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後編

王妃の償い

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 一瞬の沈黙の後、どよめきが議場内に走る。騒つく者たちの中から声をあげる愚か者はいない。皆、固唾を飲み、事の成り行きを見守っている。
 今この場を支配しているのは、王妃である私と、相対する陛下。この先の展開は、陛下も知らぬこと。わずかに見せた驚きの表情が、それを物語っていた。

「ティアナよ。そなたは、被害者であろう? 今の発言が真実であるなら、今回の王妃殺害未遂は、自作自演と言うことになるが?」

「その通りでございます、陛下」

「いえ、違う。違います!! 陛下もご存知ではありませんか! ティアナ様は死にかけ――――」

「黙れ! アリシア。発言を許可した覚えはないと言ったはずだ」

 場内を震わすほどの威圧を放った陛下の怒声に、アリシア様の言葉がそれ以上続くことはなかった。

「……なぜ、そんな事をした? ティアナよ」

「それを貴方様が問いますか? 長年に渡り、王妃であるわたくしを蔑ろにして来た貴方様が……」

 涙は女の武器。使わない手はない。
 嘘泣きは得意だ。ルアンナ以外の侍女には効果テキメンなんだから!

 うっ、うっ……、と声を詰まらせながら紡がれる私の言葉に、場内の雰囲気も変わる。
 事情を察知し同情の目を向ける者たちもいれば、今まで『お飾り』と馬鹿にし、側妃候補をけし掛けてきた者たちは、目を逸らし、火の粉が降り掛からぬよう小さくなる。

「……お飾りと言われ、王妃としての立場は地に落ち……、仕舞いには、側妃をと……、惨めでございました」

「つまりは、側妃問題が動機であると」

「はい……」

「では、なぜアリシアとティアナが共謀することとなったのだ? アリシアは側妃候補筆頭。ティアナにとっては、排除したい相手であろう」

「アリシア嬢から手紙をもらったことがきっかけでした。陛下は、社交界で囁かれている、ある噂をご存知ですか? 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』というものです」

「あぁ、噂程度には知っている」

 嘘つけ。
 噂どころか、ガッツリ手紙まで寄越したくせに。

 目の前のレオン陛下は、素知らぬ顔で動揺すら見せない。それが癪ではあるが、これ以上突っ込んだ話をすると自分の首を絞めかねないので、自粛する。

「その恋のキューピッドを通じて、アリシア様は、わたくしに手紙を寄越しました。そこで知ったのです、バレンシア公爵家の内情を」

「バレンシア公爵家の内情。それは、アリシアの出生に関することか?」

「はい。それもありますが、それ以外にも……。バレンシア公爵家の子息、ルドラ様とアンドレ様についてもです。お二方は、バレンシア公爵の血を継いでおりません」

 議場内に何度目かのどよめきが湧く。

「アリシア様は、わたくしに言いました。このままではバレンシア公爵家は今代で終わってしまう。アリシア様が側妃となれば、未来に血を繋ぐことも叶わない。側妃になる訳にはいかないのだと」

「アリシアが婿を取り、男子を産む他、バレンシア公爵家の存続の道はないか……」

 現状の法律では、現当主と血の繋がりがない者は後継者になることは出来ない。バレンシア公爵家を次代に繋ぐには、アリシア様が婿を取り、男子を産む他、手がない。

「アリシア嬢の話を聞き、私はチャンスだと思いました。『お飾り王妃』と呼ばれる立場を変えるチャンスだと。――――、だからアリシア嬢を騙したのです」

「……騙した?」

「はい。わたくしは、アリシア嬢を騙したのです。陛下であればご存知ですよね。ルザンヌ侯爵家の娘である私の価値を。だからこそ、今まで離縁をしなかった」

 陛下の眉が一瞬ピクリっと動く。しかし、次の瞬間には元の鉄仮面へと戻っていた。

 少しは動揺するのね。『離縁』って言葉に。

 そんなわずかな陛下の変化を嬉しく思っている自分が確かにいる。

「あぁ、肝に銘じている。離縁など絶対にありえん! ルザンヌ侯爵家は国の要。国境を守る最後の砦である。隣国と国交を結んだところで、立場は変わらぬ。二大公爵家と並ぶ地位に今でも座している」

