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32話「もどる日と、ふえる工夫」
しおりを挟む祭りが終わると、村は少しだけ静かになった。
朝になると、いつもの音が戻ってくる。
鍋が鳴る音。
遠くで鳥が鳴く声。
私はベッドの横に立つ。
足をそろえて背中をのばす。
(……よいしょ)
ぐらっとしない。
息も前より苦しくない。
続けてきたことは、ちゃんとここに残っている。
ちょっとした自信を抱きながら、いつもの場所に向かった。
庭の端でお父さんが薪を割っていた。
私はそんなお父さんを見ながらいつもの棒を手に取る。
私が握りやすいように、お父さんがちょっとだけ整えてくれた私専用の棒。
(……よし)
足を開いて、ぎゅっと握る。
(……まね)
えい。
棒がちょっと傾く。
(……おもい)
腕がぷるっとする。
でも、落とさない。
もう一回。
えい。
今度はちゃんと上がった。
「お」
お父さんが気づいて言う。
「続いてるな」
私は胸を張る。
(……つづいてる)
三回。
四回。
五回。
途中で、腕がじんわり熱くなる。
(……まだ)
最後にぐらっとして、
棒の先が地面に当たった。
こん。
「あ」
でも、私はすぐ立て直す。
(……だいじょうぶ)
お父さんは笑って言った。
「無理はするなよ」
私はこくん、と頷く。
それから、一回……二回……!
と、頑張ったところで棒を元の場所に戻す。
息がはあはあとなったけど、胸の奥はすっきりしていた。
(……できた)
そのあと、手を洗って家に入る。
それから私は机を拭く。
端から端まで。
時間は少しかかるけど、よろよろしないでしっかりできた。
最後に、スプーンとフォークを並べる。
「ありがとう」
お父さんが言う。
その一言がうれしい。
(……やくに、たってる)
***
昼前。
扉の向こうから足音がした。
「こんにちはー」
エルの声。
私は、ぱっと顔を上げる。
「……える」
「来たよ。約束」
そう言って、エルは台所をのぞき込んだ。
エルは棚に並んだものを順番に見る。
木の器。
砂糖。
卵。
それと、クッキー。
「……これだけ?」
少し驚いた声でエルは続けた。
「この前の、あれさ。白くて、描いてあったやつ……本当にこれだけで作ったの?どうやって?まさか魔法とか?」
私は首を横に振る。
「……まぜた」
「混ぜた?」
エルが目を丸くする。
その横で、お母さんがくすっと笑った。
「卵白と砂糖だけよ」
「えっ」
エルは、卵を見る。
「こんな材料であれになるの?」
私は少し誇らしい気持ちになる。
(……なった)
「やってみる?」
お母さんがそう言って器を出す。
私は気合いを入れて頷いた。
(……みせる)
卵を割るのはお母さん。
でも、そのあとは私。
白いところを器に入れて、スプーンを持つ。
(……ここから)
くる。
くる。
「おお……」
エルが、覗き込む。
「結構、力いるね」
私はこくん、と頷く。
「……つかれる」
「代わろっか?」
「こうたいする」
「まかせて!」
私が素直にエル渡すと、エルはキラキラした目でくるくると混ぜた。
「砂糖を少し入れましょうか」
お母さんの言葉に私はこくんと頷く。
それからひたすら混ぜる。
くる。
くる。
泡が少しずつ変わる。
「本当だ……」
エルの声が少し低くなる。
それから三人で順番にかわりながら一生懸命に混ぜ続けた。
「すごい」
エルが感動するように言葉をこぼす。
ツノが立って、良い感じな気がする。
私は満足げに頷いた。
「描くのはどうするの?」
エルが聞く。
私はスプーンを持って少し考える。
(……むずかしい)
ぽと。
白い山。
「……ちがう」
私は首を振る。
「まえも……これ、むずかしかった」
それを聞いて、エルは少し驚いた顔をした。
「そうなんだ」
「……かけなかった」
私は台所を見回す。
前と同じ。
でも、今日はちがう。
(……さがす)
木べら。
