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第一章
01.冷えきった朝、温かい家族
しおりを挟む今日もまた、朝はやって来る――
カトレアの朝は早い。
毎朝、夜明け前に起床して、専属侍女メアリーの手を借り身支度を整えると、足音を忍ばせながら自室を出る。
息を潜め、ひっそりと、冷えきった廊下を歩き、辿り着く先は侍従が暮らす別館であった。
「おはようございます。カトレア様」
カトレアが生まれる前からスノーベル侯爵家に仕えている年嵩の侍従たちから若手の侍従までが、相次いでカトレアに声を掛けていく。
「おはよう、みんな」
カトレアは、僅かに強張っていた頬を緩め、返答した。
「間もなく朝食の支度が整いますので、もうしばらくお待ちいただけますか?」
侍従専用の休憩室の食卓に、次々と料理を配膳しながら、料理長カミールが告げる。
「いつもありがとう。――何か手伝えることはあるかしら?」
忙しなく動き回る侍従たちに、カトレアは声を掛けたが……。
「とんでもない! カトレア様はお席でお待ちください。すぐに給仕が済みますから」
朝食用の紅茶を準備していた若手の侍女に、慌てた様子で首を振られてしまった。
「そう? 遠慮はしなくて良いのよ?」
「いえいえ、遠慮と言いますか……正直に言いますと、カトレア様がご着席してくださらないと、私たちが侍女長に睨まれちゃうんですよぅ……」
侍女はカトレアの耳元に顔を寄せ、泣き真似をしながらこっそりと打ち明ける。
話に挙がった侍女長――エリーゼは、元々はグランシア公爵家に仕えていた侍女で、カトレアの母セレーネ付きの侍女として、セレーネの嫁入りと共にスノーベル侯爵家へ入った最古参の侍女である。
エリーゼは、カトレアが幼い頃には教育係も兼任しており、カトレアに淑女としての在り方、礼儀作法、知識、技術を全て教え込んだ。
それは更に昔、セレーネがグランシア公爵家で教わってきたものと変わらないものであった。
厳しくも優しいエリーゼは、父親から見向きもされないまま育ったカトレアにとって、誰よりも信頼できる心強い味方であり、母のような存在でもある。
また、スノーベル侯爵家の侍従たちは、セレーネの境遇に同情的ではあったが、大切な奥様として尊重する者が多かったので、カトレアも心を開いており、今ではまるで一つの家族のように和気藹々とした関係を築き上げていた。
それはカトレアが求めてやまない理想の家族像で――
「あら……それなら仕方ないわね。では、席に着いて待たせてもらうわ」
カトレアは侍女の軽口に小さく笑うと、同伴していたメアリーに導かれて食卓に着いた。
やがて全ての料理が出揃うと、カトレアは一部の侍従と共に食事を開始する。
本来なら、雇用主の令嬢と侍従が共に食卓を囲むことは許されない。
しかし、ここはスノーベル侯爵邸の本館にある食堂ではなく、侍従専用の別館内の休憩室であり、カトレアは無理を言って使用させてもらっているに過ぎないからと、彼らが同席することを許していた。
何故、スノーベル侯爵家の令嬢であるカトレアが、こんな風に侍従たちに混ざって食事を摂ることになっているのか――それは一ヶ月ほど前、突然身に覚えのない理由で、グレース公爵家子息ライモンドから婚約破棄を突きつけられたことに起因していた。
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