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22.氷の鉄壁

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「失礼いたします、団長」
「ああ、サミュか? どうした」

 コンコン、とサミュが団長室の執務室をノックして声をかける。中からは久しぶりに聞くイザークの声がして、エレノアはドキンと胸が跳ねる。

「お客様をお連れしましたよ」
「客? 今日は誰も通すなと言っただろう……」

 明るく話すサミュとは真逆で、イザークの低く冷たい声が聞こえた。

(どうしよう。やっぱり忙しいのに押しかけちゃダメだった……)

 エレノアは不安になり、手に持っていたもも飴を思わずぎゅう、と握りしめる。

「あーあ」

 今すぐ帰りたい気持ちになっていたエレノアの後ろで、エマがポツリと溢した。エマを見れば、呆れた顔をしている。

 どうしたのだろう?と思っているうちに、サミュが執務室のドアを開け放ってしまった。

「……エレノア?!」

 瞬間、イザークと目が合ってしまったエレノアは、びくりと肩を震わせた。

(ザーク様、驚いてる……迷惑だよね……)

 その場で動けなくなってしまったエレノアは、もも飴を握りしめたまま俯いてしまった。

 イザークはすぐに立ち上がったものの、その場で固まってしまった。

「どう、して」
「ご、ごめんなさい! お仕事中に押しかけて!」

 やっと出たイザークの言葉に、エレノアはすぐさま謝罪した。

「イザーク様がエレノア様を放置なさるからですよ」
「エ、エマ……!」

 申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、エマが恥ずかしいことを言うので、エレノアは慌ててエマを見る。

「俺に、会いに来てくれた……のか?」

 表情を動かさず、しれっとしているエマに縋っていれば、イザークから言葉が発せられる。

 何故か信じられない、といった表情に、エレノアは増々不安を覚えて、おずおずと前に歩み出る。

「あの、約束のもも飴を渡したくて……すみません、こんなことで」

 エレノアが精一杯の笑顔でへらりとイザークを見上げれば、彼の顔は真っ赤だった。

「ザーク様?」

 差し出したもも飴を持ったまま、エレノアが首を傾けると、イザークは風の速さでエレノアの前まで来た。

「嬉しい……ありがとう、エレノア」

 もも飴を持ったエレノアの両手ごと、自身の大きな手で覆ったイザークは、破顔した。

「!!」

 不意打ちのイザークの笑顔に、エレノアも一気に顔が熱くなる。

「あの、ご迷惑だったのでは……?」
「エレノアが来てくれて迷惑なんてことがあるか……! 凄く嬉しい。ありがとう」

 覆った手に力を入れ、エレノアの手を握りしめるイザークは、ますます甘く微笑んだ。

「そ、そうですか……良かった」

 その笑顔に心臓がドキドキしぱなっしのエレノアは、その一言を返すのでやっとだった。

(迷惑じゃないのは良かったけど、この人はまた……もう……)

「エレノア様を少しでも不安にさせたのでダメダメですね」

 イザークとの久しぶりの近い距離にエレノアがドキドキしていると、エマが横からダメ出しをする。

「な?!」
「イザーク様、嬉しい、というのは直ぐに伝えないとダメですよ」
「俺は、驚いて……。そもそもエマ、お前、わざと前もって連絡しなかったな?」
「騎士団長ともあろう人が、急な対応が出来なくてどうするんですか。しかもエレノア様のことなのに」
「うぐ……」

 ダメ出しをしたエマとイザークの言い合いが始まったが、やっぱりイザークに分が悪いようだった。

(何だかんだ、やっぱりこの二人仲良いよね)

 いつもの言い合いに慣れてきたエレノアが静観していると、二人同時に顔をぐるんとこちらに向けて来た。

「エレノア、俺は本当に君が来てくれて嬉しいからな!」
「エレノア様、ヘタレなイザーク様を許してくださいね!」
「う、うん……」

 二人の勢いに押されて、ついエレノアは返事をしてしまう。

「ヘタレ?」
「だってそうでしょう、エレノア様を放置して、会いに来てくれたのにこの体たらく」

 エマの言葉に反応したイザークは、ずけずけと遠慮の無いエマにまたやられて、流石に落ち込んでしまった。その様子を部屋の隅で見ていたサミュが吹き出す。

「あ、すみません。まさか、団長がそんなに表情をくるくると変えるなんて、見たこと無かったので」

 吹き出したサミュの方を見れば、彼はお腹を抱えて笑っていた。イザークは顔を赤くしながらも、ジロリとサミュを睨んでいた。

「あ、そうだ、団長、その侍女さんに口止められたので口外はしませんが、エレノア様は、僕の命を助けてくれた聖女様だったんです!」
「エレノア……様?」

 サミュとエレノアが昔出会っていたことよりも、名前呼びに何故か反応するイザークに、エレノアは首を傾けた。

(あれ、ザーク様も何でこの反応?)

「サミュ様はエレノア様の手の甲にご挨拶もされてました」
「ちょ、エマ?!」

 何故か怖い表情のイザークに、畳み掛けるように先程の報告をエマがするので、イザークの表情が増々険しくなっていった。

(えええ? 何で?!)

「ほう、俺の妻にキスを?」

 エマの報告は「挨拶」だと言っていたのに、「キス」と直接的な表現をわざわざするイザークが怖い。

「ちょ、団長、挨拶ですよ?!」

 イザークに気圧されて、ヘラヘラしていたサミュも、青ざめている。

「あ、そうだ、俺、稽古の最中でした! 戻りますね~。では、ご案内しましたので!!」

 わざとらしく思い出したかのような説明口調でまくし立てると、サミュはその場から慌てて逃げ出した。

 ポカン、とするエレノアを横目に、エマも一礼をする。

「それでは、私は屋敷に戻りますので、帰りはイザーク様がエレノア様をお送りください」
「ちょ?! エマ?」

 表情を一切変えず、形式的なお辞儀をすると、エマは部屋を出て行った。出て行く寸前、何故かエレノアにガッツポーズをして行った。

(エ、エマ~! 二人きりにしないでよ~!!)

 エレノアは、何故か怖い表情のイザークと執務室に取り残されてしまった。
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