理想的な夫婦

カラスヤマ

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⑭奇跡

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悪者退治がパパの予想より早く終わると、暇な時間が私には残る。私の部屋にある暇潰しの道具は、お人形と本が一冊だけ。

あっ! 

お菓子の残りが少ないから、大事に食べなきゃ……。パパにまた頼まないといけない。

私は、チョコ味の飴を舐めながら、何度も読んだ本をまた最初から読み始めた。主人公の女の子が、無人島で暮らす話。でも、なぜか最後の数枚が破られていた。だから女の子が青い海を見つめ、何かを言おうとしている場面で話は終わっていた。


『………』


本を閉じ、私は真っ白な床に寝転がった。手足をバタバタ動かす。海で泳ぐフリ。

海ーーー。

見たことない。きっと、私の想像を越えたもの。


『海……見たいなぁ』


パパは、この部屋から出ることを絶対に許さない。だから私は、死ぬまでこの部屋にいるしかない。その事を考えると胸が痛くなった。たまに目から涙も出る。


これって、体の病気かな? 


今度パパに言って、お医者さんに診てもらわないと。

『……………』


天井には、黒いスピーカーとこの部屋の空気を浄化する装置が設置されている。
部屋の前方には、鉄の扉。本気を出せば、あの扉くらい破壊出来そう。破壊したら、外の世界を見れる。

ねぇ…パパ………。

本当に外の世界は危険なの? 

『はぁ……はぁ…』

気づいたら、私は鉄の扉を破壊して、白い部屋を裸足で飛び出していた。


ビーーーーーーーッ!!

ビーーーーーーッ!!



今まで聞いたことのない不快な音が、頭に響いた。天井に設置されたスピーカーから、パパの声が聞こえる。足音も。


『パパ……ごめんなさい』

「早く部屋に戻りなさい」

『あの部屋には戻りたくない』

「今すぐ戻れっ!!」

『……戻り…た…く……ない………』

「お前は、俺の言う通りにしていればいいんだ!  あの部屋に戻らず、このまま逃げ続ければ、俺達はお前を殺さないといけないんだぞ!!」

『………………』

耳を塞いで、裸足で走り続けた。

はぁ………。

はぁ……………。


出口はどこ?

迷路みたいで……分からないよ。

分からない……。

どうしよう……。


『はぁ…はぁ……はぁ…』


狭い通路の角を曲がると、男の人が立っていた。

「もしかして、この警報の犯人はキミ?   初日から大忙しなんだけど。こんなに夜間警備って大変だったんだ」

『……私を殺すの?』

「すごいっ!  頭に直接、キミの声が響く。いやいや、僕はただの警備員だよ。人殺しじゃない。キミを捕まえるだけ。手荒なことはしたくないから抵抗しないでよ」


『お願いします。私の邪魔をしないでください。お願いします。お願いします。外の世界……見たいだけなんです』

「…………………」

私を追ってきたパパとその仲間に通路の前後を囲まれた。もう私に逃げ場はない。

「キミさぁ……今、何か持ってる?」

『………』

「ここから逃げたいんでしょ?  だったら、僕が手伝うよ。でもさすがにタダってわけにはいかないからさ」

私は、左右両方のポケットの中を探った。最後の一個。後で舐めようと思っていたチョコ味の飴が出てきた。それを男に震えながら手渡した。

「うん!  これで大丈夫だよ。その腫れた足じゃ、もう走れないよな~」

そう言うと、私をおんぶした。

「お前、いったい何してる?  早くそいつを俺達に渡せ。そして、お前は持ち場に戻れ」

「嫌です。僕は、この子を外の世界に連れていきます。絶対に」

「そうか。……………分かった。じゃあ、その出来損ないと一緒に死ね」

『…………やっぱり…わたし』

「大丈夫だって!  だから少しの間、目を閉じてて」

パパ達の怒鳴り声と無数のバンバンバン。
血と煙の臭い。激しく揺れる体。
初めて感じた人間の温かさ。

…………………………………。
…………………………。
…………………。

何でもする。だから最後に一度だけ。

お願い。

奇跡よ。

私達を外にーーー。
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