俺の名前は今日からポチです

ムーン

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みおぼえあり

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久しぶりに不自由のない食事を終え、再び使用人に着いていく。訓練場だという広間は体育館を思わせた。

「あれ、ペット様じゃないですか」

俺の案内をしてくれた使用人に「せんぱーい」と走り寄ってきた男が俺を見つける。訓練くらいスーツはやめてサングラスも外したらどうだと思うけれど、同じ状態でやらなければ意味がないし、暑そうなのも危なそうなのも仕方ないのだろう。

「今日は二足歩行ですか? 相変わらず目つき悪いですね」

ムカつくなこいつ。昨日雪兎の見送りの時にでも居たのか?

「ポチさんちょっと訓練受けたいらしくて……お前、相手なってくれるか」

「え? 俺? まぁ……いいですよ。じゃ、危ないんでこっちに」

男はこれまた人の苛立ちを煽る笑顔を浮かべ、了承した。
訓練場の一角、マットが敷かれた場所に誘導される。初心者用と言ったところだろうか。

「じゃあポチさん、制圧方法とか色々教えておきたいんですけど……柔道の経験は?」

「学校の授業でやったような、って感じですね」

「とりあえず一本やりませんか? 身の程を知る良い機会ですよ。ペット様のその生意気な態度見てると、何か……ムラムラするんですよね。だから早めにプライド折って欲しいんですよ」

「気持ち悪いこと言いますね……」

プライドは折れている気がするけれど、それは雪兎に対してのみの気もする。生意気なのはお前だと怒る使用人を制止し、向かい合う。

「じゃ、俺は雪兎様を狙う不審者です。どんな方法でもいいので雪兎様に到達させないでください。先輩、雪兎様役お願いしますね」

「え……ポ、ポチ頑張ってー」

立ち位置を気にしろと言うだけで、モノマネの必要は無いだろう。裏声が気持ち悪いぞ……なんて下手くそなモノマネに思わず笑いを零したその瞬間、右手首を掴まれ捻られる。

「……ちょっ、スタートまだでしょ!」

「不審者が合図して襲ってくるとお思いで?」

その通りだとは思うが納得がいかない。

「……いいですねその顔。ぐちゃぐちゃに泣かせたくなりますよ…………やっぱりあの時ぶち犯しておけばよかった」

男は俺の右腕を左手で抑え、右手で懐からナイフを取り出した。見て分かる安っぽい偽物だ。身を捩って首を狙ったナイフを持つ指に噛みついた。

「痛っ!?」

男は左手を離し、右手を振りほどく。その隙にスーツの襟首を掴み、引っ張り、後頭部に頭突きを食らわせた。

「……っ、の…………石頭」

ふらついて屈んだ男の両腕を先程の俺の右腕のように背中側に捻って押さえつけ、うつ伏せにさせて上に乗る。

「……俺の勝ちでいいですか?」

「ポチすごーいかっこいーい!」

雪兎役をさせられている使用人が裏声の歓声を上げて手を叩く。反応が思い付かずにただ見つめてしまう。

「……何か、すいません」

「いえ」

「…………とりあえず、基本から教えますね。銃や刃物を持っている相手への対応も。手に噛み付いたりしないでください」

「すいません、喧嘩のクセが抜けなくて」

相手を務めた男の上に座ったままだが良いのだろうか。使用人は何も言わない。

「……どういう喧嘩してたんですか」

「物持ってない時に絡まれたらそりゃ噛み付いて怯ませてヘッドバットしかないでしょ」

「そうですかね……? まぁ、とりあえず色々教えますからこっちへどうぞ」

反対の隅に案内され、訓練で使っているらしい偽物のナイフや拳銃を見せられる。物によって注意すべきことを聞いているとよろよろと先程の男が寄ってきた。

「……この間の恨みか何かですか。頭めちゃくちゃ痛いんですけど」

「お前頭打ったんだから一応診てもらえよ」

「先輩ちょっと黙っててください。ペット様? どうなんです」

俺はじっと男の顔を眺めたが、特に思い当たるものはなかった。

「……誰でしたっけ?」

「…………ふざけるなよこの犬っ!」

俺に掴みかかろうと手を伸ばした男は使用人に簡単に取り押さえられ、他の者に医務室に連れて行かれた。

「……と、今のように抑えるのが基本です」

「……なるほど」

めちゃくちゃ強いなこの人……との感想は心の中に。何となくやり方を理解した制圧方法を頭の中だけで反復した。
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