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21.サミュ

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「孤児……」
「はい! 僕は孤児で、騎士団の中で下っ端でした。そこをカーメレン団長に引き上げてもらったのです」
「なるほど、イザーク様に」

 嬉しそうに話すサミュに、エマも納得した顔で答えた。

「イザーク、様? 団長の家の方ですか?」
「はい」
「隊長! 団長の奥様と侍女の方です」
「え」

 エマの言葉にサミュが反応すると、エマも返事をする。それと同時に、近くにいた騎士が、慌ててサミュに説明をした。

 その丸い目を驚きでパチクリとさせ、サミュはエレノアのスカイブルーのワンピースをしげしげと見て納得した。

「なるほど、あの団長が結婚されたとは聞いていましたが、こんなに可愛らしい方でしかも聖女様だったとは……」
「その聖女というのは伏せていただけますか?」

 ふむ、と驚きながらも頷くサミュに、エマがすかさず言葉を挟む。

「何か訳がおありですね? わかりました、では何とお呼びすれば?」
「エレノアで良いです」
「エレノア様、わかりました」

 サミュがにっこりと笑えば、エマは何故か溜息を吐いて額に手を置いた。

(あれ、ダメだったかな? でもジョージさんもそう呼ぶし、『奥様』なんておかしいもん)

 仮の妻である自分が騎士団で目立つわけにはいかないと思うエレノアは、とりあえずこの場を離れようと話を進める。

「あの、ザーク様の所に急ぎたいのですが……」
「ザーク、さま」
「?」

 エレノアの言葉に、サミュがまた目を丸くして振り返る。

「あの、自分がご案内する途中で……」
「ああ、なるほど。君いいよ。僕が案内するから」

 先程、受付の騎士から指示された彼がサミュにそう言うと、サミュが案内を申し出た。騎士は「はっ!」と返事をすると、持ち場に戻って行った。

「じゃあ、行こうか」

 にっこりと笑うサミュに、隊長にそんなことを頼んでも良いものかとエレノアは思ったが、人懐っこい彼の笑顔が、まあいいか、という気にさせた。

 イザークの執務室に案内されながら、エレノアはサミュから話の続きを聞いた。

「ニ年前の魔物討伐の時、僕ら下っ端の騎士たちは、最前線で苦戦を強いられました。全員何とか王都まで帰還できたのは、当時第一隊の隊長だったカーメレン団長のお陰なんです」

 第一隊を引き連れ、魔物を一掃したイザークは、その後、その功績により団長になった。そして、王族の介入も手伝い、騎士団の改革が瞬く間になされたのだと。

「団長がいなければあそこで僕たちは死んでいました。そして、この騎士団も、今も貴族主義の腐ったままでした!」


目を輝かせてイザークのことを語るサミュに、彼は慕われているんだな、とエレノアは嬉しくなった。

(エマに話を聞いていた通り、ザーク様は凄くて素敵な人だ。それに、真面目なザーク様らしい……)

 ふふ、と笑うエレノアに、サミュは顔を近付けてはにかむ。

「エレノア様、僕が生きているのは貴方のお陰でもあるんですよ!」
「私……?」

 急に顔を近付けられ、驚くエレノアに、エマが間に割って入る。サミュは両手を合わせ、謝る仕草を見せると、話を続けた。

「あの時、上位の聖女様は上官たちの所にしかいませんでした。僕たちはこのまま死ぬのかな、とぼんやり思っていた所に、エレノア様が来られたんです」

 エレノアはニ年前の惨状を思い返し、胸が傷んだ。

 上位の聖女たちは皆、立派な建物の中に行き、病室にも入れない、広場に広げられた敷物にただ横たわる大勢の騎士たちは放置されていた。一番重症なはずなのに。

 しかし、上官の状態をわかるはずも無いエレノアは、上位の聖女たちがかかりきりなほどなのかと、その時は思った。今考えれば、自分が受けてきた仕打ち同様、下位の兵士たちは搾取され、蔑ろにされていたのだとわかる。

 治癒の力よりも摂取するものに付与したほうが力があるとわかっていたエレノアは、その場で聖水を作り、横たわる騎士たちの口にねじ込んでいったのを覚えている。下位の聖女は数えるほどで、少ない。皆、僅かな治癒の力を使い切り、とても全員助けるのは無理だった所を、エレノアの聖水で乗り切ったのだ。力を使い切った者たちと手分けしてひたすらに水を飲ませて行った。その中にサミュもいたということだ。

「でも、あの時、何人かの聖女がいたはずですが……」

 サミュが自分のおかげで生きている、と言った言葉を思い出し、どうしてエレノアのお陰だと言い切れるのか首を傾けた。

「ふふ、それは、貴方が涙を流しながらも必死に水を生み出している所を真下で見ていたからですよ」
「真下……?」
「はい! 死にかけていた僕の口に作った水を突っ込んでくれました」

 何とも明るく話すサミュに、エレノアは顔を覆った。

「緊急とはいえ、あのときはすみませんでした……」

 騎士たちを死なせまいとエレノアは必死だった。必死すぎて、手分けして水を配るに至るまでは、エレノアが直接突っ込んでいたのを思い出す。

(は、恥ずかしい……死にかけの人に私、なんてことを!)

「謝らないでください。貴方のお陰で生きている、と言ったでしょう?」

 顔を覆うエレノアに、サミュはにっこりと笑った。

「そうか、団長はあのときの聖女を探されていると聞いたが、エレノア様のことだったのか」
「ぶふっ」

 サミュの言葉に、イザークが聖女を探していたことを聞き、エレノアはどういうことか訪ねようとしたが、エマが先に吹き出してしまった。

「エマ?」
「何でもありません」

 吹き出したはずなのに、クールに佇まうエマに、エレノアは首を傾ける。

(ニ年前って、そんなときからオーガスト様の任務が動いていたのかしら?)

「僕も、お礼が言いたくて、聖女様にもう一度会いたかった。しかし、あなたが騎士団に来ることは二度と無かった」

 サミュは目を細めて、エレノアの手を取った。

(あの後、私は教会の地下に閉じ込められたものね)

 騎士団で聖水を大々的に振る舞ってしまったエレノアは、その後神官長にこっぴどく叱られた。そして地下に閉じ込められ、ひたすら聖水作りだけをすることになった。あのときは自分が悪いのだと思い込んでいた。思えば洗脳に近いかもしれない。今思えば、人の命を助けたのに叱られるとは、理不尽だ。

「エレノア様、本当にありがとうございました。あなたは私の女神です」

 あのときのことを思い出し、苦い顔をしていたエレノアは、サミュに手を取られたままだった。

 彼に意識がいくのと同時に、彼から手の甲に唇が落とされたのが目に入った。

「「!!」」

 エレノアとエマは突然の出来事に思わず固まった。

 しかし、サミュは満足そうにエレノアの甲から唇を離すと、にぱっと笑い、「さあ、行きましょうか」とエレノアの手を取ったまま歩き出した。

(ザ、ザーク様にもキスされたことないのに!! あ、いや、指を舐められたことがあるか……って、何考えてるの、私!!)

 突然の出来事に頭が混乱するエレノアは、心の中で一人突っ込みをしては顔を赤くさせるのだった。
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