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第一章
15.魔法の言葉と黄金の誓い②
しおりを挟むカトレアはこのペンダントを誰かに見せるつもりはなかったが、何故か今はこれを取り出さなければならないような気がした。
カトレアの華奢な掌に載せられた純金製のペンダントは、風に揺れる木々の隙間から差し込む木漏れ日を反射して煌めいた。
そして、その光が一瞬、アルベルトの閉じた瞼を刺激したため、アルベルトはそっと瞼を開き、カトレアの掌の上に視線を向ける。
「っ!!」
「きゃっ!?」
突然ガバッと飛び起きたアルベルトは、無意識にカトレアの手を掴んでいた。
その勢いと行動に驚いたカトレアが小さく悲鳴を上げる。
「あっ、すまない」
アルベルトはパッと手を離し、そのまま挙げて、もう勝手に触れないという意思を見せる。
「い、いえ……大袈裟に驚いてしまって、申し訳ございません」
カトレアは居住まいを正すと頭を下げた。
「いや、悪いのは許可もなく触れてしまった僕の方だ。すまない。それで、その……申し訳ないんだが、そちらのペンダントをよく見せてもらえるだろうか?」
アルベルトは、先程のような穏やかな口調ではなく、少し畏まったようにそう言った。
自然と出たらしいその口調に、カトレアはこちらが本来のアルベルトの口調なのだと悟る。
「はい、どうぞ……お手に取っていただいても構いません」
カトレアは己の首元から鎖を外し、アルベルトへと差し出した――まるで、そうすることが当然だと言うように。
「いや、君の大切なものにベタベタ触れるような無粋な真似はしないよ。ただ、その紋章が僕によく見えるように傾けてくれるかな?」
アルベルトは少し口調を和らげ、そう言った。
カトレアはそんなアルベルトの気遣いをとても嬉しいと感じる。
人々が噂するような冷血漢ではない、温かな心を持つアルベルトの優しさが、手酷い裏切りに遭ったせいで冷え切っていたカトレアの心に染み渡っていった。
「……これで見えますか?」
カトレアは、アルベルトの望む通りにそっと掌を傾けた。
カトレアには、ただの装飾用の意匠に見えていたため、アルベルトがそれを紋章だと言ったことが気になったが、理由を訊くのは烏滸がましいことだと思い口を閉ざした。
「……やはり、これは……」
アルベルトは正面からペンダントの紋章を確認すると考え耽るように黙り込んだ。
その真剣な表情に、カトレアは無意識に固唾を呑む。
(どうしたのかしら……)
「――カトレア嬢」
「は、はい」
しばらく待っていると、突然アルベルトがカトレアの名を呼んだ。
「一つ確認したいのだが、このペンダントが保管されていたのが、先程話していた母君の宝石箱、ということで良いのだろうか?」
「え? あ、はい……そうです、母の宝石箱に入っていました」
カトレアとて、アルベルトが本気で昼寝をしていたとは思っていなかったが、先程の独白を全て聞かれていたのだと認識すると、羞恥心が込み上げてきた。
薄らと頬を染め、肯定するカトレアの姿に、アルベルトは彼女を抱きしめたいという衝動を覚えたが、どうにか理性を総動員させて堪える。
「では、その……言いにくいようなら無理にとは言わないが、その箱がボロボロになったというのは何故だ?」
「え……」
「君が故意に何かをしたわけではないだろう? 君は母君が大切にしているものを壊すような人ではないと、僕は知っている」
アルベルトはきっぱりと断言した。
かつて、病床に伏せる母親への土産として、王宮の庭に咲く美しい花を持って帰りたいと望んだ無垢な少女が、大好きな母親の持ち物を粗末に扱うはずがない――アルベルトはそう確信しているから。
「……その……継母が、装飾に使われている宝石を、全て剥がしてしまって……窓の、外へ……」
箱を捨ててしまったのだと、カトレアは口にすることができなかった。
しかし、アルベルトは話の内容からその先の言葉を推察し、鷹揚に頷いた。
「わかった。もう良いよ。聴かせてくれて、ありがとう」
「い、いえ……つまらない話でお耳汚しをしてしまい、申し訳ありません」
カトレアはアルベルトの気遣いを嬉しく思いながらも、王太子につまらない身の上話を聴かせてしまったことに恐縮した。
「そんなことはない。どんな些細なことであっても、君の話を聴くのは心地よく、とても有意義だった」
「え……?」
「――カトレア嬢。最後に、もう一つだけ訊いても良いだろうか? 今、学園内や街中に広まっている噂について……本当のことを聴かせてほしいんだ」
「っ!!」
カトレアは大きく目を見開くと、唇を戦慄かせた。
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