鮮明な月

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第三章

23.

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体の外に今までずっと自分を縛りつけていた筈の何かが、溶けて流れだしていく様な気がしていた。起きた事実は決して覆す事は出来ないが、それでも過去として思う事が出来る。まるで綺麗に洗い流されて、許されなくとも胸に抱いて行く事が出来る気がする。そう感じれる様に変わっていくのが分かった。
縋りつく様にして絞り出す涙を声と共に思うままに流し尽くした後、抱き締められる腕の温もりの心地よさに酔ったような気分を味わっていた。ふっと自分がいつの間にか仁聖の膝に跨る姿勢で抱き締められていることに気がついて、恭平は僅かに身動ぎする。

「恭平?…大丈夫だよ……ずっと、こうして傍にいるから…。」

自分の動きを諌める様に抱きなおされて、耳元で柔らかく囁きかけらる。不意に自分の体の奥が火を灯す様な感覚を覚えた事に、恭平は微かに身を固くする。ふっとその首筋に顔を押し当てていた仁聖が何かに気がついた様に、小さなクスリという笑みを溢し声を潜めた。

「恭平?もしかして……少しエッチな気分になった?」
「なっ………何でっ……。」

思わず身を離した恭平のまだ涙を含んだままの瞳を見つめ返し、仁聖はその鮮やかで綺麗な顔をうっとりと眺める。そしてもう一度その体を引き寄せて首筋に顔を埋めながら、仁聖は小さく微笑み耳元にそっと囁く。

「恭平っていっつもイイ匂いがする。」
「ば…ばか……何言って……。」
「それに…気が付いてないだろうけど……恭平がエッチな気分になると…甘い匂いがするんだ。」

チュッと音を立てて首筋に口付けると、その体が膝の上でヒクリと震えるのを感じた。昂った感情に引き起こされた急激な欲望に微かに身を震わせて、強く甘い香りを漂わせた恭平の体が仁聖に身を寄せる。ゾクリと肌が粟立つ感覚に自分が我を忘れそうになっている事を自覚しながら恭平は、ふぅと深く甘い溜め息を零した。

「ベット…行く?……恭平。」

耳元に囁く声に答えずに不意に恭平の手が、一瞬躊躇いを感じさせながらスイと持ちあがる。その指が仁聖の頬に遠慮がちに触れた。ふと目を細めた仁聖の表情に思い切った様に、その指先が滑らかな仕草で頬を包み込み引き寄せる。何気ない仕草で恭平から扇情的に唇を重ね、啄ばむ様なキスを落とす。次第に情熱的に合わせられるしっとりと柔らかい唇の甘さを堪能していた仁聖の膝の上で身動ぎした恭平が、不意に身を捩じらせてカチャと微かな音を立て自身の服を肌蹴た。それに微かに驚いて目を見張る仁聖を酷く熱っぽい瞳で見つめながら、恭平の指が性急に仁聖の体を探る。

「き…恭平?ちょっと。」
「…欲しい……仁聖…………、今すぐ……欲しいんだ……。」

スルリと肌をその場で曝す、悩ましいほど官能的な色香。一気に自分の体が熱を覚えるのを自覚しながら仁聖は、喉を鳴らしながらもその体を引きとめる様に抑える。

「ちょ…待って……、いきなりは…恭平だって辛いでしょ…?」

その言葉に恭平は弱く頭を振りながら、制止の手をやんわりと振りほどく。

「ん…いい……、……いい…から。」
「だけど…慣ら……さないと……、濡れてないと…辛いっ…でしょ?」

探りだされて外気を感じた自分自身の肉茎が、言葉とは裏腹にすっかり屹立してしまったのに慌てる。仁聖が恭平の体の動きに半分翻弄されながら、その細い肩に手を押し当てて引きとめる。その動作もまるで気にしないように甘く弾ける吐息を零しながら恭平は、服を抜き取ったしなやかな脚を跨がらせた。自分から体内に迎え入れる様に、押し当てて微かに妖艶な潤んだ表情で仁聖を誘う。

