全てを失った私が、黒竜王の最愛になるまで

湊一桜

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第四章

彼の逆鱗に触れる

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「俺たちは二週間の婚前旅行に行くから、城のことは頼んだ」

 晴れた空の下、いつもの広場にて、クリフさんは部下たちに告げた。

「任せてください。
 ……と言っても、白竜国と同盟を組んだ今、黒竜国の脅威となる国はありませんが」

 ライアンさんが敬礼しながら答える。
 そして……

「エマ、行ってらっしゃい!」

 第二騎士団長となったニコラが、笑顔で私に手を振った。そしてそのまま笑顔で告げる。

「帰ってきたら女子会しよ!
 どうだったか教えてね」

 (この、いかにも致しに行ってきますといった空気が恥ずかしい……)

 だが、笑顔で答えた。

「うん、お土産買ってくるね!」

 呪いの呪具は買わないように、細心の注意を払おうと思った。
 そして私は、大きな黒竜と変化した彼に乗り、広い空へと飛び立っていった。

 私たちは、これから二週間の婚前旅行へ出かける。つがいの契約を結ぶための、婚前旅行へ。



 ぐんぐん遠ざかるヴェールの街。通りを歩く人々は、私たちに向かって手を振っている。そしてすぐ、大平原へと差しかかる。この何度も通った大平原の上で、黒竜は大きく右へ旋回した。

「第一の祠は右にあるんですね」

 思わず聞いた私に、彼は答える。

『あぁ。常夏の街パプオンにある』

「常夏の街パプオン……」

 聞いたこともないその街の名を反芻した。そして、その祠に着いた頃には、もうへとへとになっていた。
 ……というのも、黒竜国の国土は予想以上に広く、パプオンまでは竜の翼でも数時間かかったのだ。

 (こんなに遠く離れた祠を回るのだから、二週間も時間がかかるはずだわ……)

 そう思わずにはいられなかった。




 パプオンは、随分と暑い場所だった。高い木々が生い茂り、その木々には蔦が絡みついている。私の世界で言う、ジャングルだ。

 そのジャングルの中に、小さな祠があった。
 石で作られた簡素な屋根の下に、小さな竜の石像が置かれている。その竜は長年の雨風によって、所々色が変わり苔が生えている。おそらく、はるか昔からこの場所に存在しているのだろう。

「黒竜国と白竜国にある七つの竜神の石像に、エネルギーを送る。
 そうすれは、契約の部屋が開かれる」

 私の隣に立つクリフさんが、そっと告げた。

「エネルギー? 」

 思わず聞いてしまった私に、彼は優しく教えてくれる。

「竜の首元には、逆鱗というエネルギーの源となる鱗がある。この逆鱗が抜け落ちてしまうと、その竜は活力を失う。
 そのため、竜は逆鱗を人に触らせることはしない」

 甘く優しい声。まるで私を愛しているとでも言っているその声に、聴き入ってしまう。

「ここでは愛する人が逆鱗に触れ、その体を通してエネルギーを石像に流す。

 エマには分からないかもしれないが、竜が逆鱗に触れることを許すということは、その人に全てを許すということだ。
 愛する人しか、触れることを許さない」

 クリフさんはそう言って、大切そうに私の頬にキスをする。

「もちろん俺は、エマが触れることを望んでいる」

 もとの世界には、『逆鱗に触れる』などという言葉があった。私はかつて、その意味を調べたことがあった。『普段は温厚な竜が、逆鱗に触れられた時だけ怒り狂う』というような意味だった気がする。
 その、逆鱗に触れるのだ。

 ごくんと息を飲む私の前で、クリフさんは黒竜に変化する。大きな黒竜は身を低くし、その顎下を突き出した。

 硬い鱗に覆われた顎の下に、一枚だけ逆向きに生えている鱗が見える。その鱗は他の鱗よりもさらに黒く、光り輝いている。

 (綺麗……)

 思わず見惚れてしまった私の頭の中に、彼の声が響いてくる。

『エマ。俺の逆鱗と、石像の逆鱗に触れろ』

「はい……」
 
 私は右手でそっと彼の逆鱗に触れる。彼はもちろんじっとしていて、怒り狂うことはない。ざらっとした逆鱗に触れると、大きな熱が体の中を駆け巡るのが分かった。
 そのまま石像の逆鱗に触れると、熱が石像へと流れ込んでいく。熱が流れ込むにつれ、石像が黒く光り輝く。私はただずっと、その神々しさに見入っていた。


 どのくらいそうしていたのだろうか。石像が黒く眩しく光っているのを確認すると、クリフさんは人間の姿へと変化する。そしてそのまま、ぎゅっと私の体を抱きしめる。

「エマ……愛してるよ」

 何度も何度も告げられ、その幸せに酔った。



◆◆◆◆◆


 
「結局、恥ずかしいポーズってのは、逆鱗を見せることだったんですね」

 パプオンの街を歩きながら、私は笑っていた。だが、クリフさんはどこか不服そうで、頬を染めてそっぽを向いている。

「急所を見せることは、俺たちにとって恥ずかしい」

 人間の私にその気持ちは分からないが、きっと本当に恥ずかしいのだろう。私はまたふふっと笑う。

「そんなに笑うと、キスするぞ!! 」

 真っ赤になって叫ぶクリフさんは、その言葉を聞いてさらに真っ赤になって口を押さえる。そして、私まで真っ赤になってしまう。
 こんなバカップルな私たちを見て、露店でフルーツを売っているおばさんがニヤニヤしながら大きなフルーツを差し出した。

「熱いっていいわねー。
 目の保養になるから、あんたたちにこれあげるわよ!」

「わあっ!! ありがとうございますっ!! 」

 美味しそうなフルーツにかぶりつこうとするが、クリフさんはそれを疑いの目で見ている。

「まさかこれ……呪われたフルーツじゃないだろうな」

 どうやら、金の腕輪のトラウマをまだ引きずっているらしい。
 すると、おばさんは豪快に笑う。

「何言ってんのよ。
 このフルーツは、今朝農場で採れた採れたてよ!!
 ドラゴンプラムっていってね、一房に二つずつ実るのよ。
 まるで竜のつがいみたいでしょう? 」

「本当だ。……まるで俺たちみたいだな」

 クリフさんは優しくそう告げ、紫の実に唇を寄せる。

 (そんな姿さえ美しく、目の毒だ……)

 私は慌てて目を逸らし、みずみずしいドラゴンプラムに齧り付く。ほんのり甘酸っぱい独特の風味が口の中にじゅわっと広がった。

「美味しい!! 」

 思わず頬を押さえる私を、クリフさんは甘い瞳で見つめる。その瞳が、好きだ好きだと全力で言っているようだった。

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