない。
(でも私は悪女じゃありませんでした)
ホッとしつつも、複雑な気持ちになる。アンディ様と、みんなと過ごした日々は私であって、私じゃなかった。
リリーと呼ばれて妙になじんだのは、リリアンの愛称だったからだ。
(え……でも、それじゃあ、アンディ様との約束は……?)
そっと自身の手の甲を見るも、紋様があるはずもない。
「まあ、貴女に腹は立つけど、許してあげるわ。こんなにも大きな成果を残してくれたんだから」
考え込む私にリリーが自身の手の甲をかざして見せた。――星の形の紋様が浮かんでいる。
「それは……アンディ様が私に……っ……」
言いかけてやめた。
「アンが、なあに?」
不気味な笑顔でリリーは私の顎に手をかけた。
「ふふ、ふふふふ。あの堅物にこんな物を刻ませるなんて、よくやったわ! これは結婚するまで消えない契約。破ると術者は命を落とすのよ」
「そんな……」
愉快そうに私を覗き込むリリーには悪意しか感じられない。
「あ、あなたは……アンディ様のこと、好きじゃないんですか!?」
「甘いわね」
私の問いにリリーは掴んでいた顎を振り払った。
「確かにあの綺麗な顔には皆が惚れるんでしょうよ。私の隣に立つにはふさわしいと思うわ。でも、あの男が持つ聖騎士団の権限、私が欲しいのはそれよ。私は愛するんじゃなくて、愛される側なの。あの堅物にはずいぶん手を焼いたけど……」
悪女そのものの笑みで、リリーは私を一瞥して言った。
「従順な女が好みってわけね。アンもしょせん、その辺の男と一緒ね」
「アンディ様はそんな方じゃないです!」
「ふうん? で? アンとはキスしたの?」
つい声を荒げた私の側に腰を落としたリリーの重みでスプリングが沈む。
カッと赤くなった私の顔をリリーが捕らえる。
「……その様子じゃ唇はまだ、といったところかしら?」
「!!」
ますます顔を赤くさせた私の顔を見て楽しそうに笑う。
「この恰好もあの男にしたら、庇護欲をそそられるといったところかしら?」
バカにしたように自身のお仕着せを見回す。
「……リリー様、そろそろのようですぞ」
「そう」
神官長の呼びかけにリリーが立ち上がった。
「待って……何を……」
リリーはベッドサイドの床に座り込むと、神官長によって縄で縛られている。
「私がアンディ様を幸せにしますから、安心してください」
(!? 私のような喋りかた……!?)
驚きとともに自身が声を出せないことに気付く。
『な、何をしたんですか!!』
声にならない言葉が宙をはくはくと舞う。私は両手で喉を押さえた。
リリーを縛り終えた神官長が目を落とすと、彼女はこちらを見た。
「……効いてきたようですな」
「ええそうね。リリアン、ご褒美に教えてあげる。ルートが再び私を刺し、血を流すことで強制的に魂が入れ替わるようになっていたの。それと同時にあなたの声を奪い、あなたが私として過ごした記憶を共有する術が発動したわ」
勝ち誇ったかのようにリリーが微笑んだ。
「アンってば、私のこと好きすぎるじゃない」
「……っ! ……っ!」
必死に叫ぶも声は出ない。
「アンを篭絡してくれて感謝するわ、リリアン。あんたのこと許せないけど、今は見逃してあげる」
「…………」
「私たちの結婚式を見届けさせて、失望の中で殺してあげるから」
「!」
記憶を共有されたということは、全てがリリーに知れ渡ってしまったということだ。
リリーは静かに笑いながらも怒っていた。
「まあ、いいわ。教会を元通りにして何もかも新調すればいいし、アンも私に独占欲から宝石を送るでしょう」
『アンデイ様はそんな浅はかな方じゃないわ!』
「大丈夫。アンの好みはわかったから」
妖しく微笑むリリーに不気味さを感じる。
アンディ様は今日、神官長を捕らえると言っていた。
(アンディ様、早く来て!!)
「そこまでだ、神官長!」
そのとき部屋のドアが開け放たれ、アンディ様が聖騎士団を引き連れて踏み込んで来た。
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