「…なら……お前ので…濡らせばいい………、……ん…ぅ!!」

ズチュッと卑猥な音を立てて苦痛めいた表情を浮かべながら仁聖を呑みこんだ恭平の白い喉が仰け反り、ゆっくりとそれでも止まる事無く腰を下ろしていく。緩やかに体を貫き押し開く肉茎の熱に、声を立てる事も出来ずに体を震わせる。恭平のそんな扇情的な姿を、仁聖は陶然とした表情で見上げながらそっとしなる腰に手を滑らせる。ギチギチときつく狭く締めつけながら、それでいてトロリと絡みつく様な熱。まるで苦痛にも近いほどの激しい快感を感じながら、眉を顰める仁聖の表情に促され恭平の体が全てを飲み込んでいた。
は…と熱い吐息を吐いた恭平が思い切ったように微かに腰を揺する。その甘い律動に仁聖の口から、感嘆めいた吐息が溢れた。最初はきつく苦痛を感じさせていたそこが、やがて僅かに綻ぶ様な熱を生み始める。次第に耐え切れない甘い吐息が、その唇から切れ切れに溢れ落ち始めていた。

「ん…ふ…っ……、んんっ…!…あ、…ふぅ…あ、あ…。」
「んんっ…恭平っ…、す・ご……あ…やば、…駄目…いき…そ。」

蕩ける様な快感の中で喘ぐ仁聖の肩に手を置いて自身を支える様にしながら体を仰け反らせる。恭平の揺らめく細く滑らかな腰を、しっかりと両手で引き寄せて徐に強く捻じ込む様に突きあげる。不意に加えられた動きの衝撃に甘い嬌声を上げる体に耐え切れずに、張り詰めた恭平の肉茎にも指を這わせ体内に欲望を激しく精を放ちながら仁聖は身を強張らせる。

「あぁ………恭平…ごめ…、俺…、はぁ……ぁ…。」

抱きつく様にその首に腕を絡ませて微かに身を震わせる恭平の体に、熱い吐息を零しながら仁聖が肌に口付けを落とす。その感触にまだ仁聖を呑みこんだままの内部が蠢き、再び艶めかしく悦楽に満ちた感覚を生んでいく。抱き寄せて甘いキスを情熱的にかわしながら、少し子供の様に拗ねた視線で再び僅かに腰を揺らめかす艶めかしい姿を見上げる。

「……ず…ずるいって……恭平…、もう……。…ぁあ……。」
「……じ………ん…せ、…も…もっと……。」
「もっと…?………欲しい……の?」

歓喜に満ちる様な強請る声に微笑みながら仁聖はその体にもう一度熱を注ぎ込み始めていた。



※※※



甘く蕩けるような感覚の中で抱き上げられベットに横たえられる僅かな合間に、ふわりとその頭に理性が揺らいだ。覆い被さろうとした仁聖の素肌に手をついて恭平が押し止める。その仕草に僅かに息を荒げながら訝しげに仁聖が視線を落とした。

「お…お前…そう言えば…話って……何?」
「もう……そんなの後でいいってば………。」
「だけど…、さっきのあの子の事なら…。」

困惑したような恭平の声に傍と仁聖が視線を落とし、深々と溜め息を付きながら僅かに体を起こした。そうして仄かな夜気に白く浮かぶ姿をまじまじと見つめる。不意に納得したように目を細めたかと思うと、微かに笑みを敷いて口を開く。

「恭平さ…?保住さんと俺がいたの見て嫉妬したんでしょ?」
「ち…違っ!!……ただ俺はっ!!」
「ち・が・わない!!どうせ、自分は女の子みたいに外でいちゃいちゃ出来ないとか考えたんだろ?」

表現は違えども突き詰めれば似たような思考だったことに、思わず絶句して恭平は頬を染める。仁聖はもう一度溜め息をついてから、酷く真剣な顔でその瞳を真正面から見つめた。

「彼女からは前に手紙貰ったし、確かに付き合って欲しいって言われたよ。他にも何人か言われた。」

その事実は確かにあったのだと口にした仁聖を、息を詰めて恭平は見つめ返す。今まで切れ目なく彼女がいた仁聖なのだから、それは当然の経過だった筈だ。

「だけど皆に同じ返事をした。俺には今大事な人がいる、その人以外考えられない。」

覆い被さるように顔の横に手をついたまま見つめる真剣な視線に射竦められたように恭平は自分を見つめている。恭平のまだ濡れたように光る瞳を、仁聖は凄く綺麗だと心の何処かが囁くのを感じる。今まで見たことの無いほど綺麗で真っ直ぐに自分を見る瞳。そう感じるのも自分がきっと同じ視線を持つ瞳で、その人を見つめているせいなのかもしれない。

