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死喰鳥
死喰鳥⑤
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ソラの弾丸に撃ち抜かれた死喰鳥はひび割れた面で彼をじっと凝視していたが、やがて顔からぼろぼろと塵になって夜の帳に消えていった。
「倒したァ?」
「いや。逃げられた」
確かにアカシャは撃ち抜いたはずだが、と疑念を持ったソラだったが、屋根の下にジオと、頭を覆うタオル以外に一糸まとわぬシスターの姿を見とめるやいなや、ズルっと足を滑らせて真っ逆さまに屋根から落っこちた。
ジオは「オイオイ大丈夫かよ」と、受け身も取らずきれいにひっくり返った状態のソラに近寄りしゃがんで彼の顔を覗き込んだ。
「そういやオマエエロい女の子ダメなんだっけ?」
「俺はなんとも感じないんだが、動きを模倣して鍛錬した師匠のクセが変に移って身体が勝手にこうなるんだ」
「オマエ何から何までトンチキな生態してんなァ」
「お前に言われたくはないな」
そんな軽口の応酬にも動じずシスターはタオルで顔を隠して俯いていた。
完全に倒しきることはできなかったがダメージは与えられた。暫くは襲ってこないだろう。ソラはひっくり返ったまま、とりあえず屋内に入ろうと促した。
シスターが着替えている間、二人は先ほどの談話室で外の様子を窺いながら待っていた。
「なんで倒せなかったんだァ?」
「銀弾にも細工しておいたんだが……。あれを浴びてあそこまで動けるとは想定外だった。よほど力をつけているらしい」
「たくさん食ってるって話だもんなァ。にしたってオネーサンは極上みてーだ。まーたしかに幸薄そうな顔してら」
「そこらの葬式を荒らすより美味いことに気づいたようだし、なによりいいところで中断させられたからな。怒り狂ってまた襲ってくるだろう」
「意地汚ねェー! あーヤダヤダ!」
椅子の背もたれを挟んで後ろ向きに座っていたジオがガタガタとさせているのにもの言いたげな目を向けたソラだったが、隣室からのドアが開く音に口をつぐんだ。
修道服に身を包んだシスターが先程はどうもと言いながらポットとカップの載ったトレーをテーブルに置こうとした。しかし手の震えがひどく、テーブルに触れるか触れないかのところで振動のままに床に取り落としてしまった。飛び散る熱い紅茶にまみれたガラス片を拾おうとしたシスターの震える手を、ソラが制した。
ぱっと手を引っ込めながら怯えた目で彼を見るシスターに、ひとつ謝って、「片付けはやります。怪我をしたらあぶない」と、まずは座るよう促した。
カチャカチャとガラス片を拾うソラの視界の端で、俯いたシスターがウィンプルで顔を隠しながら震えていた。
「な、んなのあれ……。なにか、私の中に触れるような……」
死喰鳥にまさぐられて以降、心の中の悲しいものをしまったガラスの箱が決壊したように悲しい気持ちが溢れて止まらなかった。過去に味わったすべての悲しい出来事が舌先を痺れさせ、胃を執拗にいじめ、脳の奥を揺さぶってくる。
気持ちが悪い。吐き気がする。
「……ジオ。少し分けてくれるか」
「あー?」
「さっき飯食って元気だろ」
ソラは立ち上がってジオの前に立ち彼に手を伸ばした。ジオは抵抗することなくソラの手を受け入れる。
指先が額に触れた。
その瞬間、常人には見えない光が二人を包んだ。金やら白やらに煌めく輪が彼の額に浮かんでゆっくり広がった。ダイヤモンドの柔らかいようなのがぷかぷか浮かぶ。かと思えば芳しい花が一面を彩った。瞬きするたびに目まぐるしく変わる。青空を抜ける風。オレンジの温もり。銀の星々のささやき。
その中でソラは桃色の液体に手を浸した。どこからか現れた八面体の小瓶にそれを注ぐ。小瓶の蓋をきゅっと閉めたとき、彼らは元いた談話室に戻っていた。
続いてソラはシスターの前にあぐらをかいて座り込んだ。
「治療しましょうか。触れられるのは嫌かもしれませんが」
そのままでいるのはつらいでしょう。
俺の目を見てくださいとソラは促した。彼より年上の女性のはずなのに、シスターはまるで幼い少女のような目を躊躇いがちに開いた。
他人の目をじっと見つめ続けることに抵抗を示す人もいる。彼女も確かにそのくちだった。けれどソラの赤い目は、苛烈で鮮烈で、不自然な色でありながら、夜に浮かぶ炎のゆらめきのようなおだやかさがあった。
「オレこーゆー空気苦手ェ~…外出てっからごゆっくりぃ」
ひらっと薄い手を振ったジオが手っ取り早く窓から抜け出すのを見送って(余程イヤなのだろう)、ソラは再びシスターの目をのぞき込んだ。
