俺の名前は今日からポチです

ムーン

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おとなになって、に

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赤紫の双眸は何も映さずにただ見開かれ、俺の真下の赤い双眸からなる光は俺を真っ直ぐに射抜いている。

「……ユキ様、あの」

「ひどい」

「ユキ様……」

「…………大好きなんだよ?」

慌てて雪兎の元に向かい、立ち尽くす彼の前で正座をして、畳に手をついて三角を作り、その三角の上に頭を下ろす。きっと綺麗にできているはずの土下座。ただのポーズにどれだけの心が込められるか、どれだけの心が伝わるか、それは頭を擦りつけたりで増えるものではない。

「…………やめてよ」

涙混じりの小さな声が聞こえて、顔を上げる。

「ポチは、僕より雪風の方が好きなんでしょ?」

「違います、ユキ様。俺は……」

「何が違うの? ポチは僕みたいなワガママな子供より、経験豊富な雪風がいいんだろ?」

啜り泣く雪兎をぎゅっと抱き締めて背を撫でると、泣き声はさらに大きく不規則になっていく。

「ずるい……よ。ひどいよっ……僕、ポチのこと大好きなのに……それ分かってて、こんなの……ひどい」

背中に回された手に力が入り、浴衣越しに爪が食い込む。

「……だっこ、されたら……嬉しいよ。好きって……溢れてくるよ。なのにっ……なのにぃ、ポチは……僕なんか嫌いなんだ……」

「俺はユキ様が大好きです」

「じゃあ僕だけを見ててよ!」

「無理です! ユキ様……ごめんなさい、お願いします。雪風には俺が必要なんです、俺にも雪風が必要なんです」

雪兎を離し、もう一度土下座をする。

「……二股を許してください!」

「…………は?」

「ユキ様が嫌になった訳でも雪風の身体に欲情してるだけでもないんです! 本気です、二人とも本気なんです! ユキ様も雪風も大好きで、愛してて、どっちかが居なくなったら俺生きていけません!」

「……何、言ってるの? ポチ……自分が何言ってるか分かってる?」

「分かってます! 最低です! でもお願いします!」

床に額を打ちつける。これはアピールでもなんでもない、大声を出して勢い余ってしまっただけだ。次の言葉を考えていると隣に雪風が立った。

「本当……意味が分からないよな、なんだよ、二股許せって……なぁ? 無理だろ? ユキ」

「…………譲るとか言う気?」

「察しがいいな」

「……嫌だよ。見てよこれ。こんなお願いするくらい雪風のこと好きなんだよ? 雪風が勝手に身を引いたって意味ないよ」

頭の位置は変えずに首を曲げ、こっそりと二人の様子を伺う。

「これ、相談してたの?」

「いや」

「……雪風はどうなの? 二股」

「…………俺は二股で構わない、いや、二股じゃなきゃ嫌だ。ユキ……お前の好きな男を取るなんて流石にできない。真尋は確かに好きだけど、何が一番大切かって言われたら、お前なんだよ、雪兎……息子のお前がこの世で一番大切なんだ」

赤と赤紫の視線が交差する。愛情と醜い欲望を孕んだその視線は人間離れした美貌の親子の人間らしさが感じられて特殊な安堵が手に入る。

「雪風にはポチ以外に居ないの? 誰とでも寝るんでしょ?」

「……居ないんだ。誰でもいい、その中の誰も俺を好きにならないし、俺も好きになれない」

「意味分かんない……でも、雪風にも僕みたいにポチしか居ないなら、どうすればいいの……? ポチは僕のだよ、僕だけのポチだよ? でも……雪風が可哀想だよ」

親子関係を修復した効果なのか、雪兎には雪風の心中を考える余裕ができた。

「……雪風はポチのこと好きなんだよね? それで、ポチも雪風のこと好きなんだよね? じゃあ…………僕が邪魔なの?」

俺は慌てて雪兎の腕を掴んで座らせ、抱き締めた。

「違いますユキ様……! ユキ様のことはちゃんと好きです。分かってください」

気持ちが伝わるようにと願って腕に力を込めていくと、苦しいと腕を叩かれた。

「……どっちの方が好きなの? 差も……ないの?」

「はい……」

「意味分かんない。何それ。二人とも同じくらい好きとか、そんなの通じると思ってるの?」

「…………ごめんなさい」

「最低だよ……本当に。なんで、僕……」

雪兎はそこから先の言葉は言わずに俺の胸に顔を埋めたが、何を言おうとしたかは分かってしまった。
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