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婚活アプリで出会ったのは、カウンセリング相手でした
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僕は婚活中だった。
結婚を見据えた真剣な出会いを求め、婚活マッチングアプリを駆使していた。
それなりに必死なのだ。周囲の友達も半分くらい結婚したし、そろそろ親からも「孫の顔が見たい」なんて言われ始めている。
アプリでの戦い方はそれなり心得ているつもりだ。
アプリ登録したての女性に素早くアプローチして、まだ駆け引きに慣れていないうちに初回デートの約束を取り付ける作戦だ。
長く使っている女性はプロだ。引く手あまたでスペックの高い男を吟味する余裕がある。
だから婚活新人女性にターゲットを絞り、マッチングしたら即メッセージ!即デートの約束!これが必勝法だ。
ライバルが目を付ける前に先手必勝だ!
今回のお相手は、25歳の清楚系美女の綾子さんだった。
写真で見る限り長い黒髪にほっそりとした体型、笑顔が爽やかで、上品。
いかにも「いい奥さん」になってくれそうな雰囲気だ。
彼女がアプリを始めてわずか2日目でマッチングしたのは我ながら上出来。そこから毎日メッセージやり取りして初回デートにこぎ着けた。レスポンスもいいから好感触。先手必勝の成功例だ。
初回デートは横浜のオシャレな洋食店に決めた。スタンダードこそ最善。
昼間に軽く食事をし、上手く行けばその後はカフェで会話を楽しむという完璧なプラン。
初回は警戒心を与えないために昼に会ってそんなに引っ張らずにお開き。気が合えば2回目は夜ご飯に誘うのが定石だ。
レストランでの会話はいたって普通。
「休みの日は何をしているんですか?」
「映画を観るのが好きです」
「へえ、どんなジャンルですか?」
「サスペンスとかミステリーが多いですね」
「おお、意外。もっと恋愛映画とか観てそうな雰囲気だから」
「あはは、そう言われますけど、意外と刺激を求めてるのかも」
笑顔もかわいらしい。順調だ。
もう少し話せる雰囲気なのでプラン通り食後に近くのカフェに誘った。
綾子さんは快く応じてくれた。
カフェでは、ちょっと踏み込んだ話ができた。
綾子さんがアプリに登録した理由を話してくれた。
「実は、2週間前に同棲していた彼氏と別れたばかりなんです」
なるほど。想定内だ。
それなら元カレを過剰に否定せず、それでいて元カレとは違う僕の優位性をうまくアピールできればスムーズに交際できる可能性がある。
「3年以上付き合っていて、このまま結婚すると思ってたんですけど…」
「同棲までしてたのに別れちゃったんですね…」
「はい。でも、些細な行き違いから別れちゃって」
「それは、辛かったですね…」
綾子さんは目を潤ませた。
「あの…泣いちゃってごめんなさい。周りから見たら私が泣かされてるみたいですよね」
「いやいや、全然!あの、ティッシュいる?」
「ありがとうございます…ハンカチあるので大丈夫です」
まさか初回デートで涙を見るとは思わなかった。
他のカフェ客がチラチラとこちらを見ている。
綾子さんが俯きながら必死で笑顔を作りながらも、ハンカチで目頭を押さえている。
完全に「彼氏にひどいこと言われてる可哀想な女性」と「泣かせたひどい男」の構図だ。
こうなると僕は綾子さんの相談に乗るしかない。
しかも涙を拭う彼女の姿が不覚にも美しいと感じる。
ここで僕が話を聞いてあげないと壊れてしまいそうな儚さすら感じる。
「でも、彼をこれ以上追いかけても仕方ないし、新生活を始めたほうがきっとスッキリするよ」
「そうですね…引っ越し先、どうしようかな」
「そうだ、一人暮らしにおすすめの街と言ったら…」
話しているうちに綾子さんの表情が和らいできた。
帰る頃には笑顔が戻っていた。
「今日は本当にありがとうございました。また今度会いましょう。」
いきなり泣かれたときはドキッとしたけど、結果的にはいい感じの流れだ。
彼女の引っ越しが落ち着いたら2回目のデートをすることを約束した。
2週間後、2回目のデート。
それまでもメッセージのやりとりで引っ越しの相談をしたり、励ましていた。
今この世界で彼女を支えているのが僕一人だけだという自負さえ生まれかけていた。
今度は夜に約束して、オシャレなカフェバーに誘った。
前回の涙を引きずらず、明るい雰囲気で距離を縮める計画だ。
店に現れた綾子さんは、前回とは見違えるほど元気そうだった。
「引っ越しが終わったら、気分が一新しました!」
「それは良かった!」
「なんであんなに落ち込んでたんだろうって思うくらい、スッキリしてます」
…明るいのはいいことだが、なんかちょっと予想外だ。
「今は、彼氏がいない自由を謳歌してます!」
「え、えっと…それは…」
「新しい部屋も快適だし、一人って最高ですね!」
「…結婚を急ぐ気持ちもなくなっちゃって。しばらくは自由でいたいです!婚活アプリも退会する予定です。」
僕の婚活のもくろみは、ここで狂ってきた。
彼女の曇りのない笑顔がまぶしい。
「なんだか、あなたに話を聞いてもらってスッキリしたんです!
