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第三章

15『エメラルダとテント』

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「ねえ、本当にいいの?」

 美しく整えられた大人の女の手で、ガラスの小さな鉢に盛られたチョコレートを摘み上げる。
 エメラルダは未だ、この突然降って湧いた幸運が信じられずにいた。

「先ほど言った通りですよ」

 アンナリーナの笑みは、今は心から微笑んでいる。

「原価的には大したものでもないし、何よりも私に益があるのです」

 言葉は悪いが人体で実験できるのだ。
 材料さえあれば大した手間でもないポーションなどいくらでも進呈する。
 体力ポーションの方もデータが欲しい……クランとやらの、もう少しまともな体力値の人間をモニターにしたい。

「そうなの……?
 でも、なんか気が咎めるわ。
 私たちに出来ることがあれば言ってね」

「そうですね。
 そのうち、お願いします」

「それとね、リーナちゃん、このテントの事だけど……
 わたしにも作ってくれないかしら」

 これは一応魔導具なのだが、すべてをアンナリーナの魔力で補っている。

「ん~ごめんなさい。
 エメラルダさんの魔力では無理です。
 魔石に置き換えるとなると、最高品質のものでも数十個要りますね。
 アーネストさんの魔力でも足りませんよ」

 机に突っ伏していたアーネストがこちらを見たので釘を刺す。

「それに、仮にこれを外で展開するとして結界が必要ですよ。
 ……ああ、そうか、そっちはアナログでいいのか」

 ブツブツ呟いているアンナリーナを魔法職の2人は怪訝そうに見ている。

「わたしは元々魔導具職人ではないのですが」

 立ち上がったアンナリーナは、居間の空いたスペースにテントをもうひと張り取り出して展開する。

「これは以前私が使っていたプロトタイプの予備です。
 少し中を見てもらえますか?」

 こちらも見た目、何の変哲もない普通のテント。だが、入り口を開けて中を見ると、その違いがわかる。
 今いる場所が豪華すぎて驚きが少ないが、そのテントの中も天井が高く、テオドールでも立って普通に動けるだろう。
 7.4㎡(四畳半)の広さはたしかに異空間魔法で広げられていて、もしこのテントがあれば、夜営がずいぶんと楽になる。

「これなら、それなりのお値段でお譲りしてもいいですよ。
 魔力も多分足りると思いますし」

 今の貯蓄で足りるか?
 例え、クランに借金しても手に入れたい。この機会を逃せば二度と手に入らないだろう。
 酔いの吹っ飛んだエメラルダの頭の中で、もう答えは決まっている。

「基本、この中にあるものは一緒にたたんで収納できます。
 私はベッド代わりのマットレスと寝具、あと机と椅子とか、携帯用魔導コンロとか置いてましたよ」

「ぜひ購入させていただきたいわ。
 おいくらで譲ってくださる?」

「その前に、私はこの話をあなたたちのクランに持って行きたいと思っています」

「クランに? どういう事?」

「ねえテオドールさん、どう思います?」

「まあ、どっちにしても今回の件は上に報告しなきゃなんないだろうな」

 1人でデキャンタ1本空けた男は頬杖をついてこちらを見ている。

「そうかしら……」

「当たり前だろうが」

 エメラルダが拗ねたように目を眇める。横でアーネストが宥めにかかっていた。

「そしてこのテント、ひとつかふたつか、今のところの数はわからないですけど、皆さんで競って欲しいのです」

 テオドールはここで、アンナリーナが案外腹黒い性格をしている事に気づいた。

「わたしには値段が決められないので、皆さんに決めて頂こうと。
 もちろん最低価格は決めさせていただきますね」

「わかった。クランマスターには俺が話を通そう。
 明日にでもクランに来てくれないか?」

 だがアンナリーナはかぶりを振る。

「明日からしばらくは調薬しようと思っているので。
 皆さんと連絡をとるのはどうしたらいいのでしょうか?」

「ギルドで尋ねてくれたら連絡つくようにしておく。
 よろしく頼むな、リーナちゃん」

「こちらこそよろしくお願いします」

 テオドールがついぞ見たこともない優雅な礼に目を見張る。
 この時の彼は、アンナリーナが見かけよりもずっと歳のいった、エルフか何かかと疑っていた。
 まさか14才の身体に30代後半の女が入っているとは思わなかったのだろう。


 この後は、良い気分に酔っ払った大人たちの世話をして夜は更けていった。
 もちろんアンナリーナが、3人のステータスを舐めるように看破していたことも付け加えよう。
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