俺の名前は今日からポチです

ムーン

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そふ、さん

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足の指は……ということは、手の指は祖父がやったのか? 痛々しく真っ赤になっている爪先を車椅子で轢くような男だ、ありえる。

「……どうした? やれよ」

「…………いや、流石に……それは」

「へぇ……お前は雪風とヤっておいて、雪風が与えられた苦痛の百億分の一も与えられないのか。お前にも愛情なんかないんだな」

足を轢くのは一兆分の一にも満たなくて、足の指の切断は百億分の一なのか。

「ありますよ! 俺は雪風を愛してます!」

「……じゃあやれよ」

「それとこれとは話が違う! 確かに殺してやりたいとは思ってました、でもっ、こんなの……無理です」

「じゃあ何だお前、引き金を引くだけで楽に殺したいのか?」

祖父は胸元からハンドガンを引っ張り出し、麻袋越しに家庭教師の頭に銃口を当てた。

「それとも何だ、死刑執行みたいにボタンで済むと思ったか?」

家庭教師の唸り声を聞いて口元を醜く歪め、銃を懐に戻した。

「……甘いんだよ、クソガキ。殺しがそんなもんだと思うなよ、その程度のもんを殺意だなんて思うな、殺しても殺しても殺し足りねぇのが殺意だ」

「…………あなたは、雪風を愛してるんですか」

「どうだと思う?」

にぃと歪んだ口元からも、同じく愉悦に歪む眼鏡の奥の赤い瞳からも、愛情なんてものは見て取れない。暴力的で、残酷で、歴史に残る殺人鬼はこういう目をしていたのかもしれないなんて思った。

「ぅ、むっ……ゔぅぅゔぅううっ!」

唸り声が大きくなったかと思えば、家庭教師は縛られた椅子ごと立ち上がっていた。体重をかけた足からプシュッと血が噴いて、家庭教師はその痛々しい足で祖父が乗っている車椅子を蹴り上げ、転がした。そしてそのままエレベーターの方へと走り、操作盤を探しているのか頭をガンガンと壁にぶつけている。その必死さに怯えていると不意に家庭教師がガクンと首を垂らし、椅子に座った。見下げれば祖父が小さなリモコンらしき物を持っていた。

「……電流を流す首輪を付けてある。こういう時のためにな」

スタンガンと同じ仕組みだと? 恐ろしいな。
祖父は床を腕だけで這いずり、倒れた車椅子を腕だけで起こそうとしている。背筋が使われている様子もほとんどない、肩甲骨の少し下辺りからしか反っていない。一人で車椅子に戻れるとはとても思えなかった。

「…………恩を売ったと思うなよ、室外犬」

「敷地内に入れてもらえただけで満足ですよ」

車椅子を起こして祖父を抱き上げ、座らせる。そうすると野良犬から室外犬にランクアップだ、室内犬になるには何をすればいいのだろうか、やはり家庭教師の拷問に手を貸すだとかか? それなら俺は家の外で構わない、そこまで人間性を捨てたくない。

「……犬に助けられないとならないなんてな、相変わらず嫌な体だ」

言葉が思い付かず、とりあえず車椅子を押してエレベーターに向かう。家庭教師を椅子ごとどかし、エレベーターに車椅子を乗せる。

「………………雪風のせいだ」

「……どういう意味です?」

「…………昔、色々あって……雪風を庇った。その時、背骨をガッツリやられてな。脊椎損傷だとよ、情けない話だ」

色々が気になり過ぎる。抗争でもあったのか? 背に受けたのは弾丸なのか?

「………………雪風を愛してるんですね」

「……利益のためだ。会社と家を背負って立たなきゃならない雪風はこうなっちゃダメだった、一線を退いた俺がこうなったところで何の問題もない」

「面倒臭いツンデレですねぇ……」

「違う」

エレベーターを降り、扉を抜け、元の部屋に戻ってきた。

「雪兎か雪風に伝えておきたい本音はありませんか、ツンデレお祖父さん」

「殺すぞてめぇ」

彼の「殺すぞ」は俺とは重みが違うことを思い知ったばかりだ。そう簡単に言わないで欲しい。

「……じゃあ、雪風に」

「はい」

「ちゃんと飯食えって。あのバカ性欲しか気にしてねぇからな……平気で飯抜きやがる」

「……はい」

「…………雪兎にも」

「どうぞ」

「……………………また、顔見せにこいって」

ふいっと顔を逸らす仕草は雪兎や雪風と同じだ。

「……あぁ、あと、お前雪凪には会うか?」

「稀に」

「じゃあ地下室にこい殺してやるって言っといてくれ」

「あ……はい」

叔父に愛はないのか。

「それと、犬」

「なんでしょう」

「ワニに餌やりする時に呼んでやる、絶対来いよ」

その餌は家庭教師だったりするのだろうか? 絶対嫌だが、頷くしかない。彼は拳銃を懐に隠している。そんな相手の前で首を横に振りたくはない。
笑顔を作って頷くと祖父はあの歪んだ笑みを浮かべ、「絶対だからな」と念を押した。
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