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本編
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しおりを挟む僕の問い掛けに、陛下は即答しなかった。
何やら考え込んでいる様子の陛下を僕たちは黙って見つめる。
ミハイルとマーティンは、陛下の話を聞く内に考えを改めたようで、彼に対する不信感が薄れ、今では何かを期待するような眼差しを向けていた。
(……………………)
二人が陛下のことを信用してくれたのは嬉しいはずなのに、何故か僕は少し面白くないと感じてしまっていた。
この先、協力関係を結ぶのなら、ミハイルたちと陛下の距離が近づくことは悪いことではないとわかっているのに。
(何故、僕は……)
不意に視線を上げた陛下が僕の顔を見る。
目が合った瞬間、ドクン、と心臓が跳ね、彼が真っ先に僕を見てくれたことを嬉しいと思った。
(……え?)
自由市の帰り道で出会ってから今まで、陛下とは何度も顔を合わせて話をしてきた。
もちろん、視線を合わせての会話である。
そのときには全く意識したことがない感情が、今この瞬間、僕の中に芽生えたことに気づいた。
(何故……? どうして? きっかけがわからない……)
あまりにも唐突に芽生えたため、理解が追いつかない。
小説の主人公の立ち位置にいる所為で、何らかの強制力が働いたのだろうか?
報われることはないとわかっていて抱き続けることはできない想い。
陛下の様子からすると、アンネリー皇女がこの国の王妃になる未来が来ることはなさそうに思えるが、僕が彼に選ばれる未来はないはずなので、悲しい結果になることは目に見えている。
恐らくそう遠くはないであろう未来に、僕が唯一できること――彼が僕に望むことは、彼が他の誰かを選んだとき、ただ心からの祝福を贈ることだけ。
(まだ、引き返せる……きっと)
たった今、芽生えたばかりの感情だ。
このまま忘れた方が良い。
陛下のため――この世界のため、不要な感情は捨ててしまおう。
そう考えて、僕は自分の心に蓋をした。
「……エリオット?」
そんなに長く考え込んでいたつもりはなかったが、訝しんでいる様子の陛下から名前を呼ばれて我に返る。
チラッと見えた困ったような彼の表情に胸が騒ぎ、僕は一呼吸置いてから何事もなかったように陛下の顔を見返した。
「何か、心当たりがありましたか?」
「? あぁ、一つ見つけたが……」
陛下は怪訝そうに首を傾げた後にそう言うと、チラリとミハイルたちに目を向け、僅かな逡巡を見せながらもすぐに言葉を続けた。
「グランストーム王家に代々伝わる秘宝の一つに、“聖光石”というものがあるのだが、エリオット、君の知識の中にもあるだろうか?」
「聖光石……ですか? いえ、聞き覚えがありません」
前世の記憶について聞かれているのだと察して、小説の内容を思い返してみたが、どこにも出てきたことがない単語だったので、正直に答える。
「そうか……これは“神からの贈り物”とも呼ばれるとても稀少な魔石の名称なのだが、この世界の魔力には存在しない聖属性を持っているらしい」
「……どういうことですか?」
王家に伝わる秘宝なら、宝物庫に保管されているのだろう。
しかし、陛下が自分で確認したことがないような口振りであったことが引っ掛かり、確認の意味を込めて訊ねてみる。
「今の時代に現存している石がないのだ」
「え? 王家の秘宝なんですよね?」
「あぁ。だが、百年ほど前に消滅したらしく、今は文献が残されているだけで、王城の宝物庫に現物はない」
「魔石が消滅したんですか? 余程のことが起きなければ、魔石が消滅することはないですよね? 誰かが壊したんでしょうか?」
本来なら何度も使い回しができるほど頑丈な魔石が消滅したということが信じ難く、誰かが意図的に壊したのではないかと考えた。
「いや、自然消滅だったそうだ。聖光石には存在するだけで周囲にある呪詛の魔力を吸収し浄化するという性質があるのだが、呪詛の魔力の吸収量と石自体の浄化速度が釣り合わないと、元は白っぽい半透明であった石が、段々と呪詛の色に染まっていき、許容量を超えると砕け散り、そのまま消滅すると言われている。ただし、聖光石に吸収された呪詛が消滅と同時に解放されることはないそうだが……ん? どうしたのだ?」
陛下の説明を聞いていた僕たちは、聞いた内容に驚き、互いの顔を見合わせた。
そんな僕たちを見た陛下が怪訝そうな声を上げる。
「あの、これ……」
ミハイルがおずおずと僕が作った魔道具を差し出す。
彼らは陛下がこの部屋へ来る前に魔道具をしまっていたので、陛下はその存在を知らない。
陛下を呼ぶ直前まで僕たちが確認していた魔道具の魔石に起こった症状が、今、陛下の話した内容と酷似していることに、僕たちは同時に気がついた。
「……これは?」
「僕が作った魔道具です。これに使っている魔石は、父の領地で採掘された光属性の魔石で……この石をよく見ていただけますか?」
「あぁ、わかった。……触れても良いかい?」
陛下はミハイルに訊ね、ミハイルが無言で頷いたのを確認してから魔道具を手に取った。
「白い魔石に、黒い濁り……まさか、これは……」
矯めつ眇めつしながら、じっくりと魔石を確認した陛下の目が驚きに見開かれる。
「先程の話と同じ状態だと思うのですが……どうでしょうか?」
「うむ、私は現物を知らないので断言はできないが……マールグリット伯爵領で採掘されたと言っていたな?」
「はい。これを作ったとき、僕は光属性の魔石のクズ石だと思っていましたが……」
採掘された石は、どれもただの光属性の魔石だと思っていたが、もしかすると聖光石が混ざっていたのかもしれない。
しかし、百年前に消滅して以降、新たな聖光石が宝物庫に収められていなかったのなら、聖光石は自然に発生して、普通に採掘できるようなものではないのではないか、と気づく。
「……これまで、スレンダール皇国やその他の国で、聖光石が発掘されたという記録はない。聖光石が神の贈り物と言われているのは――かつて存在していた聖光石が古の神器が生み出した物だったからだ」
古の神器“聖なる神の祈り”が生み出す物――それはこの世界を維持するために必要とされている物である。
過去のこの世界に何が起こったのかは知らないが、当時、神器はこの世界に聖光石が必要だと判断した。
それがこの世界を救い、これまで守ってきたのであれば――今のこの世界に必要な物は何なのだろう?
この世界にある古の神器は、何かを生み出したのだろうか?
それとも、これから生み出すのか――
(この世界の神器が手元にあれば良いのに……)
そう思わずにはいられなかった。
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