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婚約破棄は突然に
しおりを挟む「ウィリアム様、婚約破棄とはいったいどういうことですか?」
「言葉の通りだが。エリザベス、君との婚約を破棄し、隣に座るマリアと婚約すると言っている」
見知らぬ女の腰を抱き、颯爽と現れた婚約者を目にとめた瞬間から嫌な予感はしていたのだ。滅多にない婚約者との公式的な逢瀬ですら逃げ出すウィリアムが、自身の私室へとエリザベスを呼び出す事自体、本来であれば有り得ない。
(届けられた手紙を鵜呑みにして、意気揚々と登城した私は大馬鹿者ね。彼の性格は嫌と言うほどわかっていたのに)
ベイカー公爵家の娘であるエリザベスと第二王子ウィリアムとの婚約が成立したのは、エリザベスが十歳の時だった。
王城で開かれたガーデンパーティ、未来の旦那様として紹介されたウィリアムを見て、エリザベスの心に衝撃が走った。
陽の光を受け黄金色に輝く御髪に、晴れわたる空を思わせる水色の瞳。優雅に手を差し出すウィリアムの笑顔を見た瞬間、エリザベスは恋に落ちた。そして、手の甲に親愛のキスを落とされ、エリザベスの世界が変わった。
ウィリアムこそが、探し求めていた『彼』なのだと。
ウィリアムの一挙手一投足に夢中になった。第二王子である彼にふさわしい令嬢となるための努力をエリザベスが惜しむ事はなかった。探し求めていた『彼』と結婚できるという事実の上には荊の道ですら苦にならなかった。それなのに、それなのに――
「ウィリアム様、ご冗談でしょう。私をからかって遊んでいるだけでございましょう? あっ、わかりましたわ。側妃様にお小言を言われましたのね。問題ございません。私が上手く取り成しますので」
「エリザベス、君は何か勘違いをしていないか? 今回の婚約破棄に関しては母も承知している。もちろん王である父もだ。君との婚約破棄は王家としての総意であるということなのだよ」
「そんな、まさか……、あり得ませんわ。ウィリアム様と私との結婚は、貴族家の均衡を保つためのものでもあります。四大公爵家の均衡を破るおつもりですか、王家は」
ウィリアムとの婚約は、正妃派と側妃派の均衡を保つために王家がベイカー公爵家へ打診したものだった。
エリザベスの住むグルテンブルク王国には、絶対的な権力を有する四大公爵家が存在する。正妃生家のシュバイン公爵家と側妃生家のロザンヌ公爵家。そして、中立を保つ王妹殿下が降嫁したレッシュ公爵家とエリザベス生家のベイカー公爵家。
この四大公爵家は良くも悪くもお互いを牽制し合い均衡を保ってきたが、正妃腹であるカインが生まれ、その数年後に側妃腹であるウィリアムが生まれ、状況は一変した。
次期国王候補を輩出したシュバイン公爵家とロザンヌ公爵家をバックに、貴族の勢力図が王太子派と第二王子派とで真っ二つに分かれる事態へと陥ったのだ。その後、絶妙なバランスを保って来た正妃派と側妃派だったが、それぞれの王子が成長するにつれ目立ち始めた能力の差に、均衡が崩れ始めた。
カインの優秀さに、王太子派へと移っていく貴族達。それを察知した第二王子派は、側妃を介し王へと圧力をかけ、当時公爵家の中で唯一娘がいたベイカー公爵家のエリザベスと第二王子ウィリアムとの婚約を成立させたのである。
「四大公爵家の均衡と言ったって、次期王は兄上に決まったも同然の世で、何が起こると言うのさ。第二王子の俺は、兄上のスペアのような存在だろう。それなのに王子って言うだけで、自由に生きることも出来ない囚われの人生なんだ。結婚くらい愛する女性とさせてもらうよ」
「――愛する女性と言うのは、お隣に座るそちらの方でいらっしゃいますか?」
思いのほか低く響いたエリザベスの声に、ウィリアムの腕に手を絡め、ピタリと寄り添っていたピンクブロンドの髪の令嬢の肩が震える。おびえたようにエリザベスを見やる碧色の瞳には薄ら涙が盛り上がっていた。
なんとも庇護欲をそそる光景に、エリザベスの臓腑が煮え繰り返る。さしずめ、彼らにとってのエリザベスは悪なのだろう。今にも泣き出しそうなピンクブロンド髪の女の様子を認めた殿下が、憎悪の感情も顕にエリザベスをにらむ。
(泣きたいのは私の方よ)
心の中で荒れ狂う感情を抑え、冷静に諭さねばならない。まだ、希望を失う訳にはいかないのだから。
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