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第二章
44『アンナリーナのファーストキス』
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結局、出発の時間はまた延びた。
彼らは先日魔獣に襲われた時、這々の体で逃げ出したのだが、あの女が自分の荷物を放棄することを絶対に許さなかったので、微々たるものだが生き残った護衛や御者の荷物を棄てて逃げた。
そのため、ある程度の賠償や旅の準備は女の側がすると話がついていたはずなのだが、まるっきり忘れていた……いや、無視していたようだ。
女が、この村で雇った護衛とともに出店で買い物している間に、ザルバは “ 情報交換 ”と言う、あちらの御者の愚痴を聞かされていた。
それでも。
「悪いが俺は、あんたたちの手助けは出来ない。なんとかあんたと護衛の坊やたちのくらいはとも思うんだかな、あの女は駄目だ」
ザルバは、アンナリーナへのあの物言いを許せないでいる。
「俺も組合から押しつけられてほとほと困ってるんだ。
デラガルサの有力者が贔屓にしていたらしくて、何かとうるさいことを言ってくる。
それでも自分は面倒を見る気がないんだ。……ていの良い厄介払いだよ」
アンナリーナへのあの物言いで、あの女の程度が知れる。
「とりあえず、うちの客に近づかないでくれればそれでいい。
じゃあ、頼んだぞ」
振り返るとアンナリーナがフランクを連れて、肉屋の女将と何かを話している。屈託無い笑顔を見せているところを見ると普通の女の子なのだが。
馬車の中に乗客が全員戻って来ても、まだあちらの出発の準備は調わない。
さすがに温厚な客たちも不満が溜まってきたようだ。
ザルバとゲルトは休憩地の事を話し合っている。
「このままでは夜営の中継地に着く頃には暗くなってしまう。
昼まで休憩なしで突っ走るしかなくなる」
「馬は大丈夫なのか?」
「幸か不幸か、1日休みをやれた。
なんとか持つと思う」
「まったく、厄介な女だな」
「だから追ん出されたんだろうよ」
建設的ではない話はここで終わりを告げた。
ザルバたちが深刻な話をしている中、アンナリーナはすでに、初めての馬車の旅に思いを馳せ、浮かれていた。
フランクはザルバの許可を取り馬車の装具のチェックをしている。
ギシリと馬車が軋み誰かが入ってきた気配がした。
誰かが戻ってきたのだろうと気にも留めず、視線を移さなかったのだが。
突然影が差し、顔を上げるとそのまま顎を持ち上げられ、大きな体躯が覆いかぶさってくる。
「へっ?」
そのまま抱きすくめられて、唇に暖かいものが押しつけられた。
突然の暴挙に一瞬、動きの止まったアンナリーナだったが力を入れて押し返す。
そうすると、さらに強く抱きしめてきた男はアンナリーナの唇を軽く食んで、顔を離していった。
「へ、変態男!!」
「リーナ……もう出て行くんだな」
哀しそうに目を伏せているのはアンナリーナのストーカー、ロリコン?変態男のグレイストだ。
「なんて事するのよ!
私、はじめてだったのに!」
人間と唇を触れ合わせたのははじめてだが、厳密に言えば違う。
アンナリーナはこの前にセトとマウストゥマウスのキスをしている。
……トカゲをカウントするものなのか、というのは別にして。
騒ぎを聞きつけてザルバとゲルトが飛び込んできて、フランクもそれに続く。
「俺は今でも真剣だ。
出来るなら結婚したい。
リーナの旅に同行する事も考えたが、もう少し滞在してくれるなら可能……」
「わ~ やめて!!」
ザルバとゲルトとフランクの3人掛かりで、ようやく引き剥がして馬車の外に蹴り出した。
アンナリーナは今頃震えがきて、ザルバがしつこいくらいにフランクを連れ歩くように言った意味がやっとわかった気がする。
「もう、本当……
これでさよならだよ。
ファーストキスの件は、腹が立つけど不問に付してあげる。
もうこれ以上顔を見てたら(首を落としそうで)ヤバいから……
もう行って」
フランクの背に庇われて、アンナリーナは後ろを向いた。
辺境伯から派遣された、門番の隊長とトラブルを起こすのは拙い。
このままグレイストが引いてくれるのを願うばかりだ。
事実グレイストはこの時、アンナリーナが抵抗して暴力を振るってきたら、言いがかりをつけて同行を求めるつもりでいた。
だが、アンナリーナは引っかからなかった……
「リーナ……済まない。
だが俺はこの口づけを一生の思い出として忘れない。
リーナ。旅の無事と幸せを願っている」
暑苦しい男は、最後はあっさりと引き退って行った。
「リーナ、リーナ。
口づけ、はじめてって……」
フランクの方がテンパっている。
だが、アンナリーナは意外なほど落ち着いていた。
これはやはり、前世の環境が影響しているのだろうか。