今日はそのお礼だけ言いたくて。ありがとうございます!」
「え、あ…うん。そっか、良かった…」
僕は、ただのカウンセラーだったのだろうか。
「じゃあ、今日はありがとう!お元気で!」
綾子さんは満面の笑みで去って行った。
僕は、一人バーに取り残された。
静かに、カクテルを一気に飲み干した。
アプリから綾子さんのアカウントがもう消えていた。
まだ、婚活の道のりは長そうだ。
結婚を見据えた真剣な出会いを求め、婚活マッチングアプリを駆使していた。
それなりに必死なのだ。周囲の友達も半分くらい結婚したし、そろそろ親からも「孫の顔が見たい」なんて言われ始めている。
アプリでの戦い方はそれなり心得ているつもりだ。
アプリ登録したての女性に素早くアプローチして、まだ駆け引きに慣れていないうちに初回デートの約束を取り付ける作戦だ。
長く使っている女性はプロだ。引く手あまたでスペックの高い男を吟味する余裕がある。
だから婚活新人女性にターゲットを絞り、マッチングしたら即メッセージ!即デートの約束!これが必勝法だ。
ライバルが目を付ける前に先手必勝だ!
今回のお相手は、25歳の清楚系美女の綾子さんだった。
写真で見る限り長い黒髪にほっそりとした体型、笑顔が爽やかで、上品。
いかにも「いい奥さん」になってくれそうな雰囲気だ。
彼女がアプリを始めてわずか2日目でマッチングしたのは我ながら上出来。そこから毎日メッセージやり取りして初回デートにこぎ着けた。レスポンスもいいから好感触。先手必勝の成功例だ。
初回デートは横浜のオシャレな洋食店に決めた。スタンダードこそ最善。
昼間に軽く食事をし、上手く行けばその後はカフェで会話を楽しむという完璧なプラン。
初回は警戒心を与えないために昼に会ってそんなに引っ張らずにお開き。気が合えば2回目は夜ご飯に誘うのが定石だ。
レストランでの会話はいたって普通。
「休みの日は何をしているんですか?」
「映画を観るのが好きです」
「へえ、どんなジャンルですか?」
「サスペンスとかミステリーが多いですね」
「おお、意外。もっと恋愛映画とか観てそうな雰囲気だから」
「あはは、そう言われますけど、意外と刺激を求めてるのかも」
笑顔もかわいらしい。順調だ。
もう少し話せる雰囲気なのでプラン通り食後に近くのカフェに誘った。
綾子さんは快く応じてくれた。
カフェでは、ちょっと踏み込んだ話ができた。
綾子さんがアプリに登録した理由を話してくれた。
「実は、2週間前に同棲していた彼氏と別れたばかりなんです」
なるほど。想定内だ。
それなら元カレを過剰に否定せず、それでいて元カレとは違う僕の優位性をうまくアピールできればスムーズに交際できる可能性がある。
「3年以上付き合っていて、このまま結婚すると思ってたんですけど…」
「同棲までしてたのに別れちゃったんですね…」
「はい。でも、些細な行き違いから別れちゃって」
「それは、辛かったですね…」
綾子さんは目を潤ませた。
「あの…泣いちゃってごめんなさい。周りから見たら私が泣かされてるみたいですよね」
「いやいや、全然!あの、ティッシュいる?」
「ありがとうございます…ハンカチあるので大丈夫です」
まさか初回デートで涙を見るとは思わなかった。
他のカフェ客がチラチラとこちらを見ている。
綾子さんが俯きながら必死で笑顔を作りながらも、ハンカチで目頭を押さえている。
完全に「彼氏にひどいこと言われてる可哀想な女性」と「泣かせたひどい男」の構図だ。
こうなると僕は綾子さんの相談に乗るしかない。
しかも涙を拭う彼女の姿が不覚にも美しいと感じる。
ここで僕が話を聞いてあげないと壊れてしまいそうな儚さすら感じる。
「でも、彼をこれ以上追いかけても仕方ないし、新生活を始めたほうがきっとスッキリするよ」
「そうですね…引っ越し先、どうしようかな」
「そうだ、一人暮らしにおすすめの街と言ったら…」
話しているうちに綾子さんの表情が和らいできた。
帰る頃には笑顔が戻っていた。
「今日は本当にありがとうございました。また今度会いましょう。」
いきなり泣かれたときはドキッとしたけど、結果的にはいい感じの流れだ。
彼女の引っ越しが落ち着いたら2回目のデートをすることを約束した。
2週間後、2回目のデート。
それまでもメッセージのやりとりで引っ越しの相談をしたり、励ましていた。
今この世界で彼女を支えているのが僕一人だけだという自負さえ生まれかけていた。
今度は夜に約束して、オシャレなカフェバーに誘った。
前回の涙を引きずらず、明るい雰囲気で距離を縮める計画だ。
店に現れた綾子さんは、前回とは見違えるほど元気そうだった。
「引っ越しが終わったら、気分が一新しました!」
「それは良かった!」
「なんであんなに落ち込んでたんだろうって思うくらい、スッキリしてます」
…明るいのはいいことだが、なんかちょっと予想外だ。
「今は、彼氏がいない自由を謳歌してます!」
「え、えっと…それは…」
「新しい部屋も快適だし、一人って最高ですね!」
「…結婚を急ぐ気持ちもなくなっちゃって。しばらくは自由でいたいです!婚活アプリも退会する予定です。」
僕の婚活のもくろみは、ここで狂ってきた。
彼女の曇りのない笑顔がまぶしい。
「なんだか、あなたに話を聞いてもらってスッキリしたんです!
今日はそのお礼だけ言いたくて。ありがとうございます!」
「え、あ…うん。そっか、良かった…」
僕は、ただのカウンセラーだったのだろうか。
「じゃあ、今日はありがとう!お元気で!」
綾子さんは満面の笑みで去って行った。
僕は、一人バーに取り残された。
静かに、カクテルを一気に飲み干した。
アプリから綾子さんのアカウントがもう消えていた。
まだ、婚活の道のりは長そうだ。
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