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ベイカー公爵視点 ①

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 半年前に届いた書簡を見つめ、豪奢ごうしゃな椅子に深く腰掛けたベイカー公爵は、大きなため息をついた。

『――我が息子、ハインツ・シュバインと、貴殿のご息女エリザベス・ベイカー嬢との婚約を打診したい』

 なぜ、よりによってハインツ・シュバインなのだ。

 あの政治に疎いシュバイン公爵といえども、我が国では公爵家同士の結婚は認められていないのは承知のはず。なのに、こんな書簡を送りつけて来るあたり、何を企んでいるのやら。

 いいや、違うな。領地に引っ込んで滅多に社交界に姿を見せん公爵が、こんな大それた事を我が公爵家に仕掛けて来るとは思えん。

 裏で糸を引いているのは、ハインツか。

 毎日のように顔を合わせている次期宰相候補の澄ました顔を思い出し嫌な気分になる。

 次期宰相候補にして王太子殿下の右腕。奴が仕事を放棄すれば、この国の中枢は回らなくなるとまで言わしめる人物。若干二十五歳にして、陛下からも一目おかれる人物など、グルテンブルク王国には二人としていない。

(そんな男が、なぜエリザベスとの婚約など打診して来た?)

 もう一度、手元の書簡を見つめ思案する。

 この書簡は、シュバイン公爵からの打診となっている。つまりは、正式な婚約の打診と言う事だ。

 もし仮に公爵家同士の婚約が可能だとしても、婚姻を王家が許すとは到底思えない。

 二大公爵家が姻戚関係を結ぶと言う事は、王家にも匹敵する力を得るに等しい。それ程までに四大公爵家の持つ財力、権力は大きいのだ。

 だからこそ、暗黙の了解として公爵家同士の婚姻は御法度とされている。過去を振り返っても公爵家同士の婚姻は成されていない。

(あの慣習をハインツは破ろうと言うのか? その裏に潜む思惑が全くわからん)

 この書簡が届いてから、あらゆる手段を使い探って来たが、決定打となる情報は何ひとつ手に出来なかった。

 ウィリアム王子との婚約が破棄された今、第二王子派ともくされていたベイカー公爵家は、第二王子派を見限ると誰しもが考える。そんな時に、エリザベスとハインツの婚約話など昇ろうものなら、王太子派は一気に求心力を増す。

 中立を保つベイカー公爵家と王太子派筆頭のシュバイン公爵家が手を組んだと思うのが妥当だ。

 第二王子派から王太子派へと流れる貴族が出るのは致し方ないが、中立派まで動くとなると、貴族社会の均衡が崩れる。

(あの野心家の側妃が、それを許すとも思えんが……。まぁ、情勢は大きく動くな)

「父上、何だか楽しそうですね」

「あぁ、リドルか」

 執務室へと入って来た息子を認め、鷹揚おうように頷く。

「今日は、確かハインツ殿が来る日でしたね。エリザベスとの婚約の件、返事をなさるのですか?」

 直近の重要案件を思い出し臓腑が重くなる。

「そうだな。半年、のらりくらりかわしてきたが、そろそろ限界だ。ヤツを怒らせるのも得策ではないしな」

「俺は、エリザベスを政略の駒にするのは反対です。ウィリアム王子との一件で傷ついたエリザベスが、今度はハインツ殿の思惑に利用されるなど許せない」

「まぁ、そう怒るな。私も、エリザベスを政略の駒にするつもりはない。あの娘には、母親の分も幸せになってもらいたいんだ。出来れば、好いた男と一緒にしてやりたい。ただな、ハインツをないがしろにする訳にもいかん。ヤツの影響力を考えると無碍むげにも出来ん。ひとまずは、今日の会談でハインツの真意を探る他ないな」

「そうですね……」

 エリザベスの幸せを願う男達のため息が部屋にこだました。





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