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第一章
30.崩れつつある悪魔の策略②
しおりを挟む[ライモンド視点]
ルシアと共に王都の焼き菓子店プリムラを訪れたライモンドだったが、学園の廊下でルシアと会ったときから、何か拭いきれない違和感を覚えていた。
それは、カトレアが去った後、ルシアの行動が普段と違うように見えたところから始まった――
教室を出てきたルシアが、カトレアを見つけて己の背後に隠れたときは、今まで見てきたルシアと何ら変わらず、カトレアに最近無視されていると弱々しく訴えたルシアを気の毒だとさえ思った。
しかし、その直後、ルシアは突然歩き出し、ライモンドの存在を忘れたかのように猛進していった。
それを追いかけたライモンドは、少し遅れていたこともあって、昇降口に立つカトレアを睨みつけるような眼差しで見ているルシアの表情に気づいた。
そして、体調不良によって帰宅したはずのアルベルトがカトレアのそばにやって来て、二人が立ち去るまでを一瞬たりとも視線を外さずに見ていたルシアの様子が鬼気迫るものであったことに何か不穏なものを感じたのである。
ライモンドは、馬車に乗ってから王都のプリムラに着くまでの間、ルシアがムッツリと黙り込んで考え事をしていて、ライモンドの存在を気に掛けなかったことを良いことに、じっくりとルシアの様子を観察した。
そして、それは、プリムラに着いてからも続いていた――
(やはり、何かがおかしいようだが……一体どういうことなのだろうか……)
ルシアは、己の婚約者であったカトレアとは同い年の義妹で、社交界の噂によると、彼女の実父はルシアが生まれる前に亡くなっているとのことであった。
十四歳になる頃まで、母親の生家であるモストーン子爵家で育ち、心ない者からは父親がいないということで様々な推測がなされ、悪質な噂が流布されていた。
それは、自身も生まれる前のことであったので詳細は不明だが、元々ルシアの母親ライラは、カトレアの父スノーベル侯爵と親密な関係にあったことに起因しているらしい。
ライモンドの両親は、公爵家の人間ということもあって、そういった世間で流れる低俗な噂を真偽問わず語るようなことはしないので、ライモンドは友人たちから聞く程度のことしか知らないが、そういう噂が流布されていることでライラやルシアが肩身の狭い思いをしてきたのであろうことは、ライモンドでさえ想像に難くなかった。
そして、三年前、スノーベル侯爵夫人セレーネが亡くなり、ライラが後妻となった際も、世間は無責任かつ低俗な噂を流布していた。
それは、セレーネが亡くなる前から、スノーベル侯爵ルドルフとライラの不貞があったのではないかというもので、中にはルシアの面立ちがルドルフと似ているから、結婚前の関係がこれまで続いていたのではというものまで、実しやかに広まっていった。
齢十八でしかないライモンドに、大人の男女の機微というものはまだ理解できないが、その噂が事実ならば、セレーネに対する酷い裏切り行為だと思っていた。
しかし、ルシアはそういった心ない噂のせいで、義姉妹になってからずっとカトレアに虐められ、酷く苦しんでいるということを知り、ライモンドはカトレアのことを疑うようになったのだ。
そういった疑念を持ってカトレアに接してみると、カトレアはとても冷徹な人間のように見えてきた。
食事や対話を望むのはいつもライモンドの方からであり、カトレアからライモンドへ声を掛けることはないこと、共にいても微笑みすらしないで相槌を打つばかりであったこと――ライモンドはそういう風に、一つずつ見つけ出し、ルシアの言葉が真実なのだと判断した。
これ以上の婚約関係を続けたところで、カトレアの心がライモンドへ向くことはないだろうと考えた矢先に、ルシアがルドルフからもらったという銀細工の髪留めをカトレアが壊したと知り、ライモンドの中にある正義がカトレアを赦せなくなってしまったのだ。
勿論、心のどこかではカトレアを信じたい気持ちも残っていたが、問い詰めたときのカトレアがあまりにも冷静だったため、しらを切ってやり過ごそうとしているように見えたライモンドは、婚約破棄を突きつけた。
しかし、カトレアはそれでも表情を変えず、ライモンドは悲しいのか悔しいのかよくわからない心境になって、その場からカトレアを追い出し、ルシアをスノーベル侯爵家へ送っていき、自身も帰宅した。
(あのとき、カトレア嬢は言い訳のひとつもしていなかった……)
一月が経ち、冷静になってきたライモンドは、近頃ずっと婚約破棄を突きつけた際のカトレアの姿ばかりを思い出していた。
『そのような事実はございません。何故、そのようなことを仰るのですか?』
淡々としながらも、はっきりと否定したカトレアの姿を――
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