布。
糸。
「これ」
私は布と糸を指さす。
お母さんがすぐに気づいて言った。
「絞るみたいにする?」
私はうなずく。
「……ほそく、したい」
布に白い泡を入れて、先をつまむ。
そっと、押す。
すー。
「うわ」
エルが声を上げる。
「線だ」
私は息を止めて動かす。
少しゆれる。
でも、前より思ったところに行く。
描く。
止める。
見る。
考えて、また描く。
丸。
点。
線。
前よりちゃんと形になる。
「……できた」
私は小さく言う。
エルは少し離れて見てから、笑った。
「うん。顔だ」
私は、ほっとする。
「これさ俺もやりたい」
私は、ぱっと顔を上げる。
キラキラとしたエルの顔見て、思わず私も笑顔になる。
「はい」
「ありがとう」
私から絞り袋を受け取ると、真剣な顔でクッキーに向かう。
器用なエルだけど、手がぷるぷると小刻みに震えて、線がガタガタになっていた。
「……難しいね、これ」
私がこくんと頷くと、エルはえにょんと眉を下げて笑った。
エルの描いた顔も同じようにえにょんと笑ってるみたいで、おかしくて笑う。
「いっしょ」
「え?」
「かお、いっしょになってる」
「ぷっ!俺、今こんな顔?」
「いっしょ」
私がこくんと頷くと、今度は声を出して笑った。
ひとしきり笑ってから、ふと机に置いてある木の実が目に入った。
「……ほかも、できる?」
私がぽつりと言う。
エルが、ぱっと顔を上げた。
「他?」
「いろ」
「色かぁ、たしかにできそう。木の実とか葉っぱとか?」
お母さんは、少し考えてから頷いた。
「そうね。食べられるものならやってみてもいいわね」
***
思いつくままに集めてくれたおかげで、
小さな器がいくつも並ぶ。
砕いた木の実。
乾いた葉。
お茶の葉。
よく見る赤い実。
私は順番に、白い泡をほんの少しずつ分ける。
(……まぜる)
くる。
くる。
——あ。
茶色。
「落ち着いた色だね」
エルが言う。
私は、こくんと頷く。
(……おちゃ)
次。
すりつぶした葉。
混ぜる。
くる。
……くすんだ、緑。
「……ぬま」
思わず声が出る。
それを聞いてエルが吹き出した。
「沼だ」
「これは……ちょっと、怖いわね」
お母さんも苦笑する。
次は赤い実。
指でぎゅっと潰す。
じわっと、汁が出る。
白に落とす。
くる。
……濃い、赤紫。
「わ」
エルが目を輝かせる。
「これは、きれい」
そこへ「なにやってるんだ?」と、低い声がした。
振り向くと、お父さんが入口に立っていた。
「お」
机の上を見て目を丸くする。
「ずいぶん派手だな」
エルがすぐに説明する。
「色を作ってるんです」
「色?」
お父さんは器を覗き込む。
「……これは」
緑のそれを見て、少し考えてから言う。
「森だな」
私は少し笑う。
「これは?」
お父さんが赤紫を指す。
「……きれい」
私が言うと、お父さんは頷いた。
「夕方の空みたいだ」
私は、胸の奥がふわっとする。
(……そら)
「これはどうだ」
お父さんが興味を持ったみたいで、
別の器を手に取る。
——ぐにゃ。
混ぜると色が濁る。
黒っぽい、重たい色。
「……うわ。ちょっと、禍々しい」
エルが言った。
私は思わず後ずさる。
(……こわ)
お父さんは苦笑した。
「失敗だな」
机の上は、可愛い色、きれいな色、こわい色。
全部、並ぶ。
私は、一つ一つ見比べる。
(……えらぶ)
全部は使えない。
でも、全部作った。
「さっきより、もっと楽しいね」
エルの言葉に、私はこくんと頷いた。
胸の奥があたたかくなる。
(……いっしょ)
色は、思った通りにならない。
でも、それが面白い。
「……たのしい」
「うん、楽しい」
台所に笑い声が響く。
なんて楽しくて、あったかいんだろう。
そんな時間がずっと続けばいいのにな、と思いながら、色んな色を作って、たくさんの絵を描いた。
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