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第九話 ピンチに陥る彦次郎

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「どうしたお嬢ちゃん」
 大通りにへたり込んで悲嘆に暮れる彦次郎の前に一人の男が立つ。六尺(約一八二センチメートル)はあろうかという大男だ。腹当はらあてばかりを着し、露出した腕や脚は毛むくじゃら、なにを食えばこれだけ大きくなるのかと思われるほどの異形である。
 彦次郎の背丈ほどもあろうかという大太刀を左肩から右腰にかけて背負っており、かかる異形の者が夜半街区を闊歩しているところを見ると、あらかた物盗りかなにかであろう。
 彦次郎は恐怖のあまり声を出して誰かに助けを求めたり、この場から逃げ出すことが出来なくなってしまった。もとより人通りがあったからとて、これだけの巨軀を誇る賊を相手に彦次郎を救おうなどという者があろうとも思われぬ。夜半ともなれば尚更であった。 
「女、こっち来い」
 賊は彦次郎の手首を掴んで無理矢理引き起こそうとした。
「いやッ!」
 その手を引き離そうと、賊を足蹴にしながら激しく抵抗する彦次郎。生来の小柄ゆえに女のように見えはするが歴とした男である。これには賊も面食らった様子である。女にしては力が強い。
 手に余ったのか、賊はさかんに蹴りを繰り出す彦次郎の足首を掴むと、まるで逆さづりにするように持ち上げた。驚くべき膂力である。
 逆さまにされた彦次郎の寝間着が、これによって本格的にはだけた。
 賊の目に飛び込んできたのは女陰ではなく男根であった。

「なんだ、お前男か」
 
 助かった……。
 彦次郎は安堵した。賊は彦次郎が男であることに気付いてこのまま何処かへ立ち去るだろうと思われたからである。
 しかしその見込みは甘かった。

「まあいい。これだけ柔らかそうだったら男でも構いやしねえ」
 賊はさながら舌なめずりするが如くに言った。見れば腹当の短い草摺くさずりを、凶悪な逸物が押し上げている。血筋を幾筋も浮かび上がらせ赤黒く怒張したそれは、義尚のモノを遥かに上回る太さ大きさであった。

(あんなモノ入れられたら裂ける!)
 彦次郎は両手で後孔を隠した。
 だが賊は彦次郎の左足首を右手で掴み、右足の上に膝をのせて彦次郎の下半身の動きを全く封じた上で、そのいた左手一本で肛門を隠す彦次郎の両手首を掴んだ。
 顕わになる彦次郎の肛門。
「なんてちっせぇ逸物だあ」
 事実彦次郎の逸物は恐怖のために酷く縮み上がっていた。
 賊の凶悪な尖端が、彦次郎の入り口に突きつけられる。これまで義尚しか受け容れたことのない後孔に。
「いやッ! 汚い!」
 ろくな抵抗が出来ない彦次郎。ここ何日も洗っていないだろう汚らしい賊の逸物に貫かれた以上、その菊門を義尚の用に供することなど二度と出来なくなるであろう。
 
 そのときである。
「ぐっ」
 短く呻いたかと思うと、賊はその場にどうっと倒れ込んだ。
 彦次郎は一瞬にして身体の拘束を解かれた。
 見れば賊の喉元から血だまりがみるみる拡がっていく。
 彦次郎が顔を上げると、そこに立っていたのは義尚であった。

「このような夜半に一人で出歩くものではない。帰るぞ」
 義尚は賊の喉を貫いて血に塗れた太刀を片手に、彦次郎の手を取った。
「義尚様ぁ……」 
「なんだ、また泣いてるのか」
 呆れたように言う義尚。
 月明かりに照らされながら御座所までの道を行く二人。解けきらぬわだかまりはまだあるようだ。二人ともそれ以降言葉を発しなかった。
 
 沈黙に堪えかねたように口を開いたのは義尚の方だった。
「さっきはすまなんだ。もとより本心ではない」
 彦次郎は義尚に手を引かれるままで、こたえなかった。
「そなたの言うとおりにしよう。酒は止める」
 彦次郎は義尚のその言葉を聞いて
(本当に?)
 と声に出しそうになった。 
 もし本当に酒を止めてくれるというのであればそれに越したことはなかった。酒と水ばかりの不摂生を改めて、健康な身体を取り戻してくれれば彦次郎に言うべきことはなかった。
 しかし酒に頼らなければならぬと思わしめるほどのストレスを、義尚が日頃の責務で感じていることもまた事実と考えられた。今後一切酒を口にするなというのも酷な話であった。
 自分といるときだけはそのようなストレスとは無縁でいてもらいたいと願う彦次郎。
 彦次郎は義尚に言った。
「少しくらいなら良うこざいますよ?」

 ああ、駄目だ。
 こんな甘いことを言ってしまっては、義尚様を駄目にしてしまう。
 理性の部分ではそう理解していても、めくるめく肉欲の日々が再び訪れるだろうことを思って、義尚に手を握られながら勃起を抑えられない彦次郎なのであった。
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