「恭平の事だよ?…俺はもう恭平の事しか考えられない。」

直球な感情のままの裏のない言葉に恭平は、絶句したように目を見開く。

「恭平は自分は変わらないのに、俺はいつか心変わりするって考えてる。そうだろ?」

心の奥を言い当てられるようなその言葉に、恭平の瞳の奥が震えるのがわかる。それを確認して仁聖はゆっくりと一番示したい言葉を選ぶように言葉を繋ぐ。

「俺は本気で一生恭平の傍にいる。でも、一生…一緒にいたら隠して生活なんか出来ない。」
「え…?」

仁聖の放った言葉の意図が測れずに、恭平が戸惑う声をあげ視線が震える様に自分を見つめる。その言葉の先に予期する不安を押し隠さずに押し黙った恭平を、真正面から見つめた仁聖は暫しの逡巡の後思い切ったように息を飲みながら口を開いた。

「だから、…普通の恋人みたいな事……一緒にしよう。」
「は………?な………何言ってるんだ?」
「映画見に行ったり、買い物行ったり、並んで散歩したり…出来ることからしよう?」

恭平としたら全部俺にとってはデートだよ、と小さな声が囁くのに恭平は呆然としたまま。まだよく言葉の意味が飲み込めない様子で、仁聖の姿を見つめている。その視線を見つめ返しながら仁聖は暫し逡巡していたが、少し体を起こして頬を紅潮させながら眉を顰める。

「それと…お…俺さ…、ずっと言いたかったけど、ずっと悩んでて…で…あの。」
「う…うん…。」
「お・俺………、ら・来週から……夏休み…なんだよ…。」
「う…うん………。」

思わず少し身を起こした恭平と、勢い膝をつき合わせて座るような形になる。そうしながら仁聖は今まで見たことのない様な緊張した顔で、膝に置き握り締めた自分の拳を見つめている。
仁聖自身よく分かっていた。
今、自分が生まれて初めて自分の願いを告げる為に、心臓が破裂しそうだと感じるほどに緊張している。

「俺と…試しにで…いいから……夏休みの間…………っ…一緒にっ…暮らそ?」
「……え…?」

全く予想だにしない言葉にあっけに取られた表情で自分を見つめる恭平に、動揺しているのか仁聖は乗り出すようにして言葉を繋ぐ。

「ほ・本当はっ!…高校卒業してからって思ってたけど、その・試しにさ、一緒に暮らしてみて、俺の嫌なトコとか分かったら言って貰えれば・卒業までに直せるでしょ?だからさ?もしどうしても嫌だったら追い出してくれてイイからっ!!!だ…だから……っ。」

言葉を失ってしまって俯き真っ赤になってしまった仁聖を、暫し不思議な視線で見つめていた恭平が微かに息をつくのを耳にする。そして微かな柔らかい声が擽る様に振り落ちてくる。

「一緒に暮らして…俺の事が嫌になるとは考えないのか?お前は。」

その言葉に含まれた響きにハッとした様に視線を上げる仁聖に躊躇いがちに恭平が微笑みかけた。


「か…考えなかった。」
「それに…高校卒業してからって……その時気持ちが変わるなんて考えないのか?」
「考えなかった。……ありえないもん………、絶対。」

ストンと心に落ちるような真っ直ぐな想いに恭平は溜め息のようなフワリと甘い吐息を吐く。暫し逡巡して探るように、夜気の中の仁聖に呟く。

「…その……毎日……は…無理だからな?言っておくけど……。」
「き…恭平…、それって………。」

思わず身を更に乗り出して恭平に、少し覆い被さるようにしながら仁聖が咽喉をならす。

「は…はっきり言ってよ、お願い。ホント…恭平ってば…。」

その言葉に少し決まり悪そうに、恭平が頬を染めて視線を逸らし身を引こうとする。それを仁聖は、咄嗟に手で制して抱きかかえる。腕の中で少し困った風に視線を漂わせてから暫し躊躇うようにしていた恭平が、小さな声を零した。

「………一緒に…暮らしても……構わない。」
「っ!!!」

その刹那その体を思い切り抱き締めてそのまま柔らかいベットに押し倒しながら仁聖はその首筋に顔を埋める。唐突なその動作に驚きの余り言葉もなく押し倒されながら恭平が腕の中で微かに息を飲むのを耳に、仁聖は自分が感極まって泣きそうになっている事に気がついた。それを押し出すように言葉に変えて思わず弾けさせる。

「…う…嬉しっ……すげ………嬉しい……。」

仁聖の消え入りそうなその声を耳にし必死に縋りつく様に抱きすくめられたままベットに押し倒された。恭平は思わず身を固くしながら、仁聖の震える体に気がついた。それが怯えなのか歓喜なのかがハッキリとは分からず、目を細めながらなすがままにその肌を感じる。

