魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共

戦闘

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僕達は驚く程容易に正面玄関まで辿り着いた。アシュメダイの姿はない。

「出て……大丈夫、そう?」

「…………だな」

重い扉を開き陽の光を浴びる。まだ中庭だ、このまま真っ直ぐ行けば門に着く。そこからまた歩いて、ヴェーンの邸宅まで戻る。

「……それにしても、なんで僕ここに居たんだろ。ヴェーンさんと僕だけなんて……おかしいよね、アルやにいさまが着いて来ると思うんだけど」

「お前、どこまで覚えてんだ?」

「え? えっと、この国に帰ってきて、ヴェーンさんに髪留め貰って…………あっ! 血! あげてないよね、ごめんね、帰ったら好きなだけ飲んでいいよ」

ただでさえこのところ調子が悪いようだったのに報酬も払っていなかった。相も変わらず僕は最低だ。

「いや、お前……血は」

門の横にあったレバーを倒すと大きな音が鳴って門が開いていく。ヴェーンが何かを話していたが、その音に紛れてしまった。
完全に開くのを待って歩を進める。開いた門を抜けてようやく外へ──そう思ったところで僕は物陰から飛び出した誰かに頭を掴まれた。目を隠すようにこめかみを押されて、視界が九割ほど奪われている。

「ぃたっ、ぁ、痛いっ! ヴェーンさんっ! ヴェーンさん、助けて!」

『……魅了チャーム!』

あの甘ったるい声が聞こえて、僕はたった今歩いてきたタイルの上に投げられる。道を逸れて芝生を転がって、痛む頭を押して上体を起こす。

『ねぇ、ダンちゃん。あなたのご主人様は……だぁれ?』

僕を投げたのはアシュだ。ヴェーンはぼうっとアシュを見つめている。ぽかんと開いた口が僅かに動き、小さな声が「アシュ様」と紡いだ。

『せぇかぁ~い。分かってるんじゃん。だったらぁ、あの子、どうするか……分かるよねぇ?』

ヴェーンはふらふらと僕の方へ歩いてくる。その眼は飢えに満ちていた。

『ふふ……そう、もう一回気絶させちゃって。寝てる間に食べちゃうから』

「……カヤっ!」

雄叫びと共にカヤが姿を現し、ヴェーンに飛かかる。だが、ヴェーンに組み付く前にアシュがカヤの前に飛び出した。

『ダンちゃん! 今のうちにやっちゃって!』

「カ、カヤ! 戻って僕を守れ!」

カヤは身体を捻るが、アシュがカヤの背に飛び乗るようにして引き止める。

『悪魔だってさぁ~、実体化してるだけでぇ~……霊体とっ、変わんないんだよねぇ~っ!』

カヤはアシュを振り落とそうと藻掻く。だが、アシュと目を合わせてその足掻きは止まった。カヤとの繋がりが切れた──そんな気がした。

『ふふふっ、掴める上に魅了チャームも効く……残念だったねぇ~、魔物使いさん。あなたはぁ、ここでぇ、アシュちゃんのペットになるのが運命みたぁ~い!』

ヴェーンの大きな手が僕の頭と肩を抑え、芝生に押し倒す。すぐに首筋に噛み付かれて、全身の力が抜けた。身体を縛る見えない縄が見えた気がした、先程と同じ術だろう。解くのは容易だ、ヴェーンに吸血を止めさせることも可能だ、けれど僕はそれをしなかった。

『……抵抗しないねぇ。血を吸われるの……気持ちイイでしょ~? 人間との混血とはいえ快楽はそれなりなはずだよ~?』

快楽……か。セネカに比べればずっと弱いし、痛みに上書きされて大して感じない。僕の言葉を封じるには足りない。

「魔物使いの名の元に……魔力を活性させよ」

「……っ!? ぅ……がはっ、ぁ……ぁが、ぁあぁああっ!」

ヴェーンは僕の首の皮膚を裂きながら飛び起き、飲んでいた血を吐き出す。途端、僕を縛っていた見えない縄が消えた。蹲った彼の背中は盛り上がっており、スーツがビリビリと音を立てて破れ始めた。

『ダンちゃん!?』

「魔物使いヘルシャフト・ルーラーの名の元に半吸血鬼ヴェーン・アリストクラットに命じる!  僕を連れて逃げろ!」

鮮血を撒き散らして細長い蝙蝠の羽が生える。ヴェーンは素早く僕を抱え、生えたての羽をばたつかせて飛び立った。口の端からは僕の血が垂れて、目は血走っている。呼びかけても返事はなく、意識はほとんどないのだと察する。

「……無茶な真似させてごめん」

負荷は相当なものだろう。背中の皮膚や肉は裂けてしまっているし、急に生えた羽で二人分の体重を支えて──それに繋がる背骨への負担も気になる。背骨を痛めれば当然他にも影響が出る。僕の血を多く飲んだら腹を壊すとも言っていたし、内臓への影響もあるのかもしれない、もしこれで寿命が縮まったら、僕は……

