俺の名前は今日からポチです

ムーン

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くびわ

鏡を見る。
もう少ししたら髪を切らないとな、なんて呑気な思考を捨て置いて、首に巻かれた真っ赤な輪っかに指を這わせる。

「……ホント、犬みたいだ」

両親が死んで、引き取ってくれた叔父は俺を売った。
人身売買?  違う違う、そんなヤバい話じゃない。とある大企業の社長が俺を養子にしたいと言い出したんだ。叔父は経営する工場への寄付に喜んで俺を差し出した。
俺も乗り気ではあった、大金持ちになれるんだから。沈みっぱなしだった心に微かに光が射した。

……で、着いてきたらこれだ。
社長が俺を引き取りたかったのは一人息子がペットが欲しいと言い出したからなんだと。人間をペットに、だなんて、頭のおかしな奴がいたもんだ。
ペットになってる俺も俺だけれど。

「ポーチー!  いい子にしてたー?」

「……ユキ様、おかえりなさい」

俺が今までの人生で着たことどころか見たことすらない高級そうな服に身を包んで、金持ちらしからぬはしゃぎっぷりで部屋に入ってきたコイツがその息子、大企業の御曹司様。俺のご主人様。雪兎ユキト様。
その名の通り全体的に白い、肌とか、髪とか、服もだ。瞳は紫がかった赤で、光の反射によってはどちらかの色に寄ることもある。人形みたいな見た目の彼が、本当に天然物なのかは怪しい。
金ならうなるほどあるのだし、多少見た目を作っていてもおかしくはない。

「ご飯どうだった?」

「うまかっ…………美味しかった、です」

ペットに礼儀なんて求めない、とは思いたいが念の為に上品な言葉遣いを心がける。
ペットは嫌だが捨てられたら俺は生きていけない。

「んー、いい子いい子、可愛い可愛い」

わしゃわしゃ、と俺の頭を撫でる雪兎。
その笑顔と言動は無邪気で、歳よりも幼く見える。人間をペットにしているなんて考えなければ。

「今から二時間くらいは暇なんだ、遊ぼうか」

「……はい」

「何しようかなぁ、何がいい?」

本当に犬みたいにボール投げなんてさせる気じゃないだろうな、やりかねないぞコイツ。

「んー……んー、思いつかないなぁ」

話し方やら身振り手振りやらで、俺は雪兎が相当のアホなんじゃないかと思い始めていた。御曹司の頭が悪いなんて格好つかない話だが、そう見えるのだ。

「まぁいいや、ゴロゴロしよー!  ほらおいで」

雪兎はベッドに飛び込んで、ベッドの足に括りつけていた俺の首輪に繋がる紐を引っ張る。

「……っ!  ユ、ユキ様、引っ張らないで……ください」

「あぁごめんごめん、苦しかった?」

苦しいに決まってんだろこのアホが。なんて言えるはずもなく。

「いえ……大丈夫、です」

微かな抵抗として首輪に指を添えることしか出来なかった。
引っ張られては仕方ないし、雪兎の命令は絶対だ。
俺は雪兎の隣に寝転がった。彼の吐息が頬にかかるほど、近く。

「……なーんか眠くなってきたや、ちょっと寝るね」

「え?  あ……はい」

「一時間経ったら起こしてね……」

雪兎はそう言うと瞼を閉じ、それきり動かなくなった。
糸が切れたあやつり人形みたいに。

「一時間……一時間、時計は…………ああ、あった」

一応従順にしておかなければ。
俺は壁にかかった時計を見つけて、その位置を覚えてまた寝転ぶ。

「…………本当に生きてんのか、コイツ」

呼吸音も聞こえない、目だけでは胸や腹の上下も伺えない。
本当は人形か何かなんじゃないかと思って、頬に手を触れる。

「ちゃんと生きてるよ?」

「うわっ!?  あ、し、失礼しました」

起きていたのか。
雪兎はパッチリと目を開き、その赤紫の瞳に俺を映す。
宙を漂っていた俺の手を捕まえ、手のひらを頬に添えて腕を抱き締める。

「抱き枕欲しかったんだー……おやすみ」

ペットの次は抱き枕か。多忙だな。

「おやすみなさい、ユキ様」

雪兎はまた死んだように動かなくなる。

「…………いい夢を」

むに、と頬をつまんだりして。ささやかな復讐。
大福のようなその感触を楽しんでいると、雪兎の口からふっと息が漏れる。表情が微かに柔らかくなり、人形のような無表情は消えてしまった。

まだ起きていたのかな、でも、笑っているなら大丈夫か。
俺はそんなことを考えながら、視界の端の時計を気にしながら、ささやかな復讐を楽しんだ。
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