「虚に傷つけられた部分を修復します。あなたの悲しみを教えてください」
「倒したァ?」
「いや。逃げられた」
確かにアカシャは撃ち抜いたはずだが、と疑念を持ったソラだったが、屋根の下にジオと、頭を覆うタオル以外に一糸まとわぬシスターの姿を見とめるやいなや、ズルっと足を滑らせて真っ逆さまに屋根から落っこちた。
ジオは「オイオイ大丈夫かよ」と、受け身も取らずきれいにひっくり返った状態のソラに近寄りしゃがんで彼の顔を覗き込んだ。
「そういやオマエエロい女の子ダメなんだっけ?」
「俺はなんとも感じないんだが、動きを模倣して鍛錬した師匠のクセが変に移って身体が勝手にこうなるんだ」
「オマエ何から何までトンチキな生態してんなァ」
「お前に言われたくはないな」
そんな軽口の応酬にも動じずシスターはタオルで顔を隠して俯いていた。
完全に倒しきることはできなかったがダメージは与えられた。暫くは襲ってこないだろう。ソラはひっくり返ったまま、とりあえず屋内に入ろうと促した。
シスターが着替えている間、二人は先ほどの談話室で外の様子を窺いながら待っていた。
「なんで倒せなかったんだァ?」
「銀弾にも細工しておいたんだが……。あれを浴びてあそこまで動けるとは想定外だった。よほど力をつけているらしい」
「たくさん食ってるって話だもんなァ。にしたってオネーサンは極上みてーだ。まーたしかに幸薄そうな顔してら」
「そこらの葬式を荒らすより美味いことに気づいたようだし、なによりいいところで中断させられたからな。怒り狂ってまた襲ってくるだろう」
「意地汚ねェー! あーヤダヤダ!」
椅子の背もたれを挟んで後ろ向きに座っていたジオがガタガタとさせているのにもの言いたげな目を向けたソラだったが、隣室からのドアが開く音に口をつぐんだ。
修道服に身を包んだシスターが先程はどうもと言いながらポットとカップの載ったトレーをテーブルに置こうとした。しかし手の震えがひどく、テーブルに触れるか触れないかのところで振動のままに床に取り落としてしまった。飛び散る熱い紅茶にまみれたガラス片を拾おうとしたシスターの震える手を、ソラが制した。
ぱっと手を引っ込めながら怯えた目で彼を見るシスターに、ひとつ謝って、「片付けはやります。怪我をしたらあぶない」と、まずは座るよう促した。
カチャカチャとガラス片を拾うソラの視界の端で、俯いたシスターがウィンプルで顔を隠しながら震えていた。
「な、んなのあれ……。なにか、私の中に触れるような……」
死喰鳥にまさぐられて以降、心の中の悲しいものをしまったガラスの箱が決壊したように悲しい気持ちが溢れて止まらなかった。過去に味わったすべての悲しい出来事が舌先を痺れさせ、胃を執拗にいじめ、脳の奥を揺さぶってくる。
気持ちが悪い。吐き気がする。
「……ジオ。少し分けてくれるか」
「あー?」
「さっき飯食って元気だろ」
ソラは立ち上がってジオの前に立ち彼に手を伸ばした。ジオは抵抗することなくソラの手を受け入れる。
指先が額に触れた。
その瞬間、常人には見えない光が二人を包んだ。金やら白やらに煌めく輪が彼の額に浮かんでゆっくり広がった。ダイヤモンドの柔らかいようなのがぷかぷか浮かぶ。かと思えば芳しい花が一面を彩った。瞬きするたびに目まぐるしく変わる。青空を抜ける風。オレンジの温もり。銀の星々のささやき。
その中でソラは桃色の液体に手を浸した。どこからか現れた八面体の小瓶にそれを注ぐ。小瓶の蓋をきゅっと閉めたとき、彼らは元いた談話室に戻っていた。
続いてソラはシスターの前にあぐらをかいて座り込んだ。
「治療しましょうか。触れられるのは嫌かもしれませんが」
そのままでいるのはつらいでしょう。
俺の目を見てくださいとソラは促した。彼より年上の女性のはずなのに、シスターはまるで幼い少女のような目を躊躇いがちに開いた。
他人の目をじっと見つめ続けることに抵抗を示す人もいる。彼女も確かにそのくちだった。けれどソラの赤い目は、苛烈で鮮烈で、不自然な色でありながら、夜に浮かぶ炎のゆらめきのようなおだやかさがあった。
「オレこーゆー空気苦手ェ~…外出てっからごゆっくりぃ」
ひらっと薄い手を振ったジオが手っ取り早く窓から抜け出すのを見送って(余程イヤなのだろう)、ソラは再びシスターの目をのぞき込んだ。
「虚に傷つけられた部分を修復します。あなたの悲しみを教えてください」
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