「ごめんなさいっ……」

慣れていないからか飛行は覚束無い。時折に屋根を蹴って、またふらふらと滑空する。
ヴェーンの邸宅が遠目に見える頃、彼はゆっくりと住居の屋上に落ちた。

「ヴェーンさん、大丈夫? もう少しなんだ、まだ飛べる?」

背は羽が生えたことで裂けている。肩のあたりを擦りながら話しかけ続けると、数十秒後には充血した瞳がようやく僕を映した。

「…………お前、さっき謝ってたろ」

「え……? ぁ、うん、だって、僕のせいで酷い怪我して……」

「……そもそもは俺がクソ淫魔に従ってお前攫ったからだろ」

「アシュに従わされてるのも僕のせいでしょ? それに、助けてくれてるし……」

「…………その前だな。ルートの口車に乗ってお前攫って、目ぇ抉って足刺して……そりゃこうなるわな、罰ってやつだ、ははっ……クソっ、吸血鬼のサガか……信仰心なんざ元からなけりゃ、天罰だ贖罪だとか考えねぇんだろうな」

出会いは確かに最悪だった。再会も酷いものだった。けれど、僕にはどうしても彼が根っからの悪人だとは思えない。欲望に忠実で乱暴な人だ、人も大勢殺しているだろう。けれど、僕を気遣ってくれることも多いのだ。

「さて、もう一つ罪重ねるとするか。ヘル、少しだけでいい、血を飲ませてくれ。そうすりゃお前を狼んとこに送り届けてやれる」

「……飲んで、大丈夫なの?」

「さぁな、ま、死にゃしねぇよ」

拒否の選択肢はない。僕は目隠しをどけて頭を傾けた。

「…………ねぇ、ヴェーンさん。さっき罪って言ったけど、食事なんだから罪にはならないと思うよ」

目隠しは今僕の手の中にある。持っているだけでは発動しないようで、首筋にチクリと痛みが走った。噛まれた部分からゆっくりと血と力が抜けていく。
目を閉じようとしたその瞬間、視界の真ん中にあったヴェーンの細長い羽が引きちぎられた。

『ヘルシャフト君! 大丈夫!? 怪我は……あぁ噛まれてるっ……よくも!』

ヴェーンの羽を奪ったのは目を見張る程の美女だった。豊満な肉体にそれを強調する服、牛のように真っ直ぐな角と羊のような巻いた角、黒と赤の威圧的な一対の翼に薄桃色の弱々しい二対の羽──見覚えがある。

「いっ……てぇ、なぁっ! んっの…………クソ淫魔がぁっ!」

『しつこいっ……ぇ、あ、アンテールさん……?』

空を閉じ込めたような真ん丸の瞳はヴェーンを見て驚愕に見開かれる。そして、本来なら避けられていたであろう蹴りをまともに食らった。

「はぁっ……クソっ! サキュバス如きにこんな……」

羽は根元からちぎれていて、背中からはどくどくと血が溢れていた。吸血のせいでボーッとしていた頭はその赤によってさらに思考がまとまらなくなる。

「ヘル……無事か。よし、何とかお前を抱えて走るくらいは出来るから──」

次の瞬間には床を染めていた血が消えた。かとも思えば真っ赤な剣がヴェーンの腹を貫いていた

『……確かに殺したはずですよ、アンテールさん』

剣を引き抜かれ、ヴェーンは僕の方へ倒れ込んでくる。

「兄貴が……なんだって……」

人間なら致死量であろう血を流してもなお、ヴェーンは立ち上がろうとする。

『…………ちょっと待ってね、ヘルシャフト君。もう一回この人食べたら家に連れて帰ってあげるから』

吸い取って固めた血で作った剣を振るい、薄桃色の髪の悪魔が微笑む。

「ま、待ってくださいセネカさん!」

振り上げられた剣の前に手を伸ばす。ヴェーンに寄りかかられているせいで彼を庇えない。

『……ヘルシャフト君?』

「この人は味方です! ヴェーンさんって言って、僕を逃がしてくれようとしてて──」

『へっ? 味方? ヴェーン……? アンテールさんじゃ、ないの?』

アンテール……確か、セネカの羽を執拗に狙っていた半吸血鬼の男だ。ヴェーンの兄で、セネカの元上司で、セネカが最初に食ったものだ。

『…………ヴェーン? さん? えっと、初めまして……セネカ・キルシェと言います。人違いでした、ごめんなさい』

「ぁどーもご丁寧に……とか言うと思ったかクソ淫魔!」

「ヴェーンさん! 動かないで、血が……」

「離せ! 一発殴らせろ!」

セネカがここに居るということはベルゼブブが彼女とメルを連れて来てくれたのか。兄もベルゼブブも近くに居ると。
ヴェーンの邸宅は近い。兄は外に出ていたし、セネカが国に来てすぐ飛んだのなら何も言っていなくても不審がりはするはずだ。
大丈夫、助かる。僕もヴェーンも、アシュから逃れられる。
僕はそう確信した。
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