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第一章
00.プロローグ
しおりを挟む三年前、病弱だった母を亡くしたスノーベル侯爵家令嬢カトレアは、母親譲りの美しい容姿に、グロリオーサ王立学園へ入学以来、常に学年首位という優秀な頭脳を兼ね備えていた。
同級生のみならず、上級生にも下級生にも一目を置かれ、彼らの羨望を一身に受ける才色兼備の高嶺の花――それがカトレア・リリー・スノーベルに対する世間の評価である。
いつも冷静沈着で、抑揚のない声で話すこともあって、冷たい印象を抱かれることもあるが、カトレアの本質は真逆であった。
カトレアは内心の動揺を周囲に悟られないよう、必死で取り繕い、淑女の鑑としての理想像を壊さない努力をしているだけのこと。
それは、人生のほとんどを病床で過ごしていた亡母セレーネから教えられた処世術であった。
かつてはグロリオーサ王家の血筋を持っていたと言われるグランシア公爵家の生まれであるセレーネは、己の体調不良を周囲に見せないため、いつも穏やかな微笑みを浮かべ、どんな痛みも苦しみもその笑顔の下に隠し通してきた。
そして、周囲から人がいなくなると、一人密かに涙を流す――そんな母の姿を、カトレアだけが知っていた。
生まれつき病弱だったため、なかなか嫁ぎ先が見つからず、行き遅れと言われる年齢になってようやく決まった、スノーベル侯爵家との婚姻は政略結婚であり、嫁いでも病のせいで床から離れられないセレーネは、針の筵に立たされているような酷い境遇だった。
その上、先代スノーベル侯爵からの強い要望で、命が保たないと言われながらもカトレアを産み、二度と病床から出ることは叶わなかったが、それから十四年もの間、細く長く生き続けた強い母の姿をカトレアは一生忘れないだろう。
父の――夫の裏切りを知りながらも、最期のときまで愛し続けた強い心を、カトレアは忘れないと誓った。
母が生涯をかけて遺してくれた、母が生きた証――生命の花。
カトレアは、自身のことをそう考えている。
だからこそカトレアは、周囲が己を“高嶺の花”と表現することを受け入れ、彼らの期待を裏切らないよう自身を偽っているのだ。
「初めまして、お義姉様」
長年、父の愛人となっていた継母とその連れ子――父の面影を持つ義妹に、大切なものを踏み躙られようとも……。
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