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46. 彼から求愛されました

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 その後、私たちはオストワル辺境伯邸で、オストワル辺境伯とセドリック様から話を聞いた。

 厳しい顔のオストワル辺境伯と、その隣には相変わらずヘラヘラしたセドリック様が座っている。その前に、ジョーと私、そしてヘンリーお兄様が立っていた。

 オストワル辺境伯は、いつものように眉間に皺を寄せたまま私たちに告げる。

「騎士団の手を借りて、黒い騎士たちの尋問が昨日終わった。その結果を、君たちに伝える」

 オストワル辺境伯領騎士団の尋問だなんて、きっとかなりキツいものだったに違いない。どんな尋問をするのかジョーに聞いても、きっとはぐらかされるだけだろうが。

「あの黒い騎士たちは、君たちの父親の弟……つまり、ヘンリー様が敵討ちをした元ポーレット侯爵の側近が率いていた。
 名をサイロン卿といい、現在は王宮で大臣として王政に関わっている」

 サイロン卿……王宮を追放されたあの日、私を敵意に満ちた目で見下ろした大臣も、そんな名前だったような気がする。私は恨みを買った覚えはなかったが、サイロン卿はヘンリーお兄様に対して恨みを持っていたのだ。自分が仕える主を殺されたという恨みを。

「サイロン卿はヘンリー様を恨んでいた。恨みを晴らすために大臣まで登り詰め、まずはヘンリー様の妹であるアンを殺そうとした。
 だが、アンの暗殺は、師匠によって阻止された」

「それで、追放されたアンを狙って殺そうとしていたけど、アンはなかなか見つからなかったわけ。
 サイロン卿はアンが王宮から遠くへ行かないと思っていたけど、アンはどんどん離れていって、ジョーと行動するようになっちゃったしねー」

 オストワル辺境伯の話の続きを、セドリック様が軽い調子で話す。だけどその話の内容は、決して軽いものではなかった。
 私が荷馬車に潜り込んで遠くまで行かなかったら……あの森でジョーに会わなかったら……生きていられなかったのかもしれない。
 人生って不思議だ。何気ないその行いが、ここまで運命を変えてしまうだなんて。

「それで焦ったサイロン卿は追っ手をかけ、とうとうアンを見つけ出した。
 でも、ここにはオストワル辺境伯領騎士団がいるからね、迂闊に近付けなかったんだよー」

 私はジョーを見上げた。ジョーは、目を細めて私を見下ろしてくれる。
 私の知らないところで、ジョーをはじめとするみんなは、こんなにも私を守ってくれていたのだ。胸が痛む。

「一旦、黒い騎士たちはオストワル辺境伯領から姿を消した。だから僕たちは安心していたんだけど……待ち伏せしていたんだ。
 彼らはこの地にヘンリーが来ていることも、アンがいることも、ちゃんと知っていた」