「ぜ…絶対…駄目って言われると思って……恭平に嫌われるかもって…だからずっと言えなくて。」

震える声が耳元を擽る様に落ちて、夜気に滲んで溶けていく。

「仁聖……。」
「すっごい嬉しい……ほんと…もう………、こんな………。」

自分の首元に顔を擦りつけるようにして喜ぶ。そんな姿をまじまじと見ていた恭平の表情が、不意に緩んで小さな笑みが溢れる。それに気がついた仁聖が微かに拗ねた様な視線で、顔を上げてその表情を覗きこんだ。そこにあった息を飲むほど穏やかで綺麗な微笑みに魅せられて、仁聖は視線を止める。恭平はそれに気がつかないままに、そっと柔らかな仕草で指を仁聖の頬に滑らせた。

「な…なんで笑うの?恭平……。」
「……ん…?いや…?…何だか可愛いなと思って。」

少しその言葉に考え込んだ風にしながら仁聖は、拗ねたように恭平の顔を見つめる。

「真剣なんだけど……俺。」
「……そうだな。」

唐突に抱き締めたままの体に顔を埋めて、恭平の肌に唇を這わせる。漂う様な霞んでいく夜気の中、驚いた様に身を捩る恭平の動きを諌めながら、仁聖は寸前に中断された行為を再開し始めていた。
漂う様な甘い睦言を交わしながらの時間。
初めてではないのに、交わすたびに相手の事をもっと知りたいと思う。傍にいたいと思う。満ち足りる時間を過ごし自分の腕の中で、半分意識を失って抱きかかえられる。そんな恭平の体を仁聖は、うっとりと微笑みながら眺めた。その乱れた夜具を肌に巻きつかせてしどけない姿のまま、ボンヤリとした視線が仁聖の微笑に気がついた様にゆっくりと数回の瞬きをする。
既に陽射しが昇り始めたらしい遮光カーテンから僅かに差し込む光に、視線を細めながら仁聖が感嘆に満ちた溜め息をつき声を落とす。

「恭平…大体拭いたと思うけど…まだ気持ち悪いとこある?」
「ん……?……ない………。」

力のない声がフワリと漂う様に擦れて零れる。
激しく長い褥の行為の後。快感の果てに一度意識を失った状態をそのままにしておくのはと思った。その思いで仁聖が丁寧に恭平の体を隅々までタオルで拭き清める。本来なら有り得ないほど恥辱に溢れた、全てを曝け出して相手に身を任せる行為。やむを得ないほど消耗して抱きかかえられ、ボンヤリとした意識の中で全身をなすがままにされる。羞恥は未だ恭平の意識に追い付いていない様子で、仁聖は微かにほろ苦く笑みを滲ませる。

我に返ったら恭平、また怒っちゃうか、拗ねちゃうかも…。

そう内心で呟きながら、抱き寄せられたままになっている恭平の額に口付けた。実際、自分でも分かるが行為の後始末を委ねるなんて、受け入れる恭平の状況を作りだしたのが仁聖だと理解できていても、そうそう了承はできない。失神するほど酷く攻め立ててしまう自分に、それでも恭平が色々な事を許してくれているかが分かる。思わず微笑んでしまう仁聖に漂う様な視線がゆっくりと瞬きをして、無意識の動作で微睡みながら自分の腕の中に擦り寄る。

「………仁…聖、……眠……い………。」
「うん、眠って?俺も後で一緒に寝るから……ね?」

一瞬、仁聖の言葉のニュアンスに眉を顰めた恭平が、それでも耐え切れずにトロリと意識を揺らめかせていく。見る間に腕の中で、眠りに落ちて行く。小さな吐息と共に瞼を閉じた姿にもう一度額にキスをして、仁聖は腕の中の恋人がすっかり眠りに落ちるまで抱き寄せたまま見守り続ける。眠りに落ちた恭平の横からそっと滑りだして、もう一度躊躇いがちにその姿を眺めた。そうして渋々という風に小さく欠伸を噛み殺して仁聖は一つ伸びをした。

「…さて、学校行って……来ないと。」

苦笑交じりのその微かな声を恭平は知覚の何処かで感じながらも、眠りに落ちて行く意識を止められないでいた。そして意識の奥底に落ちるような眠りの中で、初めて自分の中の暗い部分と正面から向かい合った深い夢に落ちていく自分を確かに感じている。
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