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追いつめられる

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「寝られなかった……」

 ボソっとつぶやいたエリザベスの言葉が暗い部屋に虚しく響き散っていく。

 ハインツの部屋を逃げ出し私室のベッドへ潜り込んだエリザベスだったが、その後寝られるはずもなく一夜を明かした。

 布団に潜り込み、止めどなく流れる涙をどうする事も出来ず、ただただ震えることしか出来なかったエリザベス。

(ハインツ様は、どうしてキスなんてしたの?)

 その疑問が今もエリザベスの頭をグルグルと回り続けている。

 いつもの揶揄いの延長だったとしても度が過ぎている。それに、そんな幼稚な行動をとる男でない事はエリザベスも分かっていた。

(もう、考えるのはやめよう。今は、ホスト役という大任がある。ハインツ様に振り回され、失敗すればそれこそ一生の恥だわ)

 暗い部屋でウジウジと考えているから、昨晩の事ばかり頭に浮かぶのだ。

 陽の光を浴びて、爽やかな空気を吸えばスッキリする。

 布団を跳ねのけ起きあがったエリザベスは、スタスタと窓へ近づき勢いよくカーテンを開けた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


(あぁぁ、イライラする!)

 朝食を終え、アイリスとミランダとお茶をするべく、庭園のガゼボへと来たエリザベスだったが、ハインツのすまし顔がグルグルと脳裏を巡り、怒り心頭となっていた。

 陽の光が燦々さんさんと差しこむダイニングに置かれた長テーブル。対面に座ったハインツと目が合うこと数回、その度にドギマギしていたのはエリザベスだけだった。

 そう思うと腹が立って仕方がない。

(どうせ、昨晩寝られなかったのも私だけなんでしょうね!)

 夜中に男性の部屋に侵入した自分が全て悪いのはわかっている。ただ、先に手を出したのはハインツだ。しかも、キスする必要性はこれっぽっちもない。

 キス……

 指先で唇をなぞると、ジンとした痺れが走る。

 エリザベスは、キスをされるのも初めてだったのだ。

「エリザベス様、大丈夫ですか? お顔が真っ赤ですわ」

「へっ?」

「そうですわ。まだ、体調が優れませんの? 朝食の席でも終始落ち着かない様子でしたし、心配ですわ」

「あっ、いいえ、アレは……その……」

「今だって、うわの空と言いますか、ぼーっとされていますし、体調が優れないようならお部屋でお休みになられた方がよろしいかと思いますわ」

 お二人にいらない心配をかけてしまった。これも全てハインツが悪い。

 昨晩の自身の行いを棚に上げ、奴に責任転嫁しなければやっていられない。

「……アイリス様、ミランダ様、申し訳ありません。私からお誘いしましたのに、心配をおかけして。体調はもうすっかり戻っておりますの。ただ、昨晩寝られず、少し寝不足と言いますか」

「あら! では、尚更お休みになられた方が」

「ご心配ありがとうございます。でも、皆様と話したい欲求の方が強いわ。だって、半年ぶりですもの。ダメかしら?」

「ダメだなんて。エリザベス様の体調が問題ないのでしたら、ぜひこのままお茶会を続けたいですわ。ねぇミランダ」

「えぇ、半年ぶりですもの。積もる話もありますし」

「なら、続けましょう」

「「えぇ」」

 何とか丸め込めたかしら……

 二人に朝食の席での不審行動の理由を知られる訳にはいかないのだ。

 まかり間違って、昨晩の夜這いが知られたら、エリザベスの公爵令嬢としての生命は絶たれる。

 今度こそ嫁のもらい手なしと修道院へ入れられるのは確実だ。

(ちょっと待って……。もしかしなくても、ハインツ様に弱味を握られている状況ではないの!?)

 ハインツがキスをした理由は、夜這いをした事を忘れさせないため。エリザベスの弱味を握ったぞと脅しをかけたのだとしたら。

 昨晩の事をハインツがカイルやルイに話したら、エリザベスの地に落ちた名声は、さらに悪くなる。

 今更ながら気づいた事実にエリザベスの顔が青ざめた。

「アイリス様、ミランダ様! あの、カイル様とルイ様から、何か聞いておりませんか?」

「え? 何かとは?」

「えっと、ハインツ様の事や私の事というか……」

 首を傾げ、思案顔の二人を見て、エリザベスみずから墓穴をほった事に気づくが、後の祭りだ。

(もう! 自分から、昨晩の出来事を掘り返して何しているのよ)

「あっ! いいえ、違いますの。えっと、えっと……なぜ、ハインツ様が皆様と一緒にベイカー公爵領に来られる事になったのかと思いまして」

「そうですわよね。私は何も聞いていませんけど、ミランダ何か聞いている?」

「私も詳しくはわかりませんが、今回の訪問はハインツ様からカイル様へ打診があったものと伺っていますわ」

「私もそうよ。ハインツ様からルイへ、パートナーと一緒にベイカー公爵領へ行かないかと誘いがあったようなの」

 何ですって!? 今回の訪問は、ハインツ様からの打診ですって?

 そんな話、父からの手紙には一切書かれていなかった。

 イレギュラー的にハインツが来ることになったとエリザベスは考えていたが、二人の話では、彼が今回の訪問の発案者ということになる。

(ハインツ様とお父様が、連絡をとっていないわけがないわね)

 今回の婚約破棄騒動で中立派だったベイカー公爵家は第二王子派から距離を置く事になる。

 そしてシュバイン公爵家は王太子派筆頭だ。

(まさか、お父様は子供同士を仲良くさせて、王太子派との繋がりを築くつもりなのかしら? 子供同士の仲は最悪だって知らないとか?)

 シュバイン公爵家との繋がり目的で今回の訪問を計画したのだとしたら、ハインツが来ることをエリザベスに知らせた方が良かっただろう。

 エリザベスが知っていたら、ホスト役として最大限のおもてなしが出来る。知らせない事で被るデメリットの方が大きい。

 事実、イレギュラーで現れたハインツの存在に心乱されたエリザベスは、弱味まで握られている始末だ。

(なぜ、お父様はハインツ様が来ることを教えてくれなかったのかしら?)

 今回の訪問に関して、父とハインツとの間でどんな会話がなされたのかをエリザベスは知らない。

 ただ、その会話の内容がエリザベスに関する事であるのは疑いの余地がない。

(ハインツ様の目的とは、いったい?)

 不意に浮かんだ予感に、エリザベスの心がざわついていた。

 
 




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