 そして、セドリック様は頭を下げる。

「僕たちは迂闊だったんだ。あの時、オストワル辺境伯領騎士団が護衛に付かず、ヘンリーとアンを行かせてしまった。
 だから、ごめん。僕たちのせいなんだ」

 もちろん、セドリック様が悪いだなんて思ってもいないし、 むしろ感謝している。私がのんきに過ごしていた間に、こうも守っていてくれたなんて。

「アン。オストワル辺境伯領騎士団長として、俺からも謝る。
 アンを守るはずだったのに、危険に晒してしまった」

 私の隣で頭を垂れるジョーに、そっと手を伸ばした。頬に触れると、口をきゅっと結んで悲しそうな目で私を見る。
 私は、ジョーにこんな顔をさせたくない。

「ありがとう……」

 溢れそうな涙を必死に我慢し、ジョーに告げる。

「こんなにも私を守ってくれて、ありがとう。
 私はジョーをはじめとするオストワルの人々に守られて、本当に幸せです」

 ジョーは泣きそうな顔のまま、がばっと私を抱きしめた。その強靭な体に抱きしめられ、ジョーの香りに包まれ、いつものように胸がドキドキうるさい。

「じ、ジョー、やめてよ!こんなにみんながいる前で……!!」

 それなのに、ジョーは離してくれない。ぎゅうぎゅうに私を抱きしめるから、窒息してしまいそうだ。
 こんなジョーと私を見て、セドリック様は面白そうに笑った。

「ジョーがこんなにも女の子に懐くなんて、雪でも降りそうだよー」

 セドリック様の言葉に、オストワル辺境伯も厳しい顔のまま笑った。そしてお兄様も。ジョーも、私だって笑っていた。

「サイロン卿は爵位剥奪と大臣の任を降りて、王都の牢に入ることになった。
 国王からも、アンに大して近々謝罪されるだろう。アンはもちろん王宮に戻ることも出来るが……」

 オストワル辺境伯の言葉に、私は明るく答えていた。

「私、オストワルにいます!
 私は、オストワル辺境伯領が大好きです!」

 自然に囲まれて、温かい人々と笑って、最強の騎士に守られて……私はこの地で初めて幸せを感じた。そして、これからもずっとオストワルで、ジョーとともにいたい。

「ヘンリー……すまない。
 俺にアンをくれ。
 アンと結婚させてくれ!」


 一瞬、部屋の中がしーんと静まり返った。そしてその言葉を理解するとともに、胸がぽわっと温かくなる。
 セドリック様がヒューっと指笛を鳴らし、オストワル卿にたしなめられている。
 そして……

「もちろんだよ」

お兄様は、ジョーに笑顔で答える。

「アンは、ジョーがいなきゃ元気がなくなってしまうから。アンはジョーのもとで暮らすのが一番なんだよ」

 お兄様だって、きっと私がポーレット侯爵領に戻って欲しかったはずだ。今まで一緒に過ごせなかった時間を、お兄様とも過ごしたい。
 だけど、こうやってジョーと私の気持ちを最優先に考えてくれる。こんなにも優しくて聡明なお兄様を持って、私は幸せだ。

「それに、僕の妹アンとジョーが結婚してくれたら、ポーレット侯爵領も安泰だろう。
 オストワル辺境伯領騎士団とジョセフ騎士団長が味方になってくれるから、周りの地域からも狙われない。もちろん、僕に楯突く人もいなくなるんだろうね」

「ヘンリーが狙われたら、ジョーが真っ先に助けに行くもんねー」

 セドリック様は満足そうに笑っていた。

 こんなわけで、私はめでたくジョーと結婚出来るらしい。そして、私たちの結婚に反対する人はいなく、最愛のお兄様からも祝福されて。

「寂しいけど、時々ポーレットに遊びに来てね」

 少し悲しそうなお兄様に、

「もちろんです!」

笑顔で告げていた。
 ジョーと、必ず遊びに行きますから。
 お兄様から聞いた美しい水の都ポーレット侯爵領を、ぜひこの目で見てみたい。


 ジョーは私を抱きしめたまま、頬を擦り寄せる。

「やめてよ、ジョー!みんな見ているんだから!」

 慌てて突き放そうとするが、私の力ではジョセフ騎士団長をどうにかすることなんて出来るはずもない。だから私は、人形のようにひたすらジョーに抱きしめられる。

 こんな私たちを見て、

「熱い熱い。僕、もう行くねー」

手をぱたぱたさせて、セドリック様が出ていってしまう。それに続いて、オストワル辺境伯とヘンリーお兄様まで!
 こうやって、余計な気を利かせなくてもいいのに。そして、二人きりになると、さらにジョーは暴走するだろう。

「ジョー……離して」

 力任せに出来ないため、そう告げるが……

「嫌だ」

 ジョーは私を抱きしめたまま、子供みたいに言う。

「アンから離れたくない。アンが可愛いから悪い」

 子供なのかと突っ込みたくなるほど、ジョーは素直でまっすぐだ。そしてこんなジョーに、さらに溺れてしまう私がいた。

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