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番外編[第一章]

01.フィリップ・グランシア①

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 現グランシア公爵フィリップとその妹セレーネは、実は兄妹ではなく従兄妹同士である。
 そして、グランシア公爵家が代々秘密裏に受け継いできた、初代グロリオーサ王家の血筋を持つのはフィリップではなく、セレーネであった。
 しかし、セレーネは生まれたときから体が弱く、どれほど生きられるか分からないと、グランシア公爵家が代々世話になってきた主治医でさえ匙を投げてしまったため、セレーネの両親は、ついにこの血筋が途絶えてしまうのかと絶望したという。
 それというのも、代々グランシア公爵家では、初代グロリオーサ国王の娘アマリリスの直系第一子が正式な後継者であると定められているから。
 つまり、セレーネが無事生き永らえ、いずれ成長した暁に子を産まない限り、アマリリスの血筋は途絶えるしか道が残されていないということである。
 セレーネの両親は、当時のグロリオーサ王家へ相談し、国内外問わず名医と評される医者を王都へ招致してもらい、それでも駄目ならばと、セレーネの病状を少しでも軽減させられる者を探すべく、自らの足で世界中を巡った。
 フィリップはセレーネより五歳上だったため、彼らの苦労する姿をしっかり目に焼き付けて、セレーネが無事に生き続けることを幼いながらに祈ってきた。

 そんな折、とうとう無理が祟ってしまったセレーネの母――サナリアが倒れ、その挙句、妻と子を王都に残し一人で世界を巡っていたセレーネの父――ネイサンが、他国の山道で落石事故に巻き込まれて亡くなるという悲しい事態に陥った。
 そして、それを知ったサナリアは気落ちし、ネイサンの後を追うように亡くなってしまったのだ。

 一人残された幼いセレーネを引き取ったのは、サナリアの腹違いの姉夫妻――フィリップの両親だった。
 フィリップの母イリスは、その父――フィリップにとっては祖父に当たる者が、当時グランシア公爵家に仕えていた、成人して間もない年若い侍女と不貞を犯した果てに生まれた。

 当時、結婚して数年が経過しても妻に懐妊の兆候がなく、入婿であったフィリップの祖父は、このまま子が成せなければ離縁されてしまうことになっていた。
 そのため、苦し紛れに思い至ったのが、己に子種がないかもしれないということであった。
 医者に相談する勇気もなく、妻にも言えず、悩んでいたところに新しく入った若い侍女が目についた。――そして、魔が差した。
 もし原因が自分ではなく、妻の側にあるのなら、離縁の話はなくなるかもしれないと、そう考えてしまったのだ。
 その後、程なくして若い侍女の懐妊が判明し、それから間を置かずに妻の懐妊も判明したことで、侍女と妻が相次いで出産をすることになった。
 結局、フィリップの祖父は離縁には至らなかったものの、その後の生涯はずっと肩身の狭い思いをすることになったのである。
 サナリアの母は寛大な心で夫を許し、イリスのこともグランシア公爵家の一員として受け入れ、後にサナリアが生まれても分け隔てなく育てていった。
 その恩を返すべく、イリスはセレーネを引き取り、フィリップの妹として育てることを決めた。
 この一連の事態は、当時の関係者及びグロリオーサ王家のみが把握し、情報共有のため各々の後継者へのみ伝えられ、公然の事実にはなっていない。

「お兄様……お願いがあるのです」

 どうにか病状を安定させつつ、成人年齢を過ぎても尚、生き永らえてきたセレーネが、祖母や母から己の血筋について聞かされて間もない頃のことであった。
 当時のセレーネは、床を出て過ごすことも可能で、調子が良いときは王都まで出掛けることも可能だったため、時折、侍女に付き添われ王都の街を散策することを趣味としていた。
 ただし、外出から帰った後は高確率で発熱することを思えば、セレーネにはあまり外へ出掛けずに屋敷の中で過ごしてほしいとフィリップは願っていたけれど……。
 とはいえ、外出から帰ったセレーネが楽しそうに自分の目で見てきたことを話してくれるので、駄目だと思いつつも許してしまうのは、妹を溺愛する兄のさがと言えるだろう。
 
 ――そんなよくある日常の一つとして、セレーネは神妙な面持ちで語り始めた。

「実は私、お慕いする男性がいるのです」

「は!?」

 思いもよらない告白にフィリップの脳内を色々なことが駆け巡った。
 たまに出掛けることがあるとはいえ、学園にも通えず、ほぼ毎日屋敷で過ごすばかりのセレーネが、一体いつどこで男と知り合う機会があったのか――もしや当家の侍従の中に、病床のセレーネに対して不埒な真似をした愚者がいるのかと、激しい怒りを覚えて頭が沸騰しそうになった。

「あの? お兄様? 何か勘違いをなさっていませんか?」

「え? 勘違い?」

「はい。私はその方とお付き合いをしているとか、その……何かをされたとか、そういうことではなくて。異性として気になっている方、という意味で言ったのです」

「ああ、なるほど……えっ!?」

 セレーネの言葉に怒りを鎮めたものの、最後の言葉の意味を理解して驚くことになった。
 結局のところ、セレーネが異性と出会う機会は、フィリップが最初に想像したものと変わらない。
 ならば一体何処で――と、フィリップの思考は堂々巡りをする。
 
「その、実は、何処のどなたか私にはわからなくて……だから、お兄様に探していただけないかと……」

 セレーネは、頬を薄紅色に染め、フィリップに望みを告げた。

「そう、か……まあ、探すだけなら……」

 フィリップは複雑な心境で応じつつ、一体何処の馬の骨がセレーネの心を掴んだのか、徹底して調べようと決意する。

「本当ですか!? ありがとうございます」

 セレーネの表情が歓喜に満ち、更に紅潮するのを目にしたフィリップが、言葉では上手く言い表せないほど複雑な心境に陥ったのは、本人のみぞ知る。

 ――それは、セレーネが兄離れをし、初めての恋をした日のことであった。
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