俺の名前は今日からポチです

ムーン

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たんさく

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平日は基本的に雪兎に抱かれることはない、昨日は例外だ。ほとんどの場合、玩具や拘束を受けて放置されるか、首輪以外の拘束なく自由を与えられるかの二択だ。
で、今日は後者に近い。媚薬も媚薬を装った物もなく、ローターの一つもなく、首輪は着けられているが紐は繋がっていない。臀部を覆い陰茎の根元を締め付ける貞操帯はあるから自慰は楽しめないけれど、その他は何でも出来る。

「…………部屋どこだっけ」

そう、何でも出来る。ろくに知らない家の探検だって出来る。
邸内の散歩は雪兎に許された、と言うか推奨された行為のためお仕置きの心配はない。貞操帯もあるし雪風も居ないし、逃げられる訳も逃げる気もないだろうし……ということなのだろう。
犬として完成に近付いた今だからこそ、養子としてこの家をさまよえる。

「お部屋はそちらの階段ですよ」

「ぁ、どーも……」

スーツにサングラスという出で立ちの使用人達の見分けは俺には出来ない。雪兎雪風親子仲良し作戦を立てようと話した比較的仲の良い使用人なのか、この間椅子に拘束された時に怪しい行動を見せた使用人なのか、全く別の者なのか、俺には分からない。敬語を使っているから運転技能で雇われた彼でないことだけは分かる。

「ポチさん今日はペット業お休みですか?」

「ペット業……はは、まぁ、そうなんですかね。昨日だいぶやって疲れましたし……雪兎も疲れたんでしょう」

全裸で四つん這いで引っ張り回されたのは見ただろうと若干の苛立ちを胸に秘め、俺にとって精一杯の社交的な笑みを浮かべる。

「どこか見たい部屋あります? 案内しますよ」

「別にないですねー……」

そう即答してしまってすぐ、後悔する。俺の物が収納されているという部屋に案内してもらえば良かったと。それなら漫画やゲームで暇潰し手段を手に入れられただろうに。

「なら、作戦の話でもします? 親子仲良し作戦。お盆もうすぐですし、旅行場所も決まったって連絡ありましたよ」

「えっ、決まったんですか?」

比較的仲の良い使用人だった。毛布を渡してくれた神様のように善良な人だ、こんな顔だったかな、よく覚えていない。

「ええ……この家が所有してる小さい島があるんですけど、そこです。和風建築の別荘がありまして、山も海もありますから、楽しめると思いますよ」

「…………たまにこの家の財産とか考えて怖くなるんですけど」

「分かります」

分かるのか。
実のところ俺はペットだから関係はないけれど、戸籍としては俺にも有り余る財産を継ぐ権利があると思うと胸が熱くなる。

「……近頃、雪兎様を狙う輩が増えていまして」

この間の欧州旅行が予定より早く終わらされたのも、似た車を持ってきた怪しい者達がいたのも、それか。

「あの島は絶対安全ですからね。今旅行するとなったらあの島しかないんですよ」

「……色々あるんですねぇ」

「ポチさん、ボディーガードの訓練受けてみます? 昼食後にやるんですけど」

雪兎も雪風も俺の大切な家族だ。もう二度と家族を失いたくはない、三人で笑っていたい。

「…………お願いします」

二人を守るためにこの体躯を活かせるのならそれより良いことはない。傷付くのが俺一人なら何の問題もない。

「昼飯まだですよね?」

「あと二、三十分ですかね」

「……じゃあ、それまで俺の前の持ち物置いてる部屋見たいんですけど。あるんですよね? 入って大丈夫ですか?」

「あぁ……えっと、こっちですね。特に禁止はされてないので、どうぞ」

物置のようになっているかと思いきや、一部屋一部屋が広いこの邸宅のおかげか、普通に住めるだけのスペースが残っていた。

「うわ……初めてじっくり見ますけど、改めて見るとすごいですね」

「俺の宝物たちっ……捨てられたと思ってた……会いたかった」

「そのポスターは……アニメのヒロインか何かですか?」

最も恋しかったと言えるグッズ、それがこのポスターだ。

「アニメにもなりましたけど、エロゲです。このポスター初回生産分のチケット持ってないと買えない限定品なんですよ……今なら五万くらいいくんじゃないですか?」

「……へぇ」

「あ、エロゲって言ってもただエロいだけじゃなくてシナリオしっかりしててもうエロなくてもいいって言うかエロ無しでアニメ化されたくらいなんですよ。挿入歌とかも本っ当に良くて……いやマジでもう抜けるし泣けるしもう……」

「…………ポチさんって見た目に合わずオタクっぽいんですね」

よく言われるがそんなに俺の趣味は俺の見た目に似合わないのか?

「で、これはメインヒロインのお嬢様のお付。アルビノ美少女メイド、選択肢によってはヤンデレ化も可能っていう本当俺の股間……じゃなくて好みにドストライクって言うか」

「……ヤンデレ好きなんですか?」

「他のヒロイン殺して回るようなやつじゃないですよ? 半強制駆け落ちからの監禁、全てを徹底管理され、彼女無しでは生きられなくなってしまった……エンド。ハッピーの部類じゃないんですけど俺は好きでしたね」

ポスターに注いでいた視線を使用人に戻すとぽかんと口を開けていた。少し話し過ぎたか?

「お、高校の制服だ」

「……普通そっちの方がテンション上がると思うんです」

「あんまり楽しくなかったんでねー」

「中学とかの卒アルは……この辺ですかね」

使用人は本棚の下の段を眺めている。

「中学の頃の記憶全くないんで見ても仕方ないんですよねー」

「全く……?」

「学校の作りとかどこに修学旅行行ったとかは覚えてるんですけど、中身……友達居たとか、先生誰だったかとか、そういう記憶がスポンと」

「……友達居なかっただけじゃないですか?」

俺は事故のショックか何かだろうと思っていたけれど、その線もあるな。というか失礼過ぎやしないか。
まぁ、無傷の生還だったはずの事故で実は記憶障害を……なんてのよりはずっと平和で笑えるけれど。
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