『良く出来ました』と言わんばかりに鳴らした私の拍手がシーンっと静まり返った議場内に響く。

 今、わたくし、とぉっても悪い顔してますわね。
 ザ・悪役王妃って感じかしら。

「そう、わたくしの価値は計り知れないのです。それなのに、陛下ときたら、今までわたくしを蔑ろにし、一部の貴族家の皆さまには『お飾り』と揶揄され、針のむしろのような日々でしたわ。だから謀りましたの。わたくしが死ねば、どうなるでしょうか? 頭の良い皆さまならお分かりになりますでしょ」

 いちように目を逸らす皆々さまを見回し、発言がないことをいい事に、先を続ける。

「アリシア嬢には、こう言いましたの。『協力してくださればルドラ様を次期公爵に、そしてアリシア様を正妃に』と」

「ティアナは死ぬつもりだったのか?」

「まさか、死ぬなんて。世の中には珍しい毒があるのですよ。人を仮死させる毒があるのだとか……」

 口から出まかせだが、まぁ良いだろう。
 そんな毒、この世にないが、私の独白に支配されている議場内で疑う者などいない。

「……逃げたかったのですよ、この窮屈な世界から。王妃という立場から、ただのティアナに戻りたかった」

 本心だ。
 ただ、それが間違いだと分かった。
 だからこそ、今、この場に立っている。

「まぁ、量を間違えまして死にかけましたが」

「では、始めからアリシアを騙すつもりで利用していたと、認めるのだな?」

「えぇ、そうです。もちろん、アリシア様の願いなど叶えるつもりなんてなかったわ。ただ、死にかけて、自分の中で何かが変わったの。いつか私の企みは露見し罰せられることになる。だったら、自らの手でお飾りの立場くらい払拭させてやろうじゃないかと」

 スッと手をあげると、議場内の入り口からルアンナが山と積まれた書類を手に入ってくる。

「ここに、アルザス王国全貴族女性が署名した嘆願書がございます。わたくしは、王妃として、我が国の女性貴族のトップとして、アルザス王国の世襲に関する法律の改変を陛下に嘆願致します」

 ルアンナが前へと進み出て、陛下の眼前へと書類の束を置く。

「アルザス王国での女性の扱いはとても低い。王国中枢への女性の登用はほぼなく、女性が貴族家の後継となることも出来ません。しかも、後継者となるには現当主との血の繋がりを必要とするため、他所で子を成したり、それが元でトラブルになるケースが後をたたない。ここにいらっしゃる方々の中には、後継問題で苦労されている方も多いのではありませんか?」

 右を向けば男子が生まれず平民の愛人との間に子を成し、離婚問題にまで発展している貴族家の当主の顔が見え、左を向けば、夫人と愛人が結託して、当主が家から追い出されそうになっている貴族家の息子の顔まで見える。
 皆一様に、苦い顔をして下を向くあたり、心あたりがあるのだろう。

「バレンシア公爵家の問題も、まさに血による世襲が原因です。この悪制度がなければアリシア嬢も騙されることはなかった。しかも、血による世襲で継ぐ次世代の当主が必ずしも優秀であるとは限りません。我が国に害なす馬鹿が当主になる恐れすらあるのです。わたくしは王妃として、唯一陛下に物申せる者として進言致します。血の世襲の撤廃と、養子、そして女性の後継をお認めください!」

 凛とした声が議場内に響く中、どこからともなく拍手が湧き起こり、私を包む。
 やり遂げた満足感に、心地よい気だるさが身体を包み、足元がフワフワとして落ち着かない。

 私は再度腹に力を入れ姿勢を正すと、未だ言葉を発しない陛下へと、頭を下げる。

「どうか、アリシア嬢に寛大な御心を。そして、わたくしには正しき罰を」

 いつの間にか鳴り止んだ拍手に、静まり返る議場内。皆が陛下の言葉を待っている。

 レオン陛下の愛。
 ずっと追い求めても追い求めても得られなかった愛。
 だから、期待するのをやめた。そして、逃げた。
 でも、今はそれが間違いだったとわかる。
 
 ずっと、そばで見守ってくれていた。
 ずっと、陰で支えてくれていた。
 ずっと、愛されていた。

 レオン様は、きっとくれる。私の欲っする応えを。

「では、処分を言い渡す。ティアナ、アリシア両名を三ヶ月の謹慎処分とする。――――今まで、すまなかったな、ティアナ。これからもアルザス国王妃として、我を支えてくれ」

「ありがたき幸せ。謹んでお受け致します」

 我が国の最敬礼、洗練されたカーテシーを披露し、姿勢を正すと真っ直ぐに前を見すえる。

 そこには、お飾りと揶揄された王妃の姿は、もうなかった。
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