実はアンナリーナは前世ではファーストキスすら体験した事がなかったのだが。
彼らは先日魔獣に襲われた時、這々の体で逃げ出したのだが、あの女が自分の荷物を放棄することを絶対に許さなかったので、微々たるものだが生き残った護衛や御者の荷物を棄てて逃げた。
そのため、ある程度の賠償や旅の準備は女の側がすると話がついていたはずなのだが、まるっきり忘れていた……いや、無視していたようだ。
女が、この村で雇った護衛とともに出店で買い物している間に、ザルバは “ 情報交換 ”と言う、あちらの御者の愚痴を聞かされていた。
それでも。
「悪いが俺は、あんたたちの手助けは出来ない。なんとかあんたと護衛の坊やたちのくらいはとも思うんだかな、あの女は駄目だ」
ザルバは、アンナリーナへのあの物言いを許せないでいる。
「俺も組合から押しつけられてほとほと困ってるんだ。
デラガルサの有力者が贔屓にしていたらしくて、何かとうるさいことを言ってくる。
それでも自分は面倒を見る気がないんだ。……ていの良い厄介払いだよ」
アンナリーナへのあの物言いで、あの女の程度が知れる。
「とりあえず、うちの客に近づかないでくれればそれでいい。
じゃあ、頼んだぞ」
振り返るとアンナリーナがフランクを連れて、肉屋の女将と何かを話している。屈託無い笑顔を見せているところを見ると普通の女の子なのだが。
馬車の中に乗客が全員戻って来ても、まだあちらの出発の準備は調わない。
さすがに温厚な客たちも不満が溜まってきたようだ。
ザルバとゲルトは休憩地の事を話し合っている。
「このままでは夜営の中継地に着く頃には暗くなってしまう。
昼まで休憩なしで突っ走るしかなくなる」
「馬は大丈夫なのか?」
「幸か不幸か、1日休みをやれた。
なんとか持つと思う」
「まったく、厄介な女だな」
「だから追ん出されたんだろうよ」
建設的ではない話はここで終わりを告げた。
ザルバたちが深刻な話をしている中、アンナリーナはすでに、初めての馬車の旅に思いを馳せ、浮かれていた。
フランクはザルバの許可を取り馬車の装具のチェックをしている。
ギシリと馬車が軋み誰かが入ってきた気配がした。
誰かが戻ってきたのだろうと気にも留めず、視線を移さなかったのだが。
突然影が差し、顔を上げるとそのまま顎を持ち上げられ、大きな体躯が覆いかぶさってくる。
「へっ?」
そのまま抱きすくめられて、唇に暖かいものが押しつけられた。
突然の暴挙に一瞬、動きの止まったアンナリーナだったが力を入れて押し返す。
そうすると、さらに強く抱きしめてきた男はアンナリーナの唇を軽く食んで、顔を離していった。
「へ、変態男!!」
「リーナ……もう出て行くんだな」
哀しそうに目を伏せているのはアンナリーナのストーカー、ロリコン?変態男のグレイストだ。
「なんて事するのよ!
私、はじめてだったのに!」
人間と唇を触れ合わせたのははじめてだが、厳密に言えば違う。
アンナリーナはこの前にセトとマウストゥマウスのキスをしている。
……トカゲをカウントするものなのか、というのは別にして。
騒ぎを聞きつけてザルバとゲルトが飛び込んできて、フランクもそれに続く。
「俺は今でも真剣だ。
出来るなら結婚したい。
リーナの旅に同行する事も考えたが、もう少し滞在してくれるなら可能……」
「わ~ やめて!!」
ザルバとゲルトとフランクの3人掛かりで、ようやく引き剥がして馬車の外に蹴り出した。
アンナリーナは今頃震えがきて、ザルバがしつこいくらいにフランクを連れ歩くように言った意味がやっとわかった気がする。
「もう、本当……
これでさよならだよ。
ファーストキスの件は、腹が立つけど不問に付してあげる。
もうこれ以上顔を見てたら(首を落としそうで)ヤバいから……
もう行って」
フランクの背に庇われて、アンナリーナは後ろを向いた。
辺境伯から派遣された、門番の隊長とトラブルを起こすのは拙い。
このままグレイストが引いてくれるのを願うばかりだ。
事実グレイストはこの時、アンナリーナが抵抗して暴力を振るってきたら、言いがかりをつけて同行を求めるつもりでいた。
だが、アンナリーナは引っかからなかった……
「リーナ……済まない。
だが俺はこの口づけを一生の思い出として忘れない。
リーナ。旅の無事と幸せを願っている」
暑苦しい男は、最後はあっさりと引き退って行った。
「リーナ、リーナ。
口づけ、はじめてって……」
フランクの方がテンパっている。
だが、アンナリーナは意外なほど落ち着いていた。
これはやはり、前世の環境が影響しているのだろうか。
実はアンナリーナは前世ではファーストキスすら体験した事がなかったのだが。
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