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第一章

11.隠された本音を掬うのは…

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――ガサガサッ

 不意に聞こえた、茂みをかき分けるような音に、カトレアはビクリと体を震わせると、慌ててペンダントを制服の中へとしまい込んだ。

「あぁ、驚かせてしまったかな。ごめんね」

 背後から聞こえた穏やかな声に、即座に声の主が誰かを理解したカトレアは、ピンと背筋を伸ばした。
 そして、小さく深呼吸をしてから振り返ると、静かに目を伏せカーテシーを取る。

「ここには僕しかいないし、ましてや城の中でもないのだから、気を楽にして良いよ」

 凛としながらも柔らかな声音でそう言ったのは、グロリオーサ王国の王太子――アルベルト・ジーニア・グロリオーサだった。
 アルベルトは王立学園高等部の三年生に在籍し、生徒会執行部の会長を担っている。
 カトレアは学年が違うこともあり、直に相対し言葉を交わしたことはなく、周囲の生徒たちが噂する程度のことしか知らない。
 カトレアとは違う意味で一目置かれているアルベルトは、決して他者を寄せ付けず、どんなときも己の信条を貫き通す冷血漢で、誰もが口を揃えて“孤高の王太子”と呼ぶ。
 何故そう呼ばれているのか、その理由をカトレアは知らないが、先程カトレアに対して声を掛けたときのように、穏やかに話す人のことを冷血漢などと表すことはないということは理解している。
 ましてや、自身より身分の低い者に対して、軽い口調で気を楽にして良いなどと言うはずもない。
 カトレアは言葉のままに受け止めて良いものか迷った。
 頭を上げた途端、叱責されるのだろうかと戦々恐々としながら、己の靴先を見下ろす。

「どうしたの? 顔を上げなよ。大丈夫、僕は怒らないよ」

 クスクスと笑いながら告げられて、カトレアは押し隠していた動揺を悟られたのだと気づき、うっすらと頬を染める。

「………………」

 チラッと上目遣いでアルベルトの表情を確認したカトレアは、その表情が声音の通りに穏やかであることに安堵して、ゆっくりと正面から向き直った。

「君は確か、スノーベル侯爵家のカトレア嬢だったね。このような辺鄙へんぴなところで何をしていたんだい?」

 この裏庭は、本校舎を大きく迂回して、教員棟などの別館が立ち並び、迷路のように入り組んでいる裏道を抜けなければ辿り着かない場所である。

「それは……」

 アルベルトの率直な問いに、カトレアはどう答えるか迷った。
 カトレアが今置かれている状況を、アルベルトが知らないはずがないので、下手な誤魔化しは通用しないだろう。
 とはいえ、今の状況を自らの口で説明したいとも思えないカトレアは、適切な答えを探すべく必死で頭を回転させた。
 しかし――

「……ひとりに、なりたくて……」

 思わず零れた偽りのない本音。
 今のカトレアには、どこにも居場所はないのだから、常に独り・・でいるのと変わらない。
 しかし、学園内のどこにいても付きまとう周囲からの視線が煩わしいというのも正直なところだった。
 その結果、誰もいないところへ行きたいと思いながら学園の敷地内を彷徨さまよっていた。

 (どうして正直に言ってしまったの……殿下に話すような内容ではないのに……)

 何故とアルベルトから問われたら、カトレアは答えなくてはならない。
 だけど、こんなみっともない自分をさらけけ出すのは恥ずかしいので、理由は訊かないでほしいと願った。
 
「本当に?」

「え?」

 想像していた問いと異なる問いを投げかけられ、カトレアは思わずアルベルトの顔を凝視した。
 すると、アルベルトも同じようにじっとカトレアを見つめていることに気づき、その何かを見透かすような強い眼差しに、カトレアの心がざわつく。

「本当に、そう思っているの? 違うよね。君は今、誰かに話を聞いてほしいと思っている――そうだろう?」

 アルベルトの青い目が、温かな声が、カトレアの心の奥底にしまってある本当の願いを掬い上げようとする。

「都合の良いことに、今ここには暇を持て余した男がいるのだけれど……どうだろうか? 君の話を聴かせてくれるかい?」

「え……っと、その……」

 どこか迷うように視線を彷徨わせたカトレアに、アルベルトはふと小さく笑った。

「勿論、無理に話せとは言わないよ。そうだな……僕はここで昼寝でもするから、君も自由にしてご覧。ひとりごとでも何でも、ね」

 のんびりとした口調でそう言うや否や、アルベルトは地面にゴロリと寝転がった。

「えっ!?」

 アルベルトの行動にカトレアはギョッとすると、目に見えて狼狽えた。
 それは誰もが知る高嶺の花とは程遠い、素のカトレアの姿である。
 アルベルトは目を閉じ眠ったふりをしながら、薄目でこっそりカトレアの様子を窺って安堵した。

 いつか見た、小さく可憐な花の面影が、今もまだ残っていたことに――
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