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諦めること

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「……快くん?」

 もそっとベッド上で音がする。女が起きたようで顔だけを持ち上げた。虚ろな目で凪を探す。

「おはよう。まだもうちょっと眠れるよ」

 凪はスマートフォンをテーブルに置いて、ベッドへと戻った。優しい声色で女の髪を撫でる。パサついた髪が指に引っかかった。凪は無表情でそれを解く。
 明るい髪色が眩しいが、根元は黒く目立っていた。千紘の髪はあんなに明るくても綺麗なのに……凪は不意にそんなことを思った。

 傷んだ髪をそのままにしている女性は多い。そんなの見慣れているはずなのに、なぜだか汚らしく見えた。
 千紘の髪と比べたら、ほとんどの人間はあれに劣るだろうと思えた。それほどまでに念入りに手入れされているのだ。
 比べたところで、目の前にいるのは今まで時間を共に過ごした客でしかないのだから仕方がないこと。そう割り切ろうと凪は気持ちを切り替えようとする。

 しかし、女は凪の腕を掴んで「今誰に連絡してたの?」と尋ねた。

「ん? してないよ。時間の確認してた」

「嘘だよ! どうせ女でしょ!」

 客はガバッと凪との距離を詰めて、目を見開いた。異常な熱意が伝わってきて、凪は心の中でうわ……と呟いた。

「違うよ。一緒にいるのに他の子に連絡なんかするわけないでしょ」

「私が寝てたから……寝てたから、他の子に……」

 女はブツブツと呟きながら頭を抱えた。凪は勘弁してくれと顔を歪めながら、女を抱きしめた。

「不安にさせてごめんね。気持ちよさそうに寝てたから起こしたくなかったんだよ。寝顔可愛かったから見てたいと思って」

「……何でそんなこと言うの」

「本当だよ。誰とも連絡とってない。ほら、もうちょっと一緒に寝よ?」

 凪はそう言って一緒にベッドへと潜り込む。

「やだ、寝ない。寝たらまたその隙に他の女と連絡取るかもしれないじゃん!」

「しないって。大丈夫だよ」

「ねぇ、彼女じゃないよね!?」

「彼女なんていないって。この仕事してたら彼女は作れないよ」

「……私は? 私とは付き合ってくれるって……」

「セラピスト辞めたらね」

「いつ辞めるの?」

「まだもう少し」

「私のこと好きじゃないの!?」

「好きだよ。でも、俺まだ頑張りたい。俺のこと好きなら応援してほしい」

「応援なんかできないよ……。好きな人が他の女の子とエッチなことしてるのなんか嫌だよ……。同じ気持ちなのになんで付き合えないの?」

 女はとうとう泣き出した。うわーっと大声で叫ぶ。凪はやっぱり会わなきゃよかったと後悔でいっぱいになった。
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