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第一章
14.魔法の言葉と黄金の誓い①
しおりを挟むカトレアは、アルベルトが宣言通り昼寝を始めてしまうと、戸惑いながらもその隣に腰を下ろした。
これまで侯爵家の娘として――淑女として生きてきて、初めて地面に直接腰を下ろすという行為をしたことに、何とも言えない感慨深さを覚えた。
一月前、コツコツと集めてきた衣装や装飾品を全て失い、ほぼ一日中、学園の制服を身に纏って生活しているカトレアは、この制服をこれまで以上に大切に扱ってきたので、汚してしまうことに気が引けると思っていたが、どうやら違ったようだと気づく。
どこかワクワクするような感覚は、まるで幼児が悪戯をすることを楽しいと感じる心に似ている――カトレアは、今まで一度もそんな気持ちを感じたことがないのに、何故かそう思った。
アルベルトは、そんなカトレアの様子を薄目で窺いながら、ひっそりと微笑む。
(やはり、あの頃から何も変わっていない……)
アルベルトはそう確信すると、薄目で窺うのをやめてしっかりと目を瞑った。
カトレアが少しでも気兼ねなく本心を曝け出せるように。
「……私には、病弱の母がいました」
しばらく沈黙した後、カトレアは静かに語り出した。
今、周囲に噂されているような内容は、アルベルトも承知しているだろうと判断し、カトレアは自らの生い立ちから話すことにした。
これまで、誰にも話したことがない母との思い出も含めて。
「私が物心ついた頃には、母は既に床から出られなくなっていて……」
自分の生い立ち、母との関係、父と継母のこと――義妹のこと。
カトレアは自分が知る限りのことを全て、順を追って丁寧に語った。
「私が三歳か四歳くらいのことだったと思います。たまたま何かの用事で屋敷を訪れた親戚の女性が、病床の母の元へやって来て――」
表向きにはライラは、未婚のままルシアを産み、その父親は結婚前に亡くなったということになっている。
しかし、ルシアの父親はルドルフ以外にはあり得ない。
カトレアの目から見ても、ルシアは己の父――ルドルフとよく似ているから。
この辺りの事情は、口さがない親族が親切心を醸し出してカトレアに聞かせたため、カトレアは幼少の頃から、父が母ではない他の女性を愛していて、その女性との間に生まれた腹違いの妹がいるということを知っていた。
その親族はスノーベル侯爵家の血族であったが、カトレアには通りすがりの赤の他人よりも遠い存在としか思えなかった。
物理的にも心理的にも、その親族たちがカトレアに寄り添うことはなかったから。
幼いカトレアの目の前で、セレーネのことを嘲り、決して自分のものにはならない愛を金で買ったアバズレだと侮辱したから。
その一方で、セレーネの生家であるグランシア公爵家とカトレアは、良好な関係を築いていた。
しかし、ルドルフがグランシア公爵家の存在を疎み、カトレアが彼らと関わることを良しとしなかったため、滅多に会うことはなかったけれど。
カトレアがグランシア公爵と最後に会ったのは、三年前――セレーネの葬儀のときである。
その直後にライラとルシアがスノーベル侯爵家へ入った上、グランシア公爵から幾度となく送られてきたカトレア宛の手紙を、ライラが勝手に処分してしまっていたため、現在は没交渉となっていた。
実のところその手紙には、ルドルフがライラと再婚したのなら、カトレアをグランシア公爵家で引き取りたいという申し出が書かれていたのだが、それがカトレアの手に渡ることがなかったため、カトレアは何も知らない。
ちなみにグランシア公爵は、再三手紙を送っているにも関わらず、一向にカトレアから返信がないことを訝り、様子伺いとしてルドルフ宛にも手紙を出していた。
しかし、ルドルフは己に届いた手紙の封蝋の刻印がグランシア公爵家のものであると判明した時点で、その手紙はないものとして扱い、封を切らずに処分してしまうため、こちらも全く音沙汰がないという状況となっていた。
アルベルトは、グランシア公爵が父王に相談しているのを盗み聞きしていたため、ある程度の事情は察している。
そして、カトレアとライモンドの婚約が破棄された後、カトレアを貶める噂が広まっていることを知ったグランシア公爵が、近々スノーベル侯爵家へ自ら出向こうと計画していることも知っていた。
「……母が亡くなった後、継母と義妹が家にやって来て……お母様の持ち物を、全て捨ててしまいました。私の手元には、お母様の宝石箱しか残っていません。だけど、それも……ボロボロになってしまって……」
カトレアは震える声でそう言うと、己の胸元に手を当てた。
そして――
「私にはもう、これしか残っていないんです……」
純金製のペンダントを取り出した――
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本日(2/3)、21時、23時にも